ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「やめろ―――――!!!」
ガタン、と激しい音を立てて倒れ込む、メリー号の装飾の一部。
それを目の当たりにしたウソップは、まるで己の身体の一部が引き裂かれたかのような悲痛な表情で、血を吐きそうな叫び声をあげる。
「おい!!! 兄弟!!?」
「「アニキ―――‼︎」」
グリードやモズたちも、フランキーの突然の行動に困惑し、声を上げる。
ウソップは激昂し、フランキーに向けて火薬星を放ち、彼を爆炎で包ませる。
しかし、フランキーは平然とした様子で煙の中から立ち上がり、ウソップに向かって猛然と駆けてくる。
「コノヤローが…わからねェなら……!!!」てめェの目で……!!! しっかり見てみろ!!!!」
ウソップの身体を掴み、空中に放り上げ、合わせた両拳を叩き込む。
ウソップはメリー号が浮かぶ水中に叩き落とされ、ぶくぶくと沈み、そこで―――メリー号の竜骨に刻まれた、致命的な傷跡を見つける。
やがて、ウソップは水上に這い上がると……よろよろと材木を抱えて、工具を手に握った。
「ごめんなメリー………すぐ直す………おれが……!!!」
板を合わせ、釘を撃ち込みながら、そう語りかけるウソップ。
ずるずると鼻をすすり、涙を堪え、大切な仲間を生き永らえさせようと、ひたすらに足掻く。
「何度でも‼︎ 何度でも‼︎ 直してやるからな…!!!」
その姿に、モズとキウイは声を押さえて涙を流していた。グリードでさえ、痛々しさを晒し続ける彼にかける言葉を失っている。
「オイいい加減にしろ、長っ鼻‼︎ 船底を見たろ、ヘシ折れた竜骨を中心に外板はズレて、肋骨もボロボロ‼︎ そんな船体じゃあ、一波ごとに外から崩れ落ちてくだけだ‼︎ それをてめェみてェなド素人のツギハギで…」
見ている者に苦痛を与えるその様に、見ていられなくなったフランキーが大声で吠える。
誰よりも、ウソップ本人が苦しむ結末だと、無意味な努力を止めさせようとする。
しかし、無理矢理に止めようと一歩を踏み出したその時、ガシャン!と大きな音が響き渡った。
「うるせェってんだよ!!! お前なんかに何も言われたくねェんだ!!! 黙らねェとブッ飛ばすぞこの、チンピラ野郎!!!」
「何だと!!?」
修理のために置いていた、釘を入れていた箱を叩き落とし、悲痛な声で叫ぶウソップ。
苛立たし気にウソップを睨んでいたフランキーは、目の前の男の眼から、ボロボロと涙が溢れ出していることに気付いた。
「ホントは…全部知ってんだ、も"うメリーが!!! ダメだってのも知ってんだ!!!!」
突然の告白に、フランキーもグリードも訝し気に眉をひそめ、黙り込む。
一体何を言っているのか、と彼らは視線でウソップに問いかけた。
「査定の結果を聞いた時…おれはあの日のことを確信したんだ。最初は夢だと思ったし――そんなバカな事はねェと思ったけど…‼︎」
ウソップは涙で濡れた目でフランキーを睨み、その時の事を思い出す。
空島で、黄金探しを翌日に控えた真夜中に見つけた、傷だらけのメリー号の船底に寄り添う、二つの人影の事を。
―――ゴメンね……ゴメンね…!!!
あなたをちゃんと直してあげられなくて…何にもできない、どうしようもない私で……!!!
ゴメンね…!!!
カン、カン、と木槌を鳴らし、釘を打ち込む音が響いていた。
それを為すのは、頭痛と吐き気で休んでいなければならなかったはずの虎耳の天使……そして見た事のない、フードを被った小さな子供の影。
―――こんなに傷ついたあなたを…!!!
助けてあげられなくて…………ゴメンね…!!!
泣きながら、引き絞るような声で謝罪を口にし、ひたすらに木槌を振るう天使。苦手な修理を、子供と一緒に必死に行っていた。
その時、子供がふと手を止めて、ウソップの方に振り向いた。
―――大丈夫。
大丈夫だよ。
もう少しみんなを、運んであげる。
そんな言葉を送り、子供はにっこりと優しい笑みを浮かべてみせた。
あまりに現実離れした光景。夢としか思えない記憶。
驚愕と混乱と恐怖で気絶したウソップは、その光景をずっと覚えていた。夢だと思おうとしながら、どうしても忘れる事ができなかった。
エレノアと謎の子供の姿を、何故かはわからないが、決して忘れてはならないと思っていたからだ。
「バカバカしいかも知れねェが…………‼︎ あれは…エレノアと一緒にいたあれは…メリー号の化身だったんじゃねェかと…!!! 思うんだ」
自分でも何を言っているのか、と自嘲しているのか、やけになった様子で吐き捨てる。
フランキーが静かに耳を傾けている事にも気づかず、笑われる事を承知の上で、ウソップは自分が感じた想いを口にする。
「――きっとあの時、船はすでに限界で…おれ達にそれを知らせようと現れたんじゃねェかと思った。おれをイカレた奴だと思うだろ……別に信じなくてもいい…」
「信じるも何も…そいつァ木槌を持った、船乗りのような姿に見えただろ」
目を逸らしていたウソップは、フランキーの言葉にハッと目を見開く。
何故知っているのか、と問う視線に、フランキーは遠い眼差しになりながら口を開いた。
「…………そりゃあお兄ちゃん、〝クラバウターマン〟を見たのさ」
クラバウターマン……それは、言わば船の妖精。
木槌を手に、船乗りのレインコートを身に着けた子供の姿をしているとされ、船の大事には船内を駆け回るという。
本当に大切にされた船にしか宿らない、船乗りたちに細々と語り継がれる伝説の存在。
そう、フランキーは語ってみせた。
「正直――そいつを見たと直接聞くのは…おれは初めてだ」
言ってから、フランキーはにやりと笑みを浮かべる。ウソップを、静かに佇むメリー号を見上げ、どこか羨ましそうな眼差しを送る。
「…………こいつは、そうまでしてお前らを向こう岸に渡したかったんだなァ。人の姿で出てきてまで、お前達の助けになりたかったんだろうな…‼︎」
「………メリー…」
また、ウソップの目尻に涙が浮かぶ。
守りたいと、死なせたくないと思っていた仲間に、これまで何度も救われていたのだと知ってしまい、熱い想いが溢れ出す。
グリードは正直に感嘆したような目をメリー号に向け、そしてじろりと鋭い目をウソップに向けた。
「――そんでお前……〝妖術師〟がそうして苦しんでるの知ってて、決闘騒ぎまで起こしちまったのか? そりゃあちっとばかしやらかしてねェかい?」
「…そうでもしなきゃ、あいつはいつまでもおれ達を守るために、何度も何度も死にかける羽目になる………だからおれは」
傷付いた様子で固まったエレノアの顔を思い出し、ウソップはぎゅっと自分の胸に指を食い込ませる。
仲間のために、自らの命さえ投げ出しかねなかった彼女のあの表情は、ウソップの心にも大きく深い傷を刻みつけていた。
「……いや、ただ嫌になったんだな。あいつに守られ続けてんのが……勇敢な海の戦士どころか、全身ボロボロの女にいつもいつも危ない所を助けられて、おんぶに抱っこされっぱなしの自分が………」
「まァ………プライドなんかとっくに木っ端微塵だわなァ」
「それにあいつは……メリーの事でずっと責任を感じてた。あのままじゃいつか絶対壊れちまってたと思うんだ…………ほんとはあんな事、言いたくなかったよ」
自らに嘘をつき、仲間が傷付くことを承知の上で、距離をとらせようとした。
方法は絶対に褒められたものではないが、死に近すぎる仲間のためを思ってはいた言葉には違いない。
フランキーもグリードも、孤立を選んだウソップに呆れた目を向けていた。
「呆れたぜ………‼︎ じゃあお前さん…船の限界も〝妖術師〟の葛藤も知ってた上で、仲間と大喧嘩したのか」
「………そう割り切れるもんじゃねェんだ」
「男って奴は不器用だわいなー」
「バカだわいな―――‼︎」
男の意地を見たモズとキウイは、呆れながらも涙を止められない。
仲間のために嫌われる道を選んだウソップの覚悟は、見ているだけで彼女達の涙腺を刺激していた。
しばらくの間、モズ達のぐずぐずと鼻をすする音が響く。
そんな中不意に、フランキー達の基地にある扉のうち、海側の扉を叩く音が聞こえた。
「ん? アニキ、誰か来たみたいだわいな」
「誰か来たっておめェ…ザンバイ達しかいねェだろ。何をわざわざ『海側』から来てんだ」
「ホントだわいな…いつも上の入り口を使うのに…」
フランキーハウスが潰された今、拠点はここしかない。
しかし、わざわざ通りづらい海側から誰かが来たことに、四人とも訝しげに首を傾げる。
「麦わらを連れて来たのかも知れないわいな」
「そうだ‼︎ おめェをエサに麦わら達を呼びつけてたのを忘れてた‼︎」
「そういやそれが目的だったな…」
しくじった、とばかりに目を見開くフランキーの隣で、グリードも自身に呆れたように頭をパシッと叩く。
だが、頭を抱える彼らを横目に、ウソップは首を横に振る。
「来ねェよ、あいつらはもう仲間じゃねェんだ。そう言っただろ」
理由があったとはいえ、仲間の心を傷つけ、船長と決闘までしてしまった直後に、助けに来てくれるとも思えない。
今度こそ愛想をつかしていると確信し、ウソップは険しい表情で目を逸らす。
投げやりになった雰囲気を感じさせるウソップを見ていたフランキーは、やがてため息交じりに口を開いた。
「……お兄ちゃんよォ…おめェ―――仲間のトコ帰れ」
フランキーの言葉に、ウソップはキッと鋭い目で振り返る。
話を聞いていなかったのか、とでも言いたげな、やや苛立った様子の目だ。
「今更そんな事できるか、おれは船長と決闘したんだぞ…‼︎ それに船の事も解決してねェし……」
「そうだな…色々落とし前つけなきゃいけねェのは確かだ………だがお前はそうしなきゃならねェハズだ」
フランキーに代わり、グリードがウソップを指差しながら語りかける。
いつもの笑みを消し、サングラスの奥からじっと真っ直ぐに見つめる。その強い視線は、まるで目を逸らす事を許さないと言っているようだ。
「おれはおれの生の中で…『ウソはつかねェ』と決めている。欲しいモン、手に入れたいモンを我慢したまま自分を偽るのは大っ嫌いでな」
「じゃあ、なおさらおれとはソリが合わねェだろうよ…おれはうそつきだ」
「楽しいウソは嫌いじゃねェ……………おれが嫌ってんのは〝自分を騙すウソ〟だ」
一瞬にやりと笑うものの、すぐにまた真剣な表情に戻り、顔を逸らそうとするウソップの目を覗き込む。
どうしても顔を合わせようとしない彼にしびれを切らし、フランキーはガッと勢いよく立ち上がり、前のめりにウソップを怒鳴りつける。
「〝仲間〟も!!!〝船〟も!!! どっちも大事だから決闘なんて騒ぎを起こしたんだろうが!!! 本当はお前…全部手放したくねェんだろうが!!! 船のことはこっちで何とかしてやらァ‼︎ だからさっさと帰れバカヤロウ!!!」
「余計なお世話だ!!! おれの問題だ!!!」
「おォよ、だからおれがお前の問題を解決してやろうとしたんだ、感謝しろ!!!」
フランキーが吠えれば、ウソップもすさまじい剣幕で言い返す。それにフランキーも、さらに声を荒げて吠え返す。
グリードもまた、頑なに意地を張り続けるウソップに、焦れた目を向けていた。
「わかんねェのか!!? 船にとっても迷惑な話だぜ!!! お前らが大好きで人の姿で現れた程のこの船が、お前らを乗せて海の真ん中で沈んじまった日にゃあオイ、死んでも死にきれねェぞ⁉︎ 成仏できねェってもんよ!!!」
「じゃあ、お前はもう死にそうな仲間がいたら『後はせいぜい楽に死ねよ』って、そこを立ち去れるのか!!?」
「そう言うとまたお前、話が逸れるだろ」
「逸れてねェだろ‼︎ そういう状況だ!!!」
「だーもう!!! お前ってホントにメンドくせェな!!!」
喧々囂々、侃々諤々。どちらも自分の主張を引っ込めず、最早罵倒の勢いで互いを睨み、押し返そうとする。
耳に刺さるような怒号のぶつけ合いに、グリードはがしがしと頭を掻きむしって苛立ちをあらわにしていた。
このままこの口論が続くのか、とグリードが内心でげんなりとしていた時。
凄まじい轟音と共に、海側の出入り口から、口元に血を滲ませたモズが倒れ込んできた。
「なっ…」
突然のことに、ハッと振り向くフランキー、ウソップ、グリード。
彼らの目の前で、今度は首から鈍い音を響かせたキウイが、血を吐きながら力なく倒れ伏した。
「モズ!!! キ…キウイ!!!」
「誰だァ…!!! こいつらに手ェ出しやがった大バカ野郎はァ…!!!」
「お取り込み中失礼…お嬢さん二人が中へ入れてくれなかったもので…」
妹分達が倒れる姿に、ごうっと怒りを燃やすフランキー、そして静かに目を血走らせるグリード。
彼らを嘲笑うように、海側の出口をこじ開けてやって来た黒服の四人組―――カリファとルッチ達が、鬱陶しそうに吐き捨てた。
「ガレーラの秘書…‼︎ ここで何やってんだてめェらァ!!!」
破壊された扉、倒れた子分達。
見慣れない黒い衣装で現れた、大嫌いな町の人気者達を前にし、フランキーは額に血管を浮き立たせ、怒りを露わにする。
「……ブル〜〜ノ〜〜〜!!! てめェまで似合わねェ格好で何しに来やがった!!! オォウ!!!!」
ずんずんと詰め寄った際、ガッとブルーノに顔を掴まれるも、逆に顔を掴み返し、ぐいっと無理矢理宙に浮かせる。
やや焦った様子を見せたブルーノは、スッと人差し指を立て、下から見上げてくるフランキーに向けて構える。
「やめろブルーノ!!!」
人体を貫く一撃が放たれようとしたその直前、ルッチがフランキーを蹴り飛ばした。
凄まじい轟音を立てて倒れ込むフランキーに、唖然としていたグリードもやがて怒りに顔を歪ませ、ぎろりとルッチ達を睨みつけた。
「腹話術野郎が………おれの兄弟に何してやがんだァ!!!」
バキバキと黒く変色し、鋭く尖っていく両腕を振りかざし、ルッチ達に襲い掛かる。
しかし、それも前に出たカリファの蹴りによって弾かれ、さらには硬化していない顔面に強烈な一撃を叩き込まれ、フランキーと同じく吹き飛ばされた。
「え⁉︎ おい‼︎ お前ら強いんだろ!!? あいつら造船会社にいた奴らじゃ…‼︎ どうなってんだ…⁉︎」
「何だ……⁉︎ おれがあんな奴に……!!!」
いつも酒場のカウンターにいて、のっそりとした動作が目立ったブルーノ。
一言も口をきいたことがないルッチ。
生真面目に働く姿が脳裏に浮かぶカク。
常にアイスバーグの傍にいて、正確無比な仕事ぶりを見せていたカリファ。
力はある、しかし所詮は船大工と会社の秘書、酒場の店主でしかなかったはずの彼らに、こうも圧倒されていることが信じられない。
「おいおい………笑えねェ冗談だぜ」
頬を引きつらせながら、グリードはそう苛立ちと焦りが混ざったつぶやきをこぼした。