ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
ふと、侵入者との戦いに応援に向かう途中だった海を見やった海兵が、最初にそれに気付いた。
ざざざざっ……と、波を押し退け、近付いてくる鉄の怪物の姿に、海兵は咄嗟に同僚の肩を叩く。
「………おい…海を見ろ………!!!」
つられて同僚達も、近付いてくるそれ―――見覚えのない鮫の頭をつけた外輪船を凝視する。
既にこの島に停まっている筈の、世界に一つしかないはずの船が、こちらへ猛然と迫って来ているのだ。
「〝海列車〟………⁉︎」
「どういう事だ…!!!」
「こっちへまっすぐに突っ込んで来るぞ!!!」
目的の見えない新たな襲撃者に、海兵達は慌てた様子を見せながらも、すぐさま職務を全うしに動き出した。
「おいばあさん!!!」
「ん⁉︎ 何らい‼︎」
場面は変わり、エニエス・ロビーを真っ直ぐにめざす海列車。
その上で鉄柵の対処のために待機していたゾロが、運転席のココロにある事態を告げる。それを聞いたココロは、即座に客車内の全員に連絡を送った。
『おめェら、作戦変更らそうらよ‼︎ 全員、車両にしっかりとしがみつけと言ってるよ‼︎』
「ん?」
「おうアホ剣士‼︎ 何かあったか!!?」
鉄柵を斬り、先に向かったフランキー一家とグリードファミリーが開ける門を潜り中へ侵入する、という流れの筈。
しかし、まっすぐ前を見据えていたゾロは、険しい顔で舌打ちをこぼしていた。
一家とファミリーの活躍で開かれたはずの門が、再び閉じられてしまったからだ。
「『正門』を閉められた‼︎」
「何だとォ!!?」
「大変だー門にぶつかるぞ――!!!」
「え―――――っ‼︎ どうすんだ――!!?」
「よけてよけてココロさ――ん!!!」
慌てふためく客車内だが、暴走海列車が止まる事はない。
こんな所で激突して終わりなのか、と途端に客車内は絶望に包まれる。
だがそんな中で、リンがにやりと不敵な笑みを浮かべてみせた。
「心配無用ダ…………道はちゃんとあル。そうだロ、ゾロ」
「ああ」
同じくゾロも、にやりと獰猛な笑みを浮かべてみせる。
そして彼は、途中で加わった強力な助っ人に自分の立ち位置を譲り、咄嗟の策を実行させる。
「柵をつっぱれ、カエル!!!」
「ゲロォ!!!」
ゾロの命令に応えたヨコヅナが、目前に迫った鉄柵に強力な突っ張りを食らわせる。それにより鉄柵は容易く半ばから曲がり、坂の様に斜めになる。
走り続ける海列車は、凄まじい速度で鉄柵の上に乗り上げ、そして―――。
「まさか……‼︎ この速度で鉄柵に乗り上げたら………!!!」
「うわ――‼︎」
車内と車外から、耳に突き刺さるような悲鳴が響き渡る。
がくんっ、ととてつもない揺れに襲われ、車内の一味が浮遊感に包まれる。
唖然とした顔で立ち尽くす海兵達の目の前で、暴走海列車は彼らを飛び越え……高々と、天へ飛び立ってみせた。
「バカな!!!」
「〝海列車〟が……!!! 飛んだァア〜〜!!!」
予想だにしない光景に、海兵達は目を瞠る事しかできない。
敵の迎撃を想定外の形で免れた一味であったが、こちらも想定外の事態に陥ったことで完全に恐慌状態に陥っていた。
「死ぬ――――――っ‼︎」
「え――――!!? 死ぬのか――!!?」
「ナミさん、早くおれの胸の中へ!!!」
「何て事してくれてるのヨ――!!!」
「滝の大穴があるのよ⁉︎ バカー!!! ゾロ、あんた着地の事考えてあんでしょうね!!?」
飛ぶようにできていない船が、鉄柵どころか門を軽々と越えていく様に、絶望に苛まれる。
一体どうするつもりなのかと叫ぶナミに、ゾロとリンは腕組みをして、力強く頷いて見せた。
「任せろ!!!」
「運ニ!!!」
「運任せか――!!!」
考えなしの男達に怒鳴りながら、ナミも頭を抱える他に何もできなかった。
「おおおおおお、おえ……」
グラグラと巨体を回される、50年に渡って門番を勤めてきた巨人。
ぐるぐると目を回した彼、オイモがよろよろと体勢を崩す姿に、海兵や黒服達から悲鳴が上がる。
「オイモがやられてる」
「うわあああー!!!」
目を見開き、頭を抱える彼らの前で、オイモがずしんとその場に倒れ伏す。
並の人間では傷さえつけられない戦士が負かされる姿に、海兵達はもう言葉も出ない。
平衡感覚を狂わされ、起き上がる事もできなくなった彼の上に、やがてぞろぞろと、奇妙な集団が姿を現すのが見えた。
「あれだ…見ろ‼︎」
難攻不落の関所を越された事による怒りか、現れたその集団を海兵達は鋭く睨みつける。状況からして、侵入を果たした愚か者達の正体など、一つしか考えられなかった。
「お前らが〝麦わら〟の一味か!!!」
「………」
「そうだ‼︎」
「「そうだっけ!!?」」
黙ったまま何も答えないパウリーに代わり、ザンバイが堂々と告げてスクエアガールズを困惑させる。
パウリーはそれにため息を返し、自身らを見上げてくる海兵達を見据える。
「……どうでもいいこった。さっさと前へ進むぞ‼︎」
「よっしゃ野朗共ォ!!! あとは進めるだけ進むんだァ―――!!!」
「「「「「ウオオオオオ」」」」」
ザンバイの雄叫びに、他の面々も武器を片手に咆哮を上げる。
対巨人戦で倒れた三人の分も、力の限り暴れてくれると意気を高め、周囲を取り囲む海兵達に躍りかかる。
だが、その寸前―――パウリーの肩に、何者かの凶刃が鋭く突き立てられた。
「パウリ――!!!」
「ウ‼︎ くそっ!!! ………‼︎」
一瞬のうちの攻撃に、ザンバイが目を見開き声を上げる。
すぐさまパウリーが反撃に転じるが、凶刃の主は軽々とそれを躱し、天を高く舞い上がって着地する。
その相手、犬の背に乗り暗器を持った謎の男達は、血に濡れた凶刃を掲げてパウリー達を嘲笑ってみせた。
「何だァ!!? てめェら!!!」
「我々は〝法番隊〟!!! 裁判長バスカビルの命により、この門にて貴様らを裁き討つ!!!」
侵入者を迎え撃つ増援に、パウリー達は一瞬怯んだように息を呑む。
彼らを見下す視線を繰りながら、突如現れた法番隊の一人が、倒れたオイモの皮膚に凶刃を突き刺し、怒鳴りだす。
「オイモォ!!! 何をしてる!!! こんな海賊共に開門を許すとは何事だ!!!」
オイモの巨体からすれば、小枝が刺さった程度の小さな痛み。
しかし彼を気絶から起こすには十分だったようで、オイモはギラリと両目を怒りに燃やし、ゆっくりと体を起こし始めた。
「あァ……気を失っていた…許さんぞ、貴様ら許さんぞォ〜〜〜〜〜〜!!!」
「しまった、復活した――っ!!!」
棍棒を振り上げ、両手を掲げ、咆哮を上げるオイモ。
たった二人の巨人に危うく全員壊滅させられかけたパウリー達は、厄介な敵の復活に思わず後退ってしまう。
豆粒のように小さな彼らに仕返しをしようと、オイモは大きく棍棒を振り上げた。
だがその瞬間、彼の背中に巨大な鉄の塊が―――天を貫いてきた海列車が、凄まじい勢いと威力を持って突き刺さった。
「どへ――――――っ!!!」
「「「「「えええ〜〜っ!!!」」」」」
想像だにしない光景に、海兵達もパウリー達も目玉が飛び出すほどに驚愕し、その場で固まる。
だが、驚く理由は双方別々のものであった。
「ロケットマンが…空から門を越えてきた‼︎」
「「「「「門開けた意味なかったーっ!!!」」」」」
あの船が通る道を造る為に、わざわざ巨人を相手取って門を開けたというのに、その努力の全てが無駄になってしまった。
愕然と、口を開けたまま棒立ちになる彼らは、鼻をひしゃげさせた海列車を凝視し、やがて不安に苛まれ始める。
「んな……何が起きたんだ………!!!」
「こんな突入して…無事なのかあいつら…」
「………出て来ねェ」
派手で危険な突入を果たした一味。
尋常でない強さを有しているとはいえ、それでも普通なら死んでもおかしくない光景を目の当たりにし、知らずごくりと息を呑む。
果たして、生きているのか。その疑問に答えたのは、海兵達の方であった。
「え!!? おい‼︎ どうした」
どさ、どさっ…と次々に斃れていく海兵や黒服達。同僚達の身に起きた異変に、無事な方の海兵達がぎょっと振り向く。
そして、倒れた海兵達の中心に立っている三つの人影に、わなわなと身体を震わせだした。
「あ‼︎ あの二人は何者だァ‼︎」
「? …ああ、挨拶した方がよかったか?」
「バカバカしい………いるか‼︎」
「そーそー、遠慮もいらねェしナ!」
数秒もかからぬうちに、叩きのめした海兵達を足蹴にし、小馬鹿にした様子で笑う剣士とコックと皇子。
彼らのその平然とした姿に、ザンバイ達がわっと一斉に歓声をあげた。
「ロロノア達だァーっ!!!」
「待ってたぞ―――――っ!!!」
安堵と歓喜にわくザンバイ達とは真逆に、海兵達は突如現れた別の侵入者達に慄き、警戒をあらわにする。
するとやがて、ゾロの顔を見た海兵の一人が戦慄の表情で声を上げる。
「おいあの剣士‼︎ 知ってるぞ、〝麦わら〟の手下の〝海賊狩り〟のゾロだ‼︎」
「へっへっへ、手下だってよ」
「――じゃ、名もねェお前はそれ以下じゃねェか、海賊A」
「カチーン、あァ!!?」
「じゃB」
「ゴチーン‼︎ てめェ…‼︎ おれに賞金ついたらてめェの倍はいくんだぞコラ‼︎」
「そういうの取らぬ何とかの皮算用って言うんだけゼ」
「越したらァ‼︎ 何が何でも越したらァ‼︎」
小さな事を気にするサンジを挑発し、ゾロがにやにやと嘲笑すると、リンがそれを宥めつつ呆れたため息をこぼす。
戦場にいるというのに、あまりに気の抜けた会話をする彼らに、客車から転がり出たそげキングが声をかける。
「おい、やめなさいキミ達っ」
「そげキング、つっこみ遠い」
しかし彼が発した声は小さく、ゾロ達に全く届いていない。
ただ、すぐ近くで警戒していた海兵達の耳に届くには十分な声量だった。
「見ろ‼︎ あの列車の中からまだ仲間が‼︎」
「‼︎ ばれた」
「まだいる筈だ‼︎出てくる前に吹き飛ばせ!!!」
膨れ上がる殺気に慌てふためき、大急ぎで海列車から離れるチョッパーとそげキング。
彼らが駆け出した直後、海兵達が放った砲弾が海列車に直撃し、轟音と爆炎が上がる。
ゾロ達が表情を変える中も、海兵達による砲撃が次々に海列車に炸裂し続ける、が。
「撃ち方やめーっ‼︎」
「どうした⁉︎」
「あれを見ろ‼︎」
不意に、ある事に気付いた海兵が声を上げ、仲間を止める。
彼の見る先には……ボロボロになった海列車の上で手を振る三つの人影、ココロとチムニー、ゴンベの姿があった。
「やめろー‼︎ お年寄りらぞーっ‼︎」
「子供と小動物だよーっ‼︎ か弱いよ――っ‼︎」
「〝麦わら〟の一味に脅されて列車の操縦させられてたよーっ‼︎ ウィーッ、んががが」
「「「「「酔っぱらった人質がいるか‼︎」」」」」
あまりに厳しい嘘を吐くココロに、味方のはずのパウリー達から厳しいツッコミが入る。
しかし海兵達を騙すには、ココロ達の存在だけで十分だったらしい。砲撃の手を止めて動揺し始める。
「危ない、人質まで死なせるところだった」
「年寄り、子供、小動物をかかえ込むとは卑劣な海賊共め‼」
「ん? 何だ? 煙がまるで雲のように」
悔しげに歯噛みしていた彼らは、ふと聞こえてきたゴロゴロ……と頭上で轟く音に、訝し気に辺りを見渡す。
いつの間には発生していた、手を伸ばせば届きそうな高さに広がる黒々とした煙、それが黒雲となって自分達を覆っていたのだ。
「いいですネ、それ。錬丹術に近い何かを感じまス」
「でしょ? あんたの術もスゴそうね」
「当然でス‼︎」
黒雲の発生源にいるのは、新たに生まれ変わった天候棒を操るナミと、円形に並べた五本の苦無の中心で電流を走らせるメイだ。
「あ‼︎ ナミさん、脱出してたんだな‼︎」
「ここにはほとんど敵しかいませんかラ………思い切り暴れるにはうってつけでネ‼︎」
「さァ、試させて貰うわよ! 雷の威力‼︎」
五体満足で跪いている彼女達の元に、安堵と共に駆け寄るサンジ。
彼を完全に無視したまま、ナミとメイはバシッ!と電気を発生させ、頭上の黒雲に走らせる。
直後、黒雲の中で電気が増幅され、まるで爆発するように弾けた。
「「〝
航海士と錬丹術師、二人の作り上げた雷雲が真下の海兵達に降り注ぐ。
よもやこんな、一日中晴れ続ける島で落雷に襲われるなどと考えなかった彼らに、凄まじい光が襲い掛かる。
海兵達は避ける事も防ぐ事もできず直撃を喰らい、眩い閃光に呑まれてしまった。
「「「「「ぎゃああああああ!!!」」」」」
「「――って無差別かーっ‼︎」」
が、雷の威力が思った以上の協力で、危うくナミとメイにまで及びかける。
涙目で慌てて飛びのいた彼女達は、その勢いのまま駆け出し、倒れ込んだままのそげキングに拳骨を振り下ろした。
「いで――‼︎」
「そげキング――――!!! お前ら、何でそげキングをぶつんだ――っ!!!」
「いいのよ、こんな感じで」
「当然の文句でス!!!」
「私に当たるな‼ 君の使い方に問題があるんだろうが‼」
理不尽な怒りを喰らい、悲鳴をあげるウソップ。
正体を隠している筈なのに、そもそも製作者の知らない使い方をしているのに怒鳴られ、眼を見開き叫び返す。
その様子を呆れた目で見やりながら、ランファンがちらりと前を見やった。
「それにしてモ………すごい威力だナ………だいぶ倒せたゾ」
ぶすぶすと真っ黒焦げになり、倒れ伏す大勢の海兵達。
最大の懸念だった数の差が、今の一撃で大量に縮められたことに、改めて味方の頼もしさを感じる。
だが、倒れた海兵達の中に混ざる二人の味方と、自分達の主の姿を見つけ、フーとランファンは表情を変えた。
「「若――――っ!!!」」
「てめェナミ!!! 何してくれてんだ!!!」
「おれ達何か悪いことしたカ!!?」
「んナミさん、おれは今君に出会った衝撃を思い出したよ‼︎」
「謝りなさいよそげキング」
「お前が謝れ‼︎ アホかァ!!!」
「何なんだあの一味は…あのねーちゃんはせいぜいサポート役かと思えば、充分な戦闘員じゃねェか‼」
ギャーギャーわーわーと仲間内で騒ぐ彼らに、一家とファミリーからは驚愕の目が送られる。非戦闘員と思われていたナミが凄まじい攻撃をした事で、度肝を抜かれたのだ。
「――ところで、先に突っ走ってったあのアホはどこにいるんだ」
「さァ、この島も狭くはないから探すとなると………」
「…お前達」
「あっちでス」
ふと、この場にいない青年の事を思い出し、辺りを探すゾロ。
それにフーとメイが指を差したところ、その方向で建物が崩れるのが見え、大きな轟音と大勢の悲鳴が響き渡った。
「「「「「あ、ホントだ」」」」」
疑う余地もない、船長が暴れ回る現場を確認し、行くべき方角を認識する一味。
彼を叱るよりも、ぶつよりも前に、仲間が待つ現場へ急がねばならないと、各々で武器を構え表情を切り替える。
「……それじゃ、追いかけるか」
まだ多くの敵がひしめく戦場を、海賊達の鋭い眼光が睥睨してみせた。