ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

158 / 324
ONE PIECE FILM RED を見て衝動的に書きたくなった箇所を加えました。


まだ観ていない人、観る時はご覚悟を―――


第16.5章 庭に埋めた罪の証
第157話〝遠い空の先へ〟


「…………そうか、彼の方の無念は…晴らせたのか」

 

 ばたばたと海風に髪をなぶられながら、その女は一人呟く。

 それに反応する、顔に傷跡のような刺青を刻んだ男が、寂しげに青空の先を見つめる女に問いかける。

 

「何か聞こえたのか? ニューラ」

「…ああ、遠い遠い果ての空から、約束の鐘の音がな」

「それって………『うそつきノーランド』にあったでっかい黄金の鐘のか⁉︎」

「ああ、そうさ」

 

 二人の会話に、鉄パイプを武器に持ち、ハットを被った金髪の青年が強く反応する。

 顔の左側に大きな火傷の後を残した彼は、静かに頷く女に興奮気味に顔を寄せる。好奇心で、その目はキラキラと強く輝いていた。

 

「……‼︎ どこかの誰かが見つけたんだな…すげェな、どこの誰なんだ⁉︎」

「さァな…ただ私としては、もうあの〝声〟に煩わされる事がなくなって一安心しているところだ」

 

 ふん、と鼻を鳴らしながらそう告げる女。だがその横顔は、やはり少しは気が薄れて見え、寂しさを表している。

 しんと静まり返った雰囲気の中、女は仕切り直すように青年に振り向いた。

 

「……それで、サボ。私に何か用か?」

「ああ! ホーエンハイムさんが重要な話があるって! 何でも……」

 

 はっ、と我に返った青年が、慌てて居住いを正して女に向き直る。

 次の瞬間には、青年の気配は鋭く研ぎ澄まされ、一人の戦士のものに変貌していた。

 

「……〝約束の日〟の正確な日時がわかったって」

「!!!!」

 

 その言葉に、女と刺青の男は僅かに目を見開き、そして眉間にしわをよせた険しい表情になる。

 ピリッ、と張りつめた空気の中、女が青年に頷きを返した。

 

「…すぐに行く。他の幹部も今、集められる連中は全員集めておけ」

「了解…‼︎」

 

 帽子のつばを下げ、笑みを浮かべた青年が颯爽と二人の前から去る。

 足音が遠く去っていき、再び風の音だけが響く中、フッと息を吐いた女が物憂げな表情で口を開いた。

 

「……手間をかけるな、ドラゴン」

「気にするな、お前の宿敵は我々の仇敵でもある。………我らは同じ未来を見ているのだ」

 

 何処か申し訳なさそうな、落ち込んだ様子を見せる女に、刺青の男はそう言って労うように肩を叩く。

 彼の優しさに心底感謝するように微笑みを浮かべた女は、再び遠い空の彼方を見やり、それはそれは恐ろしい形相で嗤ってみせた。

 

「さて………この世界を破壊する日も近いな」

 

 それはあまりに危険で、凄まじい憎悪の響きを持った声で。

 傍らに立つ刺青の男も、似たような笑みを浮かべ、同じ空を見て嗤っていた。

 

 

 

「……この音は、やはりそういう事でしょうか」

 

 ボウルに入れた生地をこねていた手を止め、その女は独り言ちる。

 ピコピコと、頭から生えるウサギの耳を動かし、遠く空の彼方から聞こえてくる音色を確かめる。

 すると、そんな彼女の背中に、大きく逞しい男の手が添えられた。

 

「どうした? エクレール……疲れたのか?」

「…いいえ、少し…気になる〝声〟が聞こえたもので」

 

 ぼんやりとした様子で、空を見上げて答える女。

 彼女の背後に立った、長い足と鍛え上げられた身体、そして大きく裂けた口を持つ男は彼女を―――自分の妻を優しく、しかし強く抱きしめる。

 そうしなければ、この女は勝手に何処かへ行ってしまいそうな気がしたからだ。

 

「無理はするな……お前が望む事とはいえ、倒れては元も子もない。…お前はもう十分傷ついたのだ。あまりおれを心配させるな……」

 

 心の底から案じる声、背中に感じる温もり、そして鋼でできた自分の両腕に触れられる感触に、女は蕩けるような微笑みを浮かべる。

 日課であるドーナツ作りを中断し、手を拭った彼女は、この世で最も愛しい男の胸に縋りつき、彼の顔に両手で触れる。

 

「そのお言葉だけで、私は幸せです。あのまま堕ちて……使命を果たせぬまま、世を、人を恨んで怪物に成り果てるところを救われたのです。まだ非力ではありますが、どうしても私は…カタクリ様、あなたのお力になりたいのです」

「………エクレール」

「どうか、笑って見守っていてください………私は身も心もあなたのもの。いつまでも、あなたのお側にいられますように…」

 

 万人が瞬く間に魅了されるような笑顔を見せ、女は少し背伸びをし、自分の顔を夫の顔に近づける。

 唇同士を触れ合わせ、彼と互いの温もりを堪能しあうと、女はリンゴのように頬を染めてまた笑った。

 

「遥か過去からの使命のためになどではなく、あなたの為に存在していたいのです―――我が〝王〟よ」

 

 自身を抱きしめる力がより強くなるのを感じながら、女もまた、自身の熱を伝えるように、愛しい男に体を擦り付けた。

 

 

 

 シャラン、と、髪留めに付いた鈴が音を鳴らす。

 その音に混じり、遠く離れた空から聞こえてくる音色に、二人の少女がピコピコと馬の耳を揺らして顔を上げた。

 

「…ねェ、ふら。聞こえた?」

「うん…聞こえましたよ、める」

 

 広く畳が敷き詰められた部屋の中心で、少女達は並んで頷き合う。

 声音も容姿も全く同じ、口調と瞳の色のみが異なる彼女達が、音の余韻を聞き届けながらため息をついた。

 

「鳴ったわね、途切れてしまった願いが」

「鳴りましたね、使命と願いに苦悩した彼の方の約束の音が」

 

 その胸に宿るのは、安堵か寂寥感か。

 もうその者が苦しまずに済むことに対してか、その者の残滓がすべて消えてしまったことに対してか。二人には判断がつかなかった。

 

「少しずつ、少しずつ動いてる……この時代が」

「大きなうねりを呼んでいる……この世界に」

「もうすぐですね」

「もうすぐなのね」

 

 二人の少女は、細めた目で障子の外を見やる。

 かつては清らかな自然と人があって、美しかったというこの国。今や汚れた空気と汚れた水、そして外敵によって穢され、見る影もない。

 それを未だ取り戻せない事を嘆き、少女達は重いため息をついた。

 

「あと2年で二十年………長いわね」

「長いですね……待ちきれなくてたくさん死んでしまいました」

「侍達がたくさん死んだ…母様も死んでしまったわ」

「悲しいですね」

「悲しいわね」

 

 示し合わせたように目を伏せ、耳を垂らし、二人の少女はまた遠くの空を見やる。

 自然の要塞で守られた、そして同時に閉じ込められたこの場所に、いつまでいなければならないのか。変わる時はいつなのかと、少女達は常に焦れていた。

 

「本当にいるのでしょうか………世を照らす明けの光は」

「本当に来るのかしら………世を変える約束の人は」

「「本当にできるのか………彼の〝神〟を討ち亡ぼす事は」」

 

 そう呟いた途端、少女達の胸にどす黒い炎が浮かび上がる。

 ハッと我に返ると、少女達は心を沈め落ち着こうとする。が、そうするより先に、記憶に焼き付いた仇敵の顔が浮かび上がり、少女達の表情はますます険しくなった。

 

「でも……それより先にやる事があります」

「ええ、斬らなければならない奴がいるわ」

「それが私達の願い」

「それが私達の最初の使命」

 

 シャラン、とまた鈴が鳴る。

 何処かの部屋で聞こえてくる、贅の限りを尽くしたどんちゃん騒ぎ。憎い憎いあの男がはしゃぐ様が脳裏に浮かび、勝手に手に力が籠もる。

 湧きあがる殺意を押さえるのに必死になりながら、少女達は天井を仰ぐ。

 

「…いつか見つかるのでしょうか、私達の〝王〟は」

「見つかるといいわね、私達の〝王〟が」

「おでん様みたいな人がいいですね」

「だけど、あの方のような〝王〟はもう早々現れない……本当に悲しいわ」

「あと2年…………待ち遠しいですね」

「待ち遠しいわね……二十年は」

 

 こうした会話が何度続いたことか、と二人一緒に苦笑し、少女達は肩を竦める。

 いずれ来るその時を、少女達はいつまでもいつまでも待ち続けていた。

 

 

 

「やーやー……思わぬ報せが入ったものですなァ。あの音色をまた聞く事になろうとは………鳴らしたのは誰かな? 我が王かな? 赤っ鼻かな? いやはや思いもよらなんだ…」

 

 海を見渡せる崖の上で、栗鼠の耳と尾を持った女が笑みを浮かべて呟いた。

 小さな体で懸命に背伸びし、遠い遠い海の彼方を覗き込もうとするような姿を見せる。

 

「昔見たのが懐かしいねェ…………鳴らそうかと思ったけど、部外者の僕が口を挟んでいいものじゃないし。いや~よかったよかった……だけどそれは()()()()()()()()()()()()()()()って訳で……そっちの方が心配だねェ」

 

 ふりふりと大きな白い尾を左右に振り、虚空を見上げる栗鼠の女。

 ぱたぱたと雀に似た翼を羽搏かせ、顔も知らない誰かに想いを馳せる。

 

 よくやった、と称賛する気持ちが半分と―――大丈夫なのか、と案じる気持ちが半分で。

 

「大丈夫かねェ……………僕は割と早くにシャンクスに出会えたから平気だったけど、出会えなければいずれ〝初代〟に完全に呑まれる事になる。約束を果たしてくれた誰かさんにも、ちゃんと〝王〟がいるといいんだけど」

 

 むぅ、と頬を膨らませて、女は険しい顔で腕組みをする。

 

 天族としてこの世に生まれた以上、自分達はいつか出会う事になる。

 だがその時、味方として出会うか敵として出会うかは当人達次第。争わない未来を期待したくとも、簡単にはいかないと嘆きをこぼしていた。

 

 その時だ、一人佇む女の元に駆け寄る、一つの人影があったのは。

 

「リジー! そこで何やってんの~? ゴードンがご飯だって」

「あーい、わかったよ………ウタ」

 

 紅白に分かれた髪色を持つ少女に呼ばれ、女は海に背を向けて歩き出す。

 

 自らの〝王〟に託された宝物―――望まぬ重荷を背負わされた、何に変えても守りたい存在を視界に映しながら、女は島の中へと歩を進める。

 

「一人で誰に向かって話してたの~? おっかしいの!」

「〝世界の歌姫〟様は手厳しいなァ……僕だって泣いちゃうぞ?」

「泣いたら笑わせてあげるよ‼ 私の歌は、みんなを幸せにするんだから!!!」

 

 この少女がいつか、〝王〟のもとで心からの笑顔を浮かべられるように。

 たった三人しかいないこの島で、彼女を見守り続ける為に。

 

 

 

「……凶星じゃ。しかし同時に吉兆でもある」

 

 遠く遠く、夜空が輝く空の下で、その女は一人呟く。

 ヒクヒクと動く狼の耳を動かし、届く〝声〟に耳を傾ける。

 頭上に輝く星は数多い。その中でもたった一つ、禍々しい輝きを放つ光が瞬いていることに、女は思わず目を細めた。

 

「いずれ来たる決戦の日が近い…………我等が父と、〝最初の一人〟の悲願が果たされる日が近い。じゃが…同時に世が大きく荒れる時が来る」

 

 鐘の音を運んできた風は、今や囂々と唸るような響きを奏でている。

 このうねりが齎すものははたして、喜劇か悲劇か。未来を予言する事しかできない女には、まだまだ見通せない光景だ。

 

「我等が父は望むまいが……急がねば。我等の使命を果たす為に。どうか我が〝王〟よ、見ていてほしい………そして願わくば、見守っていておくれ」

 

 そう呟き、女はまた別の空に目を向ける。

 遠く果てより響いた、確かに聞こえた鐘の音……その余韻が少しずつ消えていくことに、少し寂しそうに目を伏せ、女は誰かに向けて語り掛ける。

 

「エインシェン………お前はよく頑張った。後はゆっくりと、休むがいい…――」

 

 

 

「……………ひ、めひひひひ。随分懐かしい声が聞こえましたね……とっくに虚しく消え去っているものと思っていましたが、まだしつこくこの世に縋りついていましたとは」

 

 暗く、深く、湿っぽい闇の中、じゃらりと金属音が鳴り響く。

 四肢を封じ、地の底に縛り付ける太く長い鎖の枷を見下ろしながら、湾曲した角を持った女が不気味な笑い声を漏らす。

 

 闇の中でもわかる爛々とした目の輝きが、下りの外よりもさらに外を見つめ、にたりと悍ましく歪められる。

 

「鬱陶しかったんですよね……見っともなくわんわん泣いて、嘆いて。消えてくれたのは本当に重畳です………()()()が目覚める予兆でもあるんですから、めひひひひひ…!!!」

 

 血に染まった監獄の檻の中、一人笑い続ける女。

 その姿に、見回りに来た看守達は物陰に身を潜めながら、がたがたと身を震わせ息を呑んでいた。

 

「…檻の中にいながら、この悍ましさ……!!!」

「イカれてるぜ…………やっぱり異名は伊達じゃない…史上最悪の天族〝狂姫〟ジル・ド・ララ……!!!」

 

 

 

 過去の亡霊が響かせた音色は―――世界各地で、同胞達に報せを届けた。

 それが何を呼び起こすのかは……まだ、定かではない。

 

 

 サクサクと草を踏み、四人がある丘の上に向かって歩く。

 スコップやバケツを片手に、一人の老婆が先陣を切って向かう先にあるのは、焼け焦げた家の跡地。

 そのすぐ横の地面を指差し、老婆―――ピナコは立ち止まった。

 

「家の裏だよ。たしか…この辺だ。ここに()()を埋葬した」

 

 過去への決別のつもりで自ら焼いた、自分達の家。

 数年ぶりにその場所に立ち、エドワードはきつく唇を噛み締め、アルフォンスは拳をきつく握りしめる。

 不安げにウェンリィが見つめる中、ピナコは兄弟に尋ねる。

 

「やめるかい?」

「……いや、手足の付け根が痛む。天気が変わりそうだから早く済ませよう」

 

 痛みだけではない、別の理由で右腕を押さえながら、エドワードはスコップを握り直す。

 今にも血を吐きそうな形相の彼に、ウィンリィが恐る恐る声をかける。今のエドワードを、正直見ていられなかったのだ。

 

「ねェ…ホントにやるの?」

「ああ…」

「うん…」

「ホントのホントに必要なことなの………その…だって……エドとアルの…お母さんを」

 

 兄弟が見下ろす先の地面、そこにあるのは、かつて彼らが作り出した人間擬き―――彼らの母が。

 いや、母と思わしき何かが埋められている。それを今から暴こうというのだ、ウェンリィが止めたがるのも無理はなかった。

 

「気になる事があるからっていきなり戻ってきて……それで、二人のお母さんの遺体を調べるなんて。やっぱりやめようよ……こんなのおかしいし………二人だって‼」

「やらなきゃダメなんだ…!!! 黙って見てろ…‼︎」

 

 そうきつい口調で言って、エドワードはスコップを振り下ろし、地面に突き立てた。

 

 

 ザクッ、ザクッと何度も地面を削る音が響き、辺りに土が積み上げられる。

 数十分もの間、ひたすらに地面を掘り返す作業が続けられているが、未だ探し物は見つかっていない。

 無意識に、見つける事を拒んでいるからかもしれなかった。

 

「いけない、降って来ちまったよ」

「ね…ねェ‼︎ 一度やめにしない? ぬかるんできたら掘りにくくなって……」

 

 元からかなり悪かった天候が完全にへそを曲げ、ぽつぽつと雨粒が落ち始めた頃合に、ピナコとウィンリィが止めに入ろうとする。

 だが丁度その時、ガシャンと音を立てて、兄弟が膝をつく姿が目に入った。

 ピナコとウィンリィは慌てて二人に駆け寄り、腹部を押さえて蹲る彼らに寄り添う。

 

「‼︎ エド‼︎」

「胃が……ねじ切れそうだ……」

「臓器なんてないのに……体の奥底が…苦しい…!!!」

「当たり前だよ‼︎ お前達にとっちゃ最大の精神的外傷(トラウマ)だ!!! ……もうやめよう。お前達が壊れちまう」

 

 兄弟にとって最大の罪、母を蘇らせようとして失敗し、異形の姿にしてしまった。その罪の意識は、彼らの心を今でも蝕んでいる。

 自らの傷を自ら抉るような真似をして、無事で済むわけがない。

 だがエドワードは二人の制止に、強く首を横に振ってみせた。

 

「確認しないと……前に進めないだろ。錬金術師は…真理を追い求める者だ。自分に都合の良い所だけ見て………それで済まされて良い訳がない」

 

 キッ!と青年の目に、意地の炎が灯る。

 目を逸らし続けてきた己自身の罪に、向き合う覚悟を決め、再びスコップを構えた。

 

「逃げて…たまるか!!!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。