ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「そんな…‼︎ エレノア―――!!!」
「お、お」
フォクシー海賊団の船員の一人に車椅子を押され、エレノアがフォクシーの元に運ばれていく。
たまらずチョッパーが縋りつきそうになるが、慌ててウソップが彼にしがみつき、押しとどめさせた。
「く……当たり前か! 天族は船乗りにとっちゃ吉兆の証‼︎ この機会を逃すバカはいねェ…」
「エレノア―――っ!!!」
「だけど…‼〝白ひげ〟の娘だぞ!!? 正気かよあいつら!!!」
「おいどうするよ…今度エースにあった時にゃおれ達ブッ殺されるぜ」
「それどころか〝白ひげ海賊団〟が総攻撃してくるわよ!!? いや〜〜〜っ!!!」
「あいつらに大海賊の娘を囲えるような器量があんのか…?」
まさかの事態に、麦わらの一味全員が頭を抱える。
敗ければこうなる事はわかりきっていた事だが、狙われた相手が予想外だったため、そしてそれがもたらす最悪の未来に頭を抱える他にない。
「バカ言うんじゃねェ………そんなセコいマネなんざしねェよ」
だが、そんな一味の嘆きに、他ならぬフォクシーが呆れた視線を向ける。
本気で苛立っている様子のその声に、ルフィ達は思わず口を閉ざし、相手チームの船長を凝視した。
「お前達の言う通り‼︎ 天族は海に生きるものなら誰もが夢見‼︎ 追い求める存在!!! この広い海でその姿を拝めた奴ァ、例外なく幸福が訪れるとさえ言われる女神に近い存在!!! 白ひげの娘だろうが誰の娘だろうが関係ねェ…貴く気高い存在だ!!!」
まるで自身こそがそうであったと語るように、フォクシーは恍惚とした表情で語る。一味がぽかんとした顔になるのも構わず、勝手に語り続ける。
そしてその表情が次の瞬間、くわっと鬼のような凄まじい形相に変わった。
「そんな女神様を…‼︎ こんなにボロボロにするような連中の元に置いておけるわけねェだろ!!! 大バカ野郎共!!!」
「ぐわァっ!!!」
「ぐうの音もでねェ!!!」
ぐさぁっ!と心に突き刺さる事実に、麦わらの一味全員ががくりと膝をつく。
あからさまな妨害やズルや騙しなど、姑息な手段で勝利を奪い取った連中の頭に正論を突き付けられ、より一層の衝撃に襲われていた。
頭を抱える一味の事を放置し、フォクシーは自軍の陣地に連れてこられたエレノアに、フォクシー一味の証であるマスクを備えさせる。
「さーこちらへどうぞお嬢さ〜ん!!!」
「エレノア‼︎」
「さァさァ〝妖術師〟エレノア、あんたはもううちの船員になったんだぜ⁉︎ おれに忠誠を誓い‼︎ そして大人しくウチの設備を存分に使って傷を癒せ!!! フェフェフェ‼︎」
「クソォ…‼︎ 悔しいが何も言い返せねェ!!!」
「むしろあっちにいた方が安心なんじゃ…」
「バカ言うな!!! こんな別れがあっていいわけねェだろ!!!」
口調こそ邪悪なのに、台詞は全てエレノアを心から案じるもので、ルフィ達が何を言っても彼らこそが悪役に思えてくる。
船の大きさといい人員の多さといい、深い傷を負った彼女の今後を考えるとこのままの方がいいのではないかと、そう思わずにはいられない光景である。
しかしそれを認められない者も当然いた。
「やめろ〜〜〜〜!!! エレノアを返せよォ〜〜!!!」
「落ち着けチョッパー‼︎ 悔しいけどこれはルールだ‼︎ 一方的に破るのはエレノアの名誉にも関わる…‼︎」
「そんなの納得できねェよ‼︎ あいつはおれ達の仲間で………おれはあいつの主治医なんだ!!! 何で今更あいつらなんかに」
エレノアの傷を診て、治療を続けてきたチョッパーは、急なこの別れを認められず叫び続ける。
ウソップが必死に止めるも、じたばたと暴れる彼の勢いは止まらない。仲間への想いと医者としての意地、様々な感情が混じって、正気ではいられなかった。
その時だった。
ガンッ!と激しい音が響き、一人の男が雄々しく吠え出した。
「ガタガタ騒ぐんじゃねェ、チョッパー!!! 見苦しいぞ!!!」
飲み干した酒瓶を地面に叩きつけ、胡坐をかいて背を向けるゾロ。
彼が発した激しく、そしてあまりに冷酷な言葉に、騒いでいたチョッパーは勿論、悔し気に歯を食い縛っていたルフィ達も言葉を失くす。
エレノアを除き、もっとも長くこの一味にいる剣士は、泣き顔のチョッパーに続けて厳しい声をぶつける。
「あいつがこの海に出たのはあいつの意志‼︎ こういう目に遭う可能性は十分にあった…どこでどうくたばろうと
「ゾロ……⁉︎」
「…ゲームは受けちまってるんだ!!! ウソップ達は全力でやっただろ。海賊の世界で、そんな涙に誰が同情するんだ!!?」
どうして、そこまで突き放すようなことを言うのか。奪われた仲間の事はどうでも良いのか。
そんな風に受け取れそうな厳しい言葉に、ナミは怒りを滲ませた戸惑いの目を向ける。
ゾロは自身に向けられる、咎めるような視線をすべて無視し、ぎろりとチョッパーを睨みつけ、鋭い声で告げた。
「男なら………!!! ふんどし締めて、腹括って奪い返しに行け!!!」
男の覚悟を試すような、ゾロの言葉。
絶句するチョッパーは、顔中を汚す涙と鼻水の事も忘れ、呆然と固まる。
「チョッパー‼」
不意に、フォクシー陣営から響いてきた声に、ハッと振り向く。
目を見開いたチョッパーの視界に映ったのは、フォクシー海賊団の船員に囲まれながら、不敵に笑ってみせているエレノアの姿だった。
「信じてるから、必ず私を取り戻してよ!!!」
疑う素振りなど微塵もない、本気で次の戦いを信じてくれている、傷だらけのまま笑う天使。
しばらくの間固まっていたチョッパーは、やがてずるるる…と垂れた鼻水を呑み込み、雄々しく仁王立ちして顔を上げた。
「……………‼︎ 黙っておれ達の勝負、見届けやがれ!!!」
「よし!!!」
己の覚悟を示した船医に、剣士は強く頷き立ち上がる。
わずかな時間で、ただ泣くばかりだった少年を男に変えてみせた海賊達の強い姿に、フォクシー海賊団の方からもどよめきと歓声が上がり始めた。
「うお――――――っ‼︎」
「イカスぜあの剣士と船医‼︎」
「オヤビン、次の2回であいつら貰いましょう‼︎」
「嬢ちゃんも根性あるなァ」
「泣けたっス、マジ泣けたっス‼︎」
「よっしゃゾロ‼︎ チョッパー‼︎ やっちまえこんにゃろー!!! エレノア取り返せ―――!!!」
実に男らしい、弱みを全く見せない剣士の有様に、感極まった海賊達が歓喜する。
チョッパーの覚悟とゾロの闘志、そしてエレノアの信頼を見届けたルフィも、両拳を上げて声援を送る。
「へっ…いっぱしの男見せやがって……貴重なウチの花を返してもらうぜ」
鼻を鳴らし、サンジも次の戦いへの闘志をあらわにする。一味から女性が一人減る事はもちろん、こうも焚きつけられて動かない理由はなかった。
暑苦しい高揚を見せる自分の部下や相手の一味を見やり、フォクシーは心底呆れた視線を傍らに置いたエレノアに向けた。
「へっ……バカな女だぜ」
「ゴメンね、気遣いを無為にするようなこと言っちゃって」
「構わねェよ……そうでなくちゃおもしろくねェ」
申し訳なさそうに頭を下げるエレノアに手を振ってから、フォクシーはにやりと好戦的な笑みを浮かべる。
柄ではないが、こういう熱いやり取りも決して嫌いではないらしい。彼もまた、少しばかりやる気を滾らせ始めていた。
『さーさー取引も終了‼︎ がぜん盛り上がるデービーバックファイト‼︎ お次は第二回戦「グロッキーリング」‼︎ は〜じま〜るよ〜〜!!!』
試合後の取引が終了した頃を見計らい、イトミミズが進行を進める。
草原の中心に作られていくフィールドを見据えながら、次の試合の出場選手であるゾロとサンジ、人型になったチョッパーが並んで歩き出す。
が、向いている方は同じでも、心までは全く噛み合ってはいなかった。
「何ならお前がいなくてもいいぞ」
「いえいえてめェこそどうぞクソ野郎」
「おい‼︎ ケンカすんなよお前ら‼︎」
「あの二人にチームワークがあるとは思えないのよね…」
「仲悪いネ〜〜」
エレノアの身柄がかかっているというのに、相変わらずのケンカ腰を見せるゾロとサンジ。チョッパーが間に入るが、改善される様子はない。
そこはかとなく感じる不安に、ナミはがっくりと肩を落とさずにいられなかった。
『ここで一発「グロッキーリング」ル〜ル説明をするよっ‼︎ フィールドがあってゴールが二つ〜〜〜‼︎ 球をリングにブチ込めば勝ち!!! ただし‼︎ 〝球〟はボールじゃないよ‼︎』
イトミミズが説明し、フォクシー海賊団の船員がゾロ達の元に、何やらボールがついたヘルメットのような物を持ってくる。
『人間!!! 両チーム、まずは〝球〟になる人間を決めてくれっ!!!』
「おめェら誰が〝球〟やるんだ?」
「ん」
「ホイ」
「ん?」
今一つルールを理解していないように見えたが、訪ねられたすぐその後にゾロとサンジがチョッパーを指差し、ボール付きのヘルメットが被せられる。
少しの間を置いて、理解が追い付いたチョッパーが目を剥き、ゾロ達に怒鳴りかかった。
「勝手に決めてんじゃねェよ‼︎ 何でこんな時だけ気が合うんだコラァ!!!」
「…チョッパー…‼︎ あんただけは冷静でいてほしかった‼︎」
比較的冷静なチョッパーが、ゾロとサンジの間で上手い調整役になると思っていたのに、とナミがまた嘆き天を仰ぐ。
始まる前からすでに嫌な予感しかしない出場者達。
すると、どこからともなくフィールドを盛り上げるような、軽快な音楽が流れ出した。
「ん?」
『おっと聞こえてきた、奴らの入場テーマ曲‼︎ これまた「グロッキーリング」無敗の精鋭!!!』
ゆっくりと開く、狐の船首の口。その中に控えていた三つの人影が、ズシンズシンと地響きを鳴らしてフィールドに降り立つ。
その姿にルフィ達は、特にチョッパーは驚愕と狼狽で目を見開き、叫び声をあげていた。
『そうだ、こいつらに敗北などあり得ない‼︎ その名も〝グロッキーモンスターズ〟!!! 今、フィールドに……‼︎』
「なっ…⁉︎」
「おォ〜〜!!!」
「ギャ〜〜〜!!!」
『登場〜〜〜〜ォ!!!』
現れたのは、まずフォクシーと常に共にいた奇人ハンバーグ。
次がハンバーグよりさらに大柄な体を持つピクルス。
最後に登場したのは、巨人と魚人のハーフだという見上げる程の巨体を持つビッグパン。
比べる事も烏滸がましい三つの巨体が、悠然とゾロ達を見下ろして試合の開始を待っていた。
『さァ〜〜!!! 第二回戦「グロッキ〜〜リング」!!! 始まるよ〜!!!』
「フェッフェッフェ!!! 勝ってみろい!!!」
不敵に笑うフォクシーは、最早完全に自軍の勝利を確信し余裕を見せている。
フォクシー海賊団全員が、遥か巨大な肉体を有する三人・グロッキーモンスターズに一方的な声援を送っていた。
だが、それを前にしてなお、チョッパー以外の二人は一切の焦りを見せずにいた。
「……!!!」
「不足は?」
「ねェな」
愕然と、目も口も全開にしたまま固まるチョッパーを放置し、首を鳴らすゾロと煙草をふかすサンジ。
こちらも自分達の敗北を微塵も考えていない、泰然とした態度だった。
『我らの誇るグロッキーリング最強軍団に対するは‼ 一回戦で〝妖術師〟と共にお邪魔軍団を蹴散らした〝暴力コック〟‼ サンジ!!! 変幻自在の獣人ドクター‼ トニートニー・チョッパー!!! そして6千万の賞金首!!!〝海賊狩り〟‼ ロロノア・ゾロ!!!!』
向こうに比べていささか悪意のある紹介文に、険しい表情になるサンジ。
どうでもよさそうに鼻を鳴らすゾロや、未だに固まっているチョッパーに、観客の位置に移動したルフィ達が声を張り上げた。
「ゾロ――サンジ――頼んだぞ―!!!」
「エレノアを取り返してくれー!!! 後がねェんだ、ホントすまねェ‼ 頼むぞ!!!」
「期待してるヨ~~」
「〝魚巨人〟だって…初めて見た」
「純粋な巨人族ほど大きくはないのね」
わーわーと、周囲から上がる声援に負けないようにと声援を送るルフィ。
大勢の目に囲まれ、応援の声を受けながら、グロッキーモンスターズの三人もそれぞれで声を掛け合い、闘志を高めていく。
…のだが、身長差があるために互いの声が全く届いておらず、話が通じていない事が壺に嵌り、勝手にゲラゲラ笑い合うというおかしな空間が出来上がっていた。
「楽しそーだなー、あの3人………ていうかマジで何を笑ってんの?」
バラバラなんだか仲良しなんだか、ゾロ達に比べて雲泥の差ともいえるほど上手くやれていそうな三人に、エレノアはやや引き攣った表情になる。
どうか、何事もなくあの三人が勝ち残れますようにと、少しばかり儚くなった願いを託しながら、傍観の姿勢に移っていた。
『さァこの楽しい勢いで~~~~‼ 時間は無制限‼ 一点勝負!!!』
「要するにあのデケェ奴の頭を 向こうのリングにブチ込みゃ勝ち……!!! チョッパーの頭をこっちのリングにブチ込まれりゃ敗けか………‼」
「おい、ほんとにおれで大丈夫か!!? おれでいいのか〝ボールマン〟!!!」
『一回戦で奪われら女神様を取り返せるのか麦わらチーム‼ はたまた再び船員を奪うかフォクシーチーム‼ 激突寸前‼「グロッキ~~リング」!!! 今、笛が鳴るよ!!!』
やる気を見せるゾロやサンジとは反対に、未だ配役に不満を示すチョッパー。
そんな彼には目もくれず、イトミミズの進行に合わせた審判役のフォクシーの部下が、大きく息を吸い込み。
ピ~~~~~~ッ!!!
と、甲高く笛を吹き鳴らした。
『試合開始~~~~~っ!!!』