ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「ふぬァ!!!」
ズシン、と地面に降り立ったリンは、すぐさま走る。
後ろから追いかけてくるフーを放置し、麦わら帽子が覗く建物を目指す。
「麦わら――――!!!!」
「い…いてょめ⁉︎ うひろにいんのか!!?」
力いっぱい叫び、青年の注意を引く。
すると、ルフィははっと目を見開き、ずりずりと何とか顔だけ振り向かせる。
「いやーおい、聞いてくれよしかしー‼︎ あのハトの奴に飛ばはれてよー、ほのまま飛んれコレがうめーコトにここに…‼︎」
「ふざけてんじゃねェぞ、こんな時に!!!! お前がグズグズしてる間に、ニコ・ロビンが連れてかれてんだよ!!!」
困り顔でそう語るルフィに、リンが激昂し声を張り上げる。
傍からは不真面目にしか見えない青年の態度に、ギリッと歯を食いしばったリンが、鋭い目を開いて彼を睨みつける。
「ロビンはお前達のために…!!! 死ぬつもりなんだよ!!!」
轟音と共に、水飛沫が降りかかる嵐の中、男の叫びが負けじと響き渡る。
ルフィはリンの慟哭じみたその声を、ただじっと静かに聞いていた。
「自分一人犠牲になってあいつは!!! お前達を政府の攻撃から守ったんだ!!! 自分がどうなるかも全部わかって!!! …なのにお前は…!!! こんな所で何やってんだ!!!」
ルフィを凝視するリンの表情は、どこか泣きたそうに見える。
多大な恩を受けておきながら、このままでは何一つ借りを返すこともできないかもしれないという事実に、彼の胸は悲鳴をあげていた。
「仲間は誰一人渡さねェんじゃねェのか!!? 海賊王!!!!」
ルフィは目を見開き、何も言葉を発せなくなる。
リンが大きく肩を上下させ、歯を食いしばる様をしばらくの間見下ろし、やがて口を開いた。
「じゃあやっぱりロビンは……………ウソついてたのか…‼︎」
「そうだ!!!」
「よかった…!!!」
にやり、と笑みを浮かべるルフィ。
船長の闘志に再び火が灯ったことを確認したリンは、腰から険を抜き、ルフィを挟んでいる建物に向けて構える。
「下を斬る…!!! あとは自分で抜け出せ!!!」
「おう!!!」
身構えるリンの上で、ルフィも脱出のために力を溜める。
二人の青年達が動き出した時、別の場所では三人の男女が言い争っていた。
「抜けねェよ‼︎ どうやって入ったんだ!!? ゾロ!!!」
「いてェ‼︎ いでででちぎれる!!!」
「くそっ…………大波はもうそこまで来てるというのニ………!!!」
ぐいぐいと、煙突の穴から飛び出した足を引っ張るチョッパーとランファン。
しかし相当きっちりはまっているのか、まるで抜ける様子がない。
その時、痛みを訴えていたゾロが何かに気付き、訝しげな声を上げた。
「お前ちょっと待て、もしかして〝鬼徹〟持ってんじゃねェか…?」
「ン? これカ?」
「何でわかったんだ⁉︎」
「わかるんだ、そいつだけは…‼︎ 妖刀だから。持っててくれたのか、ありがとう。それを手に持たせろ‼︎ 急げ!!!」
ランファンは驚きで目を見開きつつ、背にしていた刀を鞘から抜いて手渡す。
柄の感触を確かめたゾロは、キッと煙突の内部を睨みつける。
そしてついに、〝それ〟はやって来た。
「ああ…‼︎ もうダメだ、間に合わねェ!!!」
「高い場所へ登れ―――――!!! もっと高い場所へ――!!!」
「早く逃げなァ〜〜〜!!!」
「ルフィ‼︎ ゾロ‼︎ チョッパー‼︎ リン‼︎」
ゴゴゴ……と轟音とともに近付いてくる、黒い影
巨大な姿でやって来て、あらゆるものを呑み込んで引き摺り込んでしまう災害。
ウォーターセブンの住民達が恐れる悪魔が、その姿を現した。
「アクア・ラグナだァ〜〜〜〜!!!!」
見上げるほどの高さと広さを見せつける、見た事がないほどの規模の高潮。
嵐で翳った街を、さらなる闇で覆い隠そうとするようなそれが、目の前に広がる。
あまりの規模に、恐ろしさに絶句するナミの前で、彼らは動いた。
「おおおおおおお!!!〝
「ああああああああ!!!!」
気合いの咆哮を上げ、漆黒に染まった刃を振りかぶるリン。
その一撃は風を斬り、剣圧によって真空の刃と化し、強烈な一撃となって建物の根元に食らいつく。
斬、と。一撃を受けた建物がすっぱりと切り裂かれ、微かに空中に浮かび上がる。
その瞬間を見逃さず、ルフィは左右の両手足を広げ、壁を押し退けた。
ゾロもまた、煙突の中にはまったまま刀を構え、気合を込めていく。
その前に、姿の見えないチョッパーとランファンに向けて吠える。
「離れてろ‼︎ てめェら―――‼︎」
「うん!!!」
「わかっタ‼︎」
「〝一刀流〟…〝三十六煩悩鳳〟!!!!」
ぐっ、と腕に力を籠め、真下に向けて飛ぶ斬撃を放つ。
煙突は真っ二つに叩き切られ、瓦礫がバラバラと飛び散る。その中で、ゾロはフッと安堵の笑みを浮かべる。
そこに迫る高潮に、やがてルフィ達は気づきすぐさま移動に移る。
「行くぞリンー!!!」
「おっシャ!!!」
「若‼︎ 小僧‼︎ 急ゲ!!!」
「な…何だコリャ…」
「〝ランブル〟‼︎〝飛力強化〟!!! 捕まって‼︎」
「うおっ‼︎」
「自分で跳べル!!!」
驚愕し、焦燥を表し、迫り来る災害から逃れるために町の上を跳ぶ。
ひたすらに走り、高い位置にある橋の上を目指しす。
「まだだ!!! まだアレは迫ってくるぞォ!!!」
彼らはなんとか橋の上まで辿り着き、全員で安堵の表情を浮かべる、が。
次の瞬間、波は橋の上にまで届き、粉砕しながら、ルフィ達を纏めて呑み込んでしまった。
「麦わら達が!!!」
「アクア・ラグナにのまれたァ!!!!」
「嘘でしょ……⁉ ルフィ~~!!!」
信じがたい光景に、町の住民達やナミは目を見開き、口元を覆って言葉をなくす。災害に人が飲み込まれる悪夢のような光景に、全員恐怖に呑まれていた。
「いや、あれ見ろ‼︎」
「あっ!!!」
しかし住民達は、残った橋の上に立つ人影に気付く。
歯を食いしばったパウリーが、腕に十本近いロープを巻き付け、海中に向けて伸ばし踏ん張っている。
ぐっ、と彼が力を込めると、渦の中からルフィ達が釣り上げられてきた。
「っぶほ――っ!!!」
「アギャ‼︎」「ぐえっ⁉︎」「うっ‼︎」「く…」「ぬゥ‼︎」
六人で盛大に橋の上を転がり、呻き声を上げる。
すぐさま我に返ったルフィ達は、息ができる事に気付いてまた安堵の息を吐く。
「助かっ…」
だが、高潮の追跡はまだ終わらなかった。
残った橋の一部をも破壊し、自らから逃げ延びようとするルフィ達を捕らえようと、激流の手を伸ばしてきていた。
「うぅおあああ!!!」
「まだだ‼︎ 造船島へ走れェ!!!」
「急げ――!!!」
「大橋が崩れるぞォ!!!」
必死に声を張り上げ、走るルフィ達。
彼らが陸地に辿り着いた直後、凄まじい轟音と共に、一際強烈な大波が端に叩きつけられた。
「考えられねェ…ここは造船島だぞ…!!!」
「ここにいてもヤバそうだ………!!!」
ゴウゴウと渦を巻く海を見つめ、住民達がごくりと息を呑む。
毎年訪れていたこれまでの高潮を遥かに超える規模に、現実かどうかを疑い始めている。
「……無茶しやがって………‼︎」
「ありがと、助かったよロープのやつ〜〜〜〜〜」
悪態をつくパウリーに、ルフィが大きな声で礼を言う。
五体満足で船長が生きている事に安心しながら、ナミはもう一度海を見やり、ぶるりと身を震わせる。
「びっくりした、あれがアクア・ラグナ………!!! …まだ震えが止まらない…‼︎」
「……これが毎年来てたら、この島はとっくに無くなってるよ。今年のは特別だ……!!!」
気丈に振る舞いながら、緊迫した様子を見せるパウリー。
絶句する彼らのもとに、酒瓶を口に傾けるココロが歩み寄った。
「ホントに呆れたねおめェら、よく助かったもんら‼︎」
「あ! 怪獣のばーさん‼︎ この島にいたのか!」
「当たり前ら! あんな海の真ん中にいたら溺れて死んじまうまうわね、んががががが‼︎」
「海賊にーちゃんすごーい‼︎」
「ニャーニャー」
驚いた様子を見せるルフィに、呆れるような、感心するような、意味深な言葉をかけるココロ。
その傍で、ゾロが自分の顔面にしがみつくチョッパーを引き剥がしていた。
「ぶはっ‼︎ 窒息させる気か!!!」
「こいツ…しがみついたまま気絶してるゾ」
「…何にせよ助かった、ありが――」
泡を吹いて意識を手放しているチョッパーに呆れつつ、命の恩人であるランファンに礼を言いかけるゾロ。
しかし一度振り向き、その顔を見たゾロは、ぎょっと驚愕で目を見開いた。
「………お前、女だったのか」
「⁉︎ しまっタ、面が…!!!」
ゾロに指摘され、慌てて顔を隠そうとするランファン。
しかし、海に流されてしまったのかどこにも見当たらず、恥ずかしそうに俯く事しかできないでいる。
それを見たフーも、素顔のままで険しい表情で頷く。
「あの大波ゆエ……致し方あるまイ。わしもこの通りダ」
「あれ⁉︎ そういやゾロ、お前まで何で波に追われてたんだ? 下の町にいたのか?」
「! ………………いや…別に」
「煙突に刺さっていたのダ、この男ハ」
不思議そうに問うルフィに、恥ずかしさから言いよどむゾロ。
そこへフードで顔を隠したランファンが遠慮なく告げ、ゾロに一味の視線が集まった。
「煙突にささってたってお前っ!!! あっはっはっはっはっ、ゾロはマヌケだな〜どうやったらそんな事に」
「人を笑える立場かあんたが!!! どっちも大マヌケよ!!!」
ゲラゲラ笑うルフィだが、建物の間に挟まっていたルフィが言えた義理ではない。ナミが怒りの声を上げるも、笑うばかりでまるで堪えていなかった。
「あ……じゃあサンジとウ……………サンジは⁉︎ エレノアは⁉」
「そうね、話す事は色々あるわ、ゾロも聞いて」
ひとしきり笑って落ち着いたのか、ハッとルフィが仲間達に問いかける。
雰囲気を切り替えたナミは表情を引き締め、ルフィ達にアイスバーグから教えられた真実を語った。
そして、聞き終えるや否や、ルフィは拳を掌に当ててやる気をあらわにする。
「考える事は何もねェじゃねェか、すぐ船出して追いかけよう!!!」
「――――それ以外ねェな」
「もとよりこっちはそのつもりだったヨ」
ルフィの宣言に、ゾロとリンも頷く。
相手が何で、どれだけ困難であるかわかった上で、彼らは立ち向かう事を心に決めていた。
「おい! ロープのやつ、船貸してくれよ‼︎ いや、船より〝海列車〟はもう出ねェのか⁉︎」
「………〝海列車〟ってのはこの世にパッフィング・トム一台きりだ。かつていた伝説の船大工のチームが、力を合わせてこそ完成したあれは奇跡の船なんだ」
少なくとも速さではこれ以上のものはないと、パウリーは厳しい視線で否定する。
ルフィは諦めず、船大工達全員に向けて尋ねる。
「じゃ船貸してくれ、この町で一番強くて速ェ船‼︎」
「いい加減にしろてめェら!!! たった今海で何を見た!!?」
「そうだぞ、今、海に出られるわけねェだろ‼︎」
「バカか!!!」
無謀な事をのたまうルフィに、船大工達全員から怒号が飛んでくる。
毎年来る高潮にも耐えてきたはずの町が、今年に限って想定以上の被害を被っている。
例年通りにはいかない状況なのに、自ら死にに行こうとしているに等しい彼らを生かせる気にはなれなかった。
「朝まで待て。嵐が過ぎたら船くらい貸してやる」
「――もし朝まで待ったとして、私達の目的は果たされるの⁉︎」
宥めようとするパウリーに、不意にナミが口を挟む。
厳しい表情で仁王立ちした彼女は、同じく険しい表情で黙り込むパウリーを睨みつけ、告げる。
「エニエス・ロビーって私…知ってるわ。政府の島だと聞いて思い出したの、そこは正義の門がある場所じゃないの⁉︎」
「?」
「何だそりゃァ」
「政府所有の〝司法の島〟エニエス・ロビー、そこにあるのは名ばかりの裁判所…!!!」
そこへ連行される事こそが罪人の証とされ、海軍の領域である〝正義の門〟まで連れていかれる。
その先にあるのは〝海軍本部〟、〝インペルダウン〟。逃げ場など、そこへ行った時点でなくなってしまうのだ。
ナミのその言葉に、パウリーの否定の言葉はなかった。
「賞金首のロビンにとってはどこへ運ばれようと、その先は地獄よ!!! こうしてる今もロビンは刻々と〝正義の門〟へ近づいて行ってるのに!!! 朝までなんて待てるわけないじゃないっ!!!!」
「――そこまでわかってんなら一つ教えとくが…」
パウリーは激昂し叫ぶナミを睨み、厳しい声で語り出す。
荒ぶる女を落ち着かせるため、というよりも、聞き分けのない子供打当層に諭すような、そんな苛立った雰囲気がある。
「例えば海が今、平穏でお前らが船を出せたとしても、そこへ行くべきじゃねェ。お前ら自身海賊だって事を忘れるな」
パウリーはさらに語る。エニエス・ロビーに挑む海賊は一人もいないと。
世界の中枢に近い場所であり、海軍の最大戦力の入り口がある場所でもあるそこに手を出せば、どうなるかは誰もが知っているからだと。
「お前ら『世界政府』の中枢にケンカでも売る気か!!!」
男の咆哮に、ルフィは黙って立ち上がる。
ぎろりと船大工達を睨みつけ、ぐっと拳を構え、凄まじいまでの気迫を放ってみせる。
「じゃあ船は、奪っていく!!! おれ達は今、海へ出る!!!」
その瞬間、どばぁっ!と大きな波が地面に打ち付け、飛沫と轟音が撒き散らされる。
まるで海が怒りを表すかのような凄まじい音に、船大工達は慄き、チムニーとゴンベはギョッと後退る。
「仲間が待ってんだ!!!! 邪魔すんなァ!!!!」
一歩たりとも引く気を見せないルフィ。ゾロ達も同じく、力尽くでこの先へ向かう姿勢を見せる。
パウリーはちっと舌打ちし、ロープを手に前に踏み出した。
「いいぜ、相手になってやる」
「パウリーさんっ!!!」
「待ちなおめェらァ!!!」
一触即発の雰囲気になりかけた時、突如ココロが声を張り上げる。
ハッと振り向いたルフィ達に、ココロは酒を喉に流し込みながらため息交じりに口を開く。
「悪ィのはおめェら麦わらァ、パウリーの言う通りらバカたれ…」
「うるせェな、ばーさんには…」
「『関係ない』な、あァ…まァ聞きな…まったくおめェら放っときゃ死ぬ気らね。いいかい、あのアクア・ラグナを乗り越える船がこの世に存在するとしたら、伝説の男が作った〝海列車〟だけら…」
「だけどそれは今ここにねェから、おれ達は船で…」
ここで待っている暇はない、今すぐにでも仲間を助けに行きたいと逸るルフィ達に、ココロは背を向ける。
一度振り向き、ココロは驚愕の一言をルフィ達に放った。
「死ぬ覚悟があるんなら…ついてきな。出してやるよ〝海列車〟」