ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

157 / 324
エインシェンの最期の戦闘シーンは、BGMに『色彩/坂本真綾』をイメージしながら書いていました。


第156話〝私は誰〟

 真っ白な雲の海を、船は行く。

 探しに探した黄金の山を積み、空の民に案内されながら、青い海に帰る道を進んでいく。

 

「黄金‼︎ 黄金‼︎ 黄金‼︎」

「ついにおれ達は、大金持ちだぞ‼︎ 何買おうかっ!!?」

 

 キラキラと美しい輝きを放つ財宝を前に、青年達は大いにはしゃぎまくる。

 無理もない。これまで彼らは食費に追われ、赤字が続く貧乏海賊だったのだ。多少羽目を外しても誰も咎めない。

 

「でっっっっけェ銅像買わねェか!!?」

「バカ言え何すんだ、それで。ここは大砲を増やすべきだ‼︎ 10門買おう‼︎」

「ナミさん♡ おれ、鍵つき冷蔵庫がほしい〜‼︎」

「おれなァ! おれはなァ‼︎ 本が買って欲しいんだ‼︎ 他の国の医学の本読みてェんだ」

「酒」

「ちょっと待って待って、あんた達」

 

 目を輝かせるルフィ達だが、一番理性を外していそうなナミが冷静に待ったをかける。

 航海士兼金庫番である彼女は、はしゃぐ彼らを見張っていなければ不安で仕方がないようだ。

 

「お宝の山わけは、まずここを降りてからよ! あんたらの好き放題買い物したら、何も身にならなそう…」

 

 言いながらナミは、ちらりと視線を仲間の一人に向ける。

 そこには、ウソップ手製の車椅子に腰かけ、全身を包帯まみれにしたエレノアがぼんやりした様子で空を見上げている姿がある。

 出航した時から、ずっとこの状態で黙ったままなのだ。

 

「………………」

「…で、あれは一体どうしたんだ?」

「さっきからああなのよ………やっぱまだ、あの人が取り憑いたままなんじゃ…」

 

 突如別人に入れ替わるという、摩訶不思議な現象を目の当たりにした一味には、何が起こってもおかしくないという不安がある。

 意を決し、ルフィがエレノアの元に歩み寄って声をかけた。

 

「おいエレノア‼︎ しっかりしろ‼︎ それともお前、あいつなのか!!?」

「…ああ、うん。別に何ともないよ………ただ」

 

 どこか夢心地な様子で、エレノアが反応を返す。

 その目は、何も遮るもののない青い空―――そのさらに遠くにある場所を探しているように見えた。

 

「散々人の体で好き勝手されたのに………あの人の過去とか痛みとか知っちゃったから…怒るに怒れなくてさ。どうしたもんかと………」

 

 今回の冒険で、最も被害を被った彼女の呟きに、ルフィたちはかける言葉を失くす。

 もうこの場にいないあの人物、彼女が見せた凄まじき覚悟と無念は、無視しがたい迫力を有していた。

 

「400年前の天族か……とんでもねェもん見ちまったな」

「〝記憶の継承〟って………ああいう事なのかしらね。大昔の人が現代に蘇るなんて、不思議な話」

「そんなにスゴかったのか?」

「ああ、スゴかったぞ。バケモンみたいに強かった」

「…それでエレノア……あいつはあの後…?」

「………消えた。私の頭痛と一緒にね。それからかな……なんか、私の中の大きな何かが消え去ったみたいでさ、それがちょっと………寂しい…虚しい? 変な感覚なんだ…」

 

 恐る恐ると言った風に尋ねるウソップに、エレノア自身もよくわかっていない様子で答える。

 初めての感覚、初めての現象の体験、それらを未だ上手く消化しきれないようだった。

 

「……ん、まァいいや。とにかくこれでいつも通り! みんなには心配かけちゃったね」

「本当に大丈夫かァ? 一番ボロボロになってたじゃねェか」

「へーきへーき」

 

 身を案じる仲間達を安心させようとしてか、エレノアは車椅子に腰かけたままにこっと笑顔を向ける。

 しかし今の彼女の姿は痛々しいという外になく、その言葉をそのまま受け取るのは難しい、と言うか不可能だった。

 

「チョッパーのおかげでだいぶ良くなったからさ、心配ご無用‼︎ にゃははは―――ごべふっ!!!!」

「ぎゃ――っ!!?」

 

 気楽そうに笑っていたエレノアが、突然大量に吐血したことで、チョッパーを始めとする全員が騒然となる。

 挙句、顔の下半分と胸元を真っ赤に染めたエレノアがガックリと項垂れ、より一層の悲鳴が一味から上がるのだった。

 

「だから言っただろうがバカ‼︎」

「ああああエレノアちゃァ~~ん!!!」

「エレノアが死んだ――っ!!!」

「医者ーっ‼︎ 医者〜〜!!!」

「だからあんただっての!!!」

「騒がしい奴らだぜ…」

 

 ブクブクと血の泡を吹いて悶絶し、全身を痙攣させるエレノアを巡って全員が慌てだす。

 そんな青年達の大騒ぎを、アーレンは欄干に腰かけたまま、やれやれと肩を竦めて見つめていた。

 

 

 

 長い、長い雲の海の旅。

 途中エレノアがまた血を吐いたり、空の生物に襲われたり、色々な騒動を経てから。

 ついに一味は、空の海の果てへと辿り着いた。

 

「みなさん! 前方をご覧下さい」

「見えました、〝雲の果て〟です!」

 

 案内を買って出てくれたコニスとパガヤの声で、一味は進行方向にある大きな門に気付く。

 その先はもう一本道。もはや懐かしき青い海に繋がっている、空の海の出口である。

 

「へ――! あそこから降りられるのかーっ‼︎」

「あ――、降りちまうのかー、おれ達」

「いざ降りるとなると………確かに…名残惜しいな」

「このまっ白い海ともお別れだ」

「空島楽しかったなー、恐かったけど」

 

 空の海に至るときは、散々無茶だ死んでしまうと騒いでいたウソップやチョッパーが、寂しそうにあたりの景色に目をやる。

 苦労して辿り着いた分、手放すのが惜しくなったようだ。

 

「――あの門抜けたら………〝雲の川〟で一路青海って具合か…………」

「また来れるかしら、〝空島〟…‼︎」

「ここばかりはなー…」

 

 他の面々も同じようで、真っ白な世界を見渡し、瞼に焼き付けようとする。

 その時だった

 

「よっ」

 

 メリー号の欄干の上に登ったアーレンが、勢いよく飛び出したかと思うと、門の端にあった足場に降り立ったのだ。

 一味はギョッと目を見開き、帽子をかぶり直すアーレンに振り向く。

 

「え⁉︎ おっさんどこ行くんだ!!?」

「悪ィな、小僧共‼︎ おれはここでお別れだ!!!」

「ええ!!?」

「し…下まで降りねェのか!!?」

 

 てっきり青海まで一緒についてくるつもりだと思っていた、かなりの苦楽を共にした老人の突然の別れに、ルフィ達は戸惑いの声を上げる。

 アーレンは不敵な笑みを浮かべ、バッと大きく手を広げて答える。

 

「ここにはまだ手付かずの遺跡がゴロゴロ転がってんだぜ⁉︎ 考古学者として、ほっぽり出して行く奴ァトンだ大バカだろうが!!!」

「アーレンさん…」

「で‼︎ でもよ⁉︎ クリケットのおっさんの事はどうすんだよ!!? このままじゃあんた、死んだって思われたまんまだぞ!!!」

「心配すんな、郵便配達人を手配しておいた」

 

 アーレンが指を差した方に、一味は視線を向ける。

 すると、聞き覚えのある特徴的な鳴き声と共に、一匹の鳥―――サウスバードが飛来し、ルフィに襲い掛かった。

 

「ジョージョージョー‼︎」

「『おれを忘れるな』って」

「あ…空に一緒に連れて来ちゃったサウスバード!」

「そいつにおれが書いた手紙を持ってくように言っといた。運が良けりゃ届くだろ」

 

 押し倒したルフィの上に乗るサウスバードの足を見ると、確かに何か巻き付けられているのに気づく。

 それでも納得しきれない様子のナミたちに、アーレンは満面の笑みと共にさらに続けて言った。

 

「いいか、小僧共!!! おれとクリケット達はついに〝黄金郷〟の実在を証明した!!! だがそれは…おれのロマンが終わったわけじゃねェ!!! ここはおれにとって宝の山だ‼︎ 黄金なんて目じゃねェくらいにな!!!」

 

 実に満足げに、自分と友が抱き続けた夢を誇る老人。

 だが、彼の目はまだ強く輝きを放っている。偉業を成した今でも、まだ自分は満足しきってはいないというように。

 

「ここには隠された秘密がいくつも残されてる‼︎ 島の元の住民も知らねェようなな!!! そいつを解き明かしてこそ、おれの夢は叶うってもんだ!!! それが、おれのロマンだ!!!!」

「……そうか‼︎」

「ありがとうよ、クリケットの願いを果たしてくれて!!! おれの夢を守ってくれて!!!」

 

 アーレンはそう言って、新たな旅に向かう青年達を見送る。全身全霊で感謝を告げ、次なるロマンを求める同志達を送り出す。

 コニスとパガヤも同じく、大恩ある彼らに力の限りの感謝を贈った。

 

「ではみなさん‼︎ 私達はここまでですので!」

「お元気で、みなさん‼︎」

「あばよ、てめェら‼︎ ありがとなァ!!!」

「コニスもおっさんも、ヒゲのおっさんも白いのも元気でな!!!」

「ええ‼︎ ではすぐに帆をたたんで船体にしがみついていて下さい‼︎」

 

 船はもう、じきに門の入り口を潜ろうとしている。

 別れを告げることにばかりかまけていたルフィたちは、慌てて海を下る準備に取り掛かる。

 

「おい‼︎ おっさんの言う通りに‼︎ だいぶ高速で行くみてェだ‼︎」

「そりゃ、7000mの坂道だもんな‼︎急げ‼︎」

「おう!!!」

「黄金とエレノアも部屋に運んじまえ」

「荷物扱いすんのやめてくんない⁉︎」

 

 下りる際に吹っ飛ばされてはこの地に来た意味がない、と黄金の山を室内に運び込む。ついでにゾロがエレノアを車いすごと運ぼうとするも、本人に睨まれ拒まれた。

 ものの数秒で、一味は準備を終え青海に降りる用意を整えた。

 

「―――さて…船長。次の島への記録もバッチリ‼︎」

「んんそうだ‼︎ ここ降りたらまた、新しい冒険が!!! 始まるんだ!!!」

 

 ナミが記録指針を見せ、それを見たルフィが次なる冒険に心を躍らせる。

 ありえないとされていた伝説の島に着いても、彼もまだ満足などできない。指針が次の島を指すのなら、進むのが彼の生き方なのだ。

 

「野郎共、そんじゃあ…………!!! 青海へ帰るぞォ!!!」

「「「「「「「おお!!!」」」」」」」

 

 ルフィの号令で、やる気を昂らせる仲間達も声と拳を上げて応じる。美しく雄大な空の島を見納めに、懐かしき青い海にいざ帰ろうとする。

 その時、彼らに向かって、コニスが声を張り上げた。

 

「みなさん、落下中お気をつけて‼︎」

「落下中⁇」

 

 奇妙な一言に、一味は目を丸くして振り向く。

 落下中とはどういう意味なのか、と問い返そうとしたその直後。

 

 スポーン、と。

 半ばで消えた雲の海の道から飛び出したメリー号が、遥か高い空中に放り出された。

 

 一味は目玉が飛び出るほどに驚愕し、意味もないのにコニス達に手を伸ばす。

 コニスとパガヤは、目と口を全開にして硬直するアーレンを横に、にこやかにルフィたちを見送る。

 そして、ルフィたちとメリー号が落下を始めたその瞬間。

 

「いきますよっ‼︎ 空島名物『タコバルーン』‼︎」

 

 ポッポーッ!と、コニスの吹いた笛が汽笛のような音を鳴らし、雲の中に響き渡る。

 直後、雲の中から飛び出した巨大な影が、メリー号に覆いかぶさった。

 

「ぎゃああタコォ〜〜〜!!!」

「まさか最初に見たあいつ…!!?」

「コノヤ…」

 

 落下するメリー号、それにへばりついてくる巨大なタコに、ゾロがすかさず刃を抜きかける。

 しかし、彼らに襲い掛かったのはタコではなく、がくんっと足場が揺れる感覚だった。

 

「おいみろ、すげーぞコレ‼︎」

 

 何が起こったのか、と戸惑う一味に、ルフィが周りを指差して騒ぐ。

 釣られて上を見やった仲間達は、メリー号の真上に広がるタコの、風船のように広がるその姿に、しばらくの間目を奪われた。

 

「減速した……」

「うわ〜面白ェ〜〜〜〜!!!」

「バルーンだっ‼︎」

「何だコリャ‼︎」

「お…おれァ、おれァ、もうついにあの世に逝ってしまうものかと…」

 

 完全に死を覚悟した一味は、ほっと安堵の息を吐いてその場にへたり込む。海の藻屑とならずに済んで、力が抜けてしまったようだ。

 

 そんな彼らの耳に、あの音色が届いた。

 400年にも渡る戦を終わらせた黄金の鐘の音が、再び空の彼方から奏でられたのだ。

 

「うっはっはっはっ‼︎ いいなコレ…」

「ああ、い〜〜い気持ちだ〜…」

 

 空の民から、恩人達に贈られる祝福の音に、そして巨大なバルーンに揺られる心地良さに、ルフィ達はしばしの間浸り、微睡む。

 大冒険の幕間、次の航海までの骨休めに、一味はのんびりとした時間を享受する。

 

 ―――ふと見上げると、目に映る空

    夢か現か、雲の上の神の国

    遥か上空1万m

    耳を澄ますと聞こえる鐘の音

    今日も鳴る

    明日もまた鳴る

    空高々に鳴る鐘の音が

    さまよう大地を誇り、歌う

 

 遥か彼方に住まう、多くの友人達。そして長い贖罪の旅尾を終えた過去の戦士達に見送られながら。

 一味は、ゆらゆらと遊覧飛行の旅に耽るのだった。

 

 

 

 

 

 だが、ある一人の少女だけが、重い表情で黙り込んでいた。

 

(………今回の事で、私は一つ思い出した事があった…)

 

 揺れるメリー号の上、未だに残る全身の鈍痛に顔をしかめながら、エレノアはある一つの事実について考える。

 それは、あの海に挑んだ前後の、さりげない会話の事だった。

 

(ナミに言ったあの話は…間違っていた―――私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 空島に異様なほどの執着を見せた自分に、ナミが訝し気に問いかけてきた時の事。

 何故だったのか、その時のエレノアは答える事ができなかった。

 だが、普通ではありえない経験をした今なら、はっきりとわかっていた。

 

(あれは私の記憶ではなく、私の先々々代の天族…………アイザック・エインシェンの記憶……全くの別人の記憶だった。それを私は…まるで自分の記憶のように思っていた……)

 

 その真実を目の当たりにし、エレノアは背筋に寒気が走るのを自覚する。

 やがて仲間達にも聞こえないような小さな声で、天使は呟いた。

 

「〝今〟の私は………一体誰なの」

 

 それに対する答えは、今のところ、影も形も見当たらなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。