ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
遠く離れた塔から、強く吐き捨てられた拒絶の言葉。
悲痛に歪んだ表情から放たれたそれに、ルフィは言葉を失い、眼を見開いて沈黙していた。
「ニコ・ロビン…!!!」
「うわ…うわはははははははは!!! 面白ェ!!! 何だ!!? コイツら一体‼︎ わははは」
フランキーとグリードが、助けに飛ぼうとしたルフィを制止させ、口にした言葉に思わず目を吊り上げる。
そんな彼らの仲間割れのような姿を、スパンダムは心底楽しそうに嗤って眺めていた。
「てめェ、何のつもりだ!!! 命懸けでここまでお前を助けに来た奴らに対して…!!!」
「…彼らが勝手にやった事よ」
「何だとォ⁉︎」
「てめェ…ふざけんじゃ…」
激昂し、怒鳴りつけようとしたフランキー達が、次の瞬間吹き飛び、脇に退かされる。
奥から姿を見せた六人の黒装束達に、スパンダムはこれ以上ないほどに満足げに口角を上げ、彼らを出迎えた。
「わはは‼︎ よォしよく集まった『CP9』――だがもう少し待て…いま〝麦わら〟の一味が…内部崩壊を始めた所だ、見守ろうじゃねェか!!! わははは最高に面白ェ!!!」
テラスに並び、ルフィと相対するルッチ達CP9の精鋭達。
しかし、ルフィは異様な威圧感を放つ彼らに嵌めもくれず、受け入れがたい言葉を吐いたロビンだけを見据えて声を張り上げる。
「死にてェ!!?」
「そうよ!!!」
自分の聞き間違いではないのか、と聞き返すルフィに、ロビンは迷うことなく肯定の声を返す。
そんな剣呑な雰囲気を無視し、CP9の一人であるジャブラがルフィ達を指差し、スパンダムに振り向き尋ねる。
「なァ長官‼︎ さっさと行ってアレ消してくりゃあ終わる話なんじゃねェのかい⁉︎」
「まァ待て…遠路遥々救出の為追ってきて、最後の最後で仲間に助けを断られる船長。お前、こんな面白ェ光景見た事あるか⁉︎」
伸ばした手を、無慈悲に払い除けられた憐れな海賊を肴に、スパンダムは愉しくて仕方がないというように肩を揺らす。少し前の動揺などまるでないもののようだ。
「ロビ――――ン!!! 死ぬなんて」
「ワハハハハ……‼︎ 聞けっ……この悲痛な叫び‼︎ 一体どんな顔して……!!!」
改めて、拒絶された男がどんな顔をしているだろうか、と醜悪に顔を歪めたまま、視線を裁判所の屋上に向ける。
そして、愉悦に浸る彼の視界に入って来たのは……。
「何言ってんだァ!!? お前!!!」
鼻をほじり、意味が分からないと言った風に眉を顰めるルフィの姿であった。
全く悲しむ様子も、怒る様子もない彼の態度に、スパンダムは唖然としその場で間抜けな顔を晒すのだった。
「あのなァ‼︎ ロビンっ!!! おれ達もう、ここまで来ちまったから!!! とにかく助けるからよ!!! そんでなァ、それでも…まだ、お前死にたかったら、そしたらその時しね‼︎」
ロビンの葛藤も悩みも、何もかもをどうでもよさそうに鼻をほじり続けるルフィ。
彼の後ろでは、突然発生した竜巻が天井を破壊し、吹き飛ばされてきたナミとチョッパーとメイ、できた穴をよじ登ってきたゾロが姿を見せる。
続いてサンジが天井を蹴り破って飛び出し、向こう側からはそげキングが何故か凄まじい速度で宙を飛んでくる。
そして、ガッと裁判所の屋上の端に手が掛かり、草臥れた様子のリンとフー、ランファンが姿を現した。
「ふィ〜……やっと着いたヨ」
「頼むからよ‼︎ ロビン…!!! 死ぬとか何とか…何言っても構わねェからよ!!! そういう事はお前…おれ達のそばで言え!!!!」
各々で道を切り開き、屋上へと到達した麦わらの一味。
彼らは互いに文句をぶつけながら屋上を歩き、ルフィの隣に続々と並んでいく。
「あとはおれ達に任せろ!!!」
終結した6人をリン達が眺める中、ルフィはロビンを真っ直ぐに見据え、堂々と仁王立ちしてみせる。
息を呑むロビンを前に、ルフィ達は決してそこから退くつもりはないとでもいうような、確固たる覚悟を見せつけた。
「高潮を越えて遥々、考えたらすごいわね」
「運は良さそうだな」
「今度は殺しの許可もある」
「手加減ナシじゃと楽じゃのう」
「あんなに…!!! 海賊が来たァ〜〜〜〜っ!!!」
雄々しく構える6人を見やり、カリファ達が感嘆の声をこぼす横で、スパンダムは悲鳴を上げ慌てふためく。
出来上がる、海賊と暗殺部隊の対決構図。
しかし、状況は最早引けぬところまで来ているというのに、ロビンの表情は全く変わる様子を見せなかった。
「おい‼︎ てめェいい加減にしろ!!!」
「ロビン…」
フランキーが怒号を上げ、エレノアが痛まし気に名を呼ぶ。
何の返事も返さない彼女を見下す事で、少し精神が落ち着いたようで、スパンダムはまた笑みを復活させてルッチ達を見やる。
「『CP9』、いいか、お前ら。抹殺許可は出すがこの司法の塔で迎え討て!!! そもそもあいつらがここへ来れる保証もねェんだ‼︎」
威勢を取り戻したスパンダムは、前に出ると優越感をたっぷりと抱きながら、ルフィ達を見下ろす。
虎の威を借る狐という言葉そのままに、ルッチ達を横に率いる姿を見せていた。
「ワ――ッハッハッハッハッハッハッ!!! このタコ海賊団‼︎ お前らが粋がった所で結局、何も変わらねェと思い知れ!!! この殺し屋集団『CP9』の強さ然り‼︎ 人の力じゃ開かねェ〝正義の門〟の重み然り!!! 何より今のおれにはこの『ゴールデン電伝虫』を使い、『バスターコール』をかける権限がある!!!」
掌の上に置いた金色の電伝虫を見せつけ、下卑た目向けるスパンダム。
ロビンが顔色を変えるのを横目に、ますます気分を良くさせた彼は、吐き気を催すような悪意を伴って言葉を吐き続けた。
「そうさちょうど…20年前、貴様の故郷を消し去った力だニコ・ロビン!!!〝オハラ〟という文字は…翌年の地図から消えてたっけなァ…」
「やめて!!! それだけはっ!!!」
「ウ〜〜ウいい反応だぜ、ゾクゾクする。何だァ⁉︎ そりゃこの〝バスターコール〟発動スイッチを押せって意味か? えっ⁉︎ おい…‼︎」
そろそろと指をボタンに近づけ、ロビン反応を愉しむ。
うっかり押しかねない、危険極まりない悪戯を図るスパンダムに戦々恐々としたまま、ロビンは彼を鋭く睨みつける。
「それを押せば、何が起こるかわかってるの!!?」
「わかるとも……!!! 海賊達がこの島から出られる確率が〝0〟になるんだ‼︎ このゴールデン電伝虫のボタン一つでな…!!! 何か思い出す事でもあるか? ワハハハハハハ!!!」
「そんな簡単な事じゃ済まないわ!!! やめなさいっ!!!」
必死に狼藉を止めようと叫ぶロビン。
彼女の鋭い叱責の声に、スパンダムは上がっていた気分を害されたのか、苛立たし気にロビンを見下ろし顔を歪めた。
「………んん? 生意気な口を利くじゃねェかァ……!!!」
「地図から〝オハラ〟が消えたって言ったわね…‼︎ 地図の上から人間が確認できる? あなた達が世界をそんな目で見てるから、あんな非道な事ができるのよ…………!!!」
鬱陶しそうに見下ろすスパンダムだが、ロビンは怯む事なく、スパンダムを睨み続ける。
彼女が全てを失ったあの日に比べ、この男の脅しなど、取るに足らないそよ風のようなものだったからだ。
そう、20年前―――彼女が生まれ育った島が、跡形もなく焼き尽くされた日よりも。
政府にとって禁忌である、〝歴史の本文〟を研究する、クローバー博士を始めとする研究者達がいた島、オハラ。
その一員であった母と幼少期に別れ、親や他者の愛を知らずに生きていたロビンは、彼らの仲間になろうと勉学に励んでいた。
その過程で、彼女はクローバー達と同じく〝歴史の本文〟を読めるようになってしまった。
そんな彼らの存在を、捕えたロビンの母・オルビアによって知った政府が部隊を派遣。調査の末、島諸共の排除が決まってしまった。
〝バスターコール〟により燃え盛る島を、ロビンはクローバ達やオルビアに促され、オルビアを逃がした元海兵・サウロや、待機していた後の大将青キジことクザンの助けにより生き延びた。
そして彼女は、ルフィ達に出会うまで、冷たく苦しい孤独の中を、生き続けてきたのだ。
そんな悪夢の記憶が、どれだけ時間がたっても薄れてくれない。
蘇る恐怖と悲しみに歯を食い縛り、身を震わせながら、安易な考えで惨劇を引き起こしかけている男に吠える。
「『バスターコール』をかければ、このエニエス・ロビーと一緒にあなた達も消し飛ぶわよ…!!!」
「何をバカな‼︎ 味方の攻撃で消されてたまるかっ‼︎ 何言ってんだてめェはァ!!!」
「20年前……私から全てを奪い、大勢の人間の人生を狂わせた………たった一度の攻撃が『バスターコール』…!!! その攻撃が……やっと出会えた気を許せる仲間達に向けられた」
ロビンは諦めたようにスパンダムを睨むのをやめ、ルフィ達に向き直る。
その表情は、窮地に自らやって来た者達への苛立ちではなく、危機に近づく仲間達を案じる悲痛な眼差しとなっていた。
「私があなた達と一緒にいたいと望めば望む程、私の運命があなた達に牙を剥く!!! 私には海をどこまで進んでも、振りはらえない巨大な敵がいる!!! 私の敵は…〝世界〟とその〝闇〟だから!!!」
ルフィ達はただ、それを黙って聞くばかりであった。
ロビンの背負う痛みと苦しみ、今も尚彼女を苦しめ続ける悪夢を知ってしまい、安易な言葉を口にする事が憚られる。
想像していた以上に重く暗い闇に、誰も何も話す事ができずにいた。
「青キジの時も‼︎ 今回の事も…‼︎ もう二度もあなた達を巻き込んだ…!!! これが永遠に続けば、どんなに気のいいあなた達だって……‼︎ いつか重荷に思う!!!! いつか私を裏切って捨てるに決まってる!!! それが一番恐いの!!!」
隠していた自身の〝願い〟を懸命に吐き出し、拒絶の意を示すロビン。
再び失う事を、否定される事を恐れた女は、苦しむのはもう自分一人でいいと、伸ばされた手を掴むことを拒み続けた。
「……だから助けに来てほしくもなかった!!! いつか落とす命なら、私は今、ここで死にたい!!!」
「ワハハハハハハハ‼︎ 成程なァ……まさに正論だ‼︎ そりゃそうだ‼︎お前をかかえて邪魔だと思わねェバカはいねーよ‼︎ ワハハハハ‼︎」
ロビンの慟哭を、スパンダムはさも愉しそうに笑い、手を叩いて騒ぐ。
仲間を想う真剣な想いを嗤いものにし、ロビンもルフィ達もみんな馬鹿にする姿を見せる彼に、あらゆる方向から嫌悪の目が向けられていた。
「あの象徴を見ろ海賊共ォ――――!!! あのマークは四つの海と〝偉大なる航路〟 にある170国以上の加盟国の〝結束〟を示すもの……!!! これが世界だ!!!! 楯突くにはお前らがどれ程ちっぽけな存在かわかったか!!! この女がどれ程巨大な組織に追われて来たかわかったかァ!!!」
塔の頂点に立った旗、青い十字に四つの円が描かれたマークのそれを指差し、自慢げに喚くスパンダム。
何を敵に回そうとしているのかを示す象徴を見上げ、これでもう歯向かう勇気など湧きはしないだろうと、ルフィ達を見下しゲラゲラと騒ぐ。
すると、やがてルフィが鼻息を吐き、翻る旗の中の象徴を睨みつけた。
「ロビンの敵はよくわかった! そげキング」
「ん」
風の音だけが響くようになった裁判所の屋上と、司法の塔の最上階のテラス。
同じく象徴を見上げていたそげキングに、ルフィはある指示を下した。
「あの旗、撃ち抜け」
「了解‼︎」
何の躊躇いもなく吐かれた指示に、そげキングも何の躊躇いもなく頷く。
スパンダムが困惑の声を漏らすのを他所に、そげキングはギリギリと、背中に備えていた巨大なゴムパチンコを構え、傍に向けて狙いを定め。
「必殺…〝
ぼんっ!と、ただのパチンコでは出せない衝撃と轟音を響かせ、一発の弾が発射される。
弾は途中で炎に包まれ、やがてそれは鳥の姿を形取り、宙を真っ直ぐに貫く。
そして、炎の鳥は見事に旗を貫き、真っ赤に炎上させたのだった。
「あいつら…やりやがった…‼︎」
「旗への攻撃の意味がわかってんのか…………!!?」
「「「「「やりやがったァ〜〜!!!!」」」」」
目の前で起こった凶事に、海兵や黒服達は皆纏めて目を剥き、悲鳴のような咆哮を上げる。
めらめらと炎に包まれる旗。それと相対する海賊達。
世界中の誰もやらなかった、やろうともしなかった大事をしてのけたルフィ達に、数多の愕然とした視線が集中する。
「「「「「海賊達が…!!!『世界政府』に!!! 宣戦布告しやがったァ〜〜!!!!」」」」」
「正気か貴様らァ!!! 全世界を敵に回して、生きていられると思うなよォ!!!!」
CP9の面々でさえ、驚いた様子で目を丸くする中、スパンダムがまるで化け物を見るような目をルフィ達に向ける。
そんな彼らに、ルフィはすさまじい形相で睨み返し、全身全霊で雄叫びを上げ応えてみせた。
「望むところだァ――――――っ!!!!」
誰一人、ルフィ達の凶行を咎める仲間はいなかった。
むしろ、そうして当然だとでもいうように、ただ真っすぐに行くべき先を向き、その場に佇んでいた。
「ロビン!!! まだお前の口から聞いてねェ」
その声に、はっとロビンが息を呑む。
自身の願いを踏みにじる、信じられない行動に出た彼を凝視し、どんな顔をすればいいのか全く分からなくなる。
しかしなぜか、怒りも悲しみも、負の感情は微塵も湧いてこなかった。
「『生きたい』と言えェ!!!!」
もう、こんな事をすれば逃げても意味はない。完全に敵と認定された彼らを、悪夢の惨劇から救う事はできない。
だが、ロビンの胸中に広がったのは―――火傷しそうなほどに温かい、喜びの感情であった。
「生ぎたいっ!!!!」
それを自覚した途端、ロビンは溢れ出る涙を堪える事ができなかった。
無理矢理抑え込んでいた感情の堰が決壊し、生への渇望と、仲間達の元へ帰りたいという想いが止まらなくなる。
彼女の心は今、愛する者達との自由を求め、ひたすらに奮えていた。
「…!!! 私も一緒に、海へ連れてって!!!」
「うお――――んおめェら好きだチキショ〜〜〜!!!」
「ガッハハハハハハ!!! ガーッハハハハハ!!! …グスッ」
本音を吐露したロビンに感化され、フランキーが号泣しグリードが鼻を啜る。
あまりにも熱すぎる人情劇に、涙脆い彼ががまんできるはずがなく、長く彼と共にいるグリードも反応しないわけがなかった。
「跳ね橋が下りるぞ‼︎」
「あいつらうまくいったみてェだな」
「ム…武者ぶるいが…」
「早く下ろせ」
「悪そうな顔…‼︎」
「やるぞお前ラァ!!!」
「ハッ!!!」
「オリャー‼︎」
「行くぞ!!!!」
そんな彼らを放置し、大切な仲間の想いを聞き届けたルフィ達は不敵な笑みを浮かべ、各々で得物を構え、出撃の刻を待つ。
血まみれの天使もまた、彼らと同じくにやりと不敵な笑みを浮かべてみせるのだった。