ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第19話〝賢者と愚者〟

「そん…な…私達を……だまして………」

 

 呆然自失といった様子で、ロゼが呟く。

 コーネロはさもおかしそうに笑みを浮かべ、聞かれてもいないことをペラペラと語り始めた。

 

「理由はクラハドール君…いや、キャプテン・クロと同じさ。町を襲い、海賊船を沈めて財宝を求める暮らしも嫌いじゃなかったがねェ………もっと簡単に財と名声が手に入る方法を思いついたものでね。そっちに鞍替えしたのさ」

「………たくさんの人を…救ったって……」

「この指輪はね、錬金術という万能の力を自在に使いこなせるようになる魔法の指輪なんだ……私が傷を治したり病を治したりしたのは、これのおかげなんだよ?」

「みんな………あなたを信じて……」

「居心地はよかったですねェ……バカな民衆が何も知らずに私を尊敬しあがめていると思うと正直、笑いをこらえるのが大変でしたよ」

 

 ガクンと、限界を迎えたロゼがその場に膝をつく。

 信じたくない事実を本人から突き付けられ、立っていられる方がおかしかった。

 

「ロゼさん、しっかりして‼」

「こいつはケッサクだ‼ 長年ダマされ続けたお人好しがもう一人いたとはな‼」

「さて、愚かで賢い君に一つ提案だ………私は確かに正規の医者ではないが……これまで行ってきた医療行為は本物だ。そして、私の言ったこともね?」

 

 爆笑するジャンゴをウソップ海賊団が睨みつけるが、相手は微塵も気にしてはいない。

 青い顔でうつむくロゼの耳元で、コーネロはにやりといやらしくゆがめた口で問いかけた。

 

「最愛の恋人に会いたくはないか、私は君にそう尋ねたね?」

 

 ピクリ、と、気力を失ったロゼの肩が震える。

 するとジャンゴが、顎に手を当てながら自分の乏しい知識を掘り起こした。

 

「人体錬成っつうんだったか? 錬金術師が長年方法を探し続けてるとかいう秘法中の秘法っての」

「この賢者の石があれば、数多の錬金術師が挑み続けてきたそれを成功させることも可能となるやもしれん……それができるのは私だけだ。君が本当に恋人に会いたいと思うのなら………カヤお嬢様をこちらに渡してもらえないかね?」

 

 ロゼの手がギュッと握りしめられ、全身に震えが走る。

 引き結ばれた唇は血の気が引き、見開かれた眼には迷いが生じる。

 いまだ想い人のことを忘れられない彼女にとって、その言葉はまさに悪魔のささやきであった。

 

「ロゼ…!!!」

「駄目だよロゼさん!!! そんな奴の言う事なんか聞いたら!!!」

「絶対ウソだ!!! キャプテンだってつかない最悪のウソだ!!!」

「聞いたら絶対後悔するよ!!!」

 

 必死に引き留めようとするウソップ海賊団が、カヤとロゼを背中に庇う。

 しかし今目の前にした人知を超えた現象の後では、もしかしたらできるのではないかという考えがよぎってしまう。

 もしロゼがそれを信じてしまえば、一巻の終わりだった。

 

「ロゼ…いい子だから、こちらにおいで」

 

 コーネロのささやきが、ロゼの心のスキを突く。

 差し伸べられた手に抗いがたい誘惑の力を感じ、ロゼは大量の脂汗をかきながら身を震わせる。

 カヤはその隣で、悲痛な表情でロゼを見つめているだけだった。

 

「お前の願いをかなえられるのは私だけだ、そうだろう? 最愛の恋人を思い出せ」

 

 必死に呼び止める少年たちの声が、遠くなっていく。

 妖しく響くコーネロの声だけが、ロゼの心を侵していく。もはや悪魔のような形相になりつつあるコーネロが、さらに心に傷を抱えた少女に近づいていく。

 

「さあ!!!」

 

 最後通告のように放たれた強い催促の声に。

 彼女は答えた。

 

 

 

「ふざけないで!!!」

 

 

 

 はっきりとした拒絶の言葉に、コーネロやジャンゴはおろか、ウソップ海賊団とカヤまでもが目を見開いた。

 

「……あの人にもう一度会いたいのは…確かに私の本心……!!! でも、それを大切な友達を犠牲にしてでもかなえたいだなんて思わない……!!!」

「………‼ ロゼ…‼」

「そんな……人の心を弄ぶようなあなた達と一緒にしないで!!!」

 

 コーネロに対して抱いていた尊敬の念はこの瞬間消え去り、ロゼはしっかりと自分の足で立ち上がる。

 確かにその目に、未練はある。

 しかしそれを上回る思いが、ロゼを引き留めていた。

 

「………そうか、君はもっと賢い人間だと思っていたのだがなァ…」

 

 呆れたようにつぶやき、コーネロは手ごろな枝を拾い上げる。

 ぽんぽんと触り心地を確かめるようにしながら、コーネロはどこか虚空を見つめながらつぶやいた。

 

「こちら側にくれば命は保証され、そのうえ不幸にも死んだ恋人が戻ってくる‼ そのために他人を渡すくらい簡単なことだろうに……」

「不幸だなんてよく言うぜ…この女たちの両親もろとも毒殺したのはお前だろうに」

「おいおい…ここで言う必要があったのか?」

「…………どういう、事ですか?」

 

 理解できない、したくない事実を聞かされ、ロゼは再び言葉を失う。

 そんな彼女に、コーネロは悪魔のような笑顔を見せた。

 

「君たちの両親と恋人を殺したのは………私だという事さ」

 

 立ち上がりかけた足から、力が抜けていく。

 持ちこたえていた心に今、深い亀裂が入った音を聞いた気がした。

 

「ウソ………!!?」

「奇跡を信じさせるには、それ相応の悲劇が必要でな………ちょうどいい所に目障りな笑顔を振りまくカップルがいたもんだから、強制的に協力してもらっただけのことよ」

「気の毒なこった…自分を救ってくれた医者が、実は自分の家族や恋人を殺した張本人だなんて知っちまったら、おれ達が来なくても自殺してたんじゃねェか?」

「そんなもの、私の知ったことではない。この計画が成功した暁には、私は他の島へ移ることにしている。噂が噂だ…よそでも十分稼がせてもらうとしよう」

 

 コーネロは満足げに、誇らしげに自分の所業を白状すると、拾った枝に右手の指輪をかざした。

 バチバチバチッ‼と凄まじい紅色の閃光が走ったかと思うと、ただの枝は見る間にその形を変えていく。光沢のある黒い金属に変化し、それが筒となって六つ円状に連なる。

 見る見るうちに、コーネロの手の中に凶悪な銃器が作り出された。

 

「さァ…冥土の土産はこんなもんで十分だろう。カヤお嬢様以外の面々にはさっさと退場してもらわねば」

 

 ガシャン、とコーネロは銃口をカヤたちに向けて冷ややかな笑みを浮かべる。

 引き金にはすでに指がかかり、銃弾を発射する準備は整っていた。

 

(悔しい……こんな奴らに……!!!)

(ごめんなさい……‼ ごめんなさいウソップさん……!!!)

「くっそ―――っ!!! お前らみたいな極悪人にカヤさんを殺されてたまるかァ!!!」

「もし死んでも化けて出てやるからなァ!!!」

「そんでいつか呪ってやるからなァ!!!」

 

 小さな体で必死に二人を守ろうとする少年たちだが、そんな事では盾にもなりえない。

 じりじりと後ずさっていくも、今度は木々に邪魔されてろくに距離を稼ぐこともできなかった。

 

「じゃあね、ロゼ。あの世でご両親によろしく…」

 

 無慈悲な宣告とともに、ついにコーネロが引き金を引く。

 すると銃のバレルが回転をはじめ、銃口から無数の弾を少年たちに向けて発射し始めた。辺り一面に砂埃が立ち上がり、カヤたちがその白煙の中に包まれる。

 

「おいおい…お嬢様だけは殺すなよ…?」

「ははははははははは………⁉」

 

 残酷な哄笑を上げるコーネロと、その容赦のなさに呆れるジャンゴ。

 だが不意に、その笑みが途切れた。

 いったん銃の発射を止めると、立ち込めていた土煙が徐々に晴れ始める。

 

「くっだらねェことペラペラペラペラ垂れ流しやがって…酔っぱらいの戯れ言のほうがまだましだよ」

 

 そこにあったのは、無残な子供たちや娘の死体などではなかった。

 金属の輝きを放つ、白と黒に彩られた翼が、カヤたちを守る盾となってそこに広がっていたのだ。

 

「貴様…⁉」

「「「姉ちゃァ~~~~ん!!!」」」

「エレノアさん……‼ あなた…」

 

 コーネロは驚愕と苛立ちに眉間にしわを寄せ、少年たちは歓声を上げ、カヤとロゼは困惑の声を上げる。

 フードの下に隠されていた正体を知り、誰もが言葉を失っていた。

 

「天族…⁉ それにエレノアだと…⁉ まさか…」

 

 ジャンゴは初めて聞いた気がしない名とその正体に、何かを思い出しかける。

 しかしそれよりも先に、エレノアはウソップ海賊団に視線を戻した。

 

「ここは任せて、あんた達は行きなさい」

「⁉ ま、まかせて大丈夫なのか⁉ なんかすごいことできる奴だぞ!!?」

「何にも心配することなんてないよ……」

 

 不敵な笑みを浮かべた彼女は、その場でパンッと手のひらを合わせて地面につける。

 青い閃光が走り、土が盛り上がって形を変えていく。

 見る見るうちにそれは、流麗な装飾の施された短い槍へと形を変えていった。

 

「私はもっとすごいから」

 

 ひゅんひゅんと手ごろな長さに作りかえたそれを操るエレノアは、天から遣わされた戦士のように美しく勇ましい。

 しかしコーネロは、自分と同じ力を使っていることに驚愕の目を向けていた。

 

「うぬ! 錬成陣も無しに地面から武器を錬成するとは………これが天族の力か…⁉」

「……何だ、たいそうなこと言っておいてあんた自身は三流じゃないのさ」

「何だと⁉」

 

 呆れた目を向けるエレノアに、コーネロは激昂する。

 エレノアはそれを無視し、へたり込む二人の娘の方に視線を戻した。

 

「カヤ、ロゼ…話はそこで全部聞いてたよ。できれば…あんた達が知る前に決着付けたかったけど…」

「エレノア…私………」

「でも、それはあんた達がそこで立ち止まっている理由にはならないでしょ」

「!!?」

 

 傷心の娘に向けるには辛らつな言葉に、思わずウソップ海賊団が驚愕の表情を向ける。

 しかしエレノアは、あえて厳しい声と表情で二人に告げた。

 

「こんな奴らに、そんな情けない顔は見せるな。弱音を聞かせるな。あんた達の家族の命がこいつらに奪われたってんなら、これ以上こいつらにでかい顔をさせるな!!! 笑って悲しみを吹き飛ばせるぐらい、堂々としてみろ!!!」

 

 ガシャン、とエレノアは作り物の足を踏み鳴らし、その存在を強調する。

 ぬくもりのないその足を見つめ、カヤとロゼはあふれ出しそうになる涙を抑え込んだ。

 

「立って歩け‼ 前へ進め!!! あんた達には、立派な足がついてるでしょうが!!!」

 

 ググっと表情を歪めた二人は、残された力を振り絞って立ち上がる。

 立ち上がった二人を連れ、ウソップ海賊団が再び森の中に飛び込んでいくと、ジャンゴが忌々し気に眉間にしわを寄せた。

 

「……‼ 逃がすわけねェって言ってんだろうが‼」

 

 チャクラムを操り、執拗にカヤたちを追うジャンゴを、エレノアはあえて見逃す。

 彼の相手は、自分ではないとわかっていたからだ。

 自分が相手をすべきものは、目の前にいた。

 

「来なよド三流……本物の錬金術師を見せてあげる………!!!」

「ほざけ、小娘!!!」

 

 コーネロは侮辱された怒りを、そのまま銃器に乗せて放つ。

 襲い掛かる無数の銃弾の雨を、エレノアは短槍を振り回して盾にしながら防ぐ。

 しかしそのあまりの多さと、故障している義足によって徐々にエレノアは追い詰められていく。

 エレノアの頬を汗が伝うほど、その威力はすさまじかった。

 

「いかに優れた錬金術師であろうとも、私の持つこの力は伝説の代物!!! 一介の錬金術師ごときがかなうと思うな!!!」

「石の力に頼りっきりのくせによくそこまででかい顔ができるもんだ…」

 

 エレノアのつぶやきに、コーネロは「カチーン」と額に血管を浮き立たせる。

 バチバチと指輪の宝石をスパークさせると、周囲の土を操ってエレノアを包囲していく。

 次の瞬間盛り上がった土が形を変え、全く同じ形の大砲が数十も作り出された。

 

「はははははは!!! 実に‼ 実に素晴らしい力だ!!! これ一つで私は神の領域に立っているも同然!!! どうだマネできるか⁉ 貴様にこれほどの芸当がマネできるかァ!!?」

「……格が違うっつってんだよ、クソガキ……‼︎」

 

 エレノアはさして慌てる様子もなく、打ち合わせた手のひらを地面に押し当てる。

 青い閃光が、辺りをまばゆく照らし出した。

 

破魔指輪(アンジェリカ・リング)

 

 バチンッ!!!と閃光が走り、自身を取り囲んでいた砲やコーネロの銃を貫く。

 すると閃光を受けた銃器は、見る見るうちに腐り落ち、さらさらと土に還っていった。

 

「!!??」

 

 自分の作り出したものが、あっさりと破壊されたことにコーネロは驚愕で凍り付く。

 つまらなそうにそれを睨むエレノアの周囲で、さらに強い閃光が迸った。

 

「ヘタクソが。あんたの創るものはガワだけで、肝心の中身が揃っちゃいないんだよ………あんたが持っているものは見た目だけ取り繕った欠陥品ばかり、見てるだけでイライラする」

 

 バキバキと土が盛り上がり、木々の残骸をも呑み込んでそれは一つの塊を作り出していく。

 それは徐々に、金属でできた巨人を模っていき、エレノアはその肩の上で仁王立ちする。

 まるでそれは、神や仏さえも従えているようにも、それらが起こす奇跡を代行しているかのようにもだった。

 

「神? 伝説? ただの人間がその域に達することができるわけないでしょうが‼ 死んだ人間も蘇る!!? 何の覚悟もない人間が、軽い気持ちでそんな言葉を口にするんじゃない!!!」

 

 ぐらりと、生み出された仏像がコーネロに向けて拳を構える。

 小屋一軒分はありそうなほど巨大な拳が、コーネロの頭上から光を奪い去った。

 

「よく見なさい……‼ 私こそがあんたの言う神の領域に近づいた者………その罰を受けた咎人の姿だ!!!」

 

 エレノアの怒号とともに、巨人がその拳を振り下ろす。

 大気をも震わせながら、顔を真っ青に染め上げるコーネロに渾身の一撃が襲い掛かった。

 

(………鋼の義肢〝機械鎧(オートメイル)〟、ああ、そうか……こいつは手を出したのか……‼ 錬金術師の間では暗黙のうちに禁じられている『人体錬成』に………神の領域を犯す最大の禁忌に!!!!)

 

 コーネロはようやく気付く。

 この娘は自分のはるか先を行く存在であったことに。

 伝説の力を手にしようと、己は足元にも及ぶはずがなかったという事に。

 

青銅巨兵(タロス)〟!!!!

 

 そして、カヤの、ロゼの、二人の両親と恋人の、そして自分の怒りを全て込めた一撃が、愚かな老人を叩き潰したのだった。

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