ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第161話〝ヤオ・リン〟

 ざぱっ、と、巨大な猿の顔が海上に現れ、麦わらの一味を見下ろす。

 一瞬固まったルフィたちは、大急ぎでメリー号の操舵に回った。

 

「逃げろ――シーモンキーだ!!!」

「ついて来てやがったのかーっ⁉︎」

「まずい‼︎ 風がねェ――っ‼︎」

「じゃあ私が術で……」

「お前は安静にしてろワーカーホリック!!!」

「ヒドイ!!!」

 

 どたばたと櫂を手に走り回る彼らを、シーモンキー達は大波の中に潜りながら追いかけてくる。

 帆船としての能力が発揮できない今、一味の命運を握るのは全員の団結と根性だ。

 

 その時、メインマストの上で周囲の探索を行っていたウソップが、あるものを見つけて声を張り上げた。

 

「緊急報告‼︎ 緊急報告!!! 12時の方角に船発見‼︎」

「何だ、敵か!!?」

「こんな時に〜〜〜〜〜っ⁉︎」

 

 ざぶざぶと必死に櫂を漕ぐルフィたちは、次から次へと降ってくる厄介事に苛立ちの声を上げる。

 が、報告したウソップ本人は、何とも言えない渋い顔で双眼鏡を覗いていた。

 

「いや…それが、〝旗〟もねェ、〝帆〟もねェ‼︎ 何の船だか…」

「何だそりゃ、何も掲げてねェ〜〜⁉︎ 何の為に海にいるんだ!??」

「わからねェ…‼︎ それより乗ってる船員が………‼︎」

 

 困惑の声を上げる、ウソップの見つめる先。

 そこにあったのは一隻の船―――その甲板に虚ろな表情で座り込み、のの字を書いて項垂れる男達の姿だった。

 人生全てに絶望した、まるでお通夜の如き陰鬱さだ。

 

「異様に少ねェし…それに…‼︎ すげェ勢いでイジけてるぞ!!! まるで生気を感じねェっ!!!」

「どういうこった⁉︎ 大丈夫かあの船⁉︎ このまま波に飲まれちまうぞ!!!」

「お―――いお前らー‼︎ 大波と猿がきてるぞー‼︎ 舵きれ〜〜!!!」

 

 もたらされる情報に、一味はひたすらに困惑の反応を返す。

 敵かどうかも分からない以上、このまま大波に呑まれて海の藻屑になるのを見過ごすのも後味が悪いと、ルフィが叫んだ。

 

「………あ…」

「船だ…………おい…海賊船だ!!!」

 

 すると、その声でようやく我に返ったのか、虚ろだった男達の顔に生気が戻り始める。

 が、それで勢いまで取り戻せたわけではなかった。

 それどころか、大波とルフィ達を見て思った以上に慌てだし、ばたばたと騒ぎ始めた。

 

「野朗共‼︎ 立ちなおれ!!! 敵船だぜ、宝を奪うぞ!!!」

「波だ、待て、大波がきてる‼︎ 避けるのが先だ!!!」

「あの船に逃げられちまうぞ‼︎」

「大砲を用意しろ!!!」

「オイ誰に命令してんだ‼︎」

「てめェがやれ‼︎」

「舵‼︎ 舵舵‼︎」

「おい勝手なマネするな!!!」

 

 仲間同士で押し合いへし合い、罵り合い、とても繋がりの感じられない態度で自分勝手に走り回る。

 そんな彼らの姿を横目に、ゾロやサンジ達は呆れた視線を向け、ひたすらに櫂を漕ぎ続ける。

 

「――なんてまとまりのねェ船だ」

「宝を奪えだと。やっぱ敵だ、放っとけ」

 

 さっさと大波から離れていく麦わらの一味とは真逆に、謎の船は未だに右往左往している。

 中には意味もないのに大砲まで撃つ者もいて、何を考えているのか全く分からなかった。

 

「???」

 

 思わず首を傾げるルフィの目の前で、とうとう謎の船とその船員達は、大波に飲み込まれ海の中に消えて行ってしまう。

 呆気なく沈んだ彼らをキャッキャと嗤い、シーモンキー達は去っていった。

 

 

 

「――ふー、おさまったか………」

「―――というより、あの大波はシーモンキーのいたずらよ」

「湿度も気温もずいぶん安定してるから、もう次の島の気候海域に入ったんじゃないかしら」

 

 穏やかになった波、そして吹いてくる風の緩やかさに安堵しつつ、一騒動を乗り越えた一味はほっと息をつく。

 ルフィはやれやれと肩を回し、ウソップと役割を代わったロビンに視線を向けた。

 

「おいロビン、なんか見えるか?」

「島がずっと見えてるわ」

「言えよそういう事は!!!」

 

 冷静に報告するロビンに、物足りなさそうにルフィとウソップが待ったをかける。

 海賊の荒々しさを好む彼らには、今のロビンのような静かすぎる返答は流儀に反するものだったらしい。即座に掛け合いのやり直しを求めていた。

 

「わりと霧が深いわ」

「霧か…危ないわね。エレノア、前方確認任せたわ」

「あいよ」

 

 動けない、しかし働こうとするエレノアに一応の役割を与え、ナミは未知の島のある方に視線を送る。

 そこで、訝しげな表情のウソップが、一味全員に向けて声をかけた。

 

「――――ところで…さっきの船、気にならねェか? 船長がいねェとか…航海士がいねェとか…旗はねェわ帆はねェわ、やる気もねェわまとまりねェわで…海賊の一団として成り立ってねェんだ‼︎」

「海戦でもやって負けたんだろ――で船長が死んで……色んなもん奪われて…」

「いやいやそれがよ…‼︎ よく船も見たんだ。そしたら戦闘の形跡もねェんだよ!」

 

 いつもの臆病風に吹かれたと思ったのか、面倒くさそうに適当に返すゾロ。

 しかしウソップは、それはないと即座に首を横に振る。怖がっているわけではなく、強い違和感を訴えていた。

 

「なのに海賊にとって〝命〟とも言えるようなもんがあの船には何もなかった‼︎」

「――じゃ海賊じゃねェんだろ…気にすんな」

「…………んー……どう見ても海賊だと思うんだがな、あいつら」

「確かに……宝を奪えだの襲えだの言っていた分を考えれば、海賊らしい反応ではあったよね」

「…悪い予感がするぜ…」

「いつもそうだろ」

 

 今度はサンジがウソップの不安を否定するように答え、ウソップはそれに難しい顔で唸る。

 エレノアも彼に同意し、やや険しい視線を船が沈んだ方に向ける。

 もはや彼らは海の底、確認することはできないため、考えても仕方がない事だったが、それでも疑念は掻き消せなかった。

 

「さーて、町があるかなー‼︎ 造船所があるといいなー‼︎ いい船大工が仲間になってくれるかな」

「造船所はまだまだ先だよ…次の島は確か」

「ルフィ、すぐに上陸しちゃダメよ!」

 

 もうワクワクと興奮した様子のルフィに、一応ナミが制止をかける。

 船長の性格上、ここで止めたところで何の意味もないことは間違いないが、それでも釘を刺しておかなくては気が済まなかった。

 

「海岸が見えた‼︎ イカリの準備‼︎」

「オウ」

「うわっ…‼︎ おい、みんな聞いてくれ」

「チョッパー! ウソップが『島に入ってはいけない病』だ」

「それは治せねェ」

 

 胸を押さえて蹲るウソップに、サンジやチョッパーが冷たく突き放す言葉を送る。

 ヒクヒクと鼻を動かし、土の匂いが近づいていることを確認するエレノア。

 その際彼女の嗅覚が、知らない匂いをわずかにかぎ取った。

 

「……ん? 誰かの気配が…気のせいかな?」

 

 首を傾げ、一瞬だけ漂ってきた匂いに眉間にしわをよせる。

 だが気配を探ってみても、自分達以外誰も見つからず、エレノアは気味が悪いものを感じながらも気のせいだと自分を納得させる。

 

 そして一味は、次なる島へと到達する。

 そこは―――。

 

「何もね〜っ!!!」

 

 広い広いその島。緑の草地が延々と広がる、草木がちらほらとやたらと長いものが一本二本生えているという、変化に乏しすぎる島だった。

 

「なんじゃここは‼︎ すげー!!! 見渡す限り草原だ…」

「あァ…何つう色気のねェ場所だよ」

「人は住んでいるのかしら…」

「うお―――‼︎ 大草原だー!!!」

「コラーッ‼︎」

 

 残念そうに肩を落とすサンジとは反対に、ルフィとウソップ、チョッパーがはしゃいで草原に飛び込んでいく。

 けらけら笑いながら草原を駆け回る三人に、ナミは大きなため息をついた。

 

「――もー、あいつらは…得体の知れない土地にずかずかと」

「これだけ見えすいてりゃ、危険も何もねェだろ」

 

 鬱蒼と茂る密林ならともかく、こんな場所で急に襲われる事もないと、ゾロがさっさと錨を下ろす。

 エレノアもゾロと同意見で、然して身構える必要もないだろうと気を抜きかけていた、が。

 

「………やっぱり気のせいじゃないな。誰だろう」

 

 一度は気のせいと見逃した何者かの匂いと気配が、今再び微かに漂ってきて、エレノアは険しい顔で探し始める。

 自力で車椅子を動かし、えっちらおっちらと気配を感じる方に向かった。

 

 そして、見つけたそれにエレノアは目を奪われ、しばらくの間呆然と固まってしまった。

 

「……ねェ、ナミ」

「なに? どうしたの?」

「ボロ雑巾が転がってるんだけどどうしたらいいかな…?」

「ボロ雑巾?」

「ほら、コレ」

 

 勝手に動いて何を言っているのか、と。

 訝し気に近づいてくるナミに、エレノアはやや困った顔を見せ、見つけたそれに指を差す。

 

 ボロボロの衣服に身を包み、腰に剣を下げた、明らかに怪しい風貌の一人の男を。

 

「緊急連絡‼︎ 緊急連絡〜!!! 船に侵入者よ〜〜っ!!!」

「何ィ!!?」

「あら、大変」

 

 途端に悲鳴をあげ、船に残った仲間に叫ぶナミに、即座にゾロやサンジが反応し駆け寄る。

 ロビンだけ平常運転なのをよそに、サンジはナミとエレノアを庇うように前に出て、侵入者であるボロボロの男を睨みつけた。

 

「無事か、ナミさん‼︎ エレノアちゃん…!!!」

「…!!?」

 

 が、思った以上にみすぼらしい格好のその男を見て、男達の警戒は一瞬で吹っ飛んでいった。

 

「何だこいつ………行き倒れか?」

「なんでウチの船で行き倒れてんだよ」

「いつの間に乗っていたの、こいつ…」

「ちょっと、おにいさん? こんなところで寝られたら邪魔なんだけど? …もしもし? 聞いてる……っていうか生きてる?」

 

 じろじろとうつ伏せに倒れ込む男を凝視し、口々に勝手に話し合う一味。

 らちが明かない、とエレノアが前に出て、足先で男の背中を突っつき、きつい口調で呼びかける。

 するとやがて、男の身体がぴくぴくと震えだし、呻き声が聞こえだした。

 

「………は……」

 

 一応の生存確認が取れ、そしてやっと聞けた声に全員が注目する。

 5人の注目を集める男は、長い時間をかけてやっとある一言を口にした。

 

「ハラ……へっタ…‼︎」

 

 その瞬間、息を呑み固まっていた一味の空気が、一気に緩んでいった。

 

 

 

 バクバクガツガツぼりぼりゴックン!と、甲板に並べられた料理の数々が、男の腹の中に消えていく。

 最後の一皿を空にして、ようやく男の手が止まった。

 

「イヤ〜〜危ない所だったヨ‼︎ キミらは命の恩人ダ‼︎ この借りは必ず返すヨ!!!」

 

 口元に米粒をくっつけたまま、満面の笑みを浮かべた細目に黒髪の男が言う。

 が、そんな彼の飄々とした態度に、一味は苦虫を噛み潰したような険しい顔を見せていた。

 

「何が命の恩人だよ………ただでさえ金欠で火の車のウチの食料たらふく食い漁りやがって…‼︎」

「ルフィがキレるわよ、これ」

「どこの誰だてめェ!!! いつから乗ってやがった⁉︎ 何が目的だ!!?」

「そんな怒んないでヨォ〜」

 

 怒りの声を上げるゾロやサンジ、疑わしげな目を向けるナミ、冷静ながら鋭い目を向けるロビンとエレノアの前で、男はへらへら笑うばかりだった。

 

「おれはヤオ・リン。ある目的があってあちこち旅をしてるんだが、思わぬ事件があって2・3日この辺さまよっててサ………危うく餓死する所だったんだヨ。君たちに出会えて本当に良かっタ」

「こっちは良くねェよ」

 

 しーしーと楊枝で歯の間を掃除する男―――リンに、食費のやりくりにいつも苦労を重ねられているサンジが低い声を返す。

 サンジの凄まじい怒気を前に、全く気にしていない様子のリン。そんな彼を見つめていたエレノアが、ややあってから問いかけた。

 

「ねェ、その訛り…………シン皇国の人だよね?」

「ん? おや、知ってる人がいたのかイ。そうだ、おれはシンの出身ダ」

 

 意外そうに肩眉を上げ、リンがエレノアに振り向く。

 車いすに乗った彼女に興味深げな視線が向けられ、ナミがさりげなく庇うつもりでエレノアの隣に寄り、耳元に囁きかける。

 

「シン皇国って…?」

「〝北の海〟にある国。一応〝世界会議(レヴェリー)〟にも加盟してる国で…………錬金術とは異なる形態の錬成術〝錬丹術〟を主に研究している国なの」

「おォ⁉︎ 思ってた以上に詳しいネ‼︎」

 

 自国の文化を知って貰えていたことが嬉しかったのか、弾んだ声を上げるリンだが、一味の視線は変わらず冷たいまま。

 ナミはますます疑いの目を向け、リンにきつい視線を向けた。

 

「そんな所からどうやって来たのよ…⁉︎」

「普通には許可が下りないからネ、〝偉大なる航路〟に入る船を転々としてここまでやっと来たんダ……あー、きつかっタ」

「船ってまさか………さっきのに!!?」

 

 のほほんと答えたリンに、ナミはギョッと今通過した海の方を振り向き目を剥く。

 他の者も大なり小なり驚きを表し、五体満足でこの船に乗っている男を信じられない気持ちで凝視する。驚愕の視線に晒され、リンは照れ臭そうに頭を掻いてみせた。

 

「いや〜、まさかあの船があんなことになるなんて思いもよらなかったヨ。君らの船が近くを通らなかったら、おれも一緒に海のモクズになってただろうネ。はっはっはっは」

「…どうやってあの船からこっちに…?」

「そこにロープを巻きつけてしがみついて、根性で泳ぎ切っタ。イヤ〜死ぬかと思ったネ」

 

 彼が指さす方向を見ると、確かに括りつけた覚えのないロープが垂れさがっている。おそらく、彼の言っていることは真実なのだろう。

 頬を引き攣らせ、リンを凝視していたエレノアが、不意に耳をヘタらせ俯いた。

 

「……ごめん、気付かなかった」

「仕方がないわよ…あんた、今ムチャクチャ体調悪いんだし。あんな無茶する奴がウチの船長以外にいるなんて、誰も思わないでしょ」

「あっはっはっは、辛辣だネェ~~」

 

 まるで妖怪か化け物でも見るようなリンに目を向け、エレノアを慰めるナミに、へらへら笑うリンが思わず口を挟む。

 まるでつかめない、謎多き男を睨みつけていたサンジが、やがて厳しい口調で問いかけた。

 

「……って事は、あの船で何が起こったのか知ってんのか」

「おう、バッチリ見たヨ」

「じゃあ、一体何が………」

 

 ウソップにはああ言ったものの、多少は気になっていたサンジが、彼に代わって詳しそうな者を問い質す。

 それに応えようと、リンが真剣な表情で口を開く。だが、それは叶わなかった。

 

 気づいた時には、ガチャン!と。

 メリー号の前後は、狐の船首の海賊船に鎖でつながれた獣の足に挟まれ、行き場を完全に奪われてしまっていたからだ。

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