ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「? 誰だろ……はい、ロックベルで…」
訝し気に、席を立ったウィンリィが電伝虫の元に向かう。
兄弟の話にほぼ全くついて行けず、しかし空気の重さはわかってしまったため、気分転換も兼ねているように見えた。
「……え? エドに…ですか?」
「どうした、ウィンリィ?」
「カーティスって人から……あんた達の師匠なんだよね?」
「師匠から⁉」
寝耳に水な、先ほど気まずく会話を断ち切られたばかりである師匠からの連絡に、エドワードは眉間にしわをよせ、立ち上がった。
「師匠⁉」
『エドか?』
慌ててウィンリィから受話器を取ったエドワードに、イズミが即座に口を開く。何処かその口調は、急いでいるように聞こえた。
「どうしたんですか」
『私の家系と旦那の家系を調べていた』
「え?」
実力のある錬金術師として、プライドに関わる質問をしたため、怒りを抱いてもおかしくはないと覚悟していたエドワード。
しかしイズミの声にそんな様子は感じられず、エドワードは緊張した面持ちで師の言葉の続きを待った。
『私があの子を錬成した時は、旦那の髪と自分の血とあの子の遺骨を使った。なのに錬成されたあの子は肌の色、髪の色ともに、私達夫婦から生まれるはずのない色をしていた………何か突き止めたんだな?』
イズミの問いに、エドワードはついその場で頷いてしまう。
そして先ほど自分が辿りついたばかりのある真実について、微かに震える声で報告する。
「はい。死んだ人間は………失われた人間は再構築できないという確信です。姉弟子の例については………」
『そのへんは旦那から聞いた。…そうか、よかった。アルの肉体は生きているんだな』
心底安堵した様子で、ほっと息をつく声が聞こえる。
同時に師の声には、酷く悔しがるような響きも感じられる。やはり、自分がもたらした情報にショックを覚えているようだ。
『こっちは完璧だと思っていた錬成理論を完全否定されたよ。術師の面目丸つぶれだ』
「すみません」
『いや、あれは〝通行料〟だった。我々が踏み込んではいけない領域へのね』
誰にも知られていないとはいえ、恥をかかせてしまったかもしれない、とエドワードは申し訳なさに顔を歪める。
そんな彼に、イズミは受話器越しに大きく声を張り上げた。
『エド!』
「はいっ!」
『ありがとう』
不意の台詞に、エドワードはぽかんと口を開けて呆ける。どういうことか、と考える暇もなく、イズミは通話を切ってしまった。
首を傾げ、受話器を電伝虫に戻すエドワードに、アルフォンスが近づいて尋ねてみた。
「兄さん、師匠はなんて?」
「なんかわかんねーけど、『ありがとう』って言われた」
何故?と頭をかき、考え込むエドワード。
すると、アルフォンスはハッとした様子で固まり、カタカタと身を震わせ始めた。
それに気づき、狼狽する兄の前で、鎧の弟はきつく拳を握りしめる。
「……ああ、そうか。あの錬成の日から今日この日まで、ボクは自分の事を責め続けていた。でも、口にするのが怖かった母さんを……」
何故師が、兄に感謝の言葉を口にしたのか。
そして何故、かつての自分達の行いの全てを否定されたというのに、こんなにも心が現れる気がしているのか。
その答えを見出したアルフォンスは、顔を両手で覆って俯いた。
「母さんをあんな姿にして殺したのはボクだ…と‼︎ ずっとずっと怖くて、言えなかった…!!!」
「おれもだよ」
生身の肉体があったなら、きっとボロボロと涙を溢れさせているであろう弟に、兄は悲痛な、しかし弟と同じく安堵した表情になる。
「兄さん、ありがとう、ボクは母さんを殺していなかった…………!!!」
許される事ではない。命を一つ好き勝手しようとして、失敗して地獄のような気分を味わった。
ただそれでも、両肩に載っていた重い荷の一つから解放されたような気がして、兄弟はひたすら心で泣き続けていた。
「たとえ母さんを殺していなくても、アルをそんな身体にしたのはおれだ。逃げて許されるものじゃない。なんと罵られようと、お前の身体を元に戻すまで…」
「兄さん、あれは賛同したボクも同罪だから、一人で背負ってるような事言わないでよ。なんでも一人で抱え込んで…見てるこっちが苦しくなるよ」
顔を上げ、痛々しく顔を歪めるエドワードにアルフォンスは強く告げる。
鎧の身体に、申し訳なさそうな目を向ける兄に対して、アルフォンスが思い出すのは、これまで彼らが出会ってきた多くの人々の姿だ。
「人ならざる身体を持ってても、自分の存在に意義を持って、奔放に生きてる人達を見て、そういう生き方もあるんだと思ったし…周りもこんな身体のボクを、人間として扱ってくれる」
ゴムの身体を持ち、全く困った様子など見せない麦わら帽子の船長。
自分達の何倍もの背丈を持っていた、二人の巨人。
化け物と呼ばれた過去を持ち、それでも人を癒す万能薬に相応しい医者を志す、心優しい小さな獣人。
そして、愛する男を取り戻すために、躊躇いなく両脚を犠牲にした天使の少女。
そんな彼らの姿は、俗に言う普通の人とはかけ離れていたのに、輝いて見えていた。
「普通に生きようと思えば、この身体になんの不自由もない…でも、やっぱりダメだ。もう……」
兄が苦しんでいるのだから、自分も耐えよう。決してこの弱みは口にしない。
けれど、最早我慢の限界に達していたアルフォンスは、悲痛に顔を歪める兄に、自分の本音を口にする。
「もう……一人の夜はいやだよ…!!!」
腹も減らない、眠れもしない、生物として当たり前の行為が何も叶わず、夜はずっと一人起きていなければならない孤独。
それを思い出し、アルフォンスはどうしても苦しくて仕方がなかった。
「元に戻りたい理由はただ、それだけだ…元の身体に戻りたいよ…………‼︎」
「…おれも、お前の笑った顔が見たい。ただそれだけだ」
頷き合う兄弟。その脳裏には、また別の想いも蘇っていた。
アラバスタにおける内乱の狂気の中、数多の民が戦い苦しむ中で、ほとんど何もできなかった悔しさと屈辱。
きっとこの先、似たような困難が待っている筈なのだ。
「でも、もう誰も巻き込みたくない。だから兄さん、ボクは周りの人を守れるぐらい強く在りたい‼︎ もう誰一人失わない道を進んで、身体を手に入れる!!!」
「はっは! 同じ事考えてた‼︎ もうグダグダ悩んでるヒマはねェ、やってやるさ」
だが、そんなこんなんに恐れをなす二人ではない。
ガシン、とエドワードはアルフォンスの胸に拳を当て、不敵な笑みを浮かべてみせる。
「真理の野郎ブッ飛ばして、あそこからお前の身体を引っ張り出してやる!!!」
そんな兄弟の様子を、ウィンリィはどこか懐かしそうに眺めていた。
自分を連れて、日々楽しく小さな冒険に赴いていた、兄弟が元の姿のままだった幼少時代。
その頃の想いが、少し蘇るような気がしていた。
「あーあ、とりあえず安心した!」
長い話に着かれたと言わんばかりに、盛大に伸びをしたウィンリィがわざとらしく呟く。
振り向いた兄弟に、にこやかに笑った彼女が告げる。
「明日、ローグタウンのお店に戻るね。部屋に戻って仕度しなくちゃ、じゃあね」
「おう」
片手を挙げて応じるエドワードとアルフォンスの隣を横切り、ウィンリィは部屋を後にする。
その途中、壁に背中を預けたウィンリィは、ふと脳裏に過ったエドワードの背中―――記憶の中よりも大きなそれに、ため息をついた。
(そうだよね、いつまでも子供じゃないんだ…)
チビだチビだと言っていた幼馴染の成長に、何となく瓦気持ちを抱きながら、ウィンリィはその場を後にする。
お茶をお盆に乗せたピナコは、その様子を何やら意味深な笑みと共に見つめていたのだった。
ウィンリィが退出してから数十秒後。
エドワードとアルフォンスは再度、今後の為の事実確認を続けていた。
「問題はどうやって扉を開けるかって事だ」
「うん。通行料があれば扉を開ける事ができる…」
「ああ、今度は何を犠牲に扉を開けるのか……」
エドワードの手足、アルフォンスの全身と同価値の何かを代償にすれば、持っていかれたものを取り戻すことは可能。
しかし、一体何が同等の価値を持つのか。それが目下の課題であった。
「姉弟子みたく『手足のもう1本くらい』って考えてるだろ」
自分の生身の左腕を見つめて考え込む兄に、アルフォンスがじとっとした目を向けて呟く。
慌てて目を逸らすエドワードに、アルフォンスは盛大に厳しい目を向けた。
「そんなの嫌だよ‼︎ 一緒に元の体に戻るって約束したろ⁉︎」
「わ…わかってるよ‼︎ そうだよな、約束だもんな」
若干本気になっていたエドワードは、乾いた笑みを返して弟を誤魔化す。
だが、そうなるとやはり代価となる何かに思い至らず、兄弟はうーんと悩ましい声を上げた。
「やっぱり〝賢者の石〟…かな」
「でも、あれ人の命使ってんだぞ⁉︎」
「そうなんだよねェ……」
アラバスタにあったマルコー・ティムの資料。そこに書かれた衝撃の事実は、未だ兄弟の精神に影響を残している。
何というものを目指していたのか、そしてなんととんでもないものが世界中に蔓延っているのか、と二人は天井を仰ぎ嘆きをあらわにする。
ふとエドワードは、それにまつわるある疑問を思い出した。
「………アラバスタで戦り合った
ガバッ、とソファから体を起こし、兄弟はじっと見つめ合う。
異常な再生能力を持つ、彼らの核が〝賢者の石〟だというのなら、どこで彼らは生まれたのか―――いや、生み出されたのか。
そんな疑問にぶつかり、兄弟はゾッと寒気を覚えた。
「そうだ…それに〝賢者の石〟のレシピを持っていたのはマルコーさん………国家錬金術師だ」
「国家錬金術師は世界政府に認められた術者…………ようは政府の研究者だ。そんな人があれだけ膨大な資料を持っていた。つまり……世界政府はそれを支援していたって事になる」
「大勢の人間を犠牲にするような実験を、政府が………?」
徐々に嫌な予感が漂い始め、エドワードは頬を引き攣らせ、冷や汗を垂らす。
だが同時に、大きな真実に辿りつこうとしているような感覚に、高揚から身を震わせてもいた。
「何かあるぜ……どデカい権力が隠そうとしている〝何か〟が…!!!」
ひゅるるる…と、青い空のど真ん中から、一隻の小さな船が落下してくる。
船員の悲鳴と共に、羊の船首のその海賊船は海面に着水し、盛大な水飛沫と轟音を上げ、船員を甲板で揺さぶった。
「ぐあーっ‼︎」
「痛てててて!!!」
「ううわあ〜〜っ‼︎」
「冷てェ〜〜っ‼︎」
ざばざばと、衝撃で大きく揺れる船体。その上の船員達は、激しい波で全身びしょ濡れになってしまう。
少し波が落ち着いてから船員達―――麦わらの一味は荒れた息を整え始めた。
「びっくりした、急にタコが縮むんだもん…‼︎」
「どうなってんだ⁉︎」
「空気もれかしら………」
ナミがそう呟き、心底安堵した様子で息をつく。
ウソップやロビン、他の者も口々に息をつく中、ルフィは仰向けに寝っ転がり、傍らのタコーーーすっかり縮んでしまったタコバルーンを持ち上げた。
「でも…何とか着いた…死なずに…お前…ありがとな………!」
ルフィがそういうと、タコバルーンは気にするなというように頭を掻く。
それにニッと笑いかけてからルフィは、そして仲間達は辺りに広がる久しぶりの青色を見渡し、感嘆の息をつく。
「海が…青い…」
「全員無事か?」
声をかけながら、一味は自分達が先ほどまでいた遥か高い空の世界を見上げる。
遠く、果てしなく遠い世界。
今思えば、もしかしたら全て夢だったのではないかと思えるほど不思議だった、大冒険の後である。凄まじい達成感であった。
「………しかし…………すげーとこに行ってたんだな」
「落ちてみると……また、遠い場所ね……」
「夢でも見てたみたい…」
「夢の国だもんなーー…またいつか行けるかな」
「死にゃ行けるんじゃねェか? 近くまで」
「ゾロ、お前天国に行ける気でいんのか?」
口々に呟き、はーっと息を吐く一味。
そんな中、ふと仲間の姿が一つ足りていないことに気付き、ウソップが辺りを見渡し始めた。
「…………ん? おい、エレノアはどこ行ったんだ?」
彼の一言で、そういえばと全員で車椅子に乗った仲間の姿を探す。
きょろきょろと視線を巡らせ、欄干の向こう側に目をやったルフィが「あ」と声を上げる。
ブクブクと海に沈んでいく、エレノアが座った車椅子の車輪を目にして。
「がぼぼぼぼぼぼ…」
「「「ぎゃーっ!!!」」」
予想外の光景に、一味全員が悲鳴をあげる。
海中にかすかに見えるエレノアの表情は真っ青で、海上にあげられた手からは徐々に力が抜け始めていた。
「エレノアが沈んでるーっ!!!」
「引き揚げろ‼︎ 早く‼︎」
「エレノアちゃ〜〜〜ん!!!」
今回の旅で、最も悲惨な目に遭った仲間の窮地に、全員が慌てて救助に向かう。
が、慌てていたせいであろうか。
約二名、自分がカナヅチであることを完全に忘却し、エレノアと同じくぶくぶくと沈んでいった。
「だからなんでてめェらまで飛び込むんだよ!!!」
「しゅびばせぇ〜〜ん…‼︎」
腹を海水でパンパンにしたルフィとチョッパーが、そう言って泣きながらゾロとサンジに謝る。
余計に体力を消耗した二人は、船長たちと同じく救出されたエレノアを見やり、大きなため息をついた。
「何かしらね…最近どんどんエレノアの運気が下がってる気がするわ………」
「悪ィモンに取り憑かれてんじゃねェか?」
「まァ…実際そうだったしな」
白目を剥いて、甲板に仰向けにされるエレノアの痛々しい姿に、ナミが深刻に呟き、ゾロもウソップも同意する。
冒険の度に重傷を負う天使に、誰もが少し危ういものを感じ、深刻な表情になってしまっていた。
「とにかく次の島では、なるべく休ませてやろう。このままじゃ航海なんてムリだ」
「だな」
「おう」
「最近頑張りすぎだぜ、こいつ」
「ご、ごじんばいをおがげじばず…」
「あんたは寝てなさい! 動くんじゃないわよ⁉︎」
ぴくぴくと全身を震わせて頭を下げようとするエレノアを制し、ナミが怒鳴る。
姉を気取るせいか、こんな状態でも動こうとする彼女は、気が抜けないほど痛々しく心配になる、とナミがまた肩を竦める。
「よーし………野朗共〜!!! 帆を張れ〜〜〜〜!!! 行くぞ、次の島〜〜!!!」
「おいちょっと待てよルフィ、少しは休ませろ‼︎」
「甘い甘いっ‼︎ そんな事言ってられる海なら、誰も苦労しないでしょ⁉︎ さァみんな動いて‼︎〝とり舵〟‼︎」
「ア…アイアイサ…‼︎」
「あんたは絶対安静!!! 働くなって言ったでしょうが!!!」
疲労困憊の仲間達を鼓舞するルフィに、珍しくナミが同意する。気楽に休んでいられるほど優しくないのが、この〝偉大なる航路〟なのである。
激痛が走る体を押して働こうとする天使を寝かせ、指示を放つナミ。
すると彼女は、船の背後を見やって笑みを浮かべた。
「ほら来た」
「うおああああああ!!!」
「全速前進――っ!!!」
「大波だ〜!!!」
メリー号を容赦なく飲み込むであろう大規模な波。
その中に混じる、海を泳ぐ猿の海獣達の顔に驚愕しながら、一味の船は、再び海を進んでいくのだった。