ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
第160話〝行き先決定〟
ざぱっ!と、空の彼方で作られた乗り物・ウェイバーが海に沈む。
それに乗っていたルフィは、すぐさま仲間達に救出され、涙目でメリー号の甲板に帰還した。
「ぶへ‼︎ ぶほ‼︎」
ずぶ濡れで倒れ込み、海水を吐き出して大きく咳き込むルフィ。
その情けない姿に、救い出したゾロやウソップは呆れた視線を向けていた。
「っとに」
「だから無理なもんは無理っつったろ」
「空の海じゃダメでも"よ…………ゴッチの海ならって…思"っ……」
「医者〜〜〜〜〜!!! おれだ〜〜‼︎」
がくっ、と頭から崩れ落ちるルフィにチョッパーが焦り、自分で自分にツッコミを入れる。
諦めの悪い船長に肩を竦めてから、ウソップとサンジが欄干に身を預け、海の方を見やった。
「結局乗れるのは、この海でもナミだけか」
「ナミさ〜〜〜ん♡ 気をつけて〜〜〜♡」
失敗したルフィとは正反対に、空島でやってみせた時と全く同じように、巧みにウェイバーを操るナミ。
環境や浮力の違いから、上手く操縦できなくなるかと懸念していたようであるが、その心配は不要のようで彼女も一安心していた。
「チョッパー、引き上げて」
「ナミはすごいなー」
一通り波に乗り、満足したナミが甲板に戻ってきて、チョッパーが尊敬の眼差しを送りながらウェイバーを回収する。
ナミが向かう先では、ウソップが空島で集めた沢山の貝を広げて確認を行っていた。
「〝貝〟は…〝雲貝〟だけだめだ」
「ああやって雲が形になるには、空島の環境が必要なのね…」
「他のやつでも充分珍しいぞ、よかったじゃねェか…」
すかっ、と何も出さない雲貝を前に眉間にしわをよせるウソップ。
敵が使い、戦場を縦横無尽に走る姿を見て便利そうだと思ったが、使い物にならないのであればただの貝殻でしかない。
残念がるウソップに、ゾロはパンの耳をかじりながら笑って言った。
「あっ‼︎ いいな、パンの耳っ‼︎ おいサンジ‼︎ おれも食うぞ‼︎」
「あとだあと‼︎ おれは今、エレノアちゃんのを作ってんだ‼︎」
「あ、悪ィ」
途端に空腹を訴えだすルフィに、サンジがくわっとキッチンから声を上げ、それに素直に謝罪の言葉が返ってくる。
そのやり取りを横目にチョッパーは、車椅子に腰かけ、遠くを見つめているエレノアの傍に近寄った。
「…具合はどうだ、気分悪かったりしねェか?」
「…………ん、ああ…大丈夫。どこも変じゃないよ…」
「…そうか」
ぼんやりとしていたエレノアが応えると、チョッパーは小さく息をつき、安堵したように肩を落とす。
が、次の瞬間、彼の目はギラリと鋭く光り、エレノアを睨みつけた。
「よしわかった、ベッドにぶちこむ」
「なんで!!?」
「おれはもうお前の大丈夫は信じないからな!!! お前が大丈夫とか言う時は、絶対なんか不調を隠してると思って接するからな!!!」
「私に対する信用の低さ!!!」
普段の彼らしくない、凄まじい勢いで怒鳴りつけるチョッパーに、流石のエレノアも困惑で目を白黒させる。
他の仲間達も同意するような視線を向けていて、救いはどこにもなかった。
「大丈夫だってば……変に動いたりしなきゃどうってことげぶはっ!!!」
「だから言っただろうがァ!!!!」
チョッパーを宥めようと、微笑みながら話していたエレノアが突如大量に吐血し、目を剥いたチョッパーが即座に治療に入る。
「ギャー‼ エレノアが死んだー!!!」
「お前もうホントに死にかけじゃん!!! 頼むから何もするな!!! 絶対安静で引っ込んでてくれお願いだから!!!」
ギャーギャーと騒ぐルフィやウソップ、チョッパーと、ぶくぶくと血の泡を吹くエレノア。
他の者達はそんな彼らの姿を、引き攣った表情で見つめる他になかった。
「普通に過ごしてるだけでこれか…」
「これ……もうこの先の航海は無理なんじゃないの? 死ぬわよ、この子」
「………まだまだ死にゃあしないよ、くそったれ」
真剣な顔で物騒なことを呟くナミに、どうにか意識だけ取り戻したエレノアが吐き捨てる。
ガルルル…と獣の形相で睨みつけてくるチョッパーに冷や汗を流し、これ以上怒らせてたまるかと、重いため息をついた。
「まァ…次の島に着いたら充分休むさ………無茶はしない」
「だけど……」
「そもそも…無茶したのは私じゃなくて〝あの人〟でしょ。今後はああはならないよ」
「本当にそうかァ?」
心外だ、と言わんばかりの字と目を向けるエレノアに、それでもウソップが疑わしげな視線を送る。
信用が失墜している中、その空気を換えるようにエレノアは笑みを浮かべた。
「私のことはもういいさ……やる事は他にもあるでしょう?」
彼女の視線の先にある船室、その中のあるもの。
ナミはじっとエレノアを見つめ、やがて呆れたように嘆息した。
かくして、船室に入った一同。
その前に置いたテーブルの上に、ナミが大量の金銀財宝を置いてみせた。
「さて、お待ちかねっ‼︎ 海賊のお宝は山分けと決まってるわ‼︎ これだけの黄金だもの、すごい額よ‼︎」
空島での大冒険の末、手に入れた大量の宝物。
大蛇の腹の中と、探しても絶対わからなかっただろう場所から見つかったそれは、室内でも煌々と美しい輝きを放っている。
苦労の末に手に入れたそれを前にし、若き海賊達の気分は一気に上昇した。
「イよォっ!!!」
「待ってたぞーっ‼︎ 銅像買うんだおれは!!!」
「本買っていいか⁉︎」
「新しい鍋とフライパンと………食器に巨大ねずみ取り」
「飲み放題だな、コリャ」
「義足の修理代に…治療費に……うっ、胃が…」
「それくらい普通に出すわよ…」
欲しいものを夢想する者、必要なものを計算する者、欲を出す者、険しい顔で胃を押さえる者など、様々な反応を見せるルフィ達。
ナミは彼らを前に、集めた財宝の大半をがさっと横にどけた。
「それとは別にまず、私のへそくりが8割」
「「「「「「いやちょっと…」」」」」」
「冗談よ」
笑えない冗談に、途端に抗議の声が上がる一味。彼女の性格を考えるに、本気でそんなことを言っていてもおかしくはないと思えてしまう。
戦慄する彼らに、ナミは自分の考えた本当の意見を口にした。
「船を? このメリー号をか?」
「そうよ――もうボロボロじゃない」
「そりゃいい!!! ゴーイングメリー号大修繕!!! 大賛成だ!!!」
長く共に旅をしてきた、小さな海賊船の今の姿を思い返し、ルフィはナミの意見に強く同意を示す。
サンジが作った軽食を口に運びながら、ゾロがどこかしみじみとした風に頷き呟く。
「そうだな、ウソップのツギハギ修理もさすがに限界だし」
「言っとくがな、おれは‼︎『狙撃手』だ‼︎」
「ああ…本格的に造船ドックに入れて、本職の船大工に修繕して貰った方がいい…」
「へ――‼︎ ウソップより直すのうまい奴がいるのか」
一同方針が決まると、それに関する想像がどんどんと広がっていく。
困難や騒動の方が目立ち、どうしても忘れがちだが、普段使っている船の状態を思い出すと問題が色々と出てくる。
「考えてみりゃ〝東の海〟のおれの村からずっとおれ達を乗せて航海してくれてんだ。たまにゃあしっかり労ってやんねェとバチあたるってもんだぞ」
苦楽をずっと共にしてきたというだけではなく、幼馴染の厚意でもらった船という特別な思い入れもあり、ウソップも強く同意を示す。
すると突如、ルフィが何か決心した様子で立ち上がり、口を開いた。
「だったらよ、〝船大工〟仲間に入れよう!!!」
唐突な宣言に、一味は軽食を口に運ぶ手を止めて戸惑いの目を向ける。
ぽかんと固まる彼らの前で、ルフィは今思い付いた自分の考えを語り出した。
「旅はまだまだ続くんだ。どうせ必要な能力だし。メリーはおれ達の〝家〟で‼︎〝命〟だぞ‼︎ この船を守ってくれる〝船大工〟を探そう‼︎」
「…………コイツはまた…」
「ホントまれに…核心をつくよ…」
いつも思い付きで無茶苦茶なことばかり引き起こす、生粋のトラブルメーカー。なのに時々無視できない意見を口にするため、その落差に戸惑わされる。
なんにせよ、船長である彼のその意見に文句をつける者は、誰もいなかった。
「そりゃそれが一番だ‼︎ そうしよう‼︎」
「じゃあその線で‼︎」
「エレノア、この先の島にそういう所ってない?」
「……おあつらえ向きのところがあるよ」
ナミが尋ねると、少し考えた様子のエレノアが答えを返す。
スッと指を立て、若干ぷるぷると痙攣しながら、メリー号の進行方向を示し、続けて口を開く。
「ちょうど……記録をいくつか越えた先に造船島―――〝ウォーターセブン〟がある」
「造船島⁉︎」
「ピッタリじゃねェか!!!」
「い〜奴が見つかるといいなー‼︎ あと〝音楽家〟とな‼︎」
「いや、それはおいとけ」
「な‼︎」
もたらされた御誂え向きの情報で、より一層の期待を抱き、声を上げて騒ぎだす一味。
エレノアはそれに、なぜか唇をきつく噛みしめ、そして物憂げな表情で虚空を見つめていた。
「……ただなァ、〝海軍本部〟と〝エニエスロビー〟の目と鼻の先なのが不安なんだよなァ」
その呟きに反応したのは、話に積極的に関わらず、無言で佇んでいたロビンだけだった。
ギシ…ギシ…と軋む音を立てる、真っ暗な船室の中。
弾や食料、様々な物品が置かれたその部屋の中で、ある一つの人影が小さくため息をついた。
「イヤー……参ったネ」
がしがしと頭を掻き、真っ暗中で困り顔になるその男。
すぐ近くに感じる、お供の二人から呆れた視線が向けられるのを無視しつつ、その男は軽い口調で語り出した。
「まさかこっそり乗り込んだ船がこんな事になるとハ。悪い事はしちゃいけないっテ、お天道さんは見てるってわけダ」
「言うておる場合ではありませぬゾ、若‼ もはやこの船は沈むのを待つばかリ‼ 一刻も早く次の行動を決めねバ、我らも共に海の藻屑となりますゾ!!!」
「わかってるヨー…」
少し変わった訛りで、お供の一人である老人の声が男を叱ると、男はそれに苦笑を返し、唸り声をあげて腕を組む。
あまり反省の色が見られないその態度に、老人はピキッと血管を浮き立たせ、目を吊り上げて声を張り上げた。
「そもそモ!!! 何の手掛かりもなしにこの〝偉大なる航路〟に挑む事自体が無謀!!! これまで一体幾人の勇者が挑ミ、そして散っていった海カ!!! 知らぬ存ぜぬでは通りませぬゾ!!!」
「爺様………‼ もうそのくらいデ…でないと見つかりま」
怒涛の勢いで詰め寄る老人に、もう一人のお供がおろおろと止めに入ろうとする。
その時、彼らの頭上でギシッ…と比較的大きな軋みが響き、三人はピタッと硬直する。
だらだらと冷や汗を垂らし、人の声を訝しんだ誰かが探りに来ない事を確認すると、三人は一斉に安堵の息をついた。
「…………仕方がないだロ。こっちはもう後先考えちゃいられないんダ……おれは我が一族50万人の命を預かってル。もう後には引けないのサ」
先ほどまでとは違う、本気の信念を感じさせる声で告げる男に、老人は暗闇の中で目を細める。
もう一人の音もが心配そうに見つめる中、老人は大きくため息をこぼした。
「……仕方がありませヌ、ならば急ギ、今後の方針を考えねバ」
「はい」
「そうだナー…どっか別の船に乗り移れればそれがいいんだけどナー」
「そんな都合のいい事……」
後頭部で腕を組み、うんうんと考えこむ素振りを見せながら呟かれた案に、お供達からまた呆れた声が返ってくる。
男はその咎めるような声に、不服そうに唇を尖らせた。
「だけド、今のところホントにそれ以外方法がないんだヨ。上があの状態じゃ、どこかの島に着く事もできるかどうカ…………」
数時間ほど前に起こった、ある島におけるひと騒動。
その結果起こってしまったこの船の悲劇に、男達はどうしたものかと頭を悩ませる。
その時、天井を仰いでいた男の目が、突如くわっと見開かれた。
「……フー、ランファン。聞こえたカ?」
「え…えェ、聞こえましタ」
「…………まさカ、若」
ガバッと体を起こし、お供達の方に身を乗り出す男。
急に顔を近づけてきた男に、もう一人のお供は戸惑うような、焦るような反応を返す。老人の方は、にやりと笑みを浮かべる男に嫌な予感を覚えた。
「世話になる船を変えようカ。ずいぶん小さ船だガ………相当デキる奴等が乗ってル。かなりの強者の集まりだナ」
「若‼ この辺りを行く船なド、正規の船はあり得ませヌ‼ また海賊船に乗り込むおつもりか!!!」
「まァ、それならそれでしょうがないじゃなイ?」
男の考えを察した老人が、またも反対の態度を見せ吠える。
だが、男はそれを宥め、お供達ににやりと不敵な笑みを浮かべてみせた。
「吉と出るか凶と出るカ………人生ってのはそういう賭けの連続ってもんだロ」