ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第153話〝届け!〟

 黒雲が浮かぶ真下を、エインシェンが砲弾のような勢いで飛翔する。

 翼には既に感覚がなく、常人ならば気絶しているほどの激痛が走っている。それでも飛び続けていた彼女は、不意に眉をひそめ、振り向いた。

 

「…む」

「く…ハデに穴ァ空けやがって‼︎」

 

 すぐ横を、同じく凄まじい速さで追いかけてくる、緑髪の青年剣士。

 雷に砕かれ、見る見るうちに悪くなっていく足場に悪態をつく彼に、エインシェンは感嘆するような声を上げた。

 

「お前も来たのか、マリモ」

「死にかけたてめェだけに任せられるか!!!」

 

 血まみれで黒焦げ、動いているのが信じられないほどの重傷を晒すエインシェンに怒鳴り、ゾロは自身の刀を構える。

 それにフッと苦笑をこぼした天使は、改めて目の前に聳え立つ巨大豆蔓を睨みつけた。

 

「……その罪なき命、訳あって貰い受ける」

 

 エインシェンは祝詞を口にしながら、ジャキン、と軋みを上げる両足の義手から、それぞれの刃を展開させる。

 同時に、ゾロが和道一文字の柄に手をかけながら飛び出し、巨大豆蔓の幹に向かう。

 

「一刀流居合……」

 

 雷が無数に降り注ぐ中を潜り抜け、三本の巨大な蔓が絡まってできた蔓に接近した二人が、カッと目を見開きながら、刃を抜き振り抜いた。

 

告死の刃翼(エッジ・ザ・アズライール)〟!!!!

獅子歌歌(ししそんそん)〟!!!!

 

 ギィン‼と強烈な金属音が鳴り響き、二本の銀色の閃光が走る。

 迸った光が一本ずつ、巨大豆蔓の表面を滑ったかと思うと、次の瞬間スパッと半ばから両断してみせた。

 

「いよし!!! やったぞ‼︎ 斬った!!!」

 

 切断された豆蔓の一部を目の当たりにし、ウソップが思わず歓声を上げる。

 だが、ゾロが刃を鞘に納めた次の瞬間、エインシェンの両足の義足がバキッ!とひしゃげ、素足との境目から大量の血が噴き出す。

 そのうえ、空中に留まったままの二人に、雷が雨となって降り注いだ。

 

「ガフッ…‼︎」

 ―――おのれあの小僧……!!!

    この後に及んで好き勝手しおって…だが‼︎

 

 既に限界を迎えている肉体に雷を食らい、エインシェンは白目を剥きながら地面に叩きつけられ、自身を口から吐いた血でさらに汚す。

 しかし、痛々しい姿を晒しながらもその口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「もはや…その座からひきずり下ろされるのも時間の問題………」

 

 あとは、麦わらの少年がきっと決着をつけてくれる。

 今自分ができる使命は、果たす事ができたのだとそう思い、勝利を確信したエインシェンが空を見上げ。

 

 微塵も揺らいでいない巨大豆蔓を目の当たりにし、笑みが消えた。

 

「…………なぜ、倒れない」

 

 三本ある蔓のうちの二本を断たれ、完全にバランスを崩しているはずなのに、一切動いて見えない巨大豆蔓。

 その様に、ギリギリのところで保たれていたエインシェンの精神は、ガラガラと崩れ始めてしまう。

 

「あ…ああ……!!!」

 ―――ここまでやって……こんなにも犠牲を払い続けて!!!

    ただの一度も…あいつらに言葉を伝えることも許されぬのか…!!?

 

 ボロボロと涙があふれ、がくがくと身体が震える。

 抑え込んでいた絶望が思考を支配し、最早指一本動かす事ができなくなっていた。

 

 ―――たった一度の奇跡さえ…!!!

    お前は許さぬというのか!!!

    神よ!!!!

「うおおおおおおおおお!!!!」

 

 悲痛な雄叫びを天に向かって放ち、〝天災妃〟は己が嘆きを晒す。

 そんな彼女を嘲笑うかのように、巨大豆蔓は揺らぐことなく悠然と、その場に在り続けていた。

 

 

 

 刻一刻と、〝神〟がもたらす絶望が迫り来る中、未だ最後の希望がその場所へ辿り着く様子はない。

 抵抗しようとした者達が次々に倒れていく中、その男も傷付いた身体を引きずり、絶望に抗おうとしていた。

 

「無理だよワイパー、やめて!!!」

「黙ってろ、あの鐘は…カルガラの遺志を継ぐおれ達が鳴らしてこそ意味がある…!!! あの麦わらに何の関係があるんだ!!!」

 

 もはや立っているだけ、彼の凄まじい気力が図れるほどの重傷のワイパーが、無関係なはずの余所者が戦っている現状に吠える。

 これでは、何百年もの間抗い続けた先祖の行いは、全くの無駄にされかねないと、怒りをあらわにしていた。

 

「あいつがなぜ…麦わらに託してんだ!!!」

「放っとけロビン。あんな重傷マン達に阻止されるもんか。あの蔓を倒すのが先だ!!! 上でルフィ達が待ってる‼︎」

 

 鬼の形相で睨みつけてくるワイパーに視線を向けるロビン。

 それを遮るように、ゴーグルを装着し、ゴムパチンコと弾を用意したウソップが、勇ましい声とポーズで告げる。

 

「ゾロとエレノアが半分以上斬ってくれてるし、全体は傾きかけてんだ!!! おれ様の〝火薬星の舞い〟を炸裂させる事で、ヤツは大きな悲鳴と共になぎ倒されるのだ!!!」

 

 誰もそれに答えない、と言うかその余裕がない。

 一味の実力者二人が、命懸けで放った一撃でもまだ倒れない巨大豆蔓を相手に、彼の力でどうにかできるとも思えなかったのだ。

 しかしウソップはそんな視線に気づかず、雄叫びと共に走り出した。

 

「――やはりこの海賊団…おれ様こそが砦なのだ!!! 出動だ、うおおお」

「待っ…」

 

 なおも呼び止めようとするワイパー。

 そこに、ロビンがぼそりと、独り言のように語りかけた。

 

「400年前…青海である探検家が『黄金郷を見た』とウソをついた」

「⁉︎」

「世間は笑ったけれど、彼の子孫達は彼の言葉を信じ、今でもずっと青海で〝黄金郷〟を探し続けてる」

 

 どこか、羨ましそうな響きをもって語る美女の言葉に、荒ぶっていたワイパーは思わず動きを止め、耳を傾ける。

 立ち尽くしていたクロウリーも、同じく目を見開き、ロビンを凝視していた。

 

「黄金の鐘を鳴らせば〝黄金郷〟が空にあったと彼らに伝えられる、〝麦わら〟のあのコはそう考えてる。素敵な理由じゃない? ――ロマンがあって…」

 

 小さな呟きに、アーレンからもつい苦笑がこぼれる。親友がよく口にしていたフレーズが彼女の口から出たことが、可笑しく思えたらしい。

 

「……こんな状況なのにね…脱出の好機(チャンス)を棒に振ってまで……………どうかしてるわ…」

 

 微笑みを浮かべ、巨大豆蔓に向かって突進していくウソップを見つめるロビン。

 だが、後ろに立つ二人は、それを見ていなかった。ロビンを凝視し、わなわなと肩を震わせ続けるだけであった。

 

「………そいつの、その…子孫の名は…?」

「…………モンブラン・クリケット………」

「ならば400年前の………‼︎」

 

 歯を食い縛るような、ギシッと軋む音に、ロビンは訝しげにワイパーたちの方へ振り向く。そして、驚愕で大きく目を見開く。

 

「先祖の名は、ノーランドか」

 

 戦士は、そしてシャンディアの裏切り者は、泣いていた。

 ぼたぼたと両の目から滝のように涙を流し、ぐしゃぐしゃになった顔でロビンを凝視し、語られた言葉を噛みしめていた。

 唖然となるロビン、そして同じく二人の変化に気付いたアーレンをよそに、クロウリーがふいに歩き出した。

 

「ワイパー…〝貝〟をよこせ………おれがやる」

「クロウリー…‼︎」

 

 ワイパーの手から貝を奪い取り、颯爽と巨大豆蔓に向かっていくクロウリー。

 ワイパーはそれを呼び止めようとしたが、通り過ぎ様に見えた彼の横顔を見て、その手が止まる。止めざる得ないほど、鬼気迫る目を見てしまったからだ。

 

 ―――何?

    技術を学びたい?

 

 遺跡を走るクロウリーの脳裏に、いつかの会話が蘇る。

 まだ彼らとの仲がこじれる前、もっとも大切だった妻を救ってくれた恩人に、頭を下げに行った時のことだ。

 

 ―――もしまた、あの樹熱のような病魔に襲われた時、お前達のような善人が来てくれるとは限らない………おれ達はとてつもなく幸運だった。

 ―――…だろうなァ。

    それで…海の外の知識を得たいと?

 ―――おれには力がない………死にゆく妻を救う事も。

    そんなのはもうごめんだ………!!!

    だから…頼む。

 

 真剣な表情で、どうしたものかと考えこむ栗の頭をした彼に、クロウリーは諦めず首を垂れる。

 やがて彼は、ノーランドは困ったように笑いながら、クロウリーに手を差し伸べた。

 

 ―――まずは頭を上げてくれ。

    調査の合間に時間を作ろう。

 

 そう言ってくれた『師』の優しさを、クロウリーは一度も忘れたことがなかった。

 

 ―――なんだあの空は…!!?

 ―――村を守れ!!!

    何かが起こる!!!

 

 突如〝夜〟に包まれた島で、来る災害を前に何もできなかった時も。

 

 ―――エルマ…目を覚ましてくれ!!!

    エルマァ!!!

 

 空の海に至った衝撃で、物言わぬ骸となってしまった妻を目の当たりにした時も。

 

 ―――我は神なり!!!

 ―――何が神だ…!!!

    この地を、貴様らに奪われてなるものか!!!

 

 先祖の願いを、友との約束を秘めた島を奪う輩に攻め入られた時も。

 

 ―――これは…エインシェンが壊せなかった…‼︎

 

 かつて真祖が忌み、島の奥に封じた赤い宝石を見つけ出した時も。

 

 ―――上等だ…もはやこの身、ただ砕ける時を待つのみならば…!!!

    異形に堕ちようとも、我が本懐遂げてみせようぞ!!!

 

 悪魔が宿っていると言われたその宝石を呑み、誰もが恐れ忌む化け物になり果てた時でさえも。

 師との約束を、返しきれないほどの恩義を、一時たりとも忘れたことはなかった。

 

 ―――シャンドラの灯を…ともせェエエ!!!!

 

 そう叫び続け、島を、黄金の鐘楼を、約束を守るために日夜戦い続けた。

 知った顔がいくつも没し、同じ時を生きられなくなっても、クロウリーは戦い続けた。

 だがやがて、それでも抗うことのできない最悪の存在が現れた。

 

 ―――ヤハハハ…。

    面白いな、本当にどれだけ壊しても死なないのか?

    不老不死とは本当におそれいった!

 

 リンゴをかじり、片手間のように見せながら自分を組み伏せる男の顔を、クロウリーは憤怒に歪んだ形相で見上げる。

 彼にエネルは、醜悪な笑みを浮かべて語り掛けた。

 

 ―――命が惜しいなら私に下れ。

    働きによっては、お前の望みも叶えてやってもいいぞ?

   〝神〟は寛大なのだ、ヤハハハ!!!

 

 命よりも、誇りよりも、約束も恩返しも果たせなくなる事を恐れたクロウリーは。

 弱い自身への怒りに狂いながら、それに応じた。

 応じてしまったのだ。

 

 だが、今の彼はもう、そんな恐怖と絶望に縛られてはいなかった。

 

「ハァ…ハァ‼︎ 畜生、何なんだビクともしねェ、本当に植物か!!? 次は3連…」

「どいてろ」

「え」

 

 ボカン、ボカンと火薬の球を炸裂させ、息を切れ切れにさせるウソップを退かし、クロウリーが巨大豆蔓に向かって跳ぶ。

 そして、ほとんど黒い炭となった腕で貝を構え、豆蔓に突き付ける。

 

 ―――すでに罪を背負ったこの身で…償えるとは思わぬが!!!

    今だけ………たった一度でいい‼︎

    おれに力を貸してくれ……エルマ!!!!

 

 遠い空の果てか、はたまた地の底か。

 手も届かない、声も聞こえない遠くへ行ってしまっ最愛の妻に助力を乞いながら、クロウリーは貝の殻頂を押し潰す、そして。

 

〝排撃〟!!!!

 

 ドンッ‼と。

 地震でも起きたのかと思えるほどの衝撃が、巨大豆蔓の最後の一本を半ばから大きく抉る。

 その反動により、クロウリーの右腕は肩から跡形もなく吹き飛んでいた。

 

「んな…‼︎ なんじゃありゃあ!!!」

「クロウリー!!!」

「ばかな…リ…〝排撃貝〟!!!」

 

 腕から煙を上げ、巨大豆蔓から滑り落ちていくクロウリー。

 その目の前で、しんと沈黙を保っていた巨大豆蔓は、メリメリといやな音をたて、ゆっくり傾ぎ始めた。

 

「おお…お…倒れるぞォ〜〜〜!!!!」

 

 ウソップの咆哮が響き渡る。

 それはいわば、麦わらの一味による反撃の狼煙のようだった。

 

 

 

「傾いてきた………‼︎ ルフィ…行くわよ!!!」

「思いっっきり頼む!!!」

 

 動き始めた辺りの景色に、ナミはウェイバーの後ろにルフィを乗せ、準備を始める。

 任された大役に、彼女の表情には緊張が表れていた。

 

「〝噴風貝〟の『最速』‼︎ ――まだ出した事ないのよね。だって強すぎて私でも制御しきれないんだもん…!!!」

「んじゃそれで!!!」

「OK!!!」

 

 ルフィの応答を合図に、ナミがウェイバーのギアを限界まで回す。

 その瞬間、かつてないほどの加速が二人を襲い、巨大豆蔓の上を勢いよく駆け上がっていった。

 

 エネルはその声を耳にし、鬱陶しそうに眉間にしわを寄せていた。

 

「やれやれ、せっかちな者共だな………なぜ〝雷迎〟の完成を待てない――仕方ない。ここへ近づけぬ様に…〝神の島〟を少々砕いておくか…」

 

 そう呟き、エネルがついっと指を振り下ろす。

 直後、神の島全域に雷が降り注ぎ、無慈悲な破壊をもたらしていった。

 

 

 

「遺跡がむき出しに………!!!」

「地盤を砕くつもりである!!!」

「嬢ちゃんが危ねェ‼︎」

「ゾロもだ畜生!!!」

 

 地盤が砕かれ、遺跡が壊れ、破壊されていく神の島。

 ただ見守る事しかできないウソップたちは、本物の神に祈るように、天を仰ぎ続けていた。

 

「ムダだ…エネル…」

「クロウリー…‼︎」

「貴様には落とせやせん…………シャンドラの地に生きた、誇り高い……戦士達の歴史を…!!! あの雄々しき真祖の生き様を…!!!」

 

 片腕を失くし、その身を崩れさせながら、クロウリーは無知なる神に唾を吐く。

 もはや、その栄光は長く続かない。神を騙った怪物は、必ず墜とされるのだと確信し、クロウリーが吠える。

 

「どこにあろうと力強く!!! 生み出し…育む!!! この雄大な〝力〟を!!! お前には落とせやしない!!! お前がどれだけの森を燃やそうと!!! どれだけの遺跡を破壊しようと!!! 大地は負けない!!!」

 

 その言葉の通り、神の島は墜とされなかった。

 どれだけは貝の雨が降り注ごうとも、雄大な大地は揺らぐことはない。

 

 そしてついに神の元に、最後の希望たる青年が拳を携えて到達した。

 

「いけ…麦わら…」

「どいつもこいつも………」

「黄金の鐘を渡せェエエ!!!!」

 

 苛立つエネルを前に、ルフィが雄叫びを上げるように吠える。

 万事が自身の思うようにならなくなってきたことで、エネルは徐々に余裕をなくし始めていた。

 

「もうよい貴様ら…!!! ウンザリだ…この大きさで充分だろう…………‼︎ 国ごと消えろ!!!〝雷迎〟!!!!」

 

 自身に顔を及ぼす輩も、足元で騒ぐ矮小な輩も、潰しても這い出してくる輩も、まとめて消してやろうとエネルが最後の裁きを下す。

 迫り来る黒雲に、ルフィがツッコもうとしたその時だった。

 

 ズンッ、と真下からせり上がった凄まじい気配に、ルフィは思わず真下を見下ろした。

 

「……〝聖杯献火(グレイルフレア)〟」

 

 そこにいたのは、ほとんど死人の我が身を無理矢理立たせ、両拳を構えるエインシェン。

 がくがくと身を震わせる彼女の髪が次の瞬間、炎のような輝きを放った。

 

「この命…………魂‼︎ 全てをこの一撃に捧げよう……我が名はアイザック・エインシェン!!! 八百の歴史を背負いて、いずれは――」

 

 それはまるで、自身の命を燃やしているかのような。

 猛々しく美しくも、儚く次の瞬間には消え失せていそうな、見る者の目を奪う輝きを纏い、天使は最後の力を振り絞る。

 そして、天空を覆う黒雲の塊に、視界も虚ろな彼女が狙いを定める。

 

神を墜とす者なり!!!!

(皆…力を貸してくれ…!!! 遠き時代の我が孫娘よ……許せ‼︎ 我が悲願のために、お前を使うこの私の蛮行を!!!)

 

 ぶしゅっ! ぼきん!と壊れていく身体を無理矢理使い、天使は天空に向けて両の拳を放つ。

 命の火を燃やしながら、エインシェンは今の自身に放てる最大の一撃を放った。

 

 

無双の終撃(ヘラクレス・フェアウェル)〟!!!!!

 

 

 それが放たれた瞬間、エインシェンの足場が隕石でも落ちてきたかのように陥没し、彼女の全身から夥しい量の血が噴き出す。

 大気を貫く、神を墜とす一撃は、やがて黒雲の塊の真下に直撃し。

 

 まるで風船を割るかのように、粉微塵に吹き飛ばしてみせた。

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