ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
ゆっくりとですが、どうぞよろしくお願いします。
第1話〝コビーの夢〟
声が、聞こえる。
大切なものを失うまいと、奪わせまいと必死に呼び止める、〝家族〟の声が。
「…………!」
「……! ……‼︎」
しかしその声は、何かに邪魔をされて声となって届かない。
ひどい雑音のように、くぐもった音としてしか認識できなかった。
「……ァ、エレノア‼︎」
「しっかりしろ、エレノア‼︎ 意識をしっかり持て‼︎」
ぼやけていた意識がようやくはっきりしてくる。
だが自分の身に走る激痛のせいで、再び気を失いそうになるのを必死にこらえるしかなく、返事を返す余裕もない。
ひどい耳鳴りがして、〝家族〟の声もどこか遠く感じてしまう。
「嘘だろ……こんなことがあっていいのかよ⁉︎」
「こんな……こんなバカな……‼︎」
これは、自分で選んだ結末だというのに、まるで我が事のように嘆く声が聞こえてくる。
思わず歯を食いしばり、悔しさに軋ませる。
自分の苦痛のためではない、〝家族〟を悲しませていることに対してだ。
「……くしょう……畜生……‼︎」
―――痛みを伴わない教訓には意義がない。
なぜか、師匠が耳にタコができるほどに言い聞かせてきた言葉が蘇る。
今の状況は、まさに彼の言った通りのことであった。
「
―――人は何かの犠牲無しには、何も得ることなどできないのだから。
失った を押さえながら、彼女は涙を流し続けていた。
「……………………あー、嫌な夢見た」
気だるげな声とともに、エレノアは目を覚ました。
揺れる小船の底で横になっていたせいか、身体中のあちこちが痛くて仕方がない。特に腰が痛くて仕方がなかった。
ずれていたフードをかぶりなおしてから、エレノアは「ん〜」と大きく伸びをした。
「んん……寝覚め最悪」
「おう、起きたかエレノア!」
「おはよ、ルフィ。航路は順調?」
交代で睡眠をとり、変なところに船が行かないように互いに航行していたはずだと思い出しながら、エレノアは尋ねた。
するとルフィは、なんともおかしげな笑顔を見せた。
「いや、それがよ。この船はまず遭難ってことになっちまうな」
「は? また方角間違えたの? しょうがないなぁ……」
海賊を目指しているくせに、航海術に関しての知識を一切持ち合わせていない無鉄砲な船長に呆れながら、エレノアはルフィと場所を交代する。
どれほど予定とずれたか確認しよう、と思ったエレノアだったが。
「…………何これ?」
「いやー悪い悪い。いつのにかこんなことになっててよ」
目の前に広がる光景に、言葉を失う。
航路がずれていたならいい。また修正すればいいのだから。
方角が間違っていたのならいい。小出でも方向を変えればいいのだから。
だが、すぐ目の前に巨大な渦巻きが広がっている光景を目にしたならば、固まってしまっても許されるのではないだろうか。
「いやー、参った参った。あっはっは」
「……最悪だ。全くもって最悪だ」
一艘の船の上で、全く正反対の反応を見せる二人。
天気のいい日が続く東の海のど真ん中で、明るく笑う少年と暗く沈んでいる少女の明暗の差ははっきりくっきりと見えた。
「まさかこんな大渦に巻き込まれるなんてなー。
「……私はあんたに見張りを言っておいたはずなんだけど?」
「悪い、居眠りしてた」
「ぶっ殺してやるこのやろう‼︎」
我慢の限界に達したエレノアが、火山の爆発のごとき勢いで怒鳴りつける。
仮にも船員の命を預かる船長がなんたることか。小一時間説教をかましてやりたいところだったが、生憎そんな暇は彼らには与えられていなかった。
「何をどうしたら渦巻きの中に巻き込まれたりなんかするのさ⁉︎」
「いけると思ったんだけどなー」
命の危機を迎えながら、のほほんとそう言ってくれるルフィの前で、エレノアのどこかからブチッと音がした。
無言のままパチンと手を合わせたエレノアは、にっこりとルフィに向けて笑顔を見せる。
訝しげな表情で首をかしげたルフィの真下に両手を叩きつけると、バチバチとすさまじい青色の閃光が走った。
途端にルフィとエレノアの乗る小舟が形を変え、生き物のように動き出す。まるでルフィを捕らえるように木の板が捲れあがり、驚愕の表情で固まるルフィを包み込んでいく。
ものの数秒で小舟は、真ん中が膨らんだ筒状にーーー一つの樽となって荒波の中に放り出された。
「しばらくその中で反省してなさい!」
「ギャ―――――――‼︎ ごめんなさ――――――い‼︎」
いち早く脱出したエレノアが見下ろす下で、ガタガタと樽の中に閉じ込められたルフィが悲鳴をあげた。
しかし今更謝罪が受け入れられるはずもなく、その上どうしようもなく、ルフィの入った樽は渦巻きの起こした波の中に飲み込まれ、そのまま見えなくなってしまった。
「………フンだ。さすがに面倒見きれないよ」
空中に浮きながら、エレノアは拗ねた様子で渦巻きを見下ろす。
だがしばらくそうしているうちに、エレノアの表情がバツの悪そうなものに変わっていく。
一応樽は隙間無く作ったし、浮力もあるだろうからそのうちどこかに打ち上げられるはずだ。それにあの男の生命力なら、きっと生き延びて冒険を続けるだろう。
「…………」
だがそう考えながら、エレノアはその場からしばらく動かなかった。
未だ轟々と唸りを上げている渦巻きを睨んでいると、やがてあたりの海を見やって何かを考え始めた。
「……この辺りの波の動き、地形、風の動きから見て……」
あらゆる情報をその場で仕入れ、脳内で無数の計算式を積み重ねていく。
そして出来上がった答えを元に、エレノアはやっとその場から動き出し、進行方向を調整した。
「……全く、世話の焼ける船長だよ。本当に」
本気で呆れた声で、エレノアはそう呟くのだった。
数刻後、エレノアはある島の岬に降り立っていた。
そこから見下ろせる場所には、一隻の帆船が停泊している小さな入江があった。
停泊している帆船はそう大きいものではない。しかし、黒い穂にドクロのマークが描かれたそれは、まず無視できないものであった。
「……ドクロの横顔に、ハートマーク。〝金棒〟のアルビダの船か」
賞金首のリストに載っていた情報と照らし合わせ、その船の主人が何者なのかを推測する。
脅威としては大したことはないが、少なくとも一般人にとっては恐るべき存在である。強烈な金棒の一撃は人体を簡単に粉砕し、気に入らないもの、自分に従わないものを容赦無く排除する危険な人物という情報が、エレノアの中にはあった。
他に特筆すべき点といえば、自分のことを絶世の美女と思っていることだろうか。
実際は横にも前にも大きい、いかつい中年の女であるが。
「めんどくさいなー。でも、ルフィが流れ着くとしたらあの辺りなんだよなー」
もし自分の想像通りなら、まず間違いなく面倒臭いことになる。なぜ我が船長は自らトラブルを引っさげてきてしまうのだろうか。
「……ん? あれは…」
唸っていたエレノアは、桟橋の方から大きな樽を転がしてくる眼鏡の少年の姿を見つける。どことなく気弱そうな雰囲気の彼は常にビクビクしながら、見覚えのある酒樽を近くの小屋の中へと運び込んで行ったのだ。
「…………嫌な予感」
思わず呟いた、そのしばし後。
「あ―――――よく寝たぁ―――‼︎」
思いっきり聞き覚えのある声が響き渡り、エレノアは頭を抱えた。
今回に至ってはあの男は悪くない。ただ運と巡り合わせ、そしてタイミングが恐ろしく悪かっただけだ。
「ああもう何やってんのよあのバカ船長‼︎」
「一番イカつい、クソババアです!!!!」
その瞬間、覚悟を決めた男の叫びが響き渡った。
いかつい顔にをそばかすを散らし、まるまると肥えた体で大きな金棒を担いだ東の海の女海賊・アルビダを含め、海賊たちが言葉を失う中、ぶちぶちと嫌な音がその場で鳴る。
「このガキャ―――――!!!」
「うわああああああ‼︎」
言ってはならない言葉でアルビダの怒りを買ったのは、海賊船に不運に乗り込んでしまったドジな少年、コビー。
アルビダに怯え、雑用としてこき使われる毎日だった彼が、タルの中から現れた麦わら帽の青年の言葉を聞いた時、彼の中で何かが変わった。
『ぼくでも…海軍に入れるでしょうか…?』
『ルフィさんとは敵ですけど‼︎ 海軍に入って、えらくなって、悪い奴を取りしまるのが僕の夢なんです!!! 小さい頃からの!!! やれるでしょうか!!?』
海賊王になるという青年―――ルフィの野望を聞き、口をついて出たのはそんな言葉だった。
こんなところで、憎むべき海賊に顎で使われるようでは到底叶うまい、しかしどうしても諦めきれない夢が、少年に〝勇気〟を与えた。
―――僕は正しいことを言ったんだ‼︎
後悔なんてない!!!
「よくやったコビー! そこで見てろ!」
「ルフィさん⁉︎」
コビーの勇気を見届けたルフィが、彼をかばうためにアルビダの前に出る。
ゴム人間ゆえに痛みを感じないがための方法だったが、コビーにとっては身を呈して守ろうとしているようにしか見えない。
怒り狂った女海賊の金棒が、ルフィの頭を粉砕しようと振り下ろされた、その瞬間。
「…まったく、私はこういうのに弱いんだからさぁ」
ガキィィィン‼︎
と、金棒に向かって突き出された小さな足が、重い一撃を受け止めて見せた。
鈍い金属音が響き渡り、ビリビリと空気が振動した。
「あたしの金棒を……⁉︎」
目を見開くアルビダをよそに、ルフィの前に出た小さな足の主・エレノアが呆れた目を向けた。
「おー、エレノア! もう来てたのか!」
「全くあんたってやつは……」
「え? え?」
喜ぶルフィと何が起こったのかわかっていないコビー。
能天気な船長に呆れながら、運よく生き残っていたことに感心する。いつもいつも、たいした悪運の強さである。
エレノアはルフィから視線を外し、視線を右往左往させているコビーに優しい眼差しを向けた。
「君、コビー君、だっけ? 聞いたよ、君の啖呵」
「あっ……ハイ」
「かっこよかったよ、すごく」
「…………‼︎」
慈愛に満ちたエレノアの言葉に、コビーは感極まったかのように目を涙で覆った。
今まで否定され続けた自分の夢が、初めて肯定されたように思えたからだ。
「いきなり出てきたくせに、あたしの邪魔をしてんじゃないよ!!!」
制裁を邪魔された上に無視されたことで怒りが頂点に達したアルビダが、再び一撃をお見舞いしてやろうと金棒を振り上げる。
近づいてくる殺気に反応したエレノアはすぐさま後退し、ルフィと入れ替わるように配置を替える。
「ルフィ!」
「おう!」
前に出たルフィが、後ろに回した腕を振り回す。悪鬼のような形相のアルビダの目前に向けて、真正面から強烈なストレートパンチをお見舞いしてみせた。
ゴムの凄まじい伸縮性を利用した、一撃で巨体の女海賊をノックアウトしてみせる人外のパワーを披露して見せたのだ。
「う、腕が伸びた……⁉︎」
「ば、化け物だ―――‼︎」
船長が一撃でぶっとばされたことにどよめき、おののくアルビダ海賊団の船員たち。
一瞬怯みそうになった海賊たちだったが、頭に手を出されたことで頭に血が上った面々が殺気立ち始めた。
「テメェら――――‼︎」
「あ、アルビダ様をよくも―――‼︎」
手に武器を備え、ルフィたちに襲いかかる手下たち。
コビーが悲鳴をあげる中、勇ましく拳を構えるルフィの前に立ったエレノアが、パン、と両手を合わせて地面に叩きつけた。
「フン」
バシンと青い閃光が走り、地面がボコボコと隆起して拳の形を作り出すと、長く伸びて手下たちに激突し始めた。蛇のようにのたうつ土の塊をまともに受け、海賊たちの意識は一瞬で刈り取られていった。
「ぎゃあああああああああ!!!」
木っ端のように軽々と空中に投げ出され、どさどさと積み上げられていく海賊たち。
ルフィと同じくらいの猛攻を何度も食らった手下たちはなすすべなくぶっ飛ばされ、今度こそ手下たちの心が折れる。
腕が伸びる化け物に、地面を操る化け物。船長すらも敵わない敵を二人も相手にする勇気など、東の海の一海賊である彼らにあるはずもなかった。
「それ以上やるってんなら、悪魔の実を食った能力者とこの私、錬金術師が相手になるよ?」
「………‼︎」
相手が悪いことをようやく理解したのか、エレノアに睨みつけられた下っ端たちは青い顔で後退していく。
そんな彼らに、ルフィは憮然とした態度で指を突きつけた。
「コビーに一隻小船をやれ! こいつは海軍に入るんだ‼︎ 黙って行かせろ」
「ルフィさん…」
感動の涙を流すコビーは、ぐちゃぐちゃの笑顔でそう呟くしかなかった。
「いや〜よかったなぁ、おまえ!」
「は、はい! ……それにしてもあのゴムゴムの実を食べただなんて、驚きました」
ルフィとエレノアに代わって小舟を漕ぐコビーが、恐縮したように答える。
海の秘宝たる悪魔の実を口にしたものは初めて見たので、どうしても珍しいものを見る目になってしまうのだ。
「えっと……エレノア、さん?も何かあるんですよね? さっきの蹴りの時、金属音がしてましたけど」
「ん? あー、まぁ、仕込みみたいなもんかな。詳しい中身は秘密だけど」
興味を向けられたエレノアも律儀に答え、フードの中で微笑む。
詳しい話を聞きたく思ったコビーだったが、エレノアがシーっと人差し指を立てて見つめてくるので追及することはできなかった。
「それで? これからどうするの?」
「おう! それなんだけどさ、これからコビーがいく海軍基地に捕まってるやつってのがさ。すげーやつなんだってさ」
「……ああ、〝海賊狩り〟のゾロか」
近くにある島の話を思い出したエレノアは、納得したように呟く。
聞き耳を立てていれば誰もが震える、東の海でもかなり有名な凶悪な賞金稼ぎの名だ。いい噂は聞かないはずだったが、ルフィはどこか期待するような笑顔でエレノアに告げる。
「いいやつだったら仲間にしようと思って」
「えーっ‼︎ またムチャクチャな事をォーっ!!!」
「いいんじゃない? ぶっ飛んだ船長にぶっ飛んだ仲間。バランス取れてるみたいだしさ」
「あなたも大概ムチャクチャですね!!?」
「ってわけでいくぞ海軍基地ーっ!!!」
「あいあいさー!」
「いやほんとにムリですってムリムリムリ!!!」
楽しげな声と必死な声、悪乗りした声を乗せながら、小舟は次の目的地へと向かう。