ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第189話〝水の都の奇跡〟

「〝高潮〟が来るって本当か?」

「あァ。〝アクア・ラグナ〟、この辺りじゃそう呼ぶんだ――もう裏町の歩道は海に浸かっちまってんだろ」

 

 釘を打ちながらウソップが尋ね、フランキーがそれに頷く。

 廃船島でメリー号を修理していた時に、誰かは知らないが大声で叫んでいた話で、徐々に強くなる風が気になっていたのだ。

 

「普通の規模で民家の2階までは海に沈む。裏町や岬なんかにいちゃあひとたまりもねェよ。船もここに置いときゃ安心だ」

「ああ…ありがとう」

「何いいんだ‼︎ バカ‼︎ 水くせェ‼︎」

 

 素直に礼を言うと、フランキーは照れたように笑う。

 金の強奪に暴行と、やってることは悪辣極まりないが、本人の気質は極めて人情味あふれる男のようだ、とウソップは思う。

 

「大変だな、毎年そんな水害が来るのか」

「まァ年に一度の避難くらいみんな手慣れたもんだが、この町の悩みは年々上がる海の〝水位〟の方だ…」

「年々上がる?」

「おうよ」

 

 グリードやモズ達が、フランキーに代わって説明する。

 

 正確には水位が上がっているのではなく、地盤の方が下がっているという。

 年に数㎝と少しずつ沈み、そこに島の気候も併せて、より一層被害が大きくなってしまうのだとか。

 

 海列車誕生以前は、島の行き来すらままならなかったのだから、当時の恐怖は相当なものであった。

 

「そんな未来の島の不安さえ取り除いちまったのが〝海列車〟『パッフィング・トム』だ‼」

「今じゃ記録もいらず、誰でも好きな時に海を渡れるってんだ……とんでもねェ進歩だな」

「何もかもすべて〝海列車〟を生み出した〝トム〟という偉大な船大工のお陰なんだ」

 

 そのトムという男について語るフランキーの顔は、懐かしそうであり。

 同時に酷く、寂しそうに見える。

 

 やや気になった様子でそれを見つめていたウソップやグリード達であったが、不意にフランキーがあっと声を漏らしたことで、そちらに意識を削がれた。

 

「そういやァ、5年くらい前だったか………予報が大ハズレして、一日早く波が来た事があってな。次はいつ来るんだってみ〜んな震えてたもんさ」

「そりゃあ…被害も甚大になりゃ恐ェだろうな」

 

 修理のための材木を買いに行く際、店の親父がかなり焦った様子を見せていたことを思い出し、ウソップは納得する。

 しかし頷く彼に対し、フランキーはなぜかにやりと不敵に笑ってみせた。

 

「ところがどっこい、その年の犠牲者の数は〝0〟だ」

「な…何でだ!!? 予報はハズレたんだろ!!?」

「そんなもん…おれ様と子分共、そしてある一人の天使様の活躍があったからに決まってんだろうが」

 

 フランキーが得意気に語ると、モズとキウイも似たような顔で微笑む。

 困惑していたウソップは、彼が口にした単語に―――脳裏に浮かんだ、かつての仲間の顔に思わず表情を変える。

 

「…………エレノアか」

「おれはその話知らねェな……詳しく聞かせろよ、兄弟」

「あァ…あいつはあの日〝白ひげ〟傘下の船の修繕に来ていてな……ちょうどこの時期だった。おれァ相手が相手なんで、手は出さずに様子を伺うだけだったんだが……ある日、アイツは突然自分から現れた」

 

 懐かしそうに、フランキーは語る。

 まだアジトが出来上がって間もない頃、子分達と寛いでいた時にやってきた彼女との時間を。

 

 

 

 ―――たのも―――っ!!!

    ウィーターセブンが誇る、裏町の顔役‼︎

    フランキー一家棟梁フランキーはおられるかァ!!?

 

 バーン!と扉を押し開き、翼を持った白虎の少女が声を張り上げる。

 子分達はギョッと振り向き、フランキーは飲んでいた茶をブーッと吹き出し、突然の訪問者を凝視した。

 

 ―――なっ…何者だァ!!!

 ―――こっ、こいつ………〝妖術師〟のエレノアだ!!!

 ―――何ィ⁉︎

   〝白ひげ〟の娘で、あの〝天夜叉〟や〝海賊女帝〟とガチで殺りあったっていう……あの!!?

 ―――そんなバケモノが何の用だァ!!?

 

 自分達がよく見ている手配書、その中でもかなりの高額賞金を懸けられ、親に凄まじい存在がいる少女の登場に、一家は慌てふためく。

 

 ―――おいお姉ちゃん…こちとらワルだが、海賊に狙われるいわれはねェぜ………!!!

    一体あんたみたいなのが、おれ様に何の用で……。

 

 逃げ惑う子分達を庇い、フランキーが険しい表情で前に出て、天使に凄む。

 内心冷や汗をかきながら、それを必死に隠し、子分達を守るために虚勢を張る。

 

 だがそんな彼の前で、エレノアは深々と頭を下げ、懇願を始めた。

 

 ―――お頼み申します…!!!

    今夜の〝アクア・ラグナ〟は………裏町をはるかに超えて届く!!!

    このままじゃ、この島の人々が大勢海に引きずり込まれて死ぬ事になる!!!

    どうか…!!!

    あなた方の力をお貸し願いたい!!!!

 

 圧倒的な力、背後に巨大な勢力を控えた賞金首が、恥も外聞も捨てて頭を下げている。

 そんな彼女に、フランキーと子分達はぽかんと呆けていた。

 

 

 

「――その熱意に負けて…おれ達は〝妖術師〟の起こす〝奇跡〟の手伝いに走った」

 

 ようやくぬるくなってきた茶を啜り、一息つく。

 ウソップは唖然となり、グリードはにやりと不気味に笑みを浮かべる。初めて聞いた元仲間の逸話に、驚愕で固まっていた。

 

「…天族の予知能力ってやつか」

「ああ。といっても、本当に未来を見透かすわけじゃねェ…………動物が本来有している危機感知能力……それに天族の持つ膨大な知識が合わさって、限りなく未来予知に近い正確な予想ができるってだけの事だ」

「そうか………アイツの能力はそういう事だったのか…‼︎」

 

 これまでの旅で何度も、天族の能力の凄まじさは目の当たりにしてきた。

 予測不可能な嵐を予測し、近付く脅威を察知し仲間に知らせ、膨大な知識で一味の未来を左右する。伝説に聞く所業と大差ない現実が思い出される。

 

「…………だけど、一海賊の言葉をどうやって街の奴らに信じさせたんだ? お前らは一体何をしたんだ? エレノアと一緒に…」

「…まァ、おれ達に任されたのはちょっとしたイタズラ程度の手伝いだ………アクア・ラグナが来るまで、まだ一日あると安心しきってた奴らの家に電伝虫を仕込んで、エレノアが一斉に声を届けたってだけ」

 

 海賊程ではないにしても、街での嫌われ者であると聞くフランキー達。そんな彼らが普通に言ったところで、素直に応じて動くとも思えない。

 実際にフランキーもそれを認め、その日に行った事について語る。

 

「ただし普通の声じゃねェ………アイツが術で作る特殊な音、通常の声とは周波数の異なる音を発して、対象者の脳に直接伝えるって技だ。それを聞いた連中は、電伝虫から聞こえたなんて思わねェ…………虫の知らせか天からのお告げのように感じて、勝手に不安がってくれる」

「なるほど………見知らぬ誰かからの忠告じゃねェ、本人の直感と誤認させたってわけか…」

「そういう事だ」

 

 一度自分の中に嫌な予感が芽生えれば、人は動かずにいられなくなる。

 それを利用したエレノアの思考に、ウソップは思わず息を呑み、グリードが納得した声を漏らしてより笑みを深める。

 

「………それで、どうなったんだ?」

「正直おれァ、結果を見るまで半信半疑でな………あんまりに真剣に頼み込んでくるもんだから手を貸したが、アイツの予知はハズレだと思ってた。――で、その翌朝〝アクア・ラグナ〟は来た」

 

 フランキーの脳裏に、その夜の記憶が蘇る。

 今でもなお、子分達と一緒に目の当たりにした光景は、彼の背筋に凄まじい寒気を齎していた。

 

「たまげたぜ………おれ達が事前に走り回ってた場所が、全部丸ごと海に飲み込まれてたんだからな」

 

 ギョッと目を見開き、ウソップはごくりと息を呑む。

 見ればモズとキウイも、その時の恐怖を思い出しているのか、鳥肌が立った肌を擦っている姿が見えた。

 

「アイツの予知は………完璧だった。アイツが動かなきゃ……ウォーターセブンの人口は半分程度にまで減ってたかもしれねェ」

「マジかよ……」

「ガッハハハ…ますます欲しくなるじゃねェか」

 

 グリードはそう笑うが、ウソップはうすら寒い気持ちを隠せない。

 お告げを齎し、大勢の人々の命を救うなど、天からもたらされた天使そのままの姿ではないか、と戦慄を抱く。

 

「そん時の縁があって、ガレーラの連中はアイツに頭が上がらねェのよ。いい気味だぜ‼︎」

「あの夜の事はよく覚えてるわいな」

「楽しくて達成感のあるイタズラだったわいな」

「………アイツいろんな所でいろんな事やってるな」

 

 海軍大将やら有力な海賊やら、挙句の果てに船大工達にまで顔が効く。

 その理由は、様々な島に行ってはそうして大勢の人を救ったりして、返しきれないような恩を売って来たからなのだろう。

 

「……だったらおれ達の金盗む前に気づけよ」

「悪ィな、あんだけボロボロだと一眼でわかんなかったみてェだ」

 

 呆れた目でウソップが睨むと、フランキーは本気で申し訳なさそうに頭を下げる。気づいていたなら、手を出すことはなかったはずだ、と。

 

「…ところでグリード、お前、何であいつにそんな執着するんだ?」

「そりゃあ兄弟、おめェ………あいつの知識が欲しいからさ‼︎」

 

 話を振られたグリードが、突如立ち上がって高らかに語り出す。

 普段よりもずっとテンションの高い、まるで欲しいおもちゃを前にした子供のような表情で、しかし目はギラギラと欲望に輝かせている。

 

「おれァ〝人造人間〟だ。〝賢者の石〟のエネルギーさえ尽きなけりゃ、どんなキズを負おうとも再生できる……だが完全な不死じゃねェ。エネルギーが尽きちまえば、再生はできなくなる」

「制限付きの不死ってわけか」

「そうよ! だからおれァ、〝完全〟になりたいのよ!!! 何百何千何万回殺されようと復活できる、本物の不老不死の力が!!! …………だからこそ、全能の種族の叡智が欲しいんだ」

 

 若干引いた様子で見つめてくるウソップ達に、グリードは元の勢いに戻りソファに座り直す。

 そんな彼を見つめながら、ウソップは首を傾げた。

 

「あいつが聞いてくれるかな」

「まァそこはアレだ…根気強く通いづめてだな」

「それで攫おうとしてたのか⁉︎ 呆れたぜまったく…」

 

 エレノアのもとに直行するグリードの姿を思い出し、フランキーもつい呆れた声を漏らす。

 自分の欲望を是が非でも徹そうとする、兄弟分の難儀な性格は知っていたつもりだったが、やれやれを肩をすくめるばかりだ。

 

「グリードのアニキはやり方が荒っぽいわいな」

「女の子を口説くんなら、もっと紳士的にやるもんだわいな」

「ガッハハハ!!!」

 

 女性陣からの厳しい意見に、グリードは誤魔化すように笑い声をあげていた。

 

 

 

 それが現れたのは、突然だった。

 兄貴達の言う通り、長鼻の男を預かったと町を練り歩いていた時に現れた、仮面をつけた黒服の男。

 

 その男の問いを一蹴し、嗤っていた彼らに―――その男は殺戮をもたらした。

 

「ぎゃああああ!!!」

「アニギ、助げ…‼︎」

 

 アーマーが砕かれ、体を斬り裂かれ、あっという間に出来上がる死屍累々の地獄。

 倒れていく仲間達を呆然と凝視し、ガタガタと震えていたザンパノの前に、頭から血を流した男達、ドルチェットとロアが立ちはだかる。

 

「逃げろお前達…‼︎ おれが時間を稼ぐ!!!」

「ドルチェット‼︎ ロア‼︎」

「グリードさんとフランキーさんに伝えろ!!! あの人達を逃がすんだ!!!」

「ムオオオオオオオオオオ!!!」

 

 ハンマーを振り回し、剣を握り、ドルチェットとロアがメキメキと異形の姿に変わっていく。

 決死の形相で、猛烈な雄叫びをあげながら、仮面の男に襲いかかる。

 

「その必要はない。アニキ達には…おれからよろしく言っとくよ」

 

 ポタポタと赤い雫を指先から垂らす、仮面の男。

 次の瞬間、彼の背後でロア達の身体がゆっくりと傾ぎ、夥しい量の血を吐きながら地に伏した。

 

 

 

「――んでお兄ちゃん、本題に入るが…その船直してどうすんだ」

 

 不意に、フランキーがウソップに尋ねる。

 話している間も、ほとんど修理の手を止めていなかったウソップは、ボロボロのメリー号を見上げて胸を張った。

 

「そりゃ当然、コイツと一緒にまた冒険して、いつの日か故郷の〝東の海〟に帰るのさ‼︎」

 

 尋ねたフランキーが無言になっている事にも気づかず、数えきれない傷を負った船を見つめ、誇らしげに笑う。

 最後の最後まで共にあろうと決めた彼は、静かに佇むメリー号を見つめる。

 

「世界一周ってわけにはいかねェけど………〝偉大なる航路〟へ行ってきた船となりゃ、もう充分凱旋帰還って事になるからな‼︎ おれは胸はって………」

「いや、帰れねェよ〝東の海〟へなんて!!! 遠すぎる………」

 

 誇らしげに語っていたウソップに、突如フランキーが否定の言葉を告げる。

 言葉を途切れさせたウソップは、一瞬思考を停止させると、困惑した表情で背後の男を振り向く。

 

「アニキ………⁉︎」

「――さっきここへ船を引き上げる時、そいつを見てた。その船はもうダメだ、ガレーラの査定は正しい。解体屋として…解体を勧める」

「!!? 何をくだらねェ事…!!!」

 

 ソファから立ち上がり、ずんずんとウソップの方へ向かうフランキーに、グリードとモズ、キウイも困惑の目を向ける。

 張り詰めた空気の中、フランキーは自身の巨大な拳を鳴らし、浮かぶメリー号を見据えた。

 

「手伝ってやるよ…船の解体作業」

「何だと!!? てめェ…待て!!! 何する気だァ!!!」

「その船の解体を手伝ってやるって言ってんのよ」

「ふざけんな!!!」

 

 一方的な宣言に、ウソップは腰からパチンコを抜き、構える。

 自身と船の恩人であるが、それを勝手に壊すと宣言した相手に対し、敵対の構えを取らずにいられるはずがなかった。

 

「そんな勝手な事させるか!!! メリー号は、おれの船だ!!!」

「いいや……もう、そいつは船じゃねェ!!!」

 

 弾を備えらたウソップに、フランキーは信じがたい言葉を放つ。

 グリード達も、突如始まった緊迫した空気に戸惑いながら、睨み合う二人を見守る。何故だか、今の二人の間に手を出してはいけない気がした。

 

「おれはさっき聞いたよな…『この船直してどうすんだ』……って、お前がこの船と一緒に海へ命を投げるつもりなら、おれは別に口は出さなかった――だがこの船で〝東の海〟へ帰りてェなんて言うんだから、おれァ止めてやるのよ、お兄ちゃん」

 

 威圧感を伴ってそう語るフランキーに、ウソップは言葉を返す事ができない。

 大切な船を狙う相手が近づいてきているのに、思わず足が後ろに下がりそうになる。

 

「この船は、もう次の岸へすら辿り着けねェ」

 

 ずんずんと歩き出したフランキーが、メリー号の外装部分に飛び移る。

 ハッと我に返ったウソップを放置し、巨大な拳で掴んだ部分に、メキメキと強烈な力を込めていき。

 

「『こっちの岸から向こうの岸まで渡してやろう』、この〝約束〟をかかえて〝船〟は生まれる…………!!! 人を向こう岸へ渡せなくなった船は、船じゃねェんだよ!!!」

 

 バキバキバキッ!と。

 悲痛な悲鳴をあげるウソップの目の前で、外装をへし折ってしまった。

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