ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「…あれはちょっときっついかもなァ」
喧々囂々と、勝負前のために素手で喧嘩を始めるいつもの二人と、それに割って入ろうとして吹っ飛ばされるチョッパー。
それを観客席から見守りながら、エレノアがやれやれと肩を竦める。
自分を本気で救い出す気があるのか、微妙にわからない三人に、大きなため息がこぼれた。
「おい、ジュース飲むか?」
「ありがと。……普段から仲の悪い犬猿二人に、実力的に不安があるチョッパー………うまいこと間に入ってくれればいいけど」
「ねェ、甘い果物があるわ。食べてくれない?」
「どうも。……しっかし魚巨人とは恐れ入ったなァ、あんなのがいるとは思いもよらなかった」
「ほれ!フロマージュっての作ってみたんだ! 食ってくれよ‼︎」
「嬉しいよ……って!!!」
チューとジュースを口にし、もぐもぐと果実や菓子を口にしていたエレノアは、次の瞬間ハッと我に返る。
いつの間にやら周囲に集まっていたフォクシー海賊団の船員達、彼らが向けてくる気遣いの表情に、思わず振り向き叫んでいた。
「さっきから何!!? このひたすら私を甘やかそうとする感じは!!! 過保護か!!!」
「だってよォ!!! こんな大ケガだらけなのに仲間にハッパかけるあんたが輝いて見えて仕方ねェんだもんよ!!!」
「心配しなくても、ゲームの結果がどうなれここであんたにできることは精一杯やるからよ!!! 自分の一味だと思ってゆっくり傷をいたわれ、な!!?」
「……どうしてこうなった」
裏の意図など何もない、完全な善意で話しかけてくる敵のはずの彼ら。
強く突き放すことなどできるはずもなく、エレノアはがっくりと項垂れるのだった。
そして、そんなやり取りの前で、ついに試合は始まる。
まず最初に動いたのは、肩当を装着したグロッキーモンスターズの一人、ピクルスだった。
「やるど――!!!〝投石器タックル〟!!!」
猛スピードで駆け込んできたピクルスが、チョッパーに向かって突っ込んでくる。
「ギャ――来た――‼︎」
「おいチョッパー、横にどいてろ‼︎ おれが一人で片ァつけてやる」
予想通り、相手チームのボールマンを確保しに来たピクルス。迫る巨体に慌てふためき悲鳴をあげるチョッパーの前に、サンジが割り込む。
言われた通りチョッパーがその場から離れ、ピクルスの巨体はサンジに迫った。
「うおおお!!!」
「おめェにゃ用はねェ、狙いはお前一人だよっ!!!」
サンジはピクルスの突進を跳び越え、そのままの勢いで相手のボールマン、ビッグパンに向かって跳躍する。
顔面に強烈な一撃を食らわせ、さっさと頭に乗せたボールをゴールに叩き込んでやろうと、彼の腕を駆け上がろうとする、が。
「な…何だ、こいつの皮膚…ぬるぬるするっ!!!」
いくら登ろうとしても、異様にヌルヌルするビッグパンの皮膚はサンジに先へ進ませない。
ドジョウの魚人の血を引いているという事実を知らなかったサンジは、いつまでもいつまでもビッグパンの二の腕の上でつるつると滑り続けていた。
「何やってんだてめェは!!! アホか!!!」
「あァ!!? 誰にアホっつったんだコラ!!!」
「二人ともケンカすんなって!!!」
傍から見ればふざけているようにしか見えないその様に、ゾロが怒鳴り声をあげ、サンジがカチーンと怒りをあらわにする。
再び険悪になる二人に忠告しながら、チョッパーは背後から襲ってくるハンバーグとピクルスから必死に逃げ続けていた。
「ていうか………‼︎ 助けて〜〜!!!」
「「てめェはてめェで何やってんだ!!!」」
いつの間にかピンチに陥っているチョッパーに、男二人が目を剥いて吠える。
気を取られたサンジは、突っ立っていたままだったビッグパンが、ゆっくりと身構えていたことに気付かなかった。
「〝パンクパス〟!!!」
「ぐあ!!!」
巨人の血を引く巨体が、滑り続けるサンジに強烈な張り手を食らわせ吹っ飛ばす。
吹っ飛ばされた先でサンジはゾロに激突し、凄まじい轟音と土埃が巻き起こった。
「おわー!!! お前ら~~!!?」
「イヒヒ!!!〝スピニングタックル〟〜〜〜!!!」
痛恨の一撃を食らった二人を案じ、つい振り向き減速してしまったチョッパー。
そこへ、不気味に嗤ったピクルスが急接近し、高速回転したままチョッパーに激突、彼を空中へと打ち上げた。
「うわ―――――っ‼︎」
「チョッパ――――‼︎」
撥ね上げられたチョッパーが向かう先には、すでにハンバーグが待ち構えていて、飛んできたチョッパーをがっちりと掴んでゴールに向かう。
怪物と称される三人の敵による、息の合った連携が出来上がりつつあった。
「――この…バカマユゲ!!!」
「こンのクソマリモ!!!」
「決まるぞ!!! ハンバーガーダンクだ〜〜〜!!!」
「ぎゃあ〜〜〜〜〜!!!」
両脇をがっちりと掴まれ、逃れられないチョッパーが悲鳴をあげる。
助けに向かおうにも、チョッパーの居場所はフィールドの反対側で、走ったところで間に合わない。
絶体絶命のピンチに、ルフィ達が頭を抱えだした。
「ああ、この手があった」
「え!!?」
が、ゴールに叩き込まれる寸前、チョッパーは獣人型に変身し、小さくなって拘束からスポーンと逃れる。
ギョッと目を見開くハンバーグをよそに、チョッパーは急いで着地し、その場から離れる。
「ゴールなんかさせるかァ!!! どオりゃあああ〜〜!!!」
「クソ剣士にフォローされてちゃ………!!! おれの立つ瀬がねェんだよ!!!」
そしてゾロとサンジも、反撃に移る。
ゾロはピクルスの巨体を掴んで思いきり振り回し、サンジはハンバーグに向かって駆け出す。
そしてほぼ同じタイミングで、ゾロがピクルスをぶん投げ、サンジがハンバーグを蹴り飛ばし、空中で頭から正面衝突させてみせる。
終わるかと思われた試合は、まだまだ継続できることを示した。
『ノ〜〜ォゴ〜〜〜〜〜ル!!!!〝ボールマン〟チョッパー、一筋縄でリングをくぐってくれそうにないよ〜〜っ!!! グロッキーモンスターズにパワーではり合う奴らが出現〜!!! 壮絶なゲームが‼︎ 始まってしまったァ〜〜〜〜〜!!!』
しぶとく敗北を認めないゾロ達に、観客席から盛大な喝采が送られてくる。
ひとまずノーゴールに終わったことで、知らぬうちに腰を浮かせていたエレノアが、ほっと安堵の息をついた。
「ふゥ……あいつら、ヒヤヒヤさせやがるよ」
「ホントに仲悪いネ〜、あいつら」
「…うお‼︎ あんたいつの間に」
胸を撫で下ろしていたエレノアは、いつの間にか隣で焼きそばをすすっていたリンに気付いて目を見開く。
構わずリンは、変わらない馴れ馴れしさでエレノアに近づき、話しかけてくる。
「こりゃ本気で移籍覚悟しといたほうがいいかもしれないヨ………そんときゃおれもこっちにお世話になろうかナ」
「はっ…尻の軽い事で」
図々しくも人の一味の食料を食い散らかし、それだけでは飽き足らず、別の一味にも厄介を懸ける気満々でいるリン。
すでに見切りをつけている様子で、のんびりと試合の経過を眺めていた。
「……でも、あいつらは負けないよ。そう決まってるさ」
「ふゥ〜ン…信用してるんだネ」
「そりゃそうさ…」
エレノアはリンにやや軽蔑したような視線を向けつつ、不意ににやりと不敵な笑みを浮かべる。
ぞくり、と。
その時、なぜかリンの背筋に寒気が走る。
「仁義あってのこの世界、仲間を信じられなくなったら、そいつはもうこの海じゃ生きていけない…………仲間を信じられなくなっても、仲間を物の様に扱う様になっても、そいつはそこで死ぬだけさ」
ある種の凄みのような物を感じさせるその呟きに、リンの焼きそばを食う手がピタリと止まる。
満身創痍で佇む天使の見せる、確固たる信念を感じさせるその姿に、興味が薄れかけていたリンの表情が少し変わっていた。
しかし、その緊迫した雰囲気も、そう長くは続かなかった。
「ぶしし、ぶししし、ぶっしっし」
「うおお‼︎」
「ぎゃああ――っ!!!」
「…あれ、なんかめっちゃ逃げてる。何が…?」
試合に視線を戻せば、笑いながら、ズシンズシンとゾロ達を追い回すビッグパンの姿がある。
その足元をよく見てみると、ビッグパンの靴の底には、いつの間にか鋭くデカい刃が備わっているのが見えた。
「思いっきり凶器使ってル〜〜〜!!!」
「うおおい審判〜〜!!! 武器はナシって話でしょうが!!!」
さすがにこれは捨て置けないと、試合の公平を判断する審判に叫ぶエレノア。
だが審判は、顔中から汗を垂らしてそっぽを向き、下手くそな口笛を吹いていた。
「いや何その白々しさ‼︎」
「フェッフェッ、偶然見てねェんなら仕方ねェよな――」
審判どころか人間としてもあるまじき姿に、エレノアが吠えるもフォクシーが全面的にそれを肯定してしまう。
たまらず、怒りが限界に達したサンジが、審判に蹴りを叩きつけていた。
「フザけんなァ!!!」
「サンジくーん!!! 気持ちはわかるけど蹴っちゃダメ〜〜!!!」
「てめェ見たろ何だその滝の様な汗は!!!」
鬼のような形相で怒鳴るサンジだが、ぴくぴくと震える審判はそれでも認めようとしない。
船長への忠誠か意地か、是が非でも自分の一味の反則負けを認めないつもりのようだった。
「麦わらチーム、サンジにイエローカード!!!」
「何だとてめェ!!!」
「ま‼︎ 待って待て待てって!!!」
「………………私これ、ほんとに帰れるのかな」
「……あれだヨ、住めば都っていうしサ」
あげくの果てに、理不尽な理由で突き付けられる処分にサンジがまた怒り、ウソップがそれを必死に制する。
エレノアは頭を抱えて項垂れてしまい、流石に不憫になったリンが彼女の肩を叩き、宥める。
その後も続く、反則に続く反則。
思いきり斧を振り回すビッグパンに、鋼鉄の防具をつけて戻って来るピクルスとハンバーグ。
それを使った一方的な暴虐を、それでも審判は認めようとしない。
たった数十秒の間に、ゾロとサンジとチョッパーは、血だらけでフィールドに倒れ伏す有様になっていた。
『これはもう立ち上がれないねー‼︎ 麦わらチーム、敵はまさに…グロッキ〜〜〜!!!』
息を呑むほどの惨状に、なおもフォクシー海賊団から上がる歓声。
卑怯・卑劣、ルールとして書かれていようと、認められなければ反則ではないという最悪の戦い方に、ルフィ達は憤慨するも手を出せない。
『――さ〜〜〜てあとは〝ボールマン〟をゆっくりと〝リング〟という名の棺桶に‼︎推し沈めれば2勝目〜〜〜!!! 無敵!!! 強すぎる‼︎ グロッキ〜〜モンスターズ!!!』
「…おいチョッパー、コック」
わーわーと盛り上がりを続ける、他に味方のいない完全なアウェイの会場。
耳障りな歓声と小馬鹿にした視線に晒される中、眉間にしわを寄せたゾロが、自分と同じく倒れ伏す二人に声をかける。
「10秒手ェ貸せ」
「…妥当な時間だな」
「お前らがそう言わなかったら……おれが思いっきりぶん殴ってたところだ」
剣士の怒りに満ちた呼びかけに、コックと船医も強く目を光らせ、傷だらけになった全身に力を漲らせていった。
「あいつら…」
『もはや勝敗の行方は歴然だねェ‼︎ やっっぱり怪物達には敵わないっ‼︎ 善戦空しく倒れる麦わらチームにむしろ、私実況のイトミミズ!!! 称賛の拍手をもってこの勝負を見届け…』
もはや、フォクシーチームの勝利は確定したものとして、早々に勝手に試合の終了を告げかけたイトミミズと、納得しかけるフォクシー海賊団。
しかし彼らは、次の瞬間大きく目を見開く。
散々に痛めつけられたゾロ達が雄々しく仁王立ちし、ハンバーグ達を睨みつけていたからだ。
『立った!!! 立ち上がったよ麦わらチーム〜〜〜〜!!!』
思わぬ展開に、イトミミズやフォクシー海賊団全員がどよめきの声を上げる。
反対に愕然としかけていたウソップたちが息を吹き返し、不屈の闘志を見せるゾロ達に歓喜の声をぶつけていた。
『恐ろしく頑丈な二人、剣士ロロノア‼︎ コックのサンジ‼︎ 船医チョッパー!!! しかし果たしてまだ戦う力が残っているのかな〜〜⁉︎』
「うお――――っ!!!」
「立ったー!!! やっちまえチキショ〜!!!」
フォクシー海賊団からの声も、次第に彼らを称えるような声が混じり始める。
ただやられるだけでは面白くない、力の限り抗い続ける男達の姿が、彼らの琴線に触れ始めたようだ。
そんな熱い雰囲気が漂い始めた時、それまで沈黙していたこの男が、グロッキーモンスターズに向けて声を張り上げた。
「おいお前ら!!! ワン『モンスターバーガー』プリ〜〜〜ズ!!!」
響き渡るフォクシーからの宣告。
それを耳にしたフォクシー海賊団は、皆例外なく目と口を全開にし、フォクシーを凝視し立ち尽くしていた。
「……な…何?」
「何かしらね……」
『なんと…‼︎ オヤビン‼︎『モンスターバーガー』を注文してしまったよ〜〜〜っ!!! 麦わらチーム絶体絶命〜〜〜〜!!!』
どよめきながら、しかし期待に満ちた声を上げるイトミミズ。
そして、奴らがついに動き出す。
ハンバーグはズボンの中から鋼鉄の棍棒を取り出し、地面に叩きつけ、ピクルスは鋭いカットラスを抜き出し、ぐるぐると回転を始める。
ビッグパンは二枚の巨大な丸い鉄の板を持ち、上下で叩き合わせ轟音を響かせる。
「ぷぷぷ………ミンチにして、ハンバーグ………♪」
「イヒヒ‼︎ スライスして、ピークールス♪!!!」
「「「ゲストは⁉︎」」」
「緑のレタスに♪‼︎ 黄色いチーズ♪‼︎ そして真っ赤なシカ肉♪‼︎」
「ぶししし‼︎ ビッグなパンではさんで潰せば♪!!!」
「「「〝モンスターバーガー〟!!!」」」
あからさまな凶器の使用、それも掠っただけで致命傷になりそうなほど、凶悪な武器を使った三人連続の攻撃。
案の定審判はそれに見ない振りをし、ズシンズシンと三人のモンスターたちが相手チームに迫っていく。
しかし、それでもゾロとサンジ、チョッパーに退く様子はなく。
そして決して敗けないという堅い覚悟を秘めた目で、無敗の怪物達を見据え続けていた。