ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第154話〝友よ、君に捧ぐ〟

 竜の咆哮のような、大気が震える轟音が響き渡る中。

 突如晴れ渡った空の上から、神々しい太陽の輝きが満遍なく降り注ぎ、空の民とシャンディア達を照らす。

 

「〝雷雲の塊〟が…………‼︎ 消えた!!!」

「――何が起きたんだ………!!?」

 

 もはや、全てが救われる奇跡を願い、本物の神に祈ることしかできなかった彼らは、明るい光の中に晒されたことで戸惑いの声をあげる。

 雷を受け、倒れ込んでいたゾロもまた、その光景に言葉を失っていた。

 

「アイツがやったのか…!!!?」

「うおおお―――っ!!! うおお〜〜〜っ!!!」

 

 すぐ真上から迫っていた絶望の塊が消失したことで、歓喜の声をあげるウソップ。

 それに鬱陶しそうに顔を歪め、続々と目を覚ましたサンジとチョッパーは、何が起きているのかと首を傾げる。

 

「鳴らせェ麦わらァ!!!〝シャンドラの灯〟を!!!」

「聞かせてくれ小僧……!!!〝島の歌声〟を!!!」

 

 ワイパーとガン・フォールは、〝神〟に挑む麦わらの青年に向け、力の限り叫ぶ。

 もう、自分たちにできることはやり尽くした。全てを、遥か真下の地上で待つ友のために戦うあの青年に託し、吠え続ける。

 

「頼む〝麦わら〟!!! 聞かせてくれェ!!!」

 

 エインシェンもまた、巨大豆蔓の上を駆け上がる青年達に向けて祈り、願う。

 あたりを自身の血で真っ赤に染め、体が弾け飛びそうな激痛に苛まれながら、血反吐を吐きながら叫ぶ。

 

「私の声はもう…届かないんだ!!! どんなに声を枯らして叫んでも…‼︎ どんなに涙を流しても…届きやしないんだ!!! だけど!!!」

 

 ぼろぼろと流れ落ちる涙。蘇るかつての悲しみと後悔。

 しかしそれを打ち消すほどに眩しい、最愛の友達との記憶が走馬灯のように脳裏をよぎり、亡霊をこの世に繋ぎ止める。

 手を伸ばした先にある未来を夢見て、エインシェンは声を張り上げる。

 

「きっと届く……きっと伝えられる!!! あの鐘の音なら………きっとあいつらの元に届くんだ!!!! だから…頼む‼︎〝麦わら〟!!!」

 

 巨大豆蔓の上から飛び上がり、ルフィが巨大な黄金の球を纏った拳を振りかぶる。

 黄金の船を背にし、さらなる天空の果てを目指すエネルに向けて構える彼に、エインシェンが吠えた。

 

「〝シャンドラの灯〟をともせェ〜〜〜〜!!!!」

 

 その声が届いたのか、ルフィは自身の腕を後方に伸ばし、ぎりぎりと捻っていく。

 長く伸び、捩れるごとに蓄積していく威力を実感しながら、ルフィは空に君臨する〝神〟を睨みつけた。

 

「じゃあな!!! お前ごと鳴らしてやる!!!」

「おのれ…〝雷迎〟が…!!! 青海のサル共が…!!! 不届き者共がァ〜!!!」

 

 エネルは忌々しげにルフィを睨みつけ、己が身を完全なる雷に、巨人の姿に変えて襲いかかる。

 弱点である斬撃を用い、ゴムの体に突き立て、再び突き落とそうとするも、ルフィはその度に抗い、空にとどまり続ける。

 

「〝ゴムゴムの〟ォ〜〜〜〜!!!」

 

 同じ高さにとどまるルフィを、エネルが忌々しげに睨み、新たに精錬した刃を構える。

 怒りに燃える〝神〟を前に、ルフィはいよいよ溜め込んだ力を解放し、その一撃を撃ち放った。

 

〝黄金回転銃(ライフル)〟!!!!」 

 

 ―――お前が再びジャヤに着いたら──消えた我らをどう思うかな。

    もう少し待て、今伝えるから。

    おれ達はここにいる!!!

    シャンドラの灯をともせ!!!

 

 ―――そうだ。

    聖地は再び歌うのだ。

    …………いつかきっとな。

 

 ―――上等だ…もはやこの身、ただ砕ける時を待つのみならば…!!!

    異形に堕ちようとも、我が本懐遂げてみせようぞ!!!

 

 ―――私は―――〝偉大なる航路〟のジャヤという島で、巨大な黄金都市を見た。

    黄金郷は存在する。

 

 ―――〝黄金郷〟も〝空島〟も、過去誰一人無いと証明できた奴ァいねェ!!!

    それでこそ〝ロマン〟だ!!!

 

 ―――……かか様?

    どこにいくの…?

 ―――遠い遠い……空のある島にな。

    …………友達との約束を…果たさなければ。

 

 エネルを押し潰し、黄金の球体を砕きながら、ルフィの拳が黄金の鐘楼に激突する。

 衝撃を受けた鐘楼は大きく揺れ、中の舌も内側で揺れ、ぶつかる。

 

 400年に及ぶ、無念の旅路。

 幾百、幾千にも及ぶ多くの者達が戦い、そして散っていった、〝約束〟をかけた信念のぶつかり合い。

 その終止符が、ついに打たれた。

 

「届け〜〜〜〜〜!!!」

 ―――おっさん?

    聞こえるか?

   〝黄金郷〟はあったぞ!!!

 

 ―――400年間ずっと、〝黄金郷〟は!!!

    空にあったんだ!!!!

 

 全身全霊を込めた青年の叫び。

 遥か遠い空の下にいる友達のたえに奏でられた音色が、400年ぶりに響き渡った。

 

カラァー…ン‼︎

 

 その音はまさに、この世のものとは思えない美しさ。

 地の底まで、魂の奥底にまで伝わってくるようなそんな音色が、何度も何度も奏でられる。

 それを聴いた全ての者達が、呼吸さえ忘れたように聞き入っていた。

 

「やりやがったあんにゃろう〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

「何て美しい………」

「キレーな音だなー、何だコレ⁇ 何だ⁉︎」

 

 麦わらの一味は、その美しさにただ圧倒され。

 シャンディアの戦士達と空の民は、鳴り響くその音色にひたすらに感涙し、立ち尽くす。

 

「いつか…こんな時が来ると…信じた…」

「……ノーランドの聞いた鐘の音ってのは…」

「スー…これは………大地(ヴァース)が歌ってるのかしら…」

「神は、いるのか………!!?」

 

 まるで抗い続けた戦士達に、勇気をもって立ち向かった彼らに向けて、本当の神が祝福を授けたかのような。

 力強く、雄々しく、その音を響かせ続ける鐘楼に、人々は心を奪われていた。

 

「―――何という奇跡…400年の沈黙から…もはや二度と鳴る事のない鐘と、半ば諦めていた………!!! 大戦士カルガラ、聞こえますか。〝シャンドラの灯〟の響き」

「…………聞いているか? ノーランド。ずいぶん待たせた」

 

 はるか昔に起きた、悲しい出来事。

 それを語り続ける役目を負った酋長も、その役目を引き継いだワイパーも、ただじっとその音に耳を傾け、涙を流す。

 

「やっと…〝約束〟が果たせた…!!!」

 

 地面に大の字に倒れ込み、天を見上げるクロウリーもまた、滂沱の涙を流し、長い奮闘の日々を思い返す。

 そして、ようやく下す事の出来た荷の重さに、清々しい心地で目を閉じる。

 

「ジュラララララ……ジュララララララララ!!!」

「聞こえるか〜〜!!! ノーランドォ〜!!!! 聞こえるか……!!! カルガラァ〜〜!!!!」

 

 遺跡で目を覚ました大蛇ノラも、滝のように涙を流し歓喜の咆哮を上げる。

 その方向に合わせるように、エインシェンも狂喜の叫び声を上げ、遠い空の果てにいる友達に呼び掛けていた。

 

「400年…!!! 400年も!!! 待たせてしまって本当にすまない…すまない!!! だが…ようやく届けられた…ようやく伝えられた!!! 私の旅は……ようやく終わった!!!」

 

 娘に自身の記憶を刻み、その子にも受け継がせ、罪を刻み続けた長い時。

 その全てがいま、報われた。

 願い続けた宿願が果たされ、亡霊の心を縛っていた呪縛は、粉微塵に弾け飛んでいった。

 

「私は、ここにいる!!!! ここにいるぞ…友よ〜〜〜〜〜!!!!」

 

 遠い遠い、何処にいるかもわからない友達に向けて。

 エインシェンは力の限り、叫び続けるのだった。

 

 ―――鐘の音は―――

    去る都市の――栄華を誇る〝シャンドラの灯〟。

    戦いの――終焉を告ぐ、〝島の歌声〟。

    400年の――時を経て鳴る、〝約束の鐘〟。

 

    浮寝の島の旅路は長くも、遠い記憶は忘れがたし。

  ――かつて人は、その鐘の音に言葉を託した――

    遠い海まで届ける歌に、誇り高い言葉を託した。

 

「鳴った」

「うん」

「聞こえたかな、おっさん達に」

「ええ…きっと」

 

 力を出し切ったルフィは、清々しい気持ちで傍らのナミに問いかける。

 ナミも優しい微笑みを浮かべ、それに頷いてみせた。

 

 ――『おれ達はここにいる』

 

 青い空は何処までも広く、高く、明るく晴れ渡っていた。

 

⚓️

 

「おれは後でいい」

「だめだ、すぐに手当てしないと」

 

 鐘の音がどこか遠くへ消えていき、静寂が戻ってきた頃。

 手当にやってきたチョッパーに意地を張ったゾロが、くいっと顎で別の重傷者を示す。

 

「おれより………アレ…何とかしてやれ。死んじまうぞ……………‼︎」

 

 ゾロが示す方に目をやれば、仰向けに倒れる銀髪の男の姿が目に映る。

 慌てて駆け寄り、彼の身体の状態を確認したチョッパーは、驚愕で目を見開きその場で硬直した。

 

「これは…!!!」

(何だこの身体………!!? 普通じゃねェ‼︎ それに……この状態じゃもう手の打ちようが………)

 

 身体の端から、ボロ炭のように崩れていく身体。命の全てを絞り出したかのように乾いた姿。

 通常の生物ではありえない光景に、チョッパーは呼吸も忘れて息を呑んだ。

 

「……もう……いい…」

 

 呆然となるチョッパーに、うっすらと瞼を開いたクロウリーが告げる。

 今にも途切れそうな声で、かつてとは比べ物にならない弱々しい様を晒し、疲れ切った様子でため息をつく。

 だが、その表情は見るからに誇らしげで、満足げだった。

 

「おれは…すこし…………長く…生き過ぎた…………いい加減…眠りたい……」

「てめェ…」

「無念を遺す事を拒み……外道に堕ちたこの身だ。………向こうで…奴らに詫びまくらねばならん…………気の遠くなる……役目が待っている」

 

 ふっ、とその口元笑みが浮かぶ。

 長きに渡り、求め探し求めた約束の音色が耳朶に蘇ってきたのか、安らいだ顔で天を仰ぐ。

 その様子に、チョッパーはもう何も口を出すことはできなかった。

 

「最期に………久しぶりに…あの鐘の音を聴けた…………もう…思い残す事はない」

 

 そのまま瞼を閉じ、大きく息を吸い込むクロウリー。

 全ての動きが停止する直前、ハッと彼の目が見開かれた。

 

「……ああ、そうか。そこにいたのか。待っていろ……今……そこに行くから…………みんな…」

 

 渇き切った目から、また涙があふれる。

 焦点の外れたその目に映る、最愛の妻や友達の姿を最後に脳裏に焼き付け、クロウリーは小さく笑う。その途端、彼の肉体の崩壊は一気に進んでいった。

 

「…礼を言うぞ…我が……友…達……よ…………」

 

 その一言を最期に、クロウリーは瞼を閉じ、塵となっていく。

 最後に残った赤い宝石がコーンと地面に落ち、粒子となって風に消えていった。

 

「…馬鹿者め」

 

 赤い染みの広がる地面に腰を下ろすエインシェンは、事切れた男の最期の言葉に呆れるように吐き捨てる。

 心配そうに見下ろしてくるノラを背に沈黙していた時、彼女に近づくある女の姿があった。

 

「エレノア……いいえ、〝天災妃〟アイザック・エインシェンと呼ぶべきかしら」

「……〝オハラの悪魔〟か」

 

 緊張か戸惑いか、ややこわばった表情で声をかけたロビンに、エインシェンはため息交じりに視線を返す。

 警戒音をあげるノラを制し、真剣な眼差しを向けてくる美女に向き直る。

 

「どんな呼び方でもいい……ここにいるのはただの残滓。消え損なったただの亡霊でしかない……それも、もう長くない」

「あなた達は何者なの…? 何の為に、悠久の旅をし続けているの?」

「焦るな………その答えは、いずれ君の旅の中で知る事だ」

 

 声を出す事すらもう苦痛なのか、青白い顔で天を仰ぎ、黙り込む亡霊。

 しばらくの間沈黙していた彼女は、やがて鋭い視線でロビンを見つめ、掠れた声で告げた。

 

「ニコ・ロビン………巨大豆蔓の元を目指せ。〝大鐘楼〟はまだそこにある」

「!!?」

「君が〝真の歴史〟を望むのなら……君もまた、繋がなければならない。険しい道だが…奴らと一緒なら、きっと大丈夫さ」

 

 小さな笑みを見せ、それ以降目も向けなくなったエインシェンに、ロビンは困惑し後退る。

 彼女を無視し、エインシェンは顔を摺り寄せてきたノラの頬に、そっと優しく触れる。

 

「………チビよ」

「ジュララララ…」

「長い長い旅が終わり……私の〝時間〟も尽きた…いずれここにいる私も…………消える」

 

 すりすりと巨体を摺り寄せるノラを、エインシェンは愛おしそうに見つめ、涙を流す。

 徐々に自分の意識が薄れてくるのを感じながら、ぼやけていく眼の奥に健気な大蛇の顔を焼きつけていった。

 

「お前は…もう少し遅刻しておいで。カルガラの子供達を………今しばし見守っていておくれ」

「ジュララ……ジュララララ」

「泣くな…大丈夫、鐘はまた何度でも鳴る………その音が響く時、私達はここに戻ってくる」

 

 ぼたぼたと涙を止める事の出来ない、400年の時を越えて唯一残った友。

 そんな彼に、エインシェンはにっこりと笑顔を見せて願った。

 

「だから…笑って見送っておくれ、ノラ」

 

 徐々に存在の薄れていく、愛しい存在の最期の願い。

 ぶるぶると身体を震わせていたノラは、やがて同じように笑みを見せる。無理矢理作った、しかし友を見送るために浮かべた優しい笑顔を。

 嬉しそうに頷くエインシェン、その眼が不意に、大きく見開かれた。

 

「……おお、おおお…‼︎ そうか…そうか、届いたか…‼︎」

 

 虚空を見つめ、顔中をぐしゃぐしゃにして笑うエインシェン。

 彼女の目には確かに、自分に向かって手を伸ばす、愛した二人の男達の姿が映っていた。

 

「こんな遠い所に……迎えに来てくれたのかい…? ああ…ごめんよ、すぐにいくから………‼ もう……絶対に…離れたりはせんぞ…友よ……!!!」

 

 すぅっ…と肉体という器から、自分という存在が抜け出ていくのを感じる。

 全身に絡みついていた柵の全てから解放されたような気分で、エインシェンは飛び出し、男達の腕の中に飛び込んでいく。

 

 その光景を、永い眠りから目覚めた子孫が、切なげな表情で見送っていた。

 

「……おばあちゃん」

 

 小さな呟きをこぼし、エレノアは重い瞼をそれ以上開けていられず。

 ゆっくりと、再び意識を手放すのだった。

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