ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第20話〝海賊旗が呼んでいる〟

 地面に己の拳を突き立てる、土塊の巨人。

 その体が徐々に崩れ落ち、元の土くれや木の破片に戻っていく。

 大きな砂の山になった巨人の山から降りたエレノアは、ググっと背伸びをして肩のコリをほぐした。

 

「ん?」

 

 ぐりぐりと肩を回していると、大の字になって倒れ伏すコーネロの指から零れ落ちたものに気が付いた。

 近づいて拾い上げてみれば、それは少しの抵抗を残してぼろりと崩れてしまった。

 

「………完全な物質であるはずの〝賢者の石〟が何もしてないのに崩れた……あんまり質のいい代物じゃなかったのか……? どこの誰だよ、こんな悪趣味なもの創ったのは……」

 

 エレノアは気になり、元の持ち主であるコーネロを見下ろす。

 恐怖の形相で白目をむくコーネロの、ぼこぼこになった顔を見下ろしてちょっとやりすぎたかと反省する。

 が、ロゼとカヤの両親のことを思い出してまだ足りなかったと思いなおす。

 

「まァ、これで前ほどの錬金術も使えないだろうし…おとなしくなるでしょ」

 

 前ほどの腕がなければ、村で大きな顔をすることもできまい、とエレノアは老害を放置することにする。

 もう顔も見たくない相手に背を向けて、カヤたちの声を探して歩き始めた。

 すると、そこからさほど遠くないところで腰を下ろす血だらけのウソップと、ボロボロになったウソップ海賊団の姿が目に入った。

 

「……あれ、終わってる」

「よォ、エレノアか! 見せてやりたかったぜおれの華麗な活躍を‼」

「ほんとですよ‼ すごかったんですよキャプテンの最後の一撃‼」

「ハイハイ……」

 

 エレノアは適当に流し、血まみれのままのウソップのもとに向かう。

 聞かずとも、彼が勇敢に戦ったことなど簡単に察せた。動けなかったはずの彼がここにいる時点で、相当な無理をしたことはわかりきっている。

 エレノアは自分の羽根を一枚ちぎると、清潔な布に錬成してつなぎ合わせる。長く伸ばしたそれを、ウソップの傷口に合わせて巻き付けた。

 

「…ちょうどいい、お前たちに頼みたい事があったんだ」

 

 手当てを受けながら、ウソップはカヤとロゼ、ピーマンたちの方を真剣な表情で見つめる。

 

「今…ここで起こったことを全部、秘密にできるか?」

「え⁉ 秘密に⁉ どうして、そんなことするんですか⁉」

「そうですよ‼ おれ達村のために戦ったのに‼」

「キャプテンだってみんなから見直されますよ‼」

「村の英雄に…勇敢な海の戦士になれるんじゃないの?」

「ウソップさん、みんなの誤解を解かなきゃ…」

「誤解も何もおれは、いつも通りホラ吹き小僧と言われるだけさ。もう終わったことをわざわざみんなに話して、恐怖をあたえることはねェ」

「……確かに、今回みたいなことがない限りこの島を襲おうなんて海賊は現れないだろうけど……でもそれじゃ」

「村のみんなだって、そのへんは安心して毎日を暮らしてる。このまま何もなかったことにしよう。何も起きなかった……みんなウソだったんだ…」

 

 最初の宣言通り、ウソップは今日のことをウソで片付けると決めたらしい。

 それが、最善だと信じて。

 

「強制はしねェが…」

「いえ‼ できます‼ それが一番村のためになるのなら」

「おれだって‼」

「ぼくも‼ 一生黙ってる‼」

「カヤ、ロゼ。お前らは、つらいか……?」

「………いいえ」

「あなたがそれでいいなら……私もそれに従うよ」

 

 ロゼもカヤも、呆れたようなわかっていたような微妙な微笑みを浮かべて了承する。

 エレノアは、いまだ顔色が悪いロゼの目を見て息をのむも、意を決してそろそろと近づいて行った。

 

「…あのさ、ロゼ……あのジジイが言ってたことなんだけど……その」

「…いいの‼」

 

 死人さえよみがえらせると言われる石を壊したことを言おうとしたが、ロゼははっきりとエレノアの言葉を遮る。

 無理やり笑みを作った彼女は、悲しげな表情のエレノアに首を振った。

 

「確かにショックだったけど……私は今生きてる。私もカヤも…みんなのぶんをちゃんと生きてる。だから………大丈夫」

「ロゼ……」

「いいの。私はもう、吹っ切れてるから‼」

 

 どう見ても、いまだに引きずっているはずだ。

 しかしそれを必死に抑えようとしている彼女に、エレノアは自分の無力感を感じずにはいられなかった。

 その心の傷は、時間が癒すほかにないのだ。

 

 

「ありがとう‼ お前たちのお陰だよ。お前たちがいなかったら、村は守りきれなかった」

「何言ってやがんだ。お前が何もしなきゃおれは動かなかったぜ」

「おれも」

「私はあのジジイが気に入らなかっただけだし」

「どうでもいいじゃないそんな事。宝が手に入ったんだし♡」

 

 ウソップはその後、海岸の方で戦ってくれていたルフィたちに礼を言う。

 海賊クロとその一味を見事撃退した彼らは、さすがに疲弊の色を残しながら何ともないような風を見せていた。

 その強さをありがたく思いながら、ウソップは自分の決意を彼らに伝えた。

 

「おれはこの機会に一つ、ハラに決めたことがある」

 

 

 その日、いつものウソップのウソが聞こえてこず、戸惑う村の人々をよそに。

 ウソップ海賊団の解散が、船長(キャプテン)の口から告げられた。

 

 

「……! ふーっ、とれた!」

「バカだな。のどを鍛えねェから魚の骨なんかひっかかるんだ」

「あんたらに言っとくけどね、フツー魚を食べたらこういう形跡が残るもんなのよ」

「言ってもムダだよ。何回注意しても聞きゃァしないったらないんだから…」

「あんたもご飯食べてるときに油の臭いまき散らさないでよ‼」

 

 呆れたようにエレノアが言うと、怒りの形相でナミが抗議する。

 椅子の上で、カチャカチャと自分の義足のねじやらボルトやらをいじくっているエレノアだが、油も同時に差しているようでにおいが漂ってきていたのだ。

 

「ていうか………あんたが天族だったってこともだけど、両脚義足だってのには驚いたわ。普通にとんだりはねたりしてるんだもん」

「腕のいい技師に作ってもらったからねェ…でもいい加減メンテナンスしてもらわないとあちこちガタがきてんだよなァ。近いうちにバラして調整してもらわないと」

「おい…まさかとは思うが、それでまだ本調子じゃないとかいうんじゃねェだろうな」

「ま、そんな感じかな」

 

 不自由な義足でかなりの強さを誇るのに、それ以上力を増したらいったいどれほどの実力者になるのか、とゾロは戦慄する。

 ルフィは知っていたのか、それとも気にしていなかったのか、とくには口を挟まずに魚の骨を食うのに夢中になっていた。

 

「大型の鳥はね、飛ぶためにははばたく以上に風に乗る必要があるからさ…走れるぐらいにはなったけどまだまだだよ」

「あっ、助走かァ…」

「そ。しかも生身の足よりも機械鎧は重いからね……あんまり長い時間飛べないんだよ。具体的には4~5分くらい」

「いったいどういう事情があってそんな足になるわけ?」

「…………女の意地、かな?」

「なにそれ?」

 

 自嘲気味なエレノアの言葉の意味が分からず、ナミが聞き返すがもう返事は返ってこない。

 開いた皿を片付けてくれたロゼは、初めて見る精巧な作りの義足を見つめ、次いで痛々し気にエレノアを見つめた。

 

「あなたって……見た目以上にハードな人生おくってるのね」

「天族ってだけでも生きづらい世の中だからね……どう聞いてもまゆつばものの伝説ばっかりだし。狙われやすいの、よっと」

 

 最後のパーツを義足にはめ込み終え、エレノアは膝を立てる。

 適当に動かして動作に問題がないのを確認すると、翻していたローブの裾を戻した。

 

「……生き血を吸えば、永遠の命を。血肉を食らえば、不死の体を。純潔を奪えば、不変の栄光を。真に受けるのもバカらしい伝説だけど、結構そのバカが多いんだよ。この世には」

「…………」

 

 伝説の種族が抱える闇の歴史の片鱗に、ナミもロゼも閉口する。

 聞くべきではなさそうな話に、この小さな少女はどれほどの痛みを抱えてきたのだろうとつい思ってしまう。

 ゾロも何か思うところがあったのかじっと見つめるが、やがてふっと視線を外した。

 

「メシは食った。そろそろ行くか」

「そうだな」

「寂しくなるね…もうちょっとゆっくりしてってくれてもよかったのに」

「ま、海賊ですから」

 

 ロゼが言うと、エレノアはしんみりさせてしまった空気を換えるように茶目っ気を込めて答える。

 思わず笑みを浮かべていると、店のドアが開いてカヤが顔を出した。

 

「ここにいらしたんですね」

「よう、お嬢様っ」

「寝てなくて平気なの?」

「ええ、ここ1年の私の病気は、両親を失った精神的な気落ちが原因でしたので………」

「あのヤブ医者の言うことだったしねェ…計画の信憑性を持たせるつもりでウソの申告をしてたかもよ?」

「あはは、それもあるかもね…」

「ウソップさんにもずいぶん励まされたし…甘えてばかりいられません。それよりみなさん…」

 

 カヤはルフィたちの方を見ると、期待を込めた笑顔を向けた。

 それはまるで、自分の子供にプレゼントを準備し、渡す時を待ち望んでいた親のような笑顔だった。

 

「船、必要なんですよね!」

「くれるのか⁉ 船っ‼」

 

 それに最も喜んだのは、少年のような目をした麦わら帽の船長だった。

 

 

「へぇ…」

「キャラヴェル!」

「うおーっ」

「素晴らしい!」

 

 彼らが最初に到着した海岸で、一味は歓声を上げる。

 そこに停泊していたのは、羊の船首が付いた一隻の船。大きいとは言えないが、一味には十分ありがたい立派な帆船であった。

 

「お待ちしていましたよ。少々、古い型ですがこれは私がデザインした船で、カーヴェル造り三角帆(ラティーン・スル)使用の船尾中央舵方式キャラヴェル〝ゴーイング・メリー号〟でございます」

 

 包帯を頭に巻いたカヤの執事、メリーが笑顔でルフィたちを迎える。

 カヤから事情を聴いた彼は、何とか礼のできる方法を考え、今回のサプライズを敢行したのだ。

 

「あなた方ですか。ウソップ君と共にクロネコ海賊団を追い払ってくれたのは。私はもっと大柄な人たちかと…」

「これ、本当にもらっていいのか⁉」

「ええ、ぜひ使って下さい」

「動索の説明をしますが、まずクルーガーネットによるヤードの調節に関しましては…」

「あ、いいですいいです」

「船の説明なら私が聞くわ」

「苦労かけるねェ…」

 

 首をかしげる船長に代わり、ナミがメリーから操舵の方法を聞く。

 ナミがいなければ、出向前に暗礁に乗り上げるところであった。

 

「航海に要りそうなものは全て積んでおきましたから」

「恩人のためならまだ物足りないくらいだけど…」

「ありがとう! ふんだりけったりだな‼」

「至れり尽くせりだ、アホ」

 

 話を聞くに、ロゼも食料などの手配を手伝ってくれていたらしい。

 正直、自分たちがこの島に来なければ悲しい事実を知らずに済んだのかもしれないとエレノアは思う。

 しかし前を向いて歩きだそうとしている彼女にそんなことを言うのも野暮だと思いなおし、ため息をこぼすだけにとどめた。

 その時だった。

 ゴロゴロと坂を転がりながら、悲鳴を上げて近づいてくる影に気が付いたのは。

 

「うわあああああああ止めてくれ――――――――っ‼」

「……ウソップさん!」

「よしきた」

 

 どうやらありったけの荷物を詰め込んだのはいいが、重すぎてバランスを崩してしまったらしい。

 海に落ちる前に、ルフィとゾロが足を出してウソップの顔面を踏みつけることで、ようやく回転は止まった。

 

「………‼ わ……わりいな…」

「うん」

 

 もっとやり方があるのではと思ったが、ウソップの自業自得でもあるので誰も何も言わなかった。

 

「…やっぱり海へ出るんですね、ウソップさん…」

「言っておくけど、止めないよ。…そんな気がしてたし」

「なんかそれもさみしいな」

 

 眉尻を下げ、カヤとロゼはただウソップを見送る。

 本物の海賊になるという彼を、二人とも止められる気はしなかった。

 

「今度この村に来るときはよ、ウソよりずっとウソみてェな冒険譚を聞かせてやるよ‼」

「うん、楽しみにしてます」

「体には気を付けてね」

「お前らも元気でな。また、どっかで会おう」

「…ん?」

「なんで?」

 

 不思議そうに返され、ウソップは言葉に詰まる。

 二度と会うこともないとでも思われていたのだろうか。

 

「あ? なんでってお前、愛想のねェ野郎だな…。これから同じ海賊やるってんだから、そのうち海で会ったり…」

「何言ってんだよ、早く乗れよ」

「ウソップ君待ちだよ、今」

「え?」

 

 戸惑うウソップに、ルフィは当たり前だろというように答えた。

 

「おれ達もう仲間だろ」

 

 思わぬ誘いに、ウソップは今度こそ言葉を失った。

 なぜ弱い自分にとか、他にもっとすごい奴はいるだろうとか、様々な思いが頭の中をよぎる。

 だがウソップは、ぶるぶると頭を振ってそれらの考えを振り払った。

 

「キャ……‼ キャプテンはおれだろうな!!!」

「ばかいえ‼ おれが船長(キャプテン)だ!!!」

 

 こうして波乱を繰り返し、4人目の仲間が集う事となった。

 

 

 遠く離れていく帆船――今は海賊船ゴーイング・メリー号を、カヤとロゼ、メリーは静かに見送る。

 その表情には、隠しきれない寂しさがにじみ出ていた。

 

「彼はいつの日にか、ホラを現実にできるような男になるのかもしれないね…」

「…そうかもしれないわ」

「カヤ、あなたはこれから、彼の励ましに見合うようにならなきゃいけないよ?」

「ええ…‼」

 

 ロゼの励ましに、カヤは涙をぬぐいながら力強くうなずく。

 そんな彼女に、ロゼはいたずらっぽい笑顔を浮かべて横目を向けた。

 

「さ~て、私もお店で頑張らなくちゃなァ…! カヤには、負けられないから」

「………‼ フフッ、私だって!」

 

 悲しみを乗り越えようとしている娘たちの強い姿に、メリーは思わず目頭をハンカチで拭う。

 両親を亡くした病弱な娘や、生きる希望を失った不幸な娘たちは、明日に向かって大きく一歩を踏み出そうとしていた。

 

 

「新しい船と仲間に‼」

「「「「「乾杯だ―っ!!!」」」」」

 

 新たな門出を祝う一同は、知らない。

 彼らがいなくなった後も、元気にホラをふき続ける小さな守り人たちが生まれたことを。

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