ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
海軍大将の呟いたその一言に、エレノアが目を細め、彼を睨みつける。
ピリピリと張りつめる空気の中、車椅子に座ったままの天使の口から、冷え切った低い声が漏れ出た。
「……どういう意味かな、青キジ」
「政府はまだまだお前達を軽視しているが…細かく素性を辿れば骨のある一味だ――――少数とはいえ、これだけ曲者が顔を揃えてくると、後々面倒な事になるだろう」
エレノアの問いに、クザンはそう淡々と答える。
最初の気だるげな雰囲気など微塵も残っていない、鋭い刃のような眼差しで、ルフィ達を睥睨する。
「長く無法者共を相手にしてきたが、末恐ろしく思う……!!!」
「そ…そんな事急に……‼︎ 見物しに来ただけだっておめェ、さっき…」
「えらく思い切ったこと言うじゃないのさ……青キジ」
思わず青褪めるウソップをよそに、エレノアも険しい表情のまま言い返す。
足が使い物にならなくても関係がない、今にも飛び出していきそうな雰囲気だ。
「ここに私がいるのをお忘れ…?〝白ひげ〟海賊団や〝火拳〟も敵に回すことになるよ。海軍大将ともあろうものが、そんな愚行に出て本当にいいのかな?」
「確かにお前さんまで殺すのは愚策だ………まァいずれぶつかるのはわかりきってるんで、交渉材料の一つとして捕らえる程度かねェ…だが今、特に危険視される原因は…お前だよ、ニコ・ロビン」
ため息交じりに答えたクザンが次に見やったのは、無言で尽くすロビン。
クザンと相対してから変わる事のない、怯えと不安で引き攣ったままの表情で、びくりと肩を震わせる。
そこに、目を吊り上げたルフィが食って掛かる。
「お前やっぱりロビンを狙ってんじゃねェか!!! ぶっ飛ばすぞ!!!」
「懸賞金の額は何も、そいつの強さだけを表すものじゃない。政府に及ぼす〝危険度〟を示す数値でもある、〝天族〟しかりな………だからこそお前は、8歳という幼さで賞金首になった」
ルフィの剣幕も全く気にせず、クザンは冷たい声音で続ける。
一味全員から険しい視線を向けられてなお、クザンの態度に変化はない。
「そのシリの軽さで裏社会を生き延びてきたお前が、次に選んだ隠れ家がこの一味というわけか」
その物言いに、カチンとサンジのこめかみに血管が浮き立つ。
彼が何より愛するレディに対する暴言、そして反論もしない女性を責め立てるような言葉。とっくに我慢は限界を迎えていた。
「おいてめェ聞いてりゃカンに触る言い方すんじゃねェか!!! ロビンちゃんに何の恨みがあるってんだ!!!」
「やめろサンジ!!!」
「別に恨みはねェよ…因縁があるとすりゃあ…一度捕り逃がしちまった事くらいか…昔の話だ。お前達にもその内、わかる。厄介な女を抱え込んだと後悔する日もそう遠くはねェさ」
やはりクザンは、サンジの怒気もまるで相手にしていない。
ずっとロビンだけに注目し、そして敵意を向け続け、揺るぐことなく睨み続けていた。
「それが証拠に…今日までニコ・ロビンの関わった組織は、全て壊滅している。その女一人を除いて、だ…………何故かねえ、ニコ・ロビン」
「やめろお前!!! 昔は関係ねェ!!!」
「成程…うまく一味に馴染んでるな」
ルフィが再び声を荒げ、ロビンを庇おうと拳を構える。
それすら嘲笑し、クザンはロビンに神経を逆撫でするような、挑発染みた言葉ばかりをぶつける。
向けられる愚弄の言葉に、徐々に美女は耐えきれなくなる。
「何が言いたいの!!? 私を捕まえたいのならそうすればいい!!!〝
やがて、キッと鋭くクザンを睨みつけロビンが吠えた。
能力でクザンの身体に無数の腕を生やし、関節を決めてガチガチに固めてしまう。あとは少し力を入れれば、簡単に骨が折れる状態だ。
「ロビ〜〜〜〜〜〜ン!!! やめろォ!!!」
「あららら…………少し喋りすぎたかな、残念。もう少し利口な女だと買い被ってた…」
「〝クラッチ〟!!!」
ウソップの制止の声も聞かず、クザンの呆れた声も無視し、ロビンの関節技がクザンの氷の身体をバラバラに砕く。
ガシャン、と草原に崩れ落ちる氷の破片。
だが数秒もしないうちに、氷はひとりでに動き出し、元の長身の男の姿に戻ってしまった。
「んあァ〜…ひどい事するじゃないの……」
「ギャ――ギャ――〜〜〜!!!」
まるで聞いていない様子のクザンに、それを目の当たりにしたチョッパーが悲鳴をあげて後退る。
クザンは面倒くさそうに立ち上がると、再びロビンを見据える。
「命取る気はなかったが……」
ブチブチと手近な草を引き千切ると、辺りにばらまく。
宙に散るそれらにふーっと息を吹きかけると、瞬く間に凍りついて、簡易的な一本の剣となる。
クザンはそれを両手で持ち、ロビンに向けて振り下ろす。
だが、彼の前に割り込んだ一人の男が、その一撃を寸前で受け止めた。
「おやァ…? どっかで見た顔だな」
「この一味潰されちゃァ、おれも困るんでネ。邪魔させてもらうヨ…‼︎」
幅広で片刃の剣を抜き、ロビンを庇い氷の剣を止めるリン。
彼に続き、ゾロとサンジ、そしてルフィもクザンを止めるために飛び掛かる。
サンジとゾロ、リンでクザンの動きを止め、ルフィがど真ん中から突っ込み、強烈な一撃を叩き込もうと突っ込んだ。
「んな!!?」
「うわ‼︎」
「ぐあァ!!!」
「おああああっ!!!」
だが、それは叩き込まれた一撃は、クザンに何の痛みも与えなかった。
それどころか、四人ともクザンに触れた個所から凍りつかされ、叫び声とともにその場に倒れ込むこととなった。
「ぎゃあああ凍らされた〜〜〜〜!!!」
「あの3人がいっぺんに…!!!」
「た……大変だ!!! すぐ手当てしないと…!!! 凍傷になったら…!!! 手足が腐っちゃうぞ!!!」
一味の実力者と部外者、四人同時に攻めたというのに、全く意に介していない様子のクザン。
ウソップとナミは愕然と目を見開き、倒れた四人を見たチョッパーが焦った声を上げる。
そんな彼らの様子を見やり、クザンがにやりと笑みを浮かべた。
「…………いい仲間に出会ったな…………しかしお前は…お前だ、ニコ・ロビン」
「違う…私はもう………!!!」
クザンの冷酷な言葉に、首を横に振るロビン。
クザンは彼女を黙らせるため、絶対零度の自らの身体を近づけ、両手を伸ばす。
しかしその手が触れる直前、宙に舞った天使が放った強烈な蹴りが、海軍大将を勢いよく吹き飛ばした。
「エレノア!!?」
「おいおい…その身体で動けるとはね…そういやお前さん、〝世界最強の男〟の娘な上に…あの女の娘だったわ」
「にゃははは……この程度で動けなくなるほど、落ちぶれちゃいないよ」
ザザッ、と草原を滑り、口元の血を拭って顔を上げるクザンに、エレノアは不敵に笑ってそう告げる。
だが、無理矢理地面に立てた両脚はガタガタと震え、全身に巻いた包帯からはじわじわと血が滲み始める。虚勢であることは明らかだった。
「そういうところよく似てるわ………まったく…天族の女ってのはどいつもこいつも、覚悟ガンギマリの厄介な奴しかいねェな」
「それが私の……我等の生き様というものだ…‼︎」
肩を竦め、標的を変更するクザン。
再び近付くクザンの氷の力を前に、エレノアがぶるぶると震えたまま、ボロボロの足を構えたその時。
二人の男達がガシッ、とエレノアとロビンを担ぎ上げ、全力で走り出した。
「なっ…ちょっと⁉︎」
「うおおお」
「やったウソップ〜〜っ!!!」
必死の方向を上げ、クザンから離れるウソップとチョッパー。
唖然とした顔で、遠ざかっていくクザンを凝視するエレノアとロビンに、クザンが忌々しげな目を向ける。
「何だってんだオイ…」
「ウソップ!!!チョッパー!!! そのまま船に走れ!!! ロビンとエレノアを守れ!!!」
「わ‼︎ わかった!!!」
「待って…離して‼︎ あんた達じゃ無理だって!!!」
「それからお前‼︎」
ノロノロと動き出すクザンの前に、ルフィが立ちはだかる。
そして後ろを振り向かないまま、剣を構えてクザンを睨むリンに向かって強く吠えた。
「ン?」
「おれの船に乗っていきてェなら…おれの仲間ちゃんと守れよ!!!」
「了解しタ……任せロ、シンの人間は、約束を必ず守ル!!!」
有無を言わせないルフィの命令に、リンはコクリと強く頷く。
そして踵を返し、先に行ったウソップたちの後を追って駆け出していった。
「やめとけ、その女は助けねェ方が世の為だ」
呆れた目でルフィ達を見ながら、気だるげな声で告げるクザン。
ロビンたちの後を追おうと歩き出した彼に向けて、ナミがヒュンッと天候棒を突き付け、不敵な笑みを見せた。
「お言葉ですけど、そういうのの集まりよ、海賊なんで」
「よくわかってんじゃねえの………‼︎」
そう返し、クザンはナミを簡単にあしらい、先に向かおうとする。
腕と足をそれぞれ凍らされたゾロとサンジも立ち上がり、決死の覚悟でクザンを止めようと各々の武器を構える。
「待った!!! お前ら!!!」
だが、そこに再びルフィの声が響く。
ハッと振り向く一味と敵の視線を身に受けながら、ルフィは凍り付いたままの拳を構え、厳しい表情で告げた。
「お前ら手ェ出すな、一騎討ちでやりてェ‼︎ この勝負、おれとお前で決着をつけよう」
「構わねェが…………連行する船がねェんで………殺して行くぞ?」
あまりにも不利な戦いを望もうとする、若き船長。
クザンはそんなルフィに文字通り氷の眼差しを向け、呆れた顔でそう返した
「何考えてるのよこのバカ共!!!」
メリー号の甲板で、エレノアの怒号が鳴り響く。
チョッパーに包帯を巻き直されつつ、戻ってきた男達に怒りのままに吠える。
それを耳にし、ゾロとサンジは苦虫を噛み潰したような、険しい表情になっていた。
「海軍大将相手に一騎討ち!!? たかだか1億の賞金首が!!? 万に一つの勝ち目もないよ!!!」
「――――船長命令だ……」
「いくら船長命令でも…!!! お前ら薄情すぎやしねェか!!? そりゃねェよ‼︎」
「黙れ!!!〝一騎討ち〟だぞ!!! わからねェのかお前には!!!!」
「おいやめろ!!! こんな時に!!!」
ウソップもエレノアと同じく、船長を死地に置き去りにしたことを責めるが、騎士道を重んじるサンジがそれに怒鳴り返す。
始まりかけた剣かを止め、ゾロは眉間にしわを寄せたまま、負傷した腕に包帯を巻き続けた。
「今……一味の瀬戸際だ。この決断があいつの気まぐれだろうと何だろうと…もしもの時は、それに応えるだけの腹ァくくっとけ!!!」
固い決意の表情で、一味全員にそう通告するゾロ。
エレノアはグッと唇を噛み締め、顔を手で覆い天を仰いだ。
「……!!! 私なら……あんた達全員が逃げる時間を稼いで…自分で逃げる事ぐらいできたんだ…!!! 今のルフィじゃ無理だ……今のあいつが〝海軍大将〟を相手取ってタダで済むわけがない…!!!」
「何言ってんのよ…あんた」
希望的観測でしかないエレノアの嘆きに、ナミはぞっと背筋が冷える感覚に陥る。エレノアの献身が、度を過ぎているように見えたからだ。
「ルフィに何かあったら…私は……!!! あの人に顔向けができない…!!!」
そして、その献身の根底にあるのが、彼女の想い人であることにより一層の恐怖を感じる。
歪みを見て、呆然と立ち尽くすナミの後ろで、リンがぼそりと呟いていた。
「……噂通りのブッ壊れっぷりだネ、天族ってのハ……‼︎」
―――このままここで、お前を砕いちまって命を絶つのは造作もねェが……借りがある。
これでクロコダイル討伐の件…チャラにして貰おうじゃないの。
と、ある縁によって、ルフィは命を取り留める。
その後、誰もいなくなった草原に、全身を氷漬けにされたルフィが発見され、メリー号に回収されたのは、数十分も経ってからだった。
バタンッ!と大きな音を立て、船室の扉が開かれる。
その中から顔を出したチョッパーが、半泣きで仲間達に治療の結果を伝えた。
「ルフィの…心臓が………動いた!!!」
氷漬けになったルフィを、シャワーのお湯で温め続けること数時間。
温度を取り戻したルフィの身体は、ようやく正常な身体機能を取り戻したのだった。
「やったー‼︎ うおおお〜〜〜い!!! ルフィ〜〜!!!」
「あのクソバカ野郎め、心配かけさせやがって!!!」
「駄目だ‼︎ まだ駄目!!! 入ったら騒ぐだろ!!!」
安堵と歓喜の声が上がり、一味が甲板上で飛び跳ねる。
歓声を上げるウソップ達にチョッパーが忠告しつつ、全員が無事に船に戻って来られたことを祝いあう。
そんなホッと緊張の糸が緩んだ空気の中、不意にウソップが甲板に倒れ込んだ。
「はふ……」
「どうしたウソップ、気が抜けたのか」
「……あんな強ェのがこの先…おれ達を追って来るのかな」
訝し気に問いかけるゾロに、ウソップは重い声でこぼす。
たった数時間前の事、すぐ目の前で起こった大事件だったのに、ほとんど何も手を出すことなく、あっと言う間に終わってしまった。
それが非常に虚しく、そして情けなかった。
「……おれはただ…バタバタ騒いで終わったよ……」
「…寝ろ、バカ。疲れてんだよ、お前」
虚ろな目で呟くウソップに、ゾロが呆れながら告げる。
歓喜する者達、ほっと安堵する者達、今後に不安を抱く者達。
勝利とは言い難い、苦い経験を経た一味を見やり、ロビンとエレノアはお互い離れた位置に居ながら、何か思案する様子でいた。