ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第192話〝その手は届かない〟

 業火が躍る、ガレーラカンパニー本社の前では、船大工達による必死の消火活動が続けられていた。

 しかし強い風があり、火の勢いは収まるどころか増す一方であった。

 

「ダメだ、風に負けちまう‼︎」

「全然火が消えねェぞ‼︎」

 

 バケツの水を懸命にぶっかける男達だが、完全な焼け石に水で全く意味がない。真っ赤に燃える建物を凝視し、誰もが諦めを抱き始める。

 

「まだ中に誰かいたら…‼︎ これじゃもう助からねェ‼︎」

 

 中にまだ残っているかもしれない社長やパウリー達を助ける事はできないのか、と無力な自分達を情けなく思い、呆然と立ち尽くす。

 敬愛する社長も尊敬する職長も、事件の全て全てが炎に呑み込まれる、そう考えた時だった。

 

「ぬゥあああァァァ!!!!」

 

 ガシャァァン!と窓ガラスが割れ、四つの影が飛び出してくる。

 慌てて後退った船大工達の前に現れた影―――アイスバーグとヴィルヘルム、パウリーを担いだトナカイと、黒装束の二人を抱える糸目の男がドスンと降り立った。

 

「お…お前らは!!!」

「アイスバーグさんと……ヴィルヘルムさん‼︎ パウリーさんもいるぞ!!!」

 

 突如現れたトナカイと男達に、船大工達はどよどよと戸惑いの目を向ける。

 チョッパーとリンは彼らを睨みつけ、次いで遠くに倒れるナミの姿を目の当たりにし、一歩を踏み出そうとし……そのまま、力なく倒れ伏した。

 

「す…!!! すぐに手当てを!!!」

「全員すごい火傷だ!!!」

「おい‼︎ こいつらどうする」

「そいつらもだ‼︎ 命の恩人だぞ!!!」

 

 火傷だらけ、傷だらけの彼らに、船大工達は大慌てで手当てに入る。

 気を失ったリンの表情はその間ずっと、敗北による悔しさで歪んだままだった。

 

⚓️

 

「あァ…‼︎」

「あ〜あ…‼︎ やられちまった…‼︎」

 

 ドサッ、と膝をつき倒れ込むウソップの姿を見て、フランキーとグリードが思わず落胆の声を上げる。

 勇ましく飛び出したはいいが、結局全く為す術なく倒されてしまったのだ。

 

「アウ………‼︎」

「――つまり〝麦わらの一味〟は抜けたが――まだ海賊はやめておらんのじゃな…海賊ならば連れて行く。カリファ」

「ええ」

 

 項垂れるウソップを、カリファが無情にも縄でぐるぐる巻きにする。

 抵抗しようにも全く力が入らず、ウソップは悔し気に呻く事しかできずにいた。

 

 その時、カクが水面に浮くメリー号に気付き、呆れたように顔をしかめる。

 

「―――それとこの船、処分しておらなんだか…」

「……おい、てめェ…!!! そいつに触るなよ!!?」

 

 メリー号に近づくカクに、ウソップがハッと我に返って鋭い目を向ける。

 しかし、弱く身動きの取れない彼の殺気は、カク達にとってはそよ風のように弱々しく、全く応じようとしない。

 

「おい!!! 聞いてんのかっ!!!」

「仮の姿とはいえ、わしらはこの町ではれっきとした船大工。ダメなものはダメだと聞き入れて欲しいもんじゃ」

「それがどうした放っとけよ、お前の船じゃねェんだから!!!」

 

 吠えるウソップの目の前で、カクは水量を操るレバーを倒す。

 途端に水が足され、メリー号が浮かぶ水に流れが生じる。流れの先には、荒れ狂う海が広がっている。

 

「待て!!! バカなマネやめろよ!!? おいっ!!!」

 

 ウソップの必死の懇願もむなしく、フランキーとグリードが愕然とする前で、メリー号はゆっくりと流れに沿って動き出し、そして。

 

「やめろォ―――!!!!」

 

 荒れ狂う海に向かって、勢いよく落下していく。

 捕らわれた青年は、大切な仲間の最後の姿さえ目にすることもできず、ただくやしさに涙を流す事しかできない。

 

 見えなくなってしまった船に、音さえ聞こえなくなった仲間に、ウソップは胸がはち切れんばかりの苦痛に襲われた。

 

「メリ〜〜〜〜!!!」

 

⚓️

 

「……ウ………」

 

 全身に走る痛みに呻き、アイスバーグが瞼を開く。

 隣に寝かされていたヴィルヘルムも体を起こし、それを見た船大工達がわっと歓声を上げた。

 

「アイスバーグさん達の意識が戻った!!!」

「よかった!!!」

「よかった、無事で!!!」

 

 もう死んでいてもおかしくはない、と思えるほどに悲惨に燃え盛る事件現場を見やり、何度も安堵の声を上げる船大工達。

 ひとまず安心した彼らは、沈黙したままのトナカイを見やると眉間にしわを寄せた。

 

「あいつらとあのトナカイのお陰だ――だがあいつら、〝麦わら〟達の仲間らしいぞ…」

 

 社長達の命の恩人であると同時に、社長達の命を狙った一味の仲間であるという矛盾。船大工達はいよいよ訳がわからなくなる。

 

「おいこっちもだ‼︎ 女が目を覚ました‼︎」

「ど…どうする⁉︎ すぐに麦わら達の居場所を吐かせるか⁉︎」

 

 ナミの方に集まっていた男達が騒ぎ出し、迷いがより一層を大きくなる。

 その時、手当てを受けていたアイスバーグとヴィルヘルムが、ふらふらと覚束ない足取りでナミの方に歩み寄った。

 

「あ‼︎ …ちょ、アイスバーグさん‼︎ ヴィルヘルムさん‼︎ まだ動いちゃ…‼︎」

「……お前ら、おれ達から少し離れてろ。この女と……話をしてェ…」

 

 二人の身を案じ、止めようとしたものを制し、アイスバーグ達はナミの前に腰を下ろす。

 取り敢えず、今ここで捕まる心配はなさそうだと安堵するナミに、人払いを終えたアイスバーグとヴィルヘルムが深々と頭を下げた。

 

「まずは…ンマー…申し訳なかった…」

「君達に濡れ衣を着せてしまった。誤解は必ず後でといておく……話はニコ・ロビンの事だ…」

「何か知ってるの?」

 

 重苦しい様子を見せる二人に、ナミは身を乗り出し尋ねる。

 アイスバーグ達は頷き、先にナミに一つ質問をぶつける。

 

「――この町へ来て、あの女の様子は変わったか?」

「ええ、急に…‼︎ 町へ出た後突然いなくなって、今日の朝には――あなたの…暗殺未遂の犯人になってて、仲間がやっとロビンを探し当てたら――もう私達の所へは『戻らない』って」

 

 ナミの脳裏に蘇るのは、アラバスタで見た時以上に冷たい眼差しと言葉。

 あまりに唐突な豹変で、納得するどころか理解も及ばない間に、彼女はどこかへ立ち去ってしまった。

 

「私達は何が何だかわからなくて、今夜もう一度直接ロビンに船を下りる理由を聞くために、ここへ来たのよ‼︎ 私達と一緒にいちゃ叶わない願いって何?」

「………私達の知っている事を話そう…」

 

 ヴィルヘルムは、語る。

 ルフィ達が突入する前に行った、ロビンとの会話を。

 

 政府はアイスバーグ達の有する古代兵器の設計図を狙って、この事件を引き起こしたのだという事を。

 そして古代兵器を復活させられる知識を持つロビンは、そのために利用されたのだと。

 

 ロビンは語った。

 政府が有する最強最悪の攻撃「バスターコール」が、麦わらの一味に対して向けられようとしていた事を。

 その未来を回避するために、ロビンは政府とある取引を交わしたのだと。

 

 ―――私を除く〝麦わらの一味〟の7人が、無事にこの島を出航する事。

 

 ロビンは自らの命を賭し、仲間を救おうとした。

 自ら裏切りの汚名を被り、嫌われる道を選び、仲間達に迫った凶弾を免れさせようとしたのだ。

 

 それが、一連の事件の真相だった。

 

「おれ達は引き鉄を引けなかった。事もあろうに、全世界に生きる全ての人間の命より、あの女はお前達7人の命を選んだ」

 

 ナミは明らかとなった真実に、絶句する。

 アイスバーグ達は秘密を奪われた事も、ロビンを撃てなかった事も嘆き、痛々しい表情で頭を抱える。

 

「おれ達の方の兵器の設計図も奪われそうな今…おれ達にあの女を責める権利がねェが…!!!」

 

 歯を食いしばり、悔しさをこれでもかと示すアイスバーグとヴィルヘルム。

 項垂れる彼らは、突如ナミがどさっと倒れ込む姿を目にし、ハッと顔を上げた。

 

「おい、どうした‼︎」

「よかった…ロビンはじゃあ…私達を裏切ったんじゃないんだ………!!!」

 

 自分達と同じく打ちひしがれているのかと思った二人だったが、覗き込んだナミの顔は、心の底からの安堵だった。

 ナミは起き上がると、アイスバーグ達に頭を下げてから走り出した。

 

「早くみんなを集めて知らせなきゃ‼︎ ありがと、アイスバーグさん‼︎」

「待て‼︎ 麦わら達もやられちまって今更、何をしようってんだ‼︎」

 

 アイスバーグが制止の声を上げるが、立ち止まったナミはそんな彼に勇ましく不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「今更ですって? 今からよ!!! ルフィ達なら大丈夫、あれくらいじゃやられない‼︎ これからロビンを奪い返すのよ!!! 迷えば誰でも弱くなるもの、助けていいんだとわかった時のあいつらの強さに、限度なんてないんだからっ!!!!」

 

 呆然と立ち尽くすアイスバーグ達を置き去りにし、ナミは走る。

 そして、横たわるチョッパーの元に向かうと、その顔をヒールで踏みつけだした。

 

「チョッパー起きて!!! みんなを探すのよ!!!」

「おいおいねーちゃんねーちゃん、そいつはすげー重傷で‼︎」

「起きなさいチョッパー!!!」

「へべ!!!」

 

 理不尽な暴力に、気絶したままのチョッパーが呻き声をあげる。周りの船大工達が止めようとするも、やる気に満ちたナミは止まる様子を見せない。

 

 

 ギャーギャーと騒がしくなる男達。

 目を覚まし、のそりと体を起こしてそれを眺めていたリンが、ため息をつく。

 

「……フー、ランファン」

「何ですカ、若」

「あいつらに向けられてた凶器が、ニコ・ロビンのお陰で矛先を変えられた………その結果、おれ達の命も救われちまったわけダ」

 

 鋭い目で虚空を見つめ、瞳の奥に炎を燃やすリンがそう呟くと、フーとランファンの眼にも火が灯る。

 為す術なく叩き伏せられた屈辱、命を救われておきながら何もできずにいる無念、それらに対する感情が激しく燃え盛っていた。

 

「もっペン暴れようゼ…!!! 何もかも負んぶに抱っこじゃ、格好なんてつくはずもないだロ!!!」

「「御意ニ」」

 

 にやり、と獰猛な笑みを浮かべるリンに、フーとランファンは一切の否定を返さず、深々と首を垂れる。

 リンは配下の応答に満足げに頷き、騒がしいままのナミ達を見つめた。

 

「……あいつらの船長、羨ましいナ……」

 

 姿の見えない麦わら帽子の男の顔を思い出し、リンは羨望に満ちた呟きをこぼした。

 

⚓️

 

 ガタガタガタ…!と、窓ガラスが揺れる。

 今にも割られそうなほどに揺れるそれを見て、ガーフィールが悩ましげな声を漏らす。

 

「あらあら…どんどん風が強くなってきたわねェ〜………戸締りちゃんとしとかなくちゃ。エレノアちゃんも! お友達の事が心配だろうけど、いまはもう外にでちゃダメよォ?」

 

 雨戸を閉める前に、友人に大人しくしているように告げる。

 だが、いつまでたってもエレノアからの返事はなく、しんと自宅兼工房は静まり返っている。

 嫌な予感がしたガーフィールは、自宅のあちこちを探し回る。

 

「…………エレノアちゃん? エレノアちゃん!!?」

 

 しかし、どこにも傷だらけの天使は見当たらない。

 彼が机の上に置かれた「私は行きます。ごめんなさい」と書かれた手紙に気付くのは、もっとずっと後のことであった。

 

 

 

「フ――ッ…フ――ッ……!!!」

 

 歯を食いしばり、口元に血を滲ませ、エレノアは体を引きずり歩く。

 風雨に晒され、激痛に苦しみ、開きかけた傷口から血が零れ落ちるのも構わず、ひたすら前を目指して歩き続ける。

 

「行か……なきゃ………みんなの……所に…」

 

 ゲホッ、と血を吐きながらも、彼女は歩みを止めない。

 自らがどうなろうとも、彼らの元に向かわなければならないと、エレノアは自身を奮い立たせる。

 

「私が…!!! あいつらを守らなきゃ…!!!」

 

 エレノアの胸中にあるのは、強烈な後悔と責任感だった。

 長く共にいた筈なのに、仁義を欠いて離れようとしたことへの悔恨が、彼女を突き動かしていた。

 

 ―――ごめん…みんな、ごめん…!!!

    見捨てようとして………逃げようとして!!!

    勝手な理由をつけて、言い訳をして……あんた達を見殺しにしようとした…!!!

    ごめん………ごめんね…!!!

    どう謝ったって…何度謝ったって足りないと思う………でも!!!

 

 体の節々が痛い。車椅子の時間が続き、鈍った身体が悲鳴をあげる。

 体が痛みを訴え、今すぐに止まれと危険信号を送る。しかしそれでも、エレノアは一歩も歩みを止めなかった。

 

 ―――いま助けるから…!!!

    今……必ずあんた達のところに行くから………!!!

 

 必ず助ける、その想いだけで仲間達の元を目指す。

 やがて、煌々と燃え盛るガレーラの本社が見え始め、より一層の焦燥に駆られた時だった。

 

「……おや、こんな夜に一人お出かけとは……」

 

 ぴたり、とそれまで止まる事のなかったエレノアの歩みが、凍り付いたように止まる。

 不意に聞こえた、その声。敵意などまるで感じないのに、なぜか背筋に震えを走らせる異様な気配が、エレノアの身体を強張らせる。

 

「夜道に君のように可憐な少女が出歩くのは、ずいぶん危なく思うぞ………………〝妖術師〟殿」

 

 ゆっくりと、声がした方に振り向いたエレノアが目にしたものは。

 自分の目前に迫る、鈍い銀色の閃光だった。

 

 

 

「エレノアさン…‼︎ エレノアさ〜ン!!! どこ行っちゃったんですカ…!!?」

 

 メイは駆け足で、曇天の夜道を走っていた。

 ガーフィールに頼まれ、姿を消したエレノアを探し、相棒のシャオメイと共に町を駆け回っていた。

 

「シャオメイ、匂いで追えませんカ…⁉︎」

「……‼︎ …!!!」

「そうですカ………一体、どこに…ムム⁇」

 

 早く探し出さなければ、容体がまた酷くなってしまう。その前に探し出さなければ、と辺りをきょろきょろと見渡していた時だった。

 

 暗闇の中に一人佇む、軍服を着た初老の男性に気付いたのは。

 

「あ…あなたハ…!!!」

「…おや、こんな夜更けに出歩く不肖の娘がもう一人……最近の若者には困ったものだ」

 

 新聞で何度か見た事のある、世界政府における巨大戦力の顔。

 海軍本部〝大総統〟ブラッドレイ・キング―――そのような大物が、何故目の前にいるのか。

 

 戦慄の表情で立ち尽くしていたメイは、やがて気づく。

 ブラッドレイの足元に倒れ伏す―――さらなる重傷を負った白虎の天使に。

 

「エ……エレノアさン…!!!」

「おや、見られてしまったか……できるだけ穏便に事を済ませたかったんだが、思った以上に抵抗されてしまってね。ついつい手が出てしまった…………歳はとりたくないものだ」

 

 血濡れの少女を足元に転がし、ブラッドレイはやれやれと肩を竦める。

 その様が、恩人を足蹴にされ踏み躙られているように見えて、メイの頭にカッと血が昇った。

 

「エレノアさンから離れなさイ!!!」

「やれやれ…血の気が多い娘だ」

 

 苦無を取り出し、投げ放とうとしたメイだが、放つ直前にブラッドレイの姿がまるで幻のように掻き消え。

 

 次の瞬間、体中から鮮血を噴き出させたメイが、声もなく地面に落下した。

 

「生き急ぐなよ、若者よ………君達にはまだ、大きな利用価値があるのだから」

 

 冷たい眼差しで少女を見下ろすブラッドレイ。

 彼の放つ凄まじい覇気を前に、メイに縋りつくシャオメイはガタガタと震える他になかった。

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