ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第18話〝虚構の信頼〟

「カヤ‼ ロゼも‼ お前ら…何しに…!!!」

 

 この場にいてはならない娘たちに向けて、ウソップは叫ぶ。

 クロもこの展開は予想外であったようで、大きく目を見開いていた。

 

「これは驚いた……お嬢様………なぜここへ…?」

「メリーから全部聞いたわ」

「…今でもちょっと信じられません…あなたがまさか…‼」

「………ほう、あの男まだ息がありましたか。………ちゃんと、殺したつもりでしたが………」

 

 紡がれる残酷な言葉に、二人はぞっと身を震わせる。

 実際に目にしてもなお、目の前にいる男と自分たちの知っている人物と結びつかないのだろう。

 

「………ごめんなさい、ウソップさん…‼ 謝っても許してもらえないだろうけど……私……‼ どうしても信じられなくって…‼」

「そんなことはどうでもいいっ‼ 何で、ここへ来たんだ、おれは逃げろって言ったんだ!!! お前は命を狙われてるんだぞ!!! ロゼも何やってんだよ!!?」

「あなたは戦ってるじゃない!!! 私達はウソップ君にあんな酷い仕打ちをしたのに‼ そんなに傷だらけになって戦ってるじゃない…‼」

「おれはだから…‼ ゆ‼ 勇敢なる海の…」

「クラハドール!!! 私の財産が欲しいのなら全部あげる!!! だから、この村から出て行って!!!」

 

 ロゼに肩を借りながら、カヤは力の限り叫ぶ。

 それだけでも大変な苦痛だろうに、優しい彼女は大切な友人のために体を張った。

 

「………違いますね、お嬢様。…金もそうだが、もう一つ私は〝平穏〟がほしいのです。ここで3年をかけて培った村人からの信頼はすでに、何とも笑えて居心地がいいものになった。その〝平穏〟とあなたの〝財産〟を手に入れて、初めて計画は成功する」

 

 計画の遂行に異常な執着を見せるクロに、エレノアは言葉を失う。

 それこそが、クロが東の海で恐れられている最大の理由だった。

 

「つまり、村に海賊が攻め入る事故と、遺書を残しあなたが死ぬことは絶対なのです」

「逃げろカヤ‼ ロゼ‼ そいつにゃ、何を言っても無駄なんだ!!! お前の知ってる執事じゃないんだぞ!!!」

 

 ウソップの叫びにも、カヤは従わない。

 懐から取り出したのは、自衛のために両親が残した一丁の銃だった。

 

「村から出て行って!!!」

「なるほど…この3年であなたもだいぶ立派になられたものだ…」

 

 銃器を出すという、令嬢には考えられない選択にクロは逆に感心したような声を上げる。

 大して狼狽もせず、懐かしそうに虚空に目をやっていた。

 

「憶えていますか? 3年間いろんなことがありましたね。あなたが、まだ両親を亡くし床に伏せる前から、ずいぶん長く同じ時を過ごしました。一緒に船に乗ったり、町まで出かけたり……あなたが熱を出せばつきっきりで看病を…」

 

 その思い出が脳裏をよぎったのか、カヤの表情に迷いが生じる。

 その隙をつくかのように、クロは優しい口調で次々に記憶を掘り起こして行った。

 

「共に苦しみ、共に喜び笑い…私は、あなたに尽くしてきました! 夢見るお嬢様にさんざんつきあったのも、それに耐えたことも…すべては貴様を殺す、今日の日のためっ!!!」

「カヤ…ダメ‼ これ以上聞かないで…!!!」

 

 肩を震えさせ、涙を流しながら膝をつくカヤをロゼが必死に抱きとめる。

 もう何も聞かせたくないと覆いかぶさるも、クロは執拗に主人に悪の感情を叩きつけた。

 

「かつてはキャプテン・クロを名乗ったこの、おれが、ハナったれの小娘相手にニコニコへりくだって、心ならずも御機嫌取ってきたわけだ…」

「やめて……!!! もうやめてよ!!!」

「わかるか? この屈辱の日々…」

「クロォオオお―――――っ!!!!」

 

 我慢の限界に達したウソップが、激情をあらわにしながらクロに殴りかかる。

 しかし、以前殴られたのは善良な執事を演じていたがゆえに手を抜いていたから。当たるはずはなかった。

 

「ウソップ君……そういえば君には…殴られた恨みがあったな…」

 

 悠々と自慢の速度で避けようと振り向くクロ。

 だがその足が動くことはなかった。

 

「!!!?」

 

 何かに足を取られたクロは、そのままウソップの渾身の拳を受ける羽目になる。

 盛大にぶっ倒れるクロに向けて、吐き捨てるような罵声が届いた。

 

「耳障りなんだよ…さっきから‼」

 

 パリパリと青い閃光を走らせ、フンっと大きく鼻を鳴らすエレノアに海賊たちの視線が集まる。

 そのまま倒れこんだウソップは何が起こったのか自分でもわかっていないようだったが、エレノアの怒声に彼女が何かやったのだと察した。

 

「ルフィ? あいつ、殴られたことが相当腹立たしいみたいだよ」

「ああ…任せろ‼ あと100発ぶち込んでやる!!!」

 

 エレノアはそれらをまるっと無視し、やる気を漲らせているルフィにハッパをかけた。

 

「何だ⁉ キャプテンクロが何もせずに殴られた…⁉」

「さっきの妙な光は一体…!!?」

 

 元船長がただの村の男に殴られたことに、クロネコ海賊団の間に動揺が走る。

 現最強だと思われていたニャーバン兄弟を軽くあしらっていたクロの異変に、戸惑いを隠せずにいた。

 

「今だァあああ――――っ!!!」

 

 その時だった。

 場に似合わない甲高い歓声とともに、クロに向かって襲いかかる小さな影があったのは。

 

「ウソップ海賊団参上っ!!!」

「覚悟しろこのやろう羊っ!!!」

「羊このやろお――っ!!!」

「何してんだあんたたち―――っ!!?」

 

 ボコボコと自力で調達したらしい棒状の道具を振り下ろすウソップ海賊団の面々に、エレノアは悲鳴をあげた。

 クロネコ海賊団やウソップも戦慄の表情を浮かべ、やめろとい叫びながら届かない手を伸ばした。

 

「………やっぱりだ‼ キャプテンは戦ってた‼」

「なんで言ってくれなかったんですか、汗くさいじゃないですかっ‼」

「違うよ‼ 水くさいじゃないですか!!!」

「何くさくてもいいっ‼ とにかく、お前らこっから離れろ‼ 逃げるんだ‼」

「いやです‼ キャプテン‼」

「そうだ‼ おれ達だって戦います‼」

「逃げるなんてウソップ海賊団の名おれです‼」

 

 勇ましく吠える三人だったが、背後で立ち上がる黒幕に気づくと、その表情を真っ青に染め上げた。

 しかしクロは少年たちに構うことなく、ギロリとエレノアを睨みつけた。

 

「下らんマネをしてくれる…さっきの妙な現象…貴様、錬金術師だな?」

「まァね?」

 

 悪びれずに答えるエレノアに、クロネコ海賊団の驚愕の表情が向けられる。

 

「何ィ!!? 錬金術ってあのヤロウと同じ!!?」

「やべェじゃねェか、他にもいるのかよあんなことできる奴が!!?」

「やっぱ変だと思ったぜさっきのトゲといいよォ!!?」

 

 圧倒的に不利になりつつあると、クロネコ海賊団の士気がどんどん下がっていく。

 クロは彼らに構うことなく、立ち尽くしていた元部下に目を向けた。

 

「ジャンゴ!!!」

「お…おう‼」

「その小娘と小僧はおれが殺る。お前はカヤお嬢様を任せる。計画通り遺書を書かせて…殺せ。それに…アリを3匹。目障りだ」

「引き受けた」

 

 もはや時間など気にしてはいられない。

 命令をこなすくらいできなければ命はないと、ジャンゴは帽子の下で冷や汗を流した。

 まずいと判断したウソップは、倒れたその場から自分の仲間に叫んだ。

 

「ウソップ海賊団っ!!!」

「はいっ、キャプテン‼」

「い…言っときますけど…おれ達は逃げませんよ!!!」

「キャプテンをあんな目にあわされて逃げられるもんか‼」

「キャプテンの敵を取るんです!!!」

 

 整列しながら、勇気を振り絞るウソップ海賊団。

 そんな彼らに、ウソップは告げた。

 

「二人を守れ」

 

 その命令に、少年たちは目を見開いて言葉を失った。

 

「もっとも重要な仕事をお前達に任せる!!! カヤとロゼを連れてここを無事に離れろ!!! できないとは言わせないぞ‼ これはキャプテンの命令だ!!!」

「「「は…‼ はい、キャプテン!!!」」」

 

 思わぬ指令にあっけに取られていた彼らだったが、確認するウソップに思わず背筋を正す。

 座り込むカヤを立ち上がらせると、ロゼの力も借りてすぐ近くの森の中に走っていった。

 

「バカが。おれから逃げられるわけがねェだろ」

 

 その後をジャンゴが追うが、入り組んだ森ではそうそう接近を許すまい。

 この森で冒険と称して遊び続けてきた彼らにとっては、絶好の逃げ場所であった。

 

「上手いこと口が回る…!」

「結局、逃げろってことじゃねェのか」

 

 嘘つきもここまでくれば一つの才能だと、ゾロもエレノアも呆れながら感心する。

 安堵の雰囲気が漂い始めた中、クロが嗜虐的な笑みを浮かべてメガネを押し上げた。

 

「……お前達、何か忘れてるんじゃないのか?」

「何⁉」

「この島に住み着いた海賊が…おれ一人だと誰が言った?」

 

 クロの言葉に、ウソップはハッと思い出す。

 そうだ、この場にはいないが、クロと密会していた人物はもう一人いたはずだ。

 

「やべっ…あのヤブ医者のこと忘れてた」

「しまった‼ あのジジイがまだ村にいるじゃねェか!!!」

 

 うっかりしていたと頭を抱えるルフィとウソップに、ゾロはため息をつきながらエレノアの方に振り向いた。

 

「おい、エレノア‼ まかせて大丈夫か!!?」

「オッケー……あのジジイには、私もだ~いぶ思うところがあるんでね…‼」

 

 準備は万端、というようにエレノアはフードの下で笑う。

 片足でどうにか立ち上がると、ウソップ海賊団が向かった方に体を向けた。

 しかしそこへ、クロが立ちはだかった。彼女こそ排除すべき最大の障害だと判断したらしい。

 

「おれが通すと思ったか?」

「押しとおる!!!」

 

 自由に動けないエレノアに向けて、クロが自慢の猫の手を振り抜く。

 細い体をたやすく切り裂いたと思われたが、クロの猫の手が貫いていたのはただの布切れだけであった。

 

「!!? どこへ…!!?」

「キャ………‼ キャプテン・クロォ!!! 上だァ~~~っ!!!」

 

 流石に動揺するクロだったが、クロネコ海賊団のものの悲鳴のような声に釣られ、視線を頭上に向ける。

 

「…………‼ 何だと…!!!?」

「あ…ありゃァまさか……!!!」

「天族ゥ~~~~!!!?」

 

 大きく目を見開き、初めて驚愕をあらわにするクロを、大きな影が覆う。

 白く大きな翼を広げたエレノアが、バサバサとそれを羽ばたかせながら不敵な笑みを浮かべていたのだ。

 その真の姿には、ナミやウソップでさえも驚愕を隠せなかった。

 

「ウソォ!!?」

「マジかっ……!!?」

「あんた達につきあってるヒマはないんだよっ‼」

 

 エレノアは大きく翼を羽ばたかせ、カヤたちが向かった方へと進路を変える。

 それを見送ったルフィとゾロは、改めて自分たちの相手と向き直った。

 

「あっちはエレノアに任せるとして…」

「さっさと片付けるとしようかね」

 

 

「後ろ! 来てるか⁉ あの催眠術師!」

「ううん、見えない! このままマいてやろう‼」

 

 深く入り組んだ森の中を、肩とロゼを引っ張るウソップ海賊団が駆け抜けていく。

 その足取りに迷いはなく、手を引かれていなければ危うく見失ってしまいそうなほどだ。

 

「たいしたものね…‼ この林が庭っていうのもあながち過言じゃないかも‼」

「この林の中でおれ達を捕まえられるもんか!」

「安心して、カヤさん、ロゼさん! 僕達が必ず守ってあげるから‼」

「そうさ‼ ウソップ海賊団の名にかけて‼」

「………ええ…、…………ありがとう…」

 

 微笑みながらも、カヤの顔色は悪い。

 もともと病弱な彼女が走り続けているうえに、精神的なショックが何度も重なったためにその負担は予想以上に大きくなっていた。

 しかしそれでも、あの海賊が少年たちを追うことはできない、そう思われていた。

 カヤたちを隠していた木々が、瞬く間に両断されていく光景を見るまでは。

 

「何処だ、チビどもォ~~~~~~~~~~っ!!!! この、おれから逃げられると思うなよ!!!」

 

 戦慄するカヤたちに向けて、ジャンゴが凄まじい怒号を発する。

 戦う姿をまだ見ていない彼らは、自分たちの想定が大きく間違っていたことをようやく察した。

 

「あいつだ‼」

「何だ…!!? ただの催眠術師じゃなかったのか………!!?」

「このままじゃ見つかる‼ 早くもっと奥に……‼」

 

 とにかく逃げる他に方法はない。

 走り続ける一同の目の前を、見覚えのあるシルエットが横切った。

 

「…おや? 君たち…こんなところで一体何をやってるのかな?」

「‼ コーネロ先生‼」

 

 ロゼは大きく目を見開き、不思議そうにこちらを見つめてくる医者のもとへ急いだ。

 なぜここにいるのかなど気にはなりはしたが、そんなことを気にしていられる状況ではなかった。

 

「先生、ここは危険です‼ 危険な海賊たちが村を襲おうとしています‼ 早く村の人たちに避難を…‼」

「何と…‼ それは非常に困る…‼」

「困るとかの話じゃないよ先生‼」

「早くみんな逃げないと…‼」

 

 カヤたちも追いつき、逃げるようにコーネロを促そうとするが、彼は一向に動こうとはしなかった。

 すると次の瞬間、コーネロの背後の土が突然盛り上がり、赤い閃光とともに巨大な壁となってカヤたちを取り囲んだ。

 

「うわあああああ~~~っ!!!?」

 

 目を疑う現象に、少年たちは悲鳴を上げて後ずさると、ある木の幹に追い詰められてしまった。

 コーネロは自分の背後にそそり立つ壁に視線を向けることなく、どこかほの暗いものを感じさせる笑みを浮かべてロゼたちを見つめていた。

 

「うっ…かっ、壁が…⁉」

「何だこれ!!? どうなってんだ!!?」

 

 慌てふためくウソップ海賊団の面々とは真逆に、ロゼは無言のまま立ち尽くしていた。

 信じられない考えが脳裏をよぎり、思考が停止しかけていた。

 

「……コーネロ、先生?」

「おーおー、ここにいたか…」

 

 微笑を浮かべたままのコーネロに向けて、ジャンゴが気安げな声をかける姿が目に映る。

 海賊と村の医師、なれ合うはずのない二人が顔見知りであるという事実に、ロゼの体に震えと恐怖が走った。

 

「お前の錬金術ですぐ居場所が分かったぜ…手間が省けた」

「いえいえ。こちらも、今後の活動のためには協力は惜しめませんよ」

「先生……⁉ 何を言って……!!?」

「…賢い君なら、答えに気が付いてもいいかと思ったんだが………意外と愚かだねェ」

 

 それでも信じられないと声を振り絞る彼女に、コーネロは暗い笑みを浮かべて告げてみせた。

 

「私も、海賊だよ? ロゼ君?」

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