ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「くっ…アンニャロー関節はずしやがったな……!!?」
がしゃがしゃと自由の利かない右脚をたたき、エレノアは悔しさを声に出す。
シャムは弄んでいたボルトをポイっと放り捨て、嗜虐的な笑みを浮かべて爪を研いだ。
「まずい……‼ 片足を封じられた!!!」
「じゃあ、もうあいつ動けねェじゃねェか!!! どうすんだよ!!?」
ナミとウソップが焦燥じみた声を発するのをわき目に、悠々とシャムはエレノアの方に近づいていく。
しかしその前に、怒りで目を吊り上げるゾロが割って入った。
「エレノア…手ェ出すなよ。こいつらはおれが相手をする。お前は休んでろ」
「…頼むよ。
接近戦での不利を悟ったエレノアは、おとなしくその場をゾロに譲って後ろに下がる。
敵は、何もこの場にいる者だけではないのだ。
「私も、今後に備えて体力温存しときたいからさ…‼」
エレノアがナミたちのいる方へ下がると、刀一本だけを手にしたゾロにシャムとブチが襲い掛かる。
しかし慣れない一刀流での戦闘の上、だまし、ふいうち、二対一という卑怯な戦い方に翻弄され、ゾロは徐々に押されていく。
シャムが邪魔だとはるか後方に投げ捨てた刀との距離が、実際よりも遠く感じた。
「やばい! ゾロが押されてる。エレノア‼ ここから援護できないの⁉」
「ゾロ君がそれを望まないんだもの…それに、下手に手を出さないほうがいいよ。標的がこっちに移るから」
「だ、だがそんなこと考えてる場合じゃ…‼」
パチンコで援護しようとしたウソップにそう釘をさすと、彼は悔し気に顔を歪める。
ナミは冷や汗を流しながら、坂道の下の方に転がっているゾロの刀に目を向けた。
「でもこのままじゃまずい…私が刀を取りに行くわ! ゾロに渡せば必ず勝ってくれるはず!」
「だったらおれがっ‼」
「無理しないの、あんたもエレノアも動けないでしょ⁉」
「ムチャだよナミっ‼ あの催眠術師もいるんだよっ!!?」
今のところ催眠術しか見せていないが、あの男の戦闘能力は未知数。戦う術に乏しいナミが向かうのは無謀だ。
しかしナミはエレノアの制止を振り切り、ブチとシャムを抑えるゾロの横を抜けて刀のすぐ近くにまで走っていく。
「これさえ渡せば‼」
「刀に何の用だ」
あと少しで手が届きそうになった時、ナミは肩に激痛を感じて転倒する。
例のリングを血にぬらしたジャンゴが、億劫そうに倒れたナミを見下ろした。
しかし、その表情が一瞬にして驚愕と恐怖に彩られた。
「……あ…‼ …あ…いや‼ これは…その、事情があってよ…!!!」
様子の変わった船長と同じく、船員たちも一点を見つめてがたがたと体を震わせ始めた。
ゾロと戦っていたシャムとブチもまた、真っ青な顔で凍り付いていた。
「…うわ…」
「あう…」
「キ…キャ…キャプテン…クロ…‼」
「…こ…殺される…」
時間切れだった。
いつまでたっても来ない襲撃に業を煮やしたクロが、苛立ちの表情で坂の上に立っていた。
「もう、とうに夜は明けきってるのに、なかなか計画が進まねェと思ったら…何だ、このザマはァ!!!!」
大気を揺るがす、凄まじい怒号。
対象でないナミとウソップも竦むほどの怒りが、場を完全に支配していた。
「まさか、こんなガキ共に足留めくってるとは…クロネコ海賊団も落ちたもんだな。えェ!!? ジャンゴ!!!」
「だ…だがよ‼ あんた、あの時その小僧、放っといても問題ねェって…そう言ったじゃねェかよ‼」
「ああ、言ったな…言ったがどうした…‼ 問題はないはずだ。こいつが、おれ達に立ち向かってくることくらい、容易に予想できていた。ただ、てめェらの軟弱さは計算外だ。言い訳は聞く気はない」
「な…軟弱だと、おれ達が……⁉」
「……‼ 言ってくれるぜ、キャプテン・クロ…」
クロの言葉に、ブチとシャムが反応した。
すぐ近くにいるゾロさえ無視し、聞き捨てならないことを言ったクロを睨みつけた。
「確かに、あんたは強かった。だが、そりゃ3年前の話だ……‼ あんたがこの村でのんびりやってる間、おれ達は遊んでたわけじゃねェ‼」
「おおともよ、いくつもの町を襲い、いくつもの海賊団を海に沈めてきた……‼」
「何が言いたい」
「おい‼ やめねェかブチ‼ シャム‼」
「計画通りに進めなかっただけで、やすやすと殺される様なおれ達じゃねェ‼」
「ブランク3年のあんたが現役の、しかもこの〝ニャーバン兄弟〟に勝てるかってことだ‼」
ブチとシャムから、怯えながらもはっきりと告げられた宣言。
それはくしくも、クロの出現で死の恐怖に怯えていた船員たちに希望の火を灯した。
が、エレノアにはすぐにかき消されるか細い火に見えた。
「…………あいつら、死んだな」
「あんたは、もう俺たちのキャプテンじゃねェんだ‼」
「黙って殺されるくらいなら殺してやる!!!」
ゾロを放置し、ブチとシャムはクロに向かって全力で疾走する。
常人では確かに対応できないほど速く、彼らの自信の裏付けともいえる力を表していた。
「「シャアアア!!!」」
二人のカギヅメが、クロの体を切り裂こうと左右から食らいつく。
しかし彼らが切ったのは、クロが持っていた革のバッグひとつのみ。どこにもいないクロに、ブチとシャムははっと目を見開いた。
「誰を、殺すだと?」
そして彼らは気づく。
何年鍛錬を積もうとも、覆すことのできない実力の差というものがあるという事を。
「〝抜き足〟か…‼」
「何だ、あの武器は」
エレノアは静かに驚き、ゾロはクロの装備している武器に目を見張る。
グローブの指先に備わった、刀ほどの長さを持つ爪。鋭い輝きを放つそれに、クロネコ海賊団はヒッと悲鳴をこぼしていた。
「回り込まれたか‼」
振り返るブチとシャムだがもうそこには誰もいない。
その直後、二人の肩に回される冷たい感触に再び凍り付いた。
「お前らの言うことは正論だな。今ひとつ体にナマリを感じるよ」
「いっ!!!」
「ヒィ!!!」
ブチとシャムの身軽さを軽く超える速さで回り込んだクロが、二人の間に立って首に手を回していた。
少し動けば、二人の頸動脈はスパッと軽く切り裂かれるだろう。
「確かに、おれはもう、お前らのキャプテンじゃねぇが…計画の依頼人だ…‼ 実行できなきゃ殺すまで‼」
凄まじい殺気に、ブチとシャムはボロボロと涙を流す。
神速とも呼ぶべき速さに、エレノアはごくりとつばを飲み込んだ。
「…話に聞いてた通り、ゾッとするね。〝百計〟のクロの無音の移動術。暗殺者50人集めても気配を感じる間もなく殺されるという、
屋敷にいたときから見せていた独特の動きに、エレノアは納得する。
戦闘時以外の、それも「いい人」を演じていた時にも見せていたあのクセの意味に、戦慄を禁じえなかった。
「ブランクなんてとんでもない………!!! あの男は3年間、自分の爪とぎを欠かしたことはなかったんだ……!!!」
クロネコ海賊団はより深い恐怖に落ちる。
唯一の希望であったニャーバン兄弟さえも赤子扱いという現実に、絶望に支配されていた。
「3年もじっとしてるうちに、おれは少し温厚になったようだ…5分やろう。5分で、この場を片づけられねぇようなら、てめェら一人残らず、おれが殺してやる」
「ケッ…」
「……お優しいこって」
「畜生ォっ‼ こんな奴が3年も同じ村に住んでたなんて…!!!」
クロの持つすさまじい残虐性にゾロもエレノアもそう吐き捨て、ウソップはそれに気づかなかったことに恐怖を隠しきれない。
しかし反対に、クロネコ海賊団はわずかながら力を取り戻していた。
いや、恐怖を生への執念が上回ったというべきであろうか。
「5分、5分ありゃあ何とかなる‼ あいつだ‼ あいつさえぶっ殺せば!!! おれ達はこの坂道を抜けられるんだ!!!」
「そうさ、さっきまでおれらが押してた相手だ‼」
「対して強かねェ‼ 5秒で切りさいてやる!!!」
「う…うおおおやってやるぞォっ!!!」
「数の差で踏み潰しちまえェ!!!」
傷ついた船員までもが、武器を手に立ち上がって進み始めた。
相手は非戦闘員二人に、足を封じられた子供一人、そしてニャーバン兄弟にてこずる剣士一人、そして船首の下敷きになった男が一人。
押しつぶせば、何とかなるという希望が生まれていた。
「ゾロ‼ 刀っ‼」
しかしそこで、ナミが動いた。
肩の負傷を手で押さえながら、ゾロの刀をまとめて空中に蹴り飛ばす。
「てめェは………‼ おれの刀まで足蹴に…‼」
「………お礼は?」
怒りをあらわにするゾロだが、ちょうどいい位置に落ちてきた自分の刀を手にしてにやりと笑みを浮かべた。
「あァ…ありがとう‼」
「動けないからって、バカにすんなよ‼」
三本揃えば、もはや敵はない。
そしてエレノアも臆することなくパンッと両手のひらを打ち合わせ、パチンと指を弾いて火炎を生み出した。
「〝虎…狩り〟!!!」
「燃え盛れ…!〝
上段からのゾロの斬撃と、エレノアの手に現れた炎の剣から放たれた円月状の斬撃が、ニャーバン兄弟と黒猫海賊団を残らず吹き飛ばした。
多大なダメージを負った海賊たちを前に、ゾロは不敵な笑みをクロに向けた。
「心配すんな…5分も待たなくてもお前らは一人残らず、おれ達が
クロはその宣言に、不機嫌そうにメガネのふちを押し上げる。
だがエレノアは、フラフラの体で起き上がろうとしているブチに気づいた。仕留めきれなかったらしい。
「! あいつ、まだ生きてる…タフな脂肪で致命傷はさけたか…」
警戒するエレノアは、すぐに異変に気付いた。
ジャンゴがブチに向けて、あのリングをかざしていたからだ。
「ぬ"っフ――ン!!!!」
「やば! またあの催眠か‼」
ただでさえ怪力を有するブチがあのパワーアップを手にしたらと思うと、エレノアはゾッとするほかにない。
混戦の中、ナミは今度は破壊された船首の方へと向かっていった。
「みんな大ケガして戦ってるってゆうのにコイツったら‼ 起きろォ!!!」
「ぶっ⁉」
走りながら、下敷きになったまま眠りこけているルフィの顔を踏んづける。
ジャンゴがその背に向けてリングを投げ飛ばすのを見て、ゾロとエレノアとウソップは悲鳴を上げた。
「ナミ危ないよけろっ!!!」
「あれは…チャクラムっ!!? ただの催眠の道具じゃなかったのか‼」
「間に合わないっ!!!」
声に気づき、振り向くナミだがもう遅い。
その体を切り裂こうと、チャクラムの刃が食らいつこうとした瞬間だった。
「お前かナミィ!!! よくも顔フンづけやがっ…」
船首を押しのけて起き上がったルフィの後頭部に、チャクラムの刃が深々とめり込んだ。
突然の痛みと驚愕にルフィは目を見開き、前のめりに倒れかける。
一応ナミの危機は去り、エレノアとゾロは呆れたように安堵のため息をついた。
「なんて間の悪ィ奴、というか…いい奴というか…‼」
「ほんっと悪運強いなァ…………何にしてもこれで…」
「いっ…てェ~~~っ!!!!」
天に轟くルフィの叫び声に、二人は戦局が代わったことを察する。
クロネコ海賊団もまた、風向きが不利な方を向き始めたことに気づき、絶望の表情を浮かべた。
「あいつが復活したァ~~~っ!!!!」
「まずいっ……‼ これじゃ5分以内は……………!!!」
動揺する彼らに、クロの無慈悲な声が届く。
「皆殺しまで、あと3分」
「そんな…無茶だ…ジャンゴ船長とブチさんと言えどたった3分であいつらを仕留めるなんて…!!!」
「ブチ! 考えてるヒマはねェぞ、お前はあのハラマキとガキを殺れ‼ おれが麦わらの小僧を……‼」
ジャンゴは冷静に、何とか3分以内にルフィたちを退ける方法を指示する。
やれることをやらねば、キャプテン・クロは容赦なく全員を殺しにかかるだろう。それだけは避けねばならなかった。
だが、その時だった。
「クラハドール!!! もうやめて!!!」
この場にあってはならない声が、響き渡ったのは。