ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第176話〝彼はもう走れない〟

「メリー号が直せねェって!!? 何でだ!!! おめェらすげェ船大工なんじゃねェのかよ!!!」

 

 パウリーが口にした非情な一言に、ルフィは血相を変えて叫ぶ。

 バンバンと大金の入ったケースを叩き、決して貧乏人などではないと必死に示す。

 

「金ならほら‼︎ いくらでもあるのに!!!」

「金は……関係ないわい。いくら出そうと、もうあの船は元には戻らんのじゃ。よくもまァ…あの状態でここへ辿り着けたもんじゃと、むしろ感心する程のもんでな」

「どういう事⁉︎ メリー号に何が起こってるの⁉︎」

 

 困惑し、聞き返すナミに、パウリーは目を細める。

 呆れを含んだ、少しばかりの同情を混ぜたその視線に、ナミもルフィもリンも、思わず黙らされる。

 

「〝竜骨〟ってわかるか、ハレンチ娘」

 

 パウリーは三人に、船の基礎から教える。

 

 船首から船尾までを貫き支える、もっとも重要な木材―――竜骨。

 船とはそこを中心に船首材、船尾材、肋根材、肋骨、肘材、甲板梁と緻密に組み立てていくもの。

 

 しかしメリー号は、竜骨そのものをやられていた。

 人間でいう背骨を損傷しては、もう通常の船と同じ航海は不可能となってしまうのだ。

 

「――だからもう誰にも直せねェ。お前らの船はもう、死を待つだけのただの組み木だ」

「おイ、そんな言い方ないんじゃないカ?」

「知った事か、事実だ」

 

 無慈悲なパウリーの物言いに、リンが思わず口を挟むも顔色一つ変えない。

 諦めきれないルフィは、必死の表情で凄腕の船大工達全員を見す。

 

「…………じゃあ‼︎ だったらよ‼︎ もう一回一から船を造ってくれよっ!!! ゴーイングメリー号を造ってくれ!!!」

『それも無理だ、クルッポー』

「!!? 何で!!!」

 

 口を開かないルッチに代わり、ハットリがジェスチャーする。

 

 この世に同じ船は作れない。

 同じ素材、同じ設計図で作ったとしても、同じ成長をする木材が存在しないため、どうしても異なる部分が現れてしまうのだと。

 

『例えばそんな船を造ったとして、それが全く別の船であると最も強く感じてしまうのは――きっとお前達自身だ、クルッポー』

「…………そんな…――じゃあ本当にもうゴーイングメリー号では二度と航海できないの⁉︎」

「そうなるのう、このまま沈むのを待つか…さっさと解体してしまうかじゃ」

 

 さすがにパウリーとは異なり、気遣う様子を見せて告げるカク。

 愕然と棒立ちになっていたナミは、今この場を離れているもう一人の仲間の意味深な態度を思い出し、ハッと息を呑んだ。

 

「…エレノア、あいつまさか…………こうなるの知ってて」

「ンマー‼︎ …船の寿命だ、いい機会じゃねェか。諦めて新しい船を買って行け」

 

 悩み続けても仕方がないと、アイスバーグがルフィ達に促す。ヴィルヘルムも同じく、同情の視線を向けながらも、アイスバーグの言葉を否定しない。

 しかし、船大工たちにそれだけ真実を突き付けられても、ルフィが納得することは、未だできなかった。

 

「………いいや!!! 乗り換える気はねェ!!!」

「ルフィ……」

「おれ達の船はゴーイングメリー号だ!!! まだまだ修理すれば絶対走れる!!! 大丈夫だ!!! 今日だって快適に走ってたんだ!!! なのに急にもう航海できねェなんて信じられるか!!!」

 

 ルフィの脳裏に浮かぶ、数々の冒険。

 荒波を越え、山を登り、空を飛び、長い長い海の道を懸命に走り続けてきた、勇敢な船との想い出。

 それを手放せという言葉を、受け入れられるはずがなかった。

 

「お前ら、あの船がどんだけ頑丈か知らねェからそう言うんだ!!!!」

「………沈むまで乗れれば満足かい…」

 

 吠えるルフィに、ヴィルヘルムが目を細める。

 その眼差しは酷く冷たく、いい大人が駄々をこねる情けない様を見るようだった。

 

「呆れたものだ…君は、それでも一船の船長かね」

 

 こぼれたその一言に、ルフィは思わず口を閉ざす。熱を持った頭に、急に氷水をぶっかけられたように、昇っていた血が一気に下がった。

 

「話は一旦終わりだな。よく考えて、船を買う気になったらまた来い。世話してやる」

 

 絶句し、立ち尽くすルフィ達に最後にそう告げ、アイスバーグとヴィルヘルムは会社に向かって歩き出す。

 何も言い返せず、俯くだけの青年達は、悔し気に拳を握りしめていた。

 

 そんな時だった。

 ルフィとリンの背筋に、凄まじい悪寒のような感覚が走ったのは。

 

「!!!!」

 

 ぎょっ!と目を見開いた二人が、慌てて走り出す。

 棒立ちのままのナミの手を引き、二人は慌てて造船所の中を駆け抜けた。

 

「いかん、隠れロ!!! ヤベェのが来ル!!!」

「えっ、ちょっ⁉︎ 何、何なのよ!!?」

 

 困惑するナミを黙らせ、ルフィとリンは慌てて物陰に、角材の山の裏側に潜り込む。船大工達が何事かと見てくるが、全く気にしない。

 

「何だァ……あいつら」

「アイスバーグさん、ヴィルヘルムさん、ゲート前にお客が来てますぜ」

 

 パウリーが訝しげに首を傾げていると、入口の方から別の職長、ルルが声をかけてくる。

 妙な寝癖が目立つ彼は、それをぐっと押し込み、また別の箇所から生やしながら、アイスバーグ達の元へと近づく。

 

「また世界政府のお役人の様で。追い返しましょうか」

「ンマー、そうだな。いねェと言え」

「全くしつこい事だ…」

「待ちたまえ、お二方」

 

 さっさと会社に戻ろうとしていたアイスバーグ達だが、それをある黒服の男達が呼び止める。

 男達を目にし、パウリーが納得の表情を浮かべた。

 

「あァ…これか。だがあの程度の野郎にそこまで慌てる必要もないだろうに……」

「…あんた達、よくわかったわね。世界政府の役人だって」

 

 確かに、政府の役人の前で賞金首がいては問題となるだろう。

 顔も格好も見ていないのに、よく役職がわかったものだと、ナミも一緒に感心した声を上げる、が。

 

「…違う」

「そっちじゃないヨ」

「え?」

「………もっとヤバいのがいる…!!!」

 

 振り向くと、引き攣った顔で息を殺すルフィとリンが、冷や汗を顔中に浮かべて、様子を伺っている姿があった。

 いつも呑気な二人には珍しい、まるで命の危機を前にしたような態度だ。

 

「ンマー‼︎ これァどうもコーギー、今日はおれァいねェんで」

「いるしっ!!! まったく遥々海列車でやってきたのだ、嫌わないで頂きたい…」

 

 緊迫するルフィ達をよそに、気付いていないらしい役人達がアイスバーグ達に話しかけている。

 対するアイスバーグ達は、心底嫌そうな態度を隠すことなく、じろりと役人達を睨みつける。

 

「ンフフ…まァいい…とにかく貴方方とお話を」

「お前、嫌い、帰れ」

「子供かっ‼︎」

 

 年齢不相応な、あまりに無礼な態度を見せるアイスバーグ。

 役人が思わずツッコミ、しつこく話を続けようとした時だった。

 

「――まァ、そう頭を堅くせず。一方的に拒絶されては我々も傷つくというものだよ」

 

 ある一人の男の声が、アイスバーグとヴィルヘルムの元に届く。

 誰だ、と訝し気に顔を向け、近付いてくるその男―――海軍の軍服に、眼帯と刀剣を備えた初老の男の姿に気付く。

 

 そして、その場にいた全員が、驚愕の視線でその男を凝視した。

 

「………!!! まさか…」

「いやはや…‼︎ よもやあなたが来られるとは思いもよりませんでしたな…‼︎」

 

 アイスバーグとヴィルヘルムが、まさかといった表情でその場で固まる。

 パウリーやカク、ルルも目を見開き、冷や汗とともに呟きをこぼす。

 

「海軍本部〝大総統〟ブラッドレイ・キング氏……!!!」

 

 戦慄の視線が自身に集中する中、その男―――ブラッドレイは、どこにでもいる好々爺のような笑みを浮かべ、アイスバーグ達に話しかけた。

 

「そう身構えないでくれ。こちらへは仕事ではなく息抜きのつもりで訪ねたのだ…まァ、コーギー君とは付き添いのつもりだがね」

 

 ひらひらと手を振り、敵意も害意もないことを示すブラッドレイ。

 何の前触れもなく現れた、今生に生きる者なら誰もが聞いたことのある名前を耳にし、ナミは顔から血の気を引かせる。

 

「〝大総統〟って…!!! 海軍最強って言われてる、めちゃくちゃ有名な海兵じゃないのよ…!!! なんでそんなバケモノがこんなところに来てるのよ!!?」

 

 つい最近、海軍の最大戦力である男から命からがら逃げた所なのに、とナミはごくりと息を呑む。

 しかし、様子を伺っているうちに、ナミの警戒心は徐々に薄れていった。

 

「…でも聞いてた様な恐ろしい感じじゃないわね。なんかこう…気の良さそうなおじいちゃんみたい」

「騙されんな、ナミ…‼︎」

 

 社長達ににこやかに話しかけているブラッドレイに、そこまで危険ではないのかと思い始めるナミ。

 しかし、気を抜きかけた彼女に、ルフィが険しい顔で警告した。

 

「あいつは、強ェ…!!! おれやゾロやサンジが束になっても…エレノアが全快の状態でも絶対勝てねェ」

「え…」

「ありゃあ……〝青キジ〟とおんなじかそれ以上に強いネ…‼︎ 見つかったら、全員殺されるヨ」

 

 身を隠し、気配を限界まで隠そうと努めるリンが、糸目を少し開けて呟く。

 彼らと同じように、パウリー達も思わぬ訪問者を前にし、困惑と緊張をあらわにしていた。

 

「海軍最強の剣士ブラッドレイ…!!! いかなる奇策・奇襲もその目の鋭さの前では意味をなさず、片っ端からなます切りにされていくと恐れられている男…!!! 噂じゃあ、戦場に()()()()()戦況が傾くからって、海軍のどの階級にも当てはまらない地位に就いてるって話だぜ……!!!」

「なんだってあんな化け物が」

「さて、少しお付き合いいただこうか………」

 

 周りからの視線をすべて無視し、ブラッドレイがアイスバーグ達に促す。

 高名な男の、何とも言えない雰囲気に圧されてか、二人とも渋々といった様子で会社に向かう。

 

 社長達と役人達、そして大総統の姿が見えなくなって、ようやく職人達はホッと安堵の息をついた。

 

「とんでもねェのが来たな……しかし、あんな大物がアイスバーグさんに何の用だ…」

『おれ達には関係ねェ、権力の話だろ、ポッポー』

「ブッ飛ばしてやろうか」

「やめとけ、相手は世界政府じゃぞ…………」

 

 いきなり来て、偉そうな態度ばかりを見せた役人達を思い出して、パウリー達が腹立たし気に言葉を交わす。

 ルフィとリンは、圧迫感がなくなってようやく息をつく。

 

 だがその時、ルフィがある事に気付いた。

 

「ん?」

「何?」

 

 訝しげな声を漏らしたルフィに、ナミが振り向く。

 ルフィは傍らに置いたケース、その一つを持ち上げ、困惑の声をこぼす。

 

「軽い………」

「ハ?」

「冗談やめてよ‼︎ 大金が入ってて軽い訳が…」

 

 何を言っているのか、とナミが乾いた笑い声をあげる。

 しかしルフィはひょいひょいと、確かにずっしりと重かったはずのケースを上下させる。

 

 その様に嫌な予感を覚え、ナミ達は急いでケースを開いてみせる。

 そして、そこにあった光景を目の当たりにして、三人一斉に盛大な悲鳴をあげた。

 

「ギャ〜〜〜〜〜〜ッ!!!」

「いや〜〜〜〜っ!!!」

「バカ、何騒いでんだっ!!! ぶっ‼︎ オイ女っ‼︎ てめェそういう座り方をしたら…!!!」

「2億B、ないっ!!!」

 

 騒がしい三人の様子を伺いにパウリーが戻ってきて、ナミの膝を抱えた体勢に顔を真っ赤にする。

 

 しかし、ルフィ達はそれどころではない。

 ぎっしり詰まっていたはずの大金が、3分の2が丸々すり替えられ、無くなっていたのだから。

 

「騒がしいな。それより…カク、お前さっきフランキー一家と一緒にいなかったか?」

「ん? 何言うとる。ワシァ今日はフランキー一家など見かけてもおらんぞ」

「…………おかしいな、確かにおめェの長ェ鼻を確認したんだが」

「ちょっと待ってその会話!!!」

 

 パウリーと一緒に目を見開き、叫んでいたルフィ達は、カク達が口にしていた会話の内容に反応する。

 鼻の長い男と聞いて、思い付くのはもう一人しかいなかった。

 

「ウソップだっ!!!」

「フランキー一家と一緒にいたの!!?」

「一緒にいたというか…抱えられて連れてかれてたというか」

「誘拐じゃないっ!!!」

「止めろヨ!!!」

 

 暢気に首を傾げるルルに、ナミとリンが目を吊り上げて叫ぶ。

 知り合いと間違えるならまだしも、攫われてそのまま放置するとは何を考えているのかと。

 

 すかさずナミは、ルフィに振り向き指示を放つ。

 

「ルフィ、急いで探すのよ‼︎」

「おう!!!」

「―――ってちょっと待ってどこ探す気⁉︎ ルフィ〜〜〜!!!」

 

 ナミが告げるのとほぼ同時に、ルフィは仲間を探しに走り出す。

 しかし、手掛かりも何も無いのに飛び出してしまったため、慌てて呼び止めるも、もうルフィの姿は見えなくなってしまう。

 

 ならば、とナミはパウリー達に振り向き、詳しい情報を求めた。

 

「フランキー一家とグリードファミリーのアジトはどこ!!?」

「アジトというか…解体の作業場はお前らが船停めてるっていう〝岩場の岬〟から、ずっと北東へ行った海岸にある『フランキーハウス』だ」

 

 ならば、金と仲間を奪った連中はそこにいるはず、とナミは当たりをつける。

 それを見たリンが、自分の胸を叩いて走り出した。

 

「麦わらはおれが捜すヨ!!! 人探しなら大得意なんダ!!!」

「じゃ…‼ 頼んだわよ!!! あたしはこのお金、船に置きに行ってくる!!!」

 

 大金を取り戻しに行くのに、大金を持って行っては本末転倒。

 頼もしい仲間と共に守っていなければと、ナミは急いでヤガラブルに飛び乗り、岩場の岬に向けて移動を開始した。

 

「あいつら…‼︎ 絶対許さないっ!!!」

 

 きっとルフィ達なら、全部取り戻してきてくれる。

 そう信じ、ナミはひたすらにヤガラブルをメリー号の元へ急がせた。

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