ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第178話〝決断の時〟

「待てよ待てよ、そんなお前…‼︎ 冗談キツイぞバカバカしい」

 

 一瞬固まっていたウソップは、遅れて慌て始める。

 船長がもたらした決定、長きに渡って連れ添ってきた船を、平然とした顔で乗り換えると告げられ、思考がまるでまとまらなくなる。

 

「……何だやっぱり修理代…足りなくなったって事か⁉︎ おれがあの2億奪られちまったから………‼︎ 金が足りなくなったんだろ!!! 一流の造船所はやっぱ取る金額も一流で…」

「違うよ、そうじゃねェ!!!」

「じゃ何だよ、はっきり言え!!! おれに気ィ使ってんのか」

「使わねェよ!!! あの金が奪られた事は関係ねェんだ!!!」

「だったら!!! 何で乗り換えるなんて下らねェ事言うんだ!!!」

 

 失態を侵した自分を慮り、下すはずのない決定を下したのかとまた自分を責めかけるウソップ。

 しかしルフィはそれを否定し、強い口調で答える。

 

 互いに冷静でいられず、二人とも徐々に声が荒々しくなっていく。

 

「おい、お前らどなり合ってどうなるんだよ、もっと落ち着いて話をしろよ‼︎」

「落ち着いてられるか‼︎ バカな事言い出しやがって‼︎」

「ちゃんとおれだって悩んで決めたんだ‼︎」

 

 サンジが止めに入ろうとするも、頭に血が上ったウソップはもう止まらない。

 鋭い目でルフィを睨み、愚かな発言を咎めるように激しく吠える。

 

 ついにはルフィが、ダンッとテーブルに足を置き、力の限り叫んでいた。

 

メリー号はもう、直せねェんだよ!!!!

 

 仲間達が止めに入るも間に合わず、一味にとどめを刺す一言が放たれてしまう。

 ウソップは大きく目を見開いて絶句し、ルフィを凝視し固まってしまう。

 

 黙ってしまった彼に、ルフィは肩を上下させながら続けて語った。

 

「どうしても直らねェんだ。じゃなきゃこんな話しねェ!」

「この船だぞ…今おれ達が乗ってるこの船だぞ!!?」

「そうだ…もう沈むんだ、この船は‼︎」

 

 自分の耳が可笑しくなったのか、とウソップは問い返す。

 しかし、ルフィから帰ってきた返事は同じもので、ウソップは返す言葉を失くしてしまう。

 

 やがてウソップは事実から目を背けるように、ぷいっと目を逸らした。

 

「何言ってんだ、お前……ルフィ」

「本当なんだ、そう言われたんだ‼︎ 造船所で‼︎ …もう次の島にも行き着けねェって‼︎」

 

 苦悩で顔を歪めるルフィに、ウソップはキッと目を吊り上げる。

 胸中に広がるどす黒い感情に、思考は沸騰し、あっという間に制御が効かなくなっていく。

 気づけば、浮かんだ考えがそのまま声に出てしまっていた。

 

「ハァそうかい…行き着けねェって…今日会ったばかりの他人に説得されて帰って来たのか」

「何だと⁉︎」

「一流と言われる船大工達がもうダメだと言っただけで!!! 今までずっと一緒に海を旅して来た、どんな波も‼︎ 戦いも!!! 一緒に切り抜けて来た大事な仲間を、お前はこんな所で…見殺しにする気かァ!!!!」

 

 目を血走らせ、激情をありったけ込めた慟哭を上げるウソップ。

 傷口が痛むのも、息が苦しくなるのも構わず、情けない、冷酷な戯言を口にした船長に詰め寄る。

 もはや彼には、ルフィが仲間を見捨てる非道な男に見えていた。

 

「この船は、お前にとっちゃそれくらいのもんなのかよ!!! ルフィ!!!」

 

 放たれた罵倒の言葉に、ルフィの中で何かが切れる。

 誰よりも船を想っていた仲間に、真向から真実を伝えるのが苦しくて明るく切り出そうとしたのに、怒りの声ばかりが返ってくる。

 

 次第にルフィの中でも、感情の歯止めが効かなくなり出していた。

 

「じゃあお前に判断できんのかよ‼︎」

「ルフィ」

「この船には船大工がいねェから‼︎ だからあいつらに見て貰ったんじゃねェか‼︎」

 

 船大工ではない自分達では、メリー号を直してやれない。だから、一流の職人が集うこの地にやって来た。

 

 だけど、そんな彼らでもどうしようもないと言われた。そして、船長であれば何を優先すべきかと説かれてしまった。

 だからこそ、自分は葛藤しながらも決断をしたのだと、ウソップにきつく言い返す。

 

「だったらいいよ‼︎ もうそんな奴らに頼まなきゃいい‼︎ 今まで通りおれが修理してやるよ‼︎ 元々そうやって旅を続けて来たもんな」

「おい待てウソップ‼︎」

 

 しかし、それで納得できるウソップではない。

 傷付いた船を助けてやりたいと、元気にしてやりたいと一縷の望みを託しに来たのに、諦めろと言われて受け入れられるわけがない。

 

 だったら他人に頼ってたまるかと、ウソップは身体を引きずり道具を取りに向かう。

 

「お前は船大工じゃねェだろう!!! ウソップ!!!」

「ちょっとルフィ!!!」

「おうそうだ、それがどうした!!! だがな、職人の立場をいい事に、所詮は他人の船をあっさり見限るような無責任な船大工なんかおれは信じねェ。自分達の船は自分達で守れって教訓だなコリャ!!!」

 

 動くたびに激痛が走る、ボロボロの身体。二つのチンピラ一家に痛めつけられ、大事なものを奪われ心身共に弱った状態。

 

 それでもウソップは立ち上がろうとする。

 自分達をずっと支えてくれた仲間を、必ず守り抜いてみせると自身を奮い立たせる。

 

「絶対におれは見捨てねェぞ、この船を!!!! バカかお前ら!!! 大方、船大工達のもっともらしい正論に担がれてきたんだろ!!! おれの知ってるお前なら、そんな奴らの商売口上より、このゴーイングメリー号の強さをまず信じたハズだ!!! そんな歯切れのいい年寄りじみた答えで…‼︎ 船長風吹かせて何が〝決断〟だ!!! 見損なったぞルフィ!!!」

「ちょっと待ってよウソップ! ルフィだって最初は‼︎」

「黙ってろナミ‼︎」

 

 激情のまま、言ってはならない言葉まで口にしだすウソップに、ナミが慌てて口を挟む。

 このままでは、決定的に何かが壊れてしまう。そう直感し、焦りながら間に入ろうとするが、それをルフィがより険しい表情となって止める。

 

「これはおれが決めた事だ!!! 今更お前が何言ったって意見は変えねェ!!!! 船はここで乗り換える!!! メリー号とはここで別れるんだ!!!」

「フザけんな、そんな事は許さねェ!!!!」

「ちょいちょイ、その辺にしといたほうがいいんじゃないノ?」

「おいお前ら大概にしろ‼︎ そんなに熱くなってちゃ話にならねェだろ!!!」

 

 加熱されていくルフィとウソップの対話。一味で最も息があっていた二人の激突に、他の者も止めに入る。

 しかしそれぞれ怒りに燃える二人は、激化していく感情を、自分でも止められなくなっていた。

 

「いいかルフィ、誰でもおめェみたいに前ばっかり向いて生きて行けるわけじゃねェ‼︎ おれは傷ついた仲間を置き去りにこの先の海へなんて進めねェ!!!」

「バカ言え‼︎ 仲間でも人間と船じゃ話が違う!!!」

「同じだ!!! メリーにだって生きたいって底力はある!!! お前の事だ、もう次の船に気持ち移してわくわくしてんじゃねェのかよ!!! 上っ面だけメリーを想ったフリしてよォ!!!!」

 

 止まらない互いへの罵倒の言葉。

 少し前までは、和気藹々とした穏やかさがあった船内の雰囲気が、どんどん険しく重くなっていく中。

 

「いい加減にしろこのバカァ!!!」

 

 バンッ!と、それまで黙っていたエレノアが、鬼の形相で机を叩く。

 フー、フーと獣のように荒く息を吐き、再発した痛みで冷や汗を流しながら、睨み合うルフィとウソップを睥睨する。

 

 肺が痛み、ゲホゴホと咳き込むも無理矢理それを抑え、ウソップを見据えて声を張り上げる。

 

「あんただけが辛いなんて思うんじゃないわよ!!! 全員気持ちは同じに決まってんでしょうが!!!」

「だったら乗り換えるなんて答えが出るハズがねェ!!!」

「ルフィだって苦しんで決めた結果なんだよ!!! それが一味を率いる船長だから!!! あんた達全員の命を背負わなきゃいけないから!!!」

 

 じわり、とエレノアの口元に血がにじむ。

 叫ぶだけで傷が開きかけ、激痛が全身を侵すも、エレノアはウソップを睨むことを止めず、瞳孔を縦に裂き目を吊り上げる。

 

 ウソップはエレノアのその気迫に圧され、口をつぐむ。

 しかし、やがて意を決したように歯を食い縛り、エレノアを鋭く睨み返した。

 

「お前だってルフィと同じだろ…!!! 大人ぶって一歩引いたような位置から物を言いやがって!!! 全部わかったような物言いで!!! 本来ならお前には責任がないからな!!!」

「責任…!!?」

「お前は本当は〝白ひげ〟の仲間だもんな!!! ちっぽけなこの一味がどうなろうと関係ねェ………そのうち元の一味に帰るつもりだって自分で言ってたんだからな!!!!」

 

 その瞬間、エレノアの表情が凍り付き、ひゅっと息を呑む音が響き渡る。

 

 びきり、と。

 エレノアの中の何かがひび割れる音が、その場にいた全員の耳に届いた気がする。

 

「お前ェ!!! それ以上バカな事言うんじゃねェ!!!」

 

 黙り込んでしまったエレノアの前に出たルフィが、ウソップの襟に掴みかかる。

 言ってはならない事、決して思ってはならない事をはっきりと口にしてしまったウソップに。

 

〝仲間じゃない〟などと言う暴言を吐いてしまったウソップに、ルフィは強烈な怒りを持って吠える。

 

「じゃあいいさ!!! そんなにおれのやり方が気に入らねェんなら、今すぐこの船から…」

「バカ野郎がァ!!!」

 

 とめどない憤怒のままに、その言葉を口にしかけたルフィに、突如サンジの蹴りが炸裂する。

 

 ルフィとウソップは纏めて吹っ飛ばされ、テーブルを破壊しながら床に倒れ込む。

 ナミやチョッパーが騒然とするのを放置し、サンジは凄まじい形相でルフィを睨み、声を荒げる。

 

「ルフィてめェ、今何言おうとしたんだ!!! 頭冷やせ!!! 滅多な事、口にするもんじゃねェぞ!!!」

「………………あ…ああ…!!! 悪かった、今のは……つい」

 

 痛みと衝撃で我に返ったのか、ルフィは消沈した様子で体を起こす。

 自分が何を言おうとしたのか、その事に改めて焦りを覚えたのだろう、引き攣った声で謝罪する。

 

 しかしウソップは、険しい表情のまま首を横に振った。

 

「いや、いいんだルフィ…それがお前の本心だろ」

「⁉︎ 何だと……!!!」

「使えねェ仲間は…次々に切り捨てて進めばいい…‼︎ この船に見切りをつけるんなら…おれにもそうしろよ!!!」

 

 吐き捨てるように放たれたその言葉に、一味全員がぎょっと目を剥く。

 

 それは、一味において最大最悪と言える口論の勢いで、つい漏れてしまった気持ちなどとは決して言えないものだった。

 ウソップはそれを、憤怒に満ちた真剣な表情で、はっきりと口にしていた。

 

「おいウソップ、下らねェ事言ってんじゃねェぞ!!!」

「いや本気だ…前々から考えてた…正直、おれはもうお前らの化け物じみた強さにはついて行けねェと思ってた!!! 今日みてェにただの金の番すらろくにできねェ、この先もまたおめェらに迷惑かけるだけだ、おれは…!!! 弱ェ仲間はいらねェんだろ!!!」

 

 そこからはもう、ウソップの本音が次々に溢れ出る。

 一味の誰よりも臆病で、力も弱く、ルフィと共に危険な旅に付き合い続ける深い理由もない。

 

 一味の中で浮いた存在だったという意識が、ウソップの口から漏れ出る。

 

「ルフィ、お前は海賊王になる男だもんな。おれは何もそこまで〝高み〟へ行けなくていい…‼︎」

 

 誇り高き海の戦士。その夢は、上限も無ければ下限もない。

 最弱と言われる東の海において、険しい冒険を経たのであれば、そう名乗っても誰も咎めないかもしれない。

 

 ウソップは最後に、エレノアに悲痛な視線を向けてから、全員に背を向け、歩き出す。

 

「――思えば、おれが海へ出ようとした時に…お前らが船に誘ってくれた、それだけの縁だ……‼︎ 意見が食い違ってまで一緒に旅をする事ねェよ!!!」

「おいウソップ、どこ行くんだ!!!」

「どこへ行こうとおれの勝手だ」

 

 サンジの制止の声に鬱陶しそうに答えながら、ウソップは扉の前で足を止める。

 扉を越えれば、もう後戻りはできない。ふと胸中に浮かぶ葛藤を無理矢理押さえつけ、ウソップはきつく歯を噛み締める。そして。

 

「おれは、この一味をやめる。お前とはもう…やっていけねェ、最後まで迷惑かけたな」

 

 チョッパーが縋るように声を上げ、ナミが息を呑み、ゾロやサンジやリンが険しい目を向けるのを背中で感じながら、ウソップはその一言を告げる。

 越えてはならない一線を超えてしまった、その感覚に身を震わせながら、ウソップは扉を開き、外に向かって歩き出していく。

 

 メリー号を降りたウソップは、廃船の残骸の上で仁王立ちすると、飛び出してきたルフィ達に再度口を開く。

 

「この船は、確かに船長であるお前のもんだ…だからおれと戦え‼︎ おれが勝ったらメリー号は貰って行く!!!」

 

 ボロボロと涙を流し、苦しそうに荒い呼吸を繰り返すエレノアに気付かない振りをし、痛む自分の心を無視し。

 

 ウソップは最後のけじめをつけるために、大きく吠えてみせた。

 

「モンキー・D・ルフィ………‼︎ おれと決闘しろォ!!!!」

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