ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第19章 正義の暗殺者
第183話〝噂〟


 がやがやと多くの客達の声で賑わう、昼間の酒場。

 牛の角のような髪型が目に付く店主が務めるその店に、新たな団体の客が訪れた。

 

「へへへ…あァ、いらっしゃい」

「アウ‼︎ 調子ァどうだブルーノ!!! スーパーか!!?」

 

 ビシッ、と奇妙なポーズと共に入店したフランキーとモズとキウイ。そしてグリード。彼らはそのまま、グラスを拭く店主ブルーノの方へと歩み寄る。

 

「へへへ…いい方だと思うよ」

「〝思うよ〟ってのァ何だ、ハッキリしねェ野郎だな。いつものだ、満タンで頼むぜ」

「金はあんのかい」

「いいからホラ補給しろ、『コーラ』」

 

 カウンターまで近づくや否や、ぐいっと腹から瓶を三本差し出すフランキー。

 疑わしげな目を向けてくるブルーノに、フランキーは鬱陶しそうに顔をしかめ、フンと鼻を鳴らした。

 

「客から金を取ろうなんてしみったれた料簡で、てめェよく店を…」

「あるわいな、昨日の買い物のおつりが少し」

「おつり⁉︎」

 

 普段から素寒貧でたかる事が多いフランキー。

 今回もやや脅すような形で、酒ほど高くはないコーラをせびろうと考えていた彼に、モズが懐を探って待ったをかける。

 

 そして、かなり分厚い札束を差し出した。

 

「100万B」

「何ィ!!? 昨日の金がそんなに!!? 何たる醜態!!! かっこ悪!!! このおれが〝宵越しの銭〟を持っちまうとは‼︎」

「やらかしちまったなァ、兄弟」

 

 目を大きく見開き、ショックを受けるフランキをグリードが笑う。

 即座に切り替えたフランキーは、モズから札束を受け取ると、店内にいる客達にばらまきだした。

 

「アウ‼︎ 客共ォ!!! 運が良かったな‼︎」

「てめェらの飲み代、全部おれ達のだ‼︎ 好きなだけ飲みやがれェ!!! ガッハハハハ!!!」

「うはーっ‼︎ 本当かー⁉︎ 気前がいいな、さすがはフランキー・アンド・グリード‼︎」

「ウォーターセブンの裏の顔‼︎ ありがとよ‼︎」

 

 嫌われ者の彼だが、客達はすぐさま手のひらを返し、お札を拾って笑い声をあげる。

 思いっきり散財したことで上機嫌になり、フランキーはカウンター席に腰を下ろす。グリードもかなり気分がよさそうだ。

 

 そんな彼らに隣の席から、駅長を務める老婆、ココロが話しかける。

 

「気前がイイ様らね、お前達………‼︎ んががが‼︎」

「ぬお‼︎ ココロのババー!!!」

「いつからいた……怪物の置物かと思ったぜ」

 

 いきなり話しかけられ、びくっ!と反応してしまう二人。

 本人に対して失礼な話だが、比較的印象的な見た目のせいで、人間として認識できていなかったようだ。

 ココロの隣からは、ひょこっとチムニーとゴンベも顔を出してくる。

 

「ジュースおかわりしていいのー? フランキー‼︎ グリード‼︎」

「ここァ酒場だ。チビの来る所じゃねェぞ?」

 

 真昼間から飲んでいるココロや、それについてくるチムニー達に呆れつつ、それぞれで好きな席に着く。コーラを待つ間、彼の気分は急降下したままだった。

 

「景気はいいんだがよ、気分は悪ィよ、最低だ。もう今週のおれサイテーよ。ふざけた海賊のせいでよ!」

「ガハハハハ‼︎」

 

 ため息交じりに愚痴をこぼし、カウンターに肘をつく。

 へたれたリーゼントが彼の心境を現していて、隣の席に着いたグリードがゲラゲラと笑っていた。

 

「コーラ満タンおまち」

「アウ‼︎ 待ってたぜ燃料燃料――っ‼︎」

 

 やがて、戻ってきたブルーノにコーラを満タンにいれた瓶を渡され、フランキーはいそいそと立ち上がる。

 バタンと腹を開き、中にコーラを入れると、機械が動いて中身をぐびぐびと吸い上げていく。

 

 そして、コーラが全身に染み渡った直後。

 

「ん〜〜〜〜!!! ス〜パ〜〜!!!!」

 

 ポッポー!と蒸気を噴き上げ、リーゼントが復活する。

 ぶるんぶるんと頭を振り、気分が再上昇したフランキーは、脳裏に思い浮かべた麦わら帽子の男を睨みつける。

 

「くあっ!!! 復活だ!!! あんの野郎共、次会ったらみてろ…!!!」

「相変わらず面白ェ仕組みしてんなァ、お前」

 

 酒の注がれたジョッキに口をつけるグリードが、しみじみといった様子で呟く。

 長い付き合いになる兄弟分で、自分が言えた義理もないのだが、こうも人間離れした行動を見せられると、どうしても笑いが込み上げてしまう様だ。

 

「………ところでババー、なんでここに?」

「アクア・ラグナが来るんらよ」

「ああ、もうそんな時期か。どうりで風が強ェわけだ」

 

 ふと、久しぶりに会ったココロにそう尋ねてみると、納得の返事が返ってくる。

 逆にココロが、昼間から酒場に踏み込んでいるフランキー達に胡乱気な視線を向けてくる。

 

「おめェら自分ン家の備えは済んらのかい?」

「イヤァ、ウチァもうねーのよ」

「綺麗さっぱり瓦礫の山‼︎ 沈む家がねーんじゃ、備えも何もいらねェさ。ガハハハ」

 

 金を巡る争いで、シンボルだけを残して粉々になってしまった我が家を思い出しつつ、肩を竦めるフランキーとグリード。

 今夜をどうするかなど、その時になって考えるつもりらしかった。

 

「今日はアイスバーグ達と飲もうと思ってたんらが…撃たれたらしいね」

「らしいな…………海賊の仕業だってんで、ガレーラも町人もカンカンだ」

「海賊の仕業? んががが」

 

 丁度、その犯人と思わしき奴らとやり合って、とどめを刺しそこなったところだと思いながら、興味なさげに呟くフランキー。

 そんな彼に、ココロは可笑しそうに笑ったかと思うと、不意に眼差しで真剣な見つめてきた。

 

「おめェ本気れそう思ってんのかい?」

 

 その態度に、グリードの酒を飲む手が止まる。

 フランキーも同じく、意味深な様子で酒を飲む老婆を睨みつけ、顔を覗き込む。意味の分からないことを言われ、少し苛立った様子に見えた。

 

「なんか知ってる風じゃねェか。適当な事言うんじゃねェぞ、ババー」

「あいつらならずっと付きまとわれてんらろ? 世界政府に……‼︎」

「んん? って事ァ何だ、あの政府役人のコーギーがやったってのかァ?」

「暗殺向きじゃねェよ、あのドテッ腹は‼︎」

「そうじゃらいよ」

 

 訝し気に、フランキーもグリードも眉を寄せる。

 しょっちゅうガレーラカンパニーの本社にやって来ては、何やら話をして怒り足で帰っていく。暗殺をするには、小物過ぎる気がしてならない。

 

 そんな彼らを横目に、ココロはぐびりとジョッキを傾け、酒を喉に流し込む。

 

「闇の事件は〝CP9〟の仕業ら…‼︎ 知ってるかいブルーノ‼︎」

「うわさくらいは…」

 

 突然問いかけられ、やや戸惑った様子でブルーノは答える。

 

 対して、フランキー達は心に呆れた目を向ける。

 何やら知った風に語り出したかと思えば、酒場で酔っぱらいが口にするような噂話で、少しばかりがっかりした様子だ。

 

「……ったく小市民が…そういう存在もしねェ組織の噂を信じちゃ喜んでやがる」

「〝CP9〟ってのァあれか………ホントかどうかも怪しい殺し屋」

「ばからね…存在はするさ…姿は見せねえ、闇を動く『暗殺部隊』らからね」

 

 しかし、ココロは疑う二人をきっぱりと否定する。

 その恐るべき存在が、政府が抱える闇の組織の実在を確信しているような、そんな確固たる言葉に聞こえる。

 

 フランキーは思わず、隣に座るココロをまじまじと凝視していた。

 

「……何だ、その自信は。…何か知ってんのか?」

「そこで聞いた」

「うわさじゃねェかよ」

 

 結局実在するかどうかあいまいな根拠に、がっくりとずっこけるグリード。

 またしても呆れ、ため息をつくフランキーに向けて、ココロは変わらず意味深に笑ったまま続ける。

 

「いつでも〝うわさ〟なのが恐ェところさ、見つからずに人を消すんらあいつらは。関わったら命はないよ、んががが」

 

 ジョッキを傾け、氷を鳴らして告げたココロの言葉は、酒場の中で妙に響いて聞こえた。

 

⚓️

 

「さァねェ…………見てないわよォ? この辺には来てないんじゃないかしら?」

 

 裏町の一角、機械鎧技師ガーフィールが営む工房にて。

 険しい顔でやって来た船大工達数人に対し、ガーフィールは首を傾げつつそう答える。

 

 船大工達は数枚の手配書を手に、やや落胆した様子を見せた。

 

「そうか……〝妖術師〟は以前、この辺りによく顔を出していたという話を聞いたんだがな…」

「そもそもォ…〝妖術師〟って〝白ひげ〟の仲間じゃなかったかしらァ? どうして〝麦わら〟を追ってるのにあの娘も追ってるの?」

「最近、行動を共にしているらしい。所詮は海賊………疑わしきは捕えるのみだ!」

 

 誰もが手を出す事を恐れる、知らぬ者はいない大海賊。

 その仲間にして実の娘である女海賊に対し、船大工達に恐れる様子はない。

 

 世界を滅ぼせる男を敵に回そうが、決して見逃す事の出来ない大罪を犯した仲間であるからだ。

 

「一味を一人でも目撃したら教えてくれ。島中の人間が市長の仇を取るつもりでいるんだからな」

「はいはい、わかったわ……」

 

 熱く目を燃やし、敬愛する社長のために尽力している彼らに、ひらひらと手を振って応える。

 その際、ちらりと男達を見やったガーフィールは、自分の襟元を掴んで引っ張り始めた。

 

「――ついでにあんた達、ウチでちょっと休憩してかない♡?」

「失礼しましたァ〜〜〜!!!」

 

 ぱちっ!とウィンクを送った途端、船大工達は大慌てでその場から逃げ出す。

 あっという間に姿が見えなくなり、足音も聞こえなくなった頃、ガーフィールは振り向き、店の奥に目をやった。

 

「…行ったわよォ〜」

 

 ガーフィールがそう呼びかけると、物陰からひょこりとエレノアが顔を出す。

 カラカラと車椅子を押し、エレノアは工房の主に申し訳なさそうな目を向ける。

 

「ごめんねガーフィールさん、匿ってもらっちゃって……」

「いいのよォ、大事なお客さんを差し出すなんてできないもの。…特に今のあんたは、絶対安静だもの」

 

 ボロボロになった機械鎧。直すよりも一から作った方がいいような状態のそれを吐く天使を見て、ガーフィールがため息をつく。

 何よりも、包帯まみれで痛々しい彼女の姿を見て、義憤に塗れた男達に差し出す気になれるはずもなかった。

 

「それにしても、スッゴいことになっちゃったわねェ………まさかアイスバーグさんを暗殺しようだなんて、今のあんたんとこの船長、大胆な事考えたわね」

 

 ふと話題を変えようとして、外を見やってそう呟くガーフィール。

 その言葉に、エレノアは無言で首を横に振る。

 

「…いや、ルフィならそんな事しない。別の誰かの仕業だよ」

「あら、そうなの? …まァ、あんたの男を見る目は確かだから、疑うつもりはないけど」

 

 最初から然して疑う気もなかったようで、振り向くことなくそう返す。

 そのうち、ガーフィールはぽんっと手を叩き、険しい表情で考え込んでいるエレノアに振り向き、口を開いた。

 

「あ、そうだ……だったら〝麦わら〟の一味の子達、全員ウチで匿ってあげましょうか? そんなに広くはないけど、5、6人くらいなら十分隠せるわよ?」

「………………いや、しなくていいよ……ううん、やめて」

 

 名案だ、とでも言いたげな表情を見せるガーフィールだが、エレノアは俯き、また首を振る。

 沈痛な表情で目を伏せ、痛みを訴える胸をきつく握りしめる。

 

 思い浮かぶのは、別れを告げた長鼻の青年の言葉。

 苦しげな表情で口にした、エレノアの本音をえぐり出すようだった一言だった。

 

「今のみんなとは………顔を合わせられないから」

「…バカねェ」

 

 その資格がない、というようにこぼすエレノアに、ガーフィールは大きくため息をつく。

 そして彼は、項垂れる天使の前に跪き、ボロボロの身体をキュッと抱きしめた。

 

「大事な船だったんでしょ?寿命だなんて残酷な事、伝えられないのも当然だわ………あんたの苦しみは、あたしにもよォ〜〜くわかる…」

「うん……ありがとう」

 

 こぼれそうになる涙を抑え込み、気遣ってくれるガーフィールに頷く。

 一人、心の痛みを耐え続けていた彼女にとって、工房の主の言葉は優しく、胸にじんわりと熱を感じる。ほんの少しだけ、痛みが引いた気もした。

 

 しかし不意に、エレノアは眉間にしわを寄せ、自分の背後でガツガツバクバクと音を立てる人物に横目を向けた。

 

「……ところであんたは何やってんの」

「ご飯食べてまス」

「んな事ァ聞いてないんだよ!!!」

 

 山盛りになった皿を重ね、口の周りを汚すメイに目を吊り上げて怒鳴るエレノア。先ほどまでの優しい雰囲気が台なしになる有様である。

 

「いつまでここにいるのかって話‼︎ ……まァ、それは私もだけど」

「自由に動けないエレノアさンの護衛ト……お礼ですかネ。とんでもない事を知ってしまいましたかラ。…………これからどうするか、きちんと考えておきたいんでス」

「だからってここで……ああ、もういい」

 

 一言二言文句を口にしたかったエレノアだったが、顔中米粒塗れのまま至極真面目な様子で見つめてくるメイにやる気を削がれてしまう。

 車椅子を動かし、メイに背を向けながら、曇り始めた空を見上げる。

 

 その背中にどことなく寂しそうな雰囲気を感じ、手を止めたメイが声をかける。

 

「帰らなくていいんですカ? こんな状況で皆さン、心配してるでしょうニ……」

「…………うるさいよ、放っておきな」

「ですが、今夜は〝高潮〟が来るそうですシ……お仲間がいるのなラ、できるだけ一緒にいた方ガ…」

「放っといてって言ってるでしょ!!!」

 

 苛立っているせいか、荒々しい口調で怒鳴ってしまうエレノア。

 すぐに我に返るが、メイ自身もしつこかったと反省しているのか、黙り込んでしまう。

 

 しばらくの間、工房の中が居心地の悪い沈黙に包まれていると、不意にメイが虚空を見上げて口を開いた。

 

「――エレノアさン、しばらく外にはいかない方がいいですヨ」

「は?」

「何だか大きな………大きな気配を発すル、化け物が来てるみたいでス」

 

 町の方と、海の方を見やりそんなことを呟くメイ。

 エレノアは訝し気に眉をひそめ、彼女と同じ方角を見やるものの、弱った身体では何の気配も感じ取れる事ができない。

 

 ただ、そこはかとなく漂う嫌な予感に、身構えずにはいられなかった。

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