ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「メリー号が直せねェって!!? 何でだ!!! おめェらすげェ船大工なんじゃねェのかよ!!!」
パウリーが口にした非情な一言に、ルフィは血相を変えて叫ぶ。
バンバンと大金の入ったケースを叩き、決して貧乏人などではないと必死に示す。
「金ならほら‼︎ いくらでもあるのに!!!」
「金は……関係ないわい。いくら出そうと、もうあの船は元には戻らんのじゃ。よくもまァ…あの状態でここへ辿り着けたもんじゃと、むしろ感心する程のもんでな」
「どういう事⁉︎ メリー号に何が起こってるの⁉︎」
困惑し、聞き返すナミに、パウリーは目を細める。
呆れを含んだ、少しばかりの同情を混ぜたその視線に、ナミもルフィもリンも、思わず黙らされる。
「〝竜骨〟ってわかるか、ハレンチ娘」
パウリーは三人に、船の基礎から教える。
船首から船尾までを貫き支える、もっとも重要な木材―――竜骨。
船とはそこを中心に船首材、船尾材、肋根材、肋骨、肘材、甲板梁と緻密に組み立てていくもの。
しかしメリー号は、竜骨そのものをやられていた。
人間でいう背骨を損傷しては、もう通常の船と同じ航海は不可能となってしまうのだ。
「――だからもう誰にも直せねェ。お前らの船はもう、死を待つだけのただの組み木だ」
「おイ、そんな言い方ないんじゃないカ?」
「知った事か、事実だ」
無慈悲なパウリーの物言いに、リンが思わず口を挟むも顔色一つ変えない。
諦めきれないルフィは、必死の表情で凄腕の船大工達全員を見す。
「…………じゃあ‼︎ だったらよ‼︎ もう一回一から船を造ってくれよっ!!! ゴーイングメリー号を造ってくれ!!!」
『それも無理だ、クルッポー』
「!!? 何で!!!」
口を開かないルッチに代わり、ハットリがジェスチャーする。
この世に同じ船は作れない。
同じ素材、同じ設計図で作ったとしても、同じ成長をする木材が存在しないため、どうしても異なる部分が現れてしまうのだと。
『例えばそんな船を造ったとして、それが全く別の船であると最も強く感じてしまうのは――きっとお前達自身だ、クルッポー』
「…………そんな…――じゃあ本当にもうゴーイングメリー号では二度と航海できないの⁉︎」
「そうなるのう、このまま沈むのを待つか…さっさと解体してしまうかじゃ」
さすがにパウリーとは異なり、気遣う様子を見せて告げるカク。
愕然と棒立ちになっていたナミは、今この場を離れているもう一人の仲間の意味深な態度を思い出し、ハッと息を呑んだ。
「…エレノア、あいつまさか…………こうなるの知ってて」
「ンマー‼︎ …船の寿命だ、いい機会じゃねェか。諦めて新しい船を買って行け」
悩み続けても仕方がないと、アイスバーグがルフィ達に促す。ヴィルヘルムも同じく、同情の視線を向けながらも、アイスバーグの言葉を否定しない。
しかし、船大工たちにそれだけ真実を突き付けられても、ルフィが納得することは、未だできなかった。
「………いいや!!! 乗り換える気はねェ!!!」
「ルフィ……」
「おれ達の船はゴーイングメリー号だ!!! まだまだ修理すれば絶対走れる!!! 大丈夫だ!!! 今日だって快適に走ってたんだ!!! なのに急にもう航海できねェなんて信じられるか!!!」
ルフィの脳裏に浮かぶ、数々の冒険。
荒波を越え、山を登り、空を飛び、長い長い海の道を懸命に走り続けてきた、勇敢な船との想い出。
それを手放せという言葉を、受け入れられるはずがなかった。
「お前ら、あの船がどんだけ頑丈か知らねェからそう言うんだ!!!!」
「………沈むまで乗れれば満足かい…」
吠えるルフィに、ヴィルヘルムが目を細める。
その眼差しは酷く冷たく、いい大人が駄々をこねる情けない様を見るようだった。
「呆れたものだ…君は、それでも一船の船長かね」
こぼれたその一言に、ルフィは思わず口を閉ざす。熱を持った頭に、急に氷水をぶっかけられたように、昇っていた血が一気に下がった。
「話は一旦終わりだな。よく考えて、船を買う気になったらまた来い。世話してやる」
絶句し、立ち尽くすルフィ達に最後にそう告げ、アイスバーグとヴィルヘルムは会社に向かって歩き出す。
何も言い返せず、俯くだけの青年達は、悔し気に拳を握りしめていた。
そんな時だった。
ルフィとリンの背筋に、凄まじい悪寒のような感覚が走ったのは。
「!!!!」
ぎょっ!と目を見開いた二人が、慌てて走り出す。
棒立ちのままのナミの手を引き、二人は慌てて造船所の中を駆け抜けた。
「いかん、隠れロ!!! ヤベェのが来ル!!!」
「えっ、ちょっ⁉︎ 何、何なのよ!!?」
困惑するナミを黙らせ、ルフィとリンは慌てて物陰に、角材の山の裏側に潜り込む。船大工達が何事かと見てくるが、全く気にしない。
「何だァ……あいつら」
「アイスバーグさん、ヴィルヘルムさん、ゲート前にお客が来てますぜ」
パウリーが訝しげに首を傾げていると、入口の方から別の職長、ルルが声をかけてくる。
妙な寝癖が目立つ彼は、それをぐっと押し込み、また別の箇所から生やしながら、アイスバーグ達の元へと近づく。
「また世界政府のお役人の様で。追い返しましょうか」
「ンマー、そうだな。いねェと言え」
「全くしつこい事だ…」
「待ちたまえ、お二方」
さっさと会社に戻ろうとしていたアイスバーグ達だが、それをある黒服の男達が呼び止める。
男達を目にし、パウリーが納得の表情を浮かべた。
「あァ…これか。だがあの程度の野郎にそこまで慌てる必要もないだろうに……」
「…あんた達、よくわかったわね。世界政府の役人だって」
確かに、政府の役人の前で賞金首がいては問題となるだろう。
顔も格好も見ていないのに、よく役職がわかったものだと、ナミも一緒に感心した声を上げる、が。
「…違う」
「そっちじゃないヨ」
「え?」
「………もっとヤバいのがいる…!!!」
振り向くと、引き攣った顔で息を殺すルフィとリンが、冷や汗を顔中に浮かべて、様子を伺っている姿があった。
いつも呑気な二人には珍しい、まるで命の危機を前にしたような態度だ。
「ンマー‼︎ これァどうもコーギー、今日はおれァいねェんで」
「いるしっ!!! まったく遥々海列車でやってきたのだ、嫌わないで頂きたい…」
緊迫するルフィ達をよそに、気付いていないらしい役人達がアイスバーグ達に話しかけている。
対するアイスバーグ達は、心底嫌そうな態度を隠すことなく、じろりと役人達を睨みつける。
「ンフフ…まァいい…とにかく貴方方とお話を」
「お前、嫌い、帰れ」
「子供かっ‼︎」
年齢不相応な、あまりに無礼な態度を見せるアイスバーグ。
役人が思わずツッコミ、しつこく話を続けようとした時だった。
「――まァ、そう頭を堅くせず。一方的に拒絶されては我々も傷つくというものだよ」
ある一人の男の声が、アイスバーグとヴィルヘルムの元に届く。
誰だ、と訝し気に顔を向け、近付いてくるその男―――海軍の軍服に、眼帯と刀剣を備えた初老の男の姿に気付く。
そして、その場にいた全員が、驚愕の視線でその男を凝視した。
「………!!! まさか…」
「いやはや…‼︎ よもやあなたが来られるとは思いもよりませんでしたな…‼︎」
アイスバーグとヴィルヘルムが、まさかといった表情でその場で固まる。
パウリーやカク、ルルも目を見開き、冷や汗とともに呟きをこぼす。
「海軍本部〝大総統〟ブラッドレイ・キング氏……!!!」
戦慄の視線が自身に集中する中、その男―――ブラッドレイは、どこにでもいる好々爺のような笑みを浮かべ、アイスバーグ達に話しかけた。
「そう身構えないでくれ。こちらへは仕事ではなく息抜きのつもりで訪ねたのだ…まァ、コーギー君とは付き添いのつもりだがね」
ひらひらと手を振り、敵意も害意もないことを示すブラッドレイ。
何の前触れもなく現れた、今生に生きる者なら誰もが聞いたことのある名前を耳にし、ナミは顔から血の気を引かせる。
「〝大総統〟って…!!! 海軍最強って言われてる、めちゃくちゃ有名な海兵じゃないのよ…!!! なんでそんなバケモノがこんなところに来てるのよ!!?」
つい最近、海軍の最大戦力である男から命からがら逃げた所なのに、とナミはごくりと息を呑む。
しかし、様子を伺っているうちに、ナミの警戒心は徐々に薄れていった。
「…でも聞いてた様な恐ろしい感じじゃないわね。なんかこう…気の良さそうなおじいちゃんみたい」
「騙されんな、ナミ…‼︎」
社長達ににこやかに話しかけているブラッドレイに、そこまで危険ではないのかと思い始めるナミ。
しかし、気を抜きかけた彼女に、ルフィが険しい顔で警告した。
「あいつは、強ェ…!!! おれやゾロやサンジが束になっても…エレノアが全快の状態でも絶対勝てねェ」
「え…」
「ありゃあ……〝青キジ〟とおんなじかそれ以上に強いネ…‼︎ 見つかったら、全員殺されるヨ」
身を隠し、気配を限界まで隠そうと努めるリンが、糸目を少し開けて呟く。
彼らと同じように、パウリー達も思わぬ訪問者を前にし、困惑と緊張をあらわにしていた。
「海軍最強の剣士ブラッドレイ…!!! いかなる奇策・奇襲もその目の鋭さの前では意味をなさず、片っ端からなます切りにされていくと恐れられている男…!!! 噂じゃあ、戦場に
「なんだってあんな化け物が」
「さて、少しお付き合いいただこうか………」
周りからの視線をすべて無視し、ブラッドレイがアイスバーグ達に促す。
高名な男の、何とも言えない雰囲気に圧されてか、二人とも渋々といった様子で会社に向かう。
社長達と役人達、そして大総統の姿が見えなくなって、ようやく職人達はホッと安堵の息をついた。
「とんでもねェのが来たな……しかし、あんな大物がアイスバーグさんに何の用だ…」
『おれ達には関係ねェ、権力の話だろ、ポッポー』
「ブッ飛ばしてやろうか」
「やめとけ、相手は世界政府じゃぞ…………」
いきなり来て、偉そうな態度ばかりを見せた役人達を思い出して、パウリー達が腹立たし気に言葉を交わす。
ルフィとリンは、圧迫感がなくなってようやく息をつく。
だがその時、ルフィがある事に気付いた。
「ん?」
「何?」
訝しげな声を漏らしたルフィに、ナミが振り向く。
ルフィは傍らに置いたケース、その一つを持ち上げ、困惑の声をこぼす。
「軽い………」
「ハ?」
「冗談やめてよ‼︎ 大金が入ってて軽い訳が…」
何を言っているのか、とナミが乾いた笑い声をあげる。
しかしルフィはひょいひょいと、確かにずっしりと重かったはずのケースを上下させる。
その様に嫌な予感を覚え、ナミ達は急いでケースを開いてみせる。
そして、そこにあった光景を目の当たりにして、三人一斉に盛大な悲鳴をあげた。
「ギャ〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
「いや〜〜〜〜っ!!!」
「バカ、何騒いでんだっ!!! ぶっ‼︎ オイ女っ‼︎ てめェそういう座り方をしたら…!!!」
「2億B、ないっ!!!」
騒がしい三人の様子を伺いにパウリーが戻ってきて、ナミの膝を抱えた体勢に顔を真っ赤にする。
しかし、ルフィ達はそれどころではない。
ぎっしり詰まっていたはずの大金が、3分の2が丸々すり替えられ、無くなっていたのだから。
「騒がしいな。それより…カク、お前さっきフランキー一家と一緒にいなかったか?」
「ん? 何言うとる。ワシァ今日はフランキー一家など見かけてもおらんぞ」
「…………おかしいな、確かにおめェの長ェ鼻を確認したんだが」
「ちょっと待ってその会話!!!」
パウリーと一緒に目を見開き、叫んでいたルフィ達は、カク達が口にしていた会話の内容に反応する。
鼻の長い男と聞いて、思い付くのはもう一人しかいなかった。
「ウソップだっ!!!」
「フランキー一家と一緒にいたの!!?」
「一緒にいたというか…抱えられて連れてかれてたというか」
「誘拐じゃないっ!!!」
「止めろヨ!!!」
暢気に首を傾げるルルに、ナミとリンが目を吊り上げて叫ぶ。
知り合いと間違えるならまだしも、攫われてそのまま放置するとは何を考えているのかと。
すかさずナミは、ルフィに振り向き指示を放つ。
「ルフィ、急いで探すのよ‼︎」
「おう!!!」
「―――ってちょっと待ってどこ探す気⁉︎ ルフィ〜〜〜!!!」
ナミが告げるのとほぼ同時に、ルフィは仲間を探しに走り出す。
しかし、手掛かりも何も無いのに飛び出してしまったため、慌てて呼び止めるも、もうルフィの姿は見えなくなってしまう。
ならば、とナミはパウリー達に振り向き、詳しい情報を求めた。
「フランキー一家とグリードファミリーのアジトはどこ!!?」
「アジトというか…解体の作業場はお前らが船停めてるっていう〝岩場の岬〟から、ずっと北東へ行った海岸にある『フランキーハウス』だ」
ならば、金と仲間を奪った連中はそこにいるはず、とナミは当たりをつける。
それを見たリンが、自分の胸を叩いて走り出した。
「麦わらはおれが捜すヨ!!! 人探しなら大得意なんダ!!!」
「じゃ…‼ 頼んだわよ!!! あたしはこのお金、船に置きに行ってくる!!!」
大金を取り戻しに行くのに、大金を持って行っては本末転倒。
頼もしい仲間と共に守っていなければと、ナミは急いでヤガラブルに飛び乗り、岩場の岬に向けて移動を開始した。
「あいつら…‼︎ 絶対許さないっ!!!」
きっとルフィ達なら、全部取り戻してきてくれる。
そう信じ、ナミはひたすらにヤガラブルをメリー号の元へ急がせた。