ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第195話〝暴走海列車〟

 豪雨が降り注ぐ、荒海のど真ん中。

 ゆらゆらと揺蕩うレールを手繰り走る海列車の客室の中で、その戦いは行われていた。

 

「〝首肉フリット〟!!!!」

 

 首を狙った蹴りを喰らい、黒服の男が吹き飛ばされる。

 すたっ、と静かに直立の姿勢に戻った彼を目の当たりにして、床に横たわっていたウソップが驚きの目を向ける。

 

「サンジ‼︎ お前が何で〝海列車〟にいるんだ!!?」

「そりゃあ………こっちが聞きてェよ、そこの…あー、名前など存じませんが、そこのキミ」

「わっざとらしいなてめーコノ」

 

 盛大に言い争って出ていった青年に対し、しらっと素知らぬ顔を見せるサンジ。

 その様子を見ていたフランキーとグリードは、驚愕の顔から徐々に納得の表情に変わっていった。

 

「お前ら…つまり海賊仲間か……」

「「元な」」

 

 お互い意地があるため、サンジもウソップも親しい様子は見せない。

 サンジは見慣れない二人の男達に、訝し気に眉を顰める。

 

「誰だてめェらは」

「おれ達ァウォーターセブンの裏の顔‼︎〝解体屋〟フランキーとグリードだ」

 

 縛られたまま、険しい表情で体を起こし、名乗るフランキー。

 後、彼らの顔面に強烈な蹴撃が叩き込まれた。

 

「てめェがフランキーか!!! クソ野郎共!!! よくもあん時ゃウチの長っ鼻をえらい目に!!! 何枚にオロされてェんだコラァ!!!」

「いやいやちょっと待て‼︎ あれから色々あったんだ!!! こいつらは一時メリー号を助けてくれたし」

「てんめェ〜!!! この縄解けたら憶えてろォ!!?」

「グフッ…たいした蹴りしやがるじゃねェか…!!!」

 

 端から血を流し、倒れ込むフランキー達に怒鳴りつけるサンジ。

 仲間割れのきっかけになったという印象があり、最悪な初対面となった彼をウソップが止めようとする。

 

「そうだ…メリー号は………!!!」

 

 しかし、助けられた大事な船が迎えた結末を思い出してしまったウソップは、しゅんと表情を翳らせ俯いてしまう。

 一体何事か、と振り向くサンジに、フランキーが待ったをかけた。

 

「おいおい待て、今しんみりしてる時か。とにかくお兄ちゃん頼む、縄を解いてくれ」

「誰がてめェの縄を解くか、一生捕まってろタコ」

「てんめェ人が下手に出てりゃいい気になりやがって」

「落ち着け兄弟‼︎ メンチ切ってる場合じゃねェ‼︎」

「おいてめェらやめろってのに‼︎ グズグズしてたら、見つかっちまうだろうがァ!!!」

 

 三人の言い争いを止めようと、ウソップが状況も忘れて力の限り叫んでしまう。

 列車の最後尾から響き渡るその声に、各車両に控える何十人もの戦士達が、その身に気迫を纏い始めた。

 

⚓️

 

 風雨が吹き荒れる中を、ココロを先頭とした一団が歩く。

 ウォーターセブンの住民達も近づかない寂れた場所、その先の錆びた扉のもとを、数人で訪れる。

 

「この倉庫は8年も放置されてる。海列車に至っちゃ12年以上手つかずら、もう動かねェかも知れねェな、んががが」

「おい、それじゃ困るぞ!!!」

「正面の扉にも鍵がかかって…ん? 何ら開いてるねェ」

 

 ガチャガチャと鍵を回そうとしたココロだが、扉はすぐに開いてしまう。

 不思議に思いながらも、ココロは重い扉を開けて、もう随分使われていない明かりを点ける。

 

 そして、光に照らされたものを見て、ルフィ達は目を見開いた。

 

「うおー!!! ………‼︎ あった!!! かっこいいぞ――!!!」

「言っとくまともなモンじゃねェよ!」

 

 そこには確かに、〝海列車〟があった。

 今まさに海を走っているものと全く同じ形状で、先頭に鮫の顔が取り付けられた鋼の船。

 長く封印されていたその車体を前に、ココロはにやりと笑みを浮かべる。

 

「こいつの名は『ロケットマン』。とても客など乗せられねェ〝暴走海列車〟ら」

「〝暴走海列車〟⁉︎」

「サメのヘッドは洒落でつけてあんらがね」

「速そ〜〜〜!!!」

 

 少年心をくすぐる列車を前に、ルフィとチョッパー、リンが目を輝かせる。

 何やら不穏な単語が聞こえた気がしたが、二人ともまったく気にしていなかった。

 

 その時一味は、列車の運転席から降りてくる、二つの人影に気付いた。

 

「あれ⁉︎ アイスのおっさん!!! ビルのおっさんも!!!」

「麦わら…よく無事だったな………海賊娘の言った通りだ」

「……ココロさんが連れてきたのかい」

 

 先頭にいるココロを見て、フッと笑うアイスバーグとヴィルヘルム。

 ココロもまた、頭に痛々しく包帯を巻いたまま、工具箱を手にしているアイスバーグ達を見つめる。

 

「命はあったようらね、アイスバーグ。おめーここれ何してんらい…?」

「……ここにいるって事は…あんたと同じ事を考えたのさ――バカは放っとけねェもんだ」

「んががが」

 

 考える事は皆同じか、と笑うココロに、アイスバーグ達も肩を竦める。

 二人はルフィ達に目を向け、唸るような音を立てる海列車に向けて顎をしゃくる。

 

「使え。整備は済んだ…水も石炭も積んで今蒸気をためてる」

「おっさん準備しててくれたのかー」

「喜ぶのは生きてられてからにしなさい。この『ロケットマン』は『パッフィング・トム』完成以前の〝失敗作〟なんだ。どう調整しても蒸気機関がスピードを抑えられず暴走するんだ、命の保証などできないよ」

「ああ!!! ありがとう、アイスのおっさん!!!」

 

 触れる事すら憚られるような代物に、苦笑交じりで、本気で乗るのかと視線で問うアイスバーグ達。

 しかしルフィは全く臆する事なく頷き、拳を掌に打ち付ける。

 

「よ――し‼︎ 行くぞお前ら、乗れー‼︎ ばーさん、ナミが来たらすぐ出してくれ!!!」

 

 やる気いっぱいに、初乗車となる海列車に乗り込もうとするルフィ。

 しかし、タラップに足を乗せた直後、彼はふらふらとその場にへたり込んでしまった。

 

「ルフィ大丈夫か⁉︎ さっきから足元ふらふらしてるぞ」

「血を流しすぎたんだろ」

「あァ、ちょっとうまく力が出ねェ……肉でもあれば………」

 

 ロブ・ルッチとの戦いで受けた腹の傷を押さえ、顔をしかめるルフィ。

 傷自体は気合いで塞いでいるが、体力は浪費されたまま回復していない。このまま戦いに赴くのは、流石に心許なかった。

 

「急いで、こっち‼︎」

「この辺で食べたらいいじゃないか」

「私がそんなに食べるか!!! ごめん遅くなった‼︎」

 

 すると、入口の方からわーわーと、ナミを筆頭とした数人の駅員達がやってくる。

 何やら荷車を引き、荷台に大量に何かを積んで向かってくる彼らに、ルフィは思わず怒りの声を上げる。

 

「ナミ‼︎ おい何やってんだお前‼︎ 早く乗れバカヤロー!!!」

「わっ、すごい。これも〝海列車〟!!?」

「どこ行ってたんだ‼︎ 時間がねェっつったの誰だよ‼︎ その荷物何だ⁉︎」

「この非常時ニ…!!!」

 

 リンも同じく、勝手に行動した彼女に対し苛立つ様子を見せる。

 ナミは然して気にした様子も見せず、荷車を覆っていた布を取り払う。

 

「肉とお酒」

「文句言ってごめんなさい!!!」

「ご相伴に預かりまス!!!」

 

 ルフィとリンは即座に謝罪し、積まれた食料をばくばくと片っ端から平らげる。ゾロも乗っていた酒に手を伸ばし、目を輝かせながら喉に流し込む。

 

 そこでふと、辺りを見渡していたナミが、困惑気味に声を漏らした。

 

「ところで…エレノアは来てないの⁉︎」

「あ」

「そういえば、全く姿を現さねェな………」

「来てないならそれはそれでいいのよ。今のあいつが一緒に来たって…………正直戦力になるとは思えないし」

 

 一味に起きた騒動に、真っ先に駆けつけていてもおかしくないはずの天使。

 全く見当たらない事を訝しく思いながら、その事にナミはホッと安堵の息をついていた。

 

「……世話になってるって奴に止められてんだろ。来てねェなら逆に好都合だ。あいつはここに置いて先に………」

「――連れて行かれましタ!!!」

 

 待つ必要はない、とゾロが酒瓶を抱えて列車に乗り込もうとした時。

 海列車を格納する空間に、突如現れた少女の、悲痛な叫び声が木霊する。

 

 振り向いたナミは、見覚えのある顔にハッと息を呑んだ。

 

「あんた…あの時の」

「チャン・メイ!!!」

 

 肩を上下させ、衣服に血を滲ませた少女は、今にも泣き出しそうな表情でルフィ達を凝視する。

 困惑するルフィ達とは真逆に、リンとフー達は少女・メイの姿を目に捉えた瞬間、得物に手をかけ身構えていた。

 

「………こんな所デ、こんな状況でチャン家の皇女様に遭うとハ、神様ってのは嫌がらせの天才か何かなのかネェ」

 

 腰に下げた刀に触れつつ、細めていた目をわずかに開けるリン。

 その場にいた全員が、彼らの間に走る緊張感に気付き、口を閉ざさるを得なくなる。

 

「チャン家の跡継ぎガ、〝妖術師〟と共に居たという事ハ………狙いは我々と同じく〝賢者の石〟カ」

「よくもおめおめト、政敵である我らの前に出て来れたものだナ…‼」

「…? お前ら、知り合いなのか?」

「人の国の事情ダ、口を挟むナ」

「何だってんだ、お前らはよ!!!」

 

 ゾロが問うも、殺気を放つランファンに拒否され、つい苛立ちの声を上げる。

 怒るゾロに誰も注目せず、リン達は鋭い目で凝視してくるメイを睨み返す。

 

「チャン家の小娘メ…この非常時に一体何の用デ………!!!」

「エレノアさンは……!!! 連れて行かれましタ!!! ブラッドレイ・キング…………海軍大総統ニ!!!!」

 

 因縁を滲ませる彼らの警戒を無視し、涙を流してメイが叫ぶ。

 リン達は彼女の告白にぎょっと目を見開き、武器を握る手からフッと力を抜いていく。

 

「ブラッドレイって…………あのおじいちゃんに⁉︎」

「ごめんなさイ…!!! 止めようとしたけド、手も足も出なくテ………!!!」

 

 がくっ、とその場に膝をつき、痛々しい慟哭の声を上げるメイ。

 ナミは仲間がここに現れない理由を知り、どうしてもっと考えなかったのかと、悔しげに顔を歪め、掌に爪を食いこませる。

 

「もしあなた達がエニエス・ロビーに行くなラ!!! どうか私も連れてってくださイ!!! 必ず役に立ちまス!!! 恩人ヲ…!!! 助けたいんでス!!!!」

「……取り返すモンが増えたな」

「オイオイ、こいつも連れていくのかイ⁉」

「人では多い方がいいだろ、事情は知らんが諦めろ」

 

 深々と頭を下げるメイを見下ろし、荒い息をつくゾロの呟きに、リンが抗議じみた声を上げる。

 しかし即座に一蹴されてしまい、彼は渋々引き下がる他になかった。

 

「麦わらァ〜!!!」

 

 さらにそこに木霊する、どたどたと喧しい足音に男の声。

 見れば、全身傷だらけになった数十人の集団、フランキー一家とグリードファミリーが、必死の形相で駆け込んでくる姿があった。

 

「頼む!!! おれ達も連れてってくれェ!!!! エニエス・ロビーへ行くってガレーラの奴らに聞いた!!! アニキ達が政府に連行されちまったんだ!!! 追いかけてェけど…アクア・ラグナを越えられねェ!!!!」

 

 口を開いた瞬間、どばっ、と滝のような涙を流す一家の一人、ザンバイ。

 他の者達も同じく、悔し気に歯を食いしばる様が続き、運転席から顔を出したココロが声をかける。

 

「相手は世界政府らよ」

「誰だろうと構うかァ!!!」

「アニキ達を取り戻すんだ!!!」

「おれ達はアニキ達の為なら命だって惜しくねェよ!!!」

「頼むよ!!!」

「冗談じゃないわ!!! あんた達が今まで私達に何をしたかわかってんの!!?」

「恥をしのんで頼んでる!!! アニキ達を助けてェんだ!!!」

 

 懇願する一家とファミリーに、ナミは全力で拒絶の声を上げる。

 一味の亀裂の原因であり、仲間に手を出した乱暴者達の願いなど、何の見返りもなく受け入れられるはずがない。

 

 それでもと、深々と頭を下げるザンバイの前に、ルフィが仁王立ちして告げる。

 

「乗れ!!!! 急げ!!!」

 

 迷うことなく、一家とファミリーを受け入れるルフィ。

 彼の言葉に、悲痛に歪んでいた彼らの表情がパッと明るくなった。

 

「麦わらァ………!!!」

「ちょっとルフィ!!!」

「ま、いいよ」

「すまねェっ!!! 恩にきる!!!!」

 

 ガンッ、と地面に額をぶつけ、心の底からの感謝を伝えるザンバイ。

 

 ナミが抗議の声を上げるが、ルフィはにこにこと笑いまったく気にしない。

 呆れて大きなため息をつくナミの肩を、ランファンが同乗し肩を叩いていやっていた。

 

「でも、その車両じゃなくていいんだ‼︎ おれ達ァ、おめェらに合わせて『キングブル』で海へ飛び出すからよ‼︎ 車両の後ろにつかまらせてくれればいいんだ!!! よろしく頼む!!! じゃ、後で!!!」

「はイ‼ では後デ!!!」

「何故お前が仕切るんダ…⁉」

「ムオオオオオ!!! 行くぞお前らァ!!!」

「待っててくれよ、グリードさァん!!!」

 

 参戦へのお許しが出た事を喜び、準備のためにかけていくフランキー一家とグリードファミリー。

 その背中を見送ってから、ココロは運転に意識を戻した。

 

「んがががが、ほいじゃ行こうか」

 

 気づけば、海列車からは蒸気が噴き出す音が聞こえてくる。

 アイスバーグとヴィルヘルムが準備し、ココロが運転する最速の船が、今数十年の時を経て、再び走り出す時を迎えていた。

 

「さァ海賊共、ふり落とされんじゃらいよ!!! ウォーターセブン発エニエス・ロビー行き〝暴走海列車〟『ロケットマン』‼︎」

「よし!!! 出航!!!」

 

 ガコン……と、車輪が回り、車体が前へと進みだす。

 開かれた扉の先に広がる、荒海に向かってゆっくりと、鋼の船が蒸気を噴き上げ動き出した。

 

「行くぞォ!!! 全部奪い返しに!!!!」

 

 ルフィの咆哮に合わせるように。

〝暴走海列車〟『ロケットマン』は、巨大な力に立ち向かう戦士達を乗せて、盛大な汽笛を鳴らしてみせた。

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