ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第179話〝密室の凶事〟

 全て、自分の所為だったと、そう思った。

 

 ―――今夜10時!!!

    またおれはここへ戻って来る。

    そしたらメリー号をかけて、〝決闘〟だ。

    おれとお前達との縁も、それで終わりだ!!!

 

 自分がもっと早く、真実を話していれば。

 もっと彼らのことを気にかけて、真剣になっていれば、こんな事にはならなかったのだと。

 

 ―――何だかこの一味が…バラバラになってくみたい…。

 

 自分が怖気付いたせいで、全てが台なしになったのだと。

 

 ―――怖気づかずに来たな…どんな目にあっても後悔するな!!!

    お前が望んだ決闘だ!!!

 ―――当たり前だ、殺す気で来いよ、返り討ちにしてやる!!!

    もうお前を倒す算段はつけてきた!!!

 

 彼らのことを、本当に仲間だと思っていなかったから、彼らが傷つけ合う事になってしまったのだと。

 

 ―――お前がおれに!!!

    勝てるわけねェだろうが!!!!

 

 気付いた時には既に遅すぎて、何もかもが手遅れになってしまっていて。

 昨日まで仲良く、笑いあっていた彼らが、全く別の方向を向いて歩き出してしまっていて。

 

 ―――………メリー号は、お前の好きにしろよ。

    新しい船を手に入れて、おれ達は進む!!!

 

 ―――じゃあな………ウソップ。

    今まで…楽しかった。

 

 彼のその、重く、苦しみに満ちた別れの言葉に。

 

 エレノアの精神は限界を迎え、大きく息を荒げたかと思うと―――ごぼっ‼と、大量の血を吐き、崩れ落ちていた。

 

 

「ここにいたのか」

 

 ウォーターセブンの裏町、ある宿屋の屋上にて。

 捜索を中断して戻ってきたサンジが、無言で集まっている仲間達を見てそうこぼす。

 

「せっかく宿とったのに部屋に誰もいねェ――みんな揃って…眠れねェんだろ……ルフィは?」

「あそこ」

 

 チョッパーが指を差す先には、虚空を見つめたまま動かないルフィの姿がある。

 彼らしくない、元気の欠片もない沈黙した姿に嘆息していると、リンが訝し気に尋ねてくる。

 

「コックさン、どこ行ってたんだイ?」

「夜中中岩場の岬を見張ってた…………ロビンちゃんが……帰って来やしねェかと思ってよ。…………どこ行ったんだろうな、何も言わずに…………」

 

 昨日の決闘騒ぎの時も戻って来なかったロビン。

 夜が明けても戻って来なかった彼女を心配し、探しに出たサンジだが、まるで手掛かりを掴めなかったらしい。かなり落胆している。

 

「エレノアちゃんはどうしてる…?」

「知り合いの家に世話になるってサ。機械鎧の工房をやってて、しばらくはそこにいるって…」

 

 サンジに問い返され、リンは肩を竦めながら答える。

 チョッパーがそこで不意にうつむき、暗い表情でため息をこぼした。

 

「……診察は、いらないって断られた」

「そうか…」

 

 男達の空気が、また一段暗くなる。

 

 メリー号の寿命には気づいていたのに、船を愛するウソップはおろか、他の誰にも伝えられず苦しんでいた所に、仲違いが起こってしまった。

 ただでさえ弱っていて、耐えきれなかった天使は、夥しい量の血を吐いて崩れ落ちた。

 

 その姿を思い出し、全員の表情が悲痛に歪む。

 

「あの量の吐血は……ちっとばかしゾッとした。ずっと船の事で悩んで、苦しんでいたんだな…」

「………責任感じる必要はないと思うんだがネ。あの船の事は、遅かれ早かれ起こってたと思うヨ。部外者のおれが言っても仕方のないことだと思うけド……」

 

 ガツガツばくばくと大量の料理に手を伸ばしながら、リンが険しく眉間にしわを寄せながら呟く。

 それに頷きかけたゾロは、少ししてようやく異常な状況に気付いた。

 

「…っておめェは一体何やってんだ!!!」

「メシ食ってまス」

「ゴチになってまス」

「馳走になっていル」

「おめェらにいたっては誰だァ!!!」

 

 料理を堪能していたのは、リンだけではなかった。

 全身を黒衣で覆い、仮面で顔を隠した二人がリンの前に腰を下ろし、同じく料理を口に運んでいたのだ。

 

 見知らぬ二人に、他の2人もギョッと目を見開いていた。

 

「こいつはランファン、こっちはフー。おれの旅に同行してくれてる………まー、護衛というか臣下というカ」

「臣下だと…!!?」

「何だ!!? まさかこいつらずっと船にいたのか!!?」

「どうりで組み直した予定以上に食糧の減りが早ェと思ったら…………!!!」

 

 のほほんと二人の黒装束達を紹介するリン。

 

 思わぬ事実に、全員の表情が引き攣る。

 ぼんやりとしたままのルフィを放置し、こめかみに血管を浮かばせたサンジが、食事を止めないリンを鋭い目で睨みつける。

 

「連れがいるなら言えよてめェ!!! もし知ってたら絶対に乗せなかったのによ!!!」

「堅いこと言うなヨ、おれ達の仲だロ?」

「赤の他人だろうがクソ野郎!!!」

 

 無断で食料を食い荒らしていたに等しい所業を犯しておきながらこの態度。

 厚顔無恥、勝手にもほどがある行為に、サンジが怒りのままに罵声を浴びせかける。

 

「……‼」

「はいはいランファン落ち着ケー。ぶっちゃけ非があるのおれらだからナー」

 

 それに怒りを示し、ランファンと呼ばれた黒装束が懐に手を伸ばすも、主であるリンに止められる。

 ランファンが引き下がったのを確認し、リンがため息交じりに語り出した。

 

「仲間内で険悪な空気になんのはやだよナ。おれも…父親のせいで実家がちょっと面倒な事になってるからわかるヨ」

「実家ァ…? 何だ、もしかして結構な金持ちだったのか?」

「まー、相手は皇帝だからナ…………そいつがまいた胤のせいで、子供がみんな苦労してるのヨ」

 

 やれやれ、と疲れた様子で呟き、頬杖をつくリン。

 じとりと疑わしげな目を向けていた男達は、ふと抱いた違和感に顔をしかめ、次いでギョッと目を見開く。

 

「あァ!!? 親父が皇帝って………じゃあお前は皇子って事か!!?」

「何だそれ初めて聞いたぞ!!!」

「初めて言ったからネ」

 

 驚愕をあらわにするサンジ達に、けらけらと気楽に笑うリン。

 話題の割に呑気なままの彼に、ゾロが苦虫を噛み潰したような顔を向ける。

 

「…皇族が海賊にたかってんじゃねェよ」

「まー、20人以上いる皇位継承者の一人だからサ、色々あんのヨ、その辺ハ」

 

 箸を伸ばす手を止め、リンは一度サンジ達に向き直る。

 フーとランファンも同じく手を止め、主に付き従うように居住いを正し、サンジ達に顔を向ける。

 

「後継問題でギッスギスしてるからサ……今の一族の地位を向上させて有利になるために、おれはこうして旅をしてんのサ」

「…案外お前も苦労してんだな」

「まァ………最近ちょっと暗礁に乗り上げてる感はあるけどナ…」

「?」

 

 少しだけ同情の眼差しを送るサンジ達から目を逸らし、ぼそりと呟くリン。

 フートランファンも同じく、仮面越しでもわかる重苦しい雰囲気をしていて、サンジ達は全員訝しげに首を傾げる。

 

 その時だった。バタンッ!と大きな音を立て、屋上に通じる扉が押し開けられた。

 

「ルフィ‼︎」

「ナミさん…………」

「大変なの。今、町中この話で持ちきりで………‼︎ ルフィ…‼︎」

 

 息を切らし、肩を上下させながら駆け込んできたナミに、ルフィもようやく正気に戻り振り向く。

 仲間達の視線を一身に受け、ナミは汗を大量にかきながら、入手した情報を口にした。

 

「昨日の夜、造船所のアイスバーグさんとヴィルヘルムさんが…!!!」

 

 

 

「号外だよ〜〜〜!!! 号外号外ィ!!!」

 

 街の中を、新聞売りが大きく声を張り上げて練り歩く。

 片手に持った新聞の束を撒き散らし、街中の人間の注意を集め、一大ニュースを叫ぶ。

 

 それを耳にした者、新聞を手にしたものは全員もれなく、驚愕と困惑で表情を一変させることとなった。

 

「ウォーターセブンの英雄!!! 市長アイスバーグさんと〝十賢〟ヴィルヘルムさんに暗殺の魔の手がのびた!!! 許すまじき犯人の目的は富か権力か!!? 足跡も残さず消えた暗殺者は何者なのか!!!」

 

⚓️

 

「――ウソップの言葉は正しいよ。私は…今はあの一味に世話になってるけど、いずれは彼の言う通り〝白ひげ〟海賊団に帰るつもりだった。だから…………あいつらへの干渉も最低限にしてきた」

 

 誰にともなく、エレノアは虚空に向かって呟く。

 工房の奥の居住空間。窓を開ければすぐ目の前に海が覗ける部屋で、一人車椅子に腰かけ風を浴びる。

 

 ガーフィールは今、工房を離れている。エレノアの気持ちを汲み、顔を合わせないようにしてくれているのだ。

 

「…その結果がこれさ。誰一人傷つけたくなくて、事実を告げずに現実から目を背けてた。そして全部………壊しちゃった」

 

 大きくため息をつき、天井を仰ぐ。

 胸の痛みをどうにか抑えようと、しかしどうしても薄れる事がなく、痛々しく顔を歪めるばかりだ。

 

(今ならわかる…………あの人の葛藤が。関係を壊す事を恐れて、最後に全てを台無しにしてしまったあの人の気持ちが…痛いほどよくわかる)

「全知全能の種族だなんて嘘っぱちだよ……私には、何にもできやしない」

 

 つい最近の記憶にある、遠い先祖の記憶。

 伝えなければならなかった真実を伝えられず、未練を残した亡霊の気持ちが、今になって胸に突き刺さる。

 

 大人ぶったところで、結局同じ穴の狢だと、自分の心が悲鳴をあげていた。

 

「……何だこれ?」

 

 ふと、エレノアは知らない気配を感じ取り、視線を辺りに巡らせる。

 きょろきょろと周りを見渡し、スッと視線を下に提げ、ん?と訝し気に眉間にしわを寄せる。

 

「お…」

 

 そこには、小さな少女が横たわっていた。

 黒髪をみつあみにした、10歳前後にしか見えない、薄汚れた格好の少女。傍らには、掌ほどの大きさの白黒の獣が転がっている。

 

 少女は地面に伏し、ぷるぷると身体を震わせたまま、かすれた声をこぼした。

 

「お腹………すいタ…」

「なんっかこんな事…前にもあったな」

 

 今にも事切れそうな雰囲気を漂わせる少女を見つめ、エレノアは大きな大きなため息をこぼした。

 

⚓️

 

 シュッ、シュッと音を立て、海列車が駅に到着する。

 指定の位置で車体が停止すると、客車の扉が開いて、ぞろぞろと乗客達が降り始める。

 その中には、派手な仮面とマントを纏った、一人の大柄な男が紛れていた。

 

 男は特徴的な四角い髪形をした二人の女性と共に、トランクを手に駅から町に出る。

 すると、駅の前で待っていた黒いサングラスをかけた男が前に出て、仮面の男を迎えた。

 

「よォ、兄弟!!! 望みのモノは買えたか!!?」

「グリード…‼︎ わざわざ出迎えに来たのか? ご苦労なこった」

「いやいや…実はそうじゃねェ」

「アン?」

 

 サングラスの男は笑いながら、仮面の男の肩を抱き顔を寄せる。

 二人の女性は男達の後ろにつき、歩き出した男達に付き従う。

 

 サングラスの男はにやりと口角を上げ、しかしサングラスの奥の目をギラリと鋭く光らせ、吐き捨てるように告げる。

 

「来りゃわかるぜ……おれも、帰って初めてあの惨状を見た…」

 

 サングラスの男の言葉に、仮面の男は訝し気に唸る。

 何を言いたいのか、と訝しみながら、兄弟として信頼する男の言う通り、アジトを目指し歩く。

 

 そして目的地に着いた仮面の男は、驚愕でその場に立ち尽くす事となった。

 

「グリード……キウイ…モズ…おれァ…おれは今夢を見てんのか…?」

「いんや、兄弟。確かにここァ…お前の根城があった場所だ」

「しかし、これはまた…」

「ずいぶんだわいな」

「どォオオなってんだコリャア〜〜〜!!!!」

 

 そこは―――仮面の男のアジト、フラキーハウスがあった場所は、跡形もない廃墟となっていた。

 壁という壁は粉砕され、屋根は落とされ雨も防げない。辛うじて、巨大な三日月の飾りが、アジトの名残を残している。

 

「おれの大事な大事な子分共も………おんなじ有様だ」

「そうか………………あいつらだ!!!」

 

 笑いながら、明確な怒りを表すサングラスの男と同じように、仮面の男もギリギリと歯を食いしばる。

 被っていた仮面を捨て、目を血走らせながら、変わり果てたアジトを凝視する。

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、単身アジトに乗り込んできた一人の男。そしてその仲間であるという、大きく名を響かせる一味である。

 

「おのれ…〝麦わら〟のルフィ…!!! これがおれへの報復というわけか。おれのかわいい子分達をよくも…!!!」

「無残だわいな…」

「許さん……!!!」

「ガッハハハ…おれもだよ、兄弟」

 

 豪快に笑うサングラスの男だが、やはり目は笑っていない。

 ビキビキとこめかみに血管が浮かび、ヒクヒクと頬の端は痙攣を繰り返す。

 

 静かに怒りを溜め込んでいく二人の下に、突如どたどたと騒がしい足音が届き始める。

 

「フ……‼︎ フランキーのアニギ!!! グリードのアニギ!!! か……帰って来てたんですね!!!」

「おう‼︎ お前ら無事だったのか⁉︎」

「ヒドイ目にあいま"しだ…………!!! あいづらもうメチャクヂャで…」

 

 男達の元に現れたのは、全身包帯まみれになったフランキー一家とグリードファミリーの面々だった。

 全員涙目になり、杖を突きながら、戻って来てくれた男達に縋りつくように駆け寄ってくる。

 

「どうしてもアニキ達に仇取って貰いだくて…!!! 麦わら達の動向を探ってまじた…………‼︎」

「どこに居るんだ………!!!」

「あいつらが街で宿に入るとこ見つけまして、さっきそこから造船島へ向かいました…」

 

 憐れみを誘う姿に変えられた子分達を見て、男達の怒りがさらに燃え上がる。

 

 金を奪われたこと、仲間をボロボロにされたこと、いずれも許しがたい事であろう。

 しかし、それはそれ、これはこれ。

 大事な子分を可愛がられ、男達が黙っていられるはずもない。

 

 子分たちが必死に手に入れた情報に、サングラスの男は、造船島の方角に鋭い目を向けた。

 

「――となりゃあ、きっと昨日居た1番ドックに…!!!」

 

 サングラスの男は、自分の敵が待つ場所を見やり、より一層悍ましい笑みを浮かべるのだった。

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