ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第158話〝庭に埋めた罪の証〟

 それから、長い時間が過ぎた。

 悪天候の中、何度も襲う苦痛に耐え、時に嘔吐しながら、兄弟は母の骸を探し続けた。見ていて痛々しいほどに、しかし決して諦めることなく。

 

 そしてついに、見つけた。

 母の骸、それに生えていた長い髪の一部を。

 

「ばっちゃん……アル……ウィンリィ…………母さんの髪は栗色だった…」

 

 泥で汚れたそれを水で洗い、持ち上げるエドワード。

 悲壮な表情で固まる彼に、そして彼が持つ髪の一部を目の当たりにし、ピナコ達はたまらず愕然となった。

 

「………黒だ…!!!!」

 

 驚愕も冷めないうちに、エドワード達はさらに遺体を暴き、全体を探し出す。

 骨を規則正しく並べ、ピナコがさらなる正確な情報を把握する。そのおかげで、信じがたい事実が露わとなっていった。

 そこから示される、兄弟の母の特徴が見当たらないという真実だ。

 

「これは、お前達の母親ではない」

 

 ピナコがそう断言した瞬間、エドワードはがくりと膝をつき、アルフォンスは頭を抱えて項垂れる。

 あまりにも残酷な真実に、兄弟の心が悲鳴をあげる様子が目に見えるようだ。

 

(全く別人…いや…別の『もの』!!? やはり無関係なものを作って、この子らは身体を持って行かれたのか。あまりにも理不尽な…!!!)

「……………は、は…はは…はは、ははは」

 

 兄弟と同じく、愕然と並べられた遺体を見下ろすピナコとウィンリィ。

 棒立ちとなる二人のすぐそばで、天を仰いでいたエドワードが突如、壊れたように笑い声をあげ始めた。

 

「兄さん………‼︎」

「そうだ。死んだ人間はどんな事をしても元に戻らない、これは真理だ」

 

 アルフォンスが震える声で、案じる様子で話しかけると、ピタリと兄の笑い声が途切れる。ぶつぶつと呟く姿は、見ていられないほど悲惨であった。

 

「人体錬成の完璧な理論だの、禁忌だのと…何をやってるんだ、おれは」

「エド…」

「エド、しっかりおし。気をたしかに持つんだ‼︎」

「大丈夫だよ」

 

 かける言葉が見当たらないピナコとウィンリィに、エドワードが告げる。

 その声に、投げやりな印象はない。それどころか、以前にもまして力強さを感じられるようにも思えた。

 

「ただ証明されただけだ………姉弟子の推測が。あれは母さんじゃなかった…おれ達は母さんの魂を取り戻すことはできなかったんだ。そりゃそうだ……母さんはもう、こちら側にはいなかったんだから」

 

 小さな声で呟くエドワードを、三人は唖然とした様子で凝視する。

 何かが、彼の中に起きていた。何かが、彼をはっきりと変えてみせていた。

 

「あの日から今さっきまで、これは絶望の象徴だった………だが今は、これが希望につながる」

「え?」

「なんて事だ………答えはスタート地点にあったんだよ、アル」

 

 戸惑い、硬直する弟に、エドワードははっきりと告げる。

 その目に、確かな希望の光を見出して。

 

「お前は元に戻れる!!!!」

 

 

 

「なァ、ばっちゃん」

 

 掘った穴の中に、母ではないとわかった何者かを戻してから、エドワードが口を開いた。

 ピナコは打ちひしがれている様子の彼を見やり、沈痛な表情で耳を傾ける。

 

「ちゃんと墓…作りたい」

「……墓石になんて刻むんだい?」

「……………わかんね」

 

 悲痛に顔を歪めるエドワードは、じっと名も無き誰かが埋められたそこを見下ろす。今一度自分の罪を、見つめ直そうとするように。

 

「わかんねーけどこれ……あの時、たしかに動いておれを見ていた。たった一瞬でも人間だった。おれ達が作って死なせてしまった………人間だ。墓、作るよ」

 

 エドワードの決意に、ピナコは勿論、アルフォンスもウィンリィも何も言う事ができない。

 重い空気の中、意を決した様子でアルフォンスが声をかける。

 

「兄さん…これが母さんじゃないなら…その…」

 

 言い辛そうな様子の弟に、エドワードは真剣な表情で振り向く。

 戸惑いも困惑もないその顔は、彼が何を言わんとしているか、予想していたようだ。

 

「今のボクは…人体錬成が不可能だって言うなら、兄さんが錬成してくれたボクの魂は…姉弟子の錬成したエースは……」

「ああ、確認しなきゃならない事が沢山ある」

 

 庭を掘るために用意した道具を担ぎながら、エドワードは険しい表情で考え始める。その際、今一度ピナコの方に視線を向けた。

 

「ばっちゃん、おれとアルは間違いなく母さんの子供だよな」

「ああ、そうだよ。二人とも出産の時はあたしが取り上げたんだ。間違いなくトリシャとホーエンハイムの子供さ」

「うん。うん、よし」

 

 訝しげに首を傾げるピナコを放置し、エドワードは歩き出す。

 何かに辿り着いたことは確かだが、それが何なのかわからず、アルフォンスもウィンリィも眉間にしわをよせていた。

 

 

 

 場所を変えて、以前にロックベル家が使っていた工房兼自宅のリビングにて。

 ピナコがお茶を入れるためにその場を後にしている間に、持ってきていた電伝虫を片付けたエドワードが、ボリボリと頭をかきながら入室してきた。

 

「……次会う時…顔合わせづらいな」

「師匠はなんて…?」

「切られちまった。……当たり前だよな」

 

 久しぶりの帰郷で発覚したある真実の確認のため、師であるイズミにある質問をしたのだが、突如切られてしまい、答えを聞けずじまいなのだ。

 深いため息をついてソファに腰かける兄に、アルフォンスがやや焦れた様子で詰め寄った。

 

「いい加減聞かせてよ兄さん。一体どう言う根拠があってボクが元に戻れるって……それに母さんが母さんじゃなかったって…」

「落ち着け…………その前に二人に質問なんだが…」

 

 迫るアルフォンスを手で制しつつ、エドワードは二人を見つめる。

 突如その顔が、照れで赤く染まり始めた。

 

「ウィンリィを…その…よ…嫁にすんのどっちだ…って兄弟ゲンカした事、覚えてるか?」

「え? ああ、そういえばそんな事あったね」

「なつかしー! 5歳位の時だっけ?」

「アルに聞いて知ったんだけど、両方ふったってな」

「うん、ふったふった」

「理由は?」

 

 遠い昔の事ゆえか、思い出したくなかったからか、記憶から消えていた黒歴史ともいえる思い出話を始めるエドワード。

 アルフォンスとウィンリィは訝しみながら、せーのと同時に答えを返した。

 

「『あたしより背の低い男はいや』」

 

 その瞬間、エドワードが吐血しながら吹っ飛んだ。

 思っていた以上に酷い理由で、衝撃に耐えられなかったようだ。

 

「身長で男の価値決めんなよ‼︎ 鬼‼︎ 悪魔‼︎ サイテー‼︎ 悪女‼︎」

 

 えー、と困り顔でうめくウィンリィに、エドワードは力の限り叫ぶ。

 背の低さが死活問題である彼にとっては見過ごせない、あまりにも残酷な理由に、吠えかからずにはいられなかった。

 ぜーぜーと荒く息をつくエドワードに、ウィンリィが再び問いかける。

 

「なんの関係があるの」

「おれが知らないアルの記憶の確認だよ。他に何かないか?」

「エドが寝てる間に○○を○○○○で○○○○とか覚えてる?」

「うんうん、ボクとウィンリィで○○な兄さんの○○○を○○○○○とか」

「○○な○が○○○○って」

「もういい…聞きたくない…」

 

 水を向ければ出てくる出てくる、ろくでもない思い出の数々。

 悲しみで煤けるエドワードが「お前ら憶えてろよ…」とかすれた声で嘆くが、すぐに復活して真剣な表情に戻った。

 

「つまりだな、おれの知らない…知り得ない記憶、その鎧の身体になる前…10歳までの記憶があるって事は、あの日、おれがその鎧に定着させたアルは本物のアルって事だ」

 

 二人の(ウィンリィはほとんどついて来れていない様子だが)注意が集まったことを確認し、エドワードは語る。

 砂漠の国での姉弟子との再会と、語らいについて。

 

「これは以前……姉弟子にも確認してある事だ。別れる前…師匠のところで厄介になったときに聞いたんだが――」

 

 

 

 ―――なァ…姉弟子。

    今からスゲーイヤな事聞くけど、いいか…?

 

 師に破門を言い渡されてから少しして。

 それは、姉弟子の失った足についての過去を聞いて、エドワードが抱いたある疑問についての事だった。

 

『? 何さ、急に改まって』

『姉弟子の推測がもし合ってたとして……そうなると、おれ達が錬成させた母さんは、母さんじゃなかったってことになる。だったら………その、おれが錬成したアルの魂や、姉弟子が蘇生させたエースは…………‼︎』

『…ああ、そんな事か』

 

 自分達はもしや、思っていた以上にとんでもないものを生み出したのではないか。今この世界に生きているかの者は、果たして本物なのだろうかと。

 そんな問いに、エレノアは酷く呆れた様子で半目を向けて告げた。

 

『本物に決まってるでしょ。私があの人を間違えるわけないじゃない』

『そ…それを証明する根拠はあるのか⁉︎』

『あるよ、だって…』

 

 ふっ、と不敵に笑い、エレノアは語った。

 自分が間違うはずがないと、確固たる根拠をもってして。

 

 ―――エースからルフィの事を聞いたのは、エースを取り戻した後なんだもん。

 

 

 

 アルフォンスは、エドワードの疑問に、そしてそれに揺らぐことなく答えた姉弟子の答えに愕然となる。

 

 本物かどうか怪しい、死の淵から引き揚げられた人間。

 しかし、それが自分が知るはずのない記憶を有していたのならば、本物と判断しても何の問題もないだろう。

 それが自分にも当てはまる以上、自分も本物のアルフォンスと認識して問題はないのだ。

 

「じゃあ、アル。お前の10歳以降の記憶…鎧の身体になってからの記憶はどうだ?」

「?」

「エースと違って、脳ミソを持ってないのに、鎧になってからの記憶と経験はどこに蓄積されている?」

 

 そう言われて、アルフォンスは少し考える。

 確かにこの身体はただの鉄の容れ物、中身がないのに、一体どこに保存しているのか。

 唯一変わったところと言えば、背中側にある兄の血の紋くらいのものである。

 

「これは?」

「それはあくまでお前の魂を定着させるためだけの印だ」

 

 言わば目印。考えたり覚えたりといった機能はない、魂を繋ぎとめるための命綱でしかない。

 故にエドワードは、ある突拍子のない可能性を見出していた。

 

「思うに、どこかに存在するアルの肉体は、今も活動していて脳は働いている」

 

 こんどはさらに驚愕をあらわにし、アルフォンスはガタッとソファから飛びあがりかける。

 ウィンリィは全くついて行けていなかったが、突如腰を上げたアルフォンスにびくっと身体を震わせていた。

 

「そんなムチャクチャな…‼︎ 根拠は…」

「根拠はある!!! Mr.2・ボン・クレーの食った悪魔の実、〝マネマネの実〟の能力だ!!!」

 

 エドワードの脳裏に、敵の組織の一員として争い、後に麦わらの一味を逃すためにその命を懸けた男の背中が蘇る。

 触れた者の顔を覚え、肉体もろとも変身することのできる悪魔の実の能力者―――その特殊性が、エドワードにある事実を見せた。

 

「あいつはあの時………サンジをのぞく全員の顔をコピーした。その後コピーした顔を披露したがその際、その場にいない顔が1人出てきた………あれは間違いなく、おれと同じだけ成長したお前だった‼︎」

 

 皆は単に、能力の凄まじさに感嘆し驚いていたが、エレノアとエドワードはその瞬間思考を止めていたくらいだ。

 絶句するアルフォンスを放置し、エドワードはさらに続けて語った。

 

「なぜ、あの時ボン・クレーは鎧の姿にならなかった? それはあいつの能力がお前の今の身体ではなく、お前の本来の肉体をコピーしたからだ」

「………‼︎ ボクの身体は…門よりこちら側にある…⁉︎」

「錬金術において、人間は『肉体』と『魂』と『精神』の三つから成ると言われているが、おれは『肉体』と『魂』をつなぐのが『精神』だと考える。アルの魂と消えた肉体はどこかで精神によってつながってるんじゃないか?」

 

 言ってからエドワードは、機械に置き換わった己の左脚を見下ろす。

 あの日の痛みは、今でも忘れはしない。何より痛かったのは弟が消えたことだが、今注目しているのは当時の足の痛みについてだ。

 詳しく言うならば、自分が無意識のうちに口にしていたある言葉について。

 

「おれはあの日、無意識に『持って行かれた』と言った。『死んだ』ではなく『持って行かれた』んだ、お前は」

 

 痛みを堪えながら、なぜ自分がそういったのか。

 無意識故に疑問に思うことはなかったが、意識してみると不自然な台詞であることに気付く。そうして、真実が少しずつ見え始めていく。

 

「持って行かれたのは母さんを錬成するための材料としてではなく、真理の扉の〝通行料〟…そうだ、あいつはたしかに〝通行料〟だと言っていた。そして、おれはまた右腕という〝通行料〟を払ってお前の魂を引っ張り出した」

 

 それは、心理の扉を開いた者にしかわからない独特の感覚であろうか。

 ただの物理現象の失敗ではない、禁忌を犯したことによる悲劇がもたらした、その者の深層意識が抱く感想であろう。

 そして、扉の前にいるかの者の存在が、その感覚を強めていることは確かだ。

 

「母さんは〝死者〟だ。こちら側にもう存在しないものをあの扉から引っ張り出すのは不可能だ。だがアル、お前の魂を引っぱり出せた事…そして姉弟子がエースの魂を取り戻せた事………それがお前らが〝生者〟として存在する証だとおれは思う」

 

 ここで再び、エレノアの仮説が役に立つ。

 輪廻転生、生まれ変わりが実在するとして、別人に転生した以上その者の存在は消える。探したところで、引きずり出そうとしたところで、見つかるはずはないのだ。

 

 だが、兄弟は母らしき何かを生み出した。

 生きて動く何かを―――何者かの魂をあの肉の塊の中に入れてしまっていた。

 

「あの時、真理の扉の中で手を伸ばしたおれは………母さんのようなものに手が届かなかった」

 

 今度はエドワードが、アルフォンスに詰め寄り問いかける。

 片腕片足を代価に門の知識を手に入れたエドワードに対し、アルフォンスは全身。エドワード以上の代価を支払い、より多くの知識を得ている筈なのだ。

 

「アル、思い出せ! お前が手を伸ばした先に…おれの見たものよりさらに先には…」

 

 アルフォンスの記憶の扉が、事件のショックで封じられた彼の記憶の鍵が、ゆっくりと開かれていく。

 とてつもない情報の波の中、縋る者を、助けを求めて、扉の向こう側に見えた影に向かって必死に手を伸ばしたあの時。

 

 自分を見て嗤う自分自身―――心理の姿が、そこにはあったのだ。

 

「…ボクがいた‼︎ 母さんはいなかった………!!!」

「そうだ‼︎ あそこにいるのはお前だ‼︎」

 

 わなわなと手を震わせアルフォンスは身を震わせる。

 

 そうすると、次々に封じられた記憶が蘇っていく。

 会心の出来だった錬成陣の中心から見えた、中身の消えた子供の衣服、そして血だまりとその中にいる兄。

 それが見える位置にあったものを思い出し、アルフォンスは声を震わせた。

 

「思い出した………ボクはあの時…母さんだと思っていた者の中から兄さんを見ていた……!!!」

「……あれにお前の魂が定着しなかったのは不幸中の幸いか…」

 

 真っ当な人の姿を保っていない、出来損ないの肉の人形。

 そんな物の中にアルフォンスの魂が宿っていれば、今以上に悲惨な生を送る羽目になっていただろう。

 喜びも安心もできないが、少なくともましだとは思える結末であった。

 

「そうか、あれは母さんじゃなかった…」

「許してくれとは言わない。全く関係ない者を錬成してお前を巻き込んで……おれは…」

 

 命を弄んだ、という表現では物足りない、残酷な所業。

 それを自分達が行ってしまったのだと知らしめられ、沈痛な表情で彼らはうつむく。

 途中、話についていけずとも、重い空気は感じて黙っていたウィンリィと、お茶を持って物陰に潜んでいたピナコが、険しい顔でため息をつく。

 

 

 そんな時だった。

 片づけたはずの電伝虫から、一本の電話が入ったのは。

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