ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第22章 世界を敵に回してでも〈後編〉
第211話〝騎士道〟


「おれはてっきり橋でもかかってんのかと思ってた。何だコリャ」

 

 司法の塔を駆け上がり、最上階に探し人達がいない事にようやく気付いたルフィ。

 彼はそのまま階段を全速力で駆け下り、エレノアとロビンが連れていかれた筈の橋を目指した。

 

 そして……その前に立ちはだかる、荒れ狂う海に対面する事となった。

 

「なんて凄まじい大渦…!!!」

「小僧………これは船で渡るのはムリだゾ」

「〝正義の門〟は見えてんだけどなァ‼」

 

 轟々と唸る荒海を悔しげに睨み、ルフィが声を荒げる。

 一体、エレノア達をどうやって向こう側に連れていくつもりなのか、ルフィには全く見当がつかない。

 

「時間はねェ…‼ とにかく何か方法を探すゾ!!! あいつらが行っちまう前ニ!!!」

 

 リンがそう告げ、向こう岸に渡れる方法を探し出す。

 主である彼を助けるため、二人の家臣もばばっと素早く飛び出し、辺り一帯を探り始めた。

 

 

 

 そして同じ頃、司法の塔の内部のある部屋において。

 

「いか――――――ん!!! お茶なんて飲んでる場合じゃね〜〜っ!!!」

 

 椅子に腰を下ろし、テーブルの上の紅茶を堪能していたサンジが、ようやく我に返って吠える。

 椅子をひっくり返し、彼は床に尻餅をつきながら、優雅にカップに口をつける眼鏡の美女を睨みつける。

 

「魔術‼︎ ……魔術にかかっていた、〝恋〟という名の高潮に、おれは呑み込まれちまう所だった…‼︎ 危なかった‼︎」

「………もう3杯飲んだじゃない」

「お前バカだろ」

「えーい、うるさい魔女め‼︎ もう罠にはかからんぞ‼︎」

「最初からそんなもんねェっての‼︎」

 

 部屋の入り口近くで身構えたままのグリードに呆れた声を向けられるも、サンジは全く気にしない。

 偶然相方になった彼の事は、もうほとんどいないもののように扱っていた。

 

「海列車でロビンちゃんをひどく侮辱した『CP9』をおれは忘れねェ‼︎ 鍵をよこせ‼︎」

「……残念、お急ぎのようね」

 

 カリファは表情一つ変えずにそう返し、カップをソーサーの上に戻す。

 立ち上がり、鋭い目で睨みつけてくるサンジを横目で見やり、妖艶な笑みを湛えて頬杖をついてみせる。

 

「どうぞ? 鍵ならご自由に持っていらして」

「? どこにある」

「さァ…私の体のどこに隠したかしら」

 

 その言葉に、サンジの目がカリファの全身を満遍なく凝視していく。

 

 網タイツに包まれた白い肌、豊かな胸元、細い腰、豊満な臀部、細くしなやかな脚……暴力的な魅力を放つ女体の全てに、邪な目が向けられる。

 

「探してみて?」

「ィ喜んで―――っ!!!」

 

 目をハートマークにさせて、プールにでも飛び込むようにカリファの元へ向かうサンジ。

 しかし至近距離にまで迫った途端、カリファの蹴りが彼を軽々と吹き飛ばした。

 

「幸先悪いわね」

「おれのバカ野郎ゥ‼︎」

「お前マジでバカだろ」

 

 足元にまで転がって来て、涙を流すサンジにグリードが心底呆れた声で告げる。この非常時にも邪な感情が先に出る哀れな男に、かける言葉が見つからなかった。

 

「ニコ・ロビンなら、こうしてる今も着々と〝正義の門〟へ近づいて行ってる――彼女にとっては〝地獄〟へ近づいていると言った方がいいかしら」

「わかってらんな事ァ!!! そうさ、ロビンちゃん達の命が懸かってんだ!!! 邪魔をするなら女だろうと手加減しねェぞ‼︎」

 

 再び立ち上がったサンジは、表情を引き締めてカリファに指を突き付ける。

 己に貸した騎士の信条。この戦いがそれを歪める事になろうとも、ここから立ち去る気はさらさらなかった。

 

「ガッハハハハ!!! 痛ェ目見る前にお前の持ってる鍵を渡せってこった………覚悟しろよ、秘書女!!!」

「……ふふ…大声出したって鍵は出て来ないわよ」

 

 大声で笑い、黒く変色した爪を見せつけるグリードに、カリファはやはり冷静な態度を崩さない。

 

 ガチガチとギザギザの歯を鳴らす化け物と、静かに相手を見据えるコック。彼らを見つめ返し、カリファはふっと小馬鹿にした笑みを向ける。

 

「――女だなんて思わなくて結構…そんな甘い世界を生きてはいないわ。抹殺命令が出ている以上、私はあなた達の命を貰うだけ」

「命はやらねェ、おれ達が欲しいのはロビンちゃん達の手錠の鍵だ」

紅茶(ティー)タイムは終わりでいいのね?」

 

 睨み合いが、数秒もの間続く。

 そして次の瞬間―――サンジとグリードが一斉に動く。

 

 凄まじい勢いで放たれる、黒足の蹴撃と黒爪の斬撃。

 だがそれらは、カリファの体に傷をつける事は一度もなく、寸前のところで止められるか、わざとすれすれのところに叩きつけられるかでしかなかった。

 

「海賊のクセに…とんだ意気地なし」

 

 カリファはそんな彼らの戦いを嘲笑い、容赦なく反撃を繰り出し、サンジとグリードを蹴り飛ばす。

 二人は血反吐を吐きながら部屋の中を転がり、壁に叩きつけられてようやく止まった。

 

「おいグリード!!! さっきから何やってんだ!!!」

「…人のこと言えた立場かよ」

 

 膝をつき、悪態をつくサンジに、逆様になったグリードは舌打ちと共に言い返す。

 幾度も必殺と呼ぶにふさわしい一撃が叩き込まれたが、カリファは無傷のまま。サンジとグリードのいずれも、女性に傷をつけられないでいる証であった。

 

「おれァ悪だが……それでも通してェ意地ってのがあらァ…………!!! てめェの命が懸かってようと………!!! おれに女を殴る趣味はねェ……!!!!」

「……あークソ、最悪だ。この状況でこんな…………こんな奴と主義が一致するなんてよ」

「ガッハハハ!!!」

 

 一味がばらばらになりかけた原因であり、否応なく共闘関係を結ばされている相手と殆ど同じ信条を持っていると知り、がっくりと肩を落とすサンジ。

 グリードは笑っていたが、サングラスの奥の目には明らかな焦燥が表れていて、この状況に危機感を抱いている事を示していた。

 

「見えすいた威しはもうたくさん、面白い事してあげましょうか…」

 

 そして、遂にカリファが自ら動く。

 サンジのネクタイを掴み、ぐいっと引っ張って顔を近づけながら、彼が咄嗟に突き出した足に触れる。

 

「反撃しなきゃ………助からないわよ」

 

 カリファがそう呟いた直後。

 サンジは自らの体に起こった異変に驚愕し、愕然と目を見開いた。

 

 

 

 薄暗い地下の空間の物陰に、ナミは息を潜めて身を隠す。

 先程遭遇した大男の姿を探し、一刻も早く離れなければと辺りを真剣に探る。

 

 だがその時、彼女の背後でゆらりと、異形の影が音もなく近づき、無数の魔の手を伸ばしてくる。

 

「『生命帰還』」

「え‼︎」

「あよいよいよいよよよい!!!」

 

 ナミが気付いた時には既に遅く、生物のように蠢く大男の髪に縛り上げられてしまう。

 必死に藻掻き、抵抗するナミだが、髪の毛とは思えない力に、徐々に呼吸が困難になってくる。

 

「さァ〜〜さこのまま〜〜〜〜‼︎」

「しまっ……!!!」

「さァさァさァ!!! 突き殺そうかァあァよよよい‼︎ あァ絞め殺そうかァあァよいよい‼︎」

 

 耳障りな口上を口に、だばだばと涙を流して構えを取る大男―――クマドリ。

 顔を紫色に染め、悶え苦しむナミを見上げて、やはりうるさい口上を述べ続ける。

 

「木枯し吹くこの今生でェ〜エ‼︎ 春の芽吹きを待つも叶わず大往生、せめて一度真っ赤にいとしい花弁咲かせェ散らすが、おいらの義理人情っ!!! あの世に行ったらァ…おいらの死んだおっかさんに…伝えておくんなせェ…おいら…おいらァ元気でェ〜…‼︎ 殺って―――」

「〝刻蹄〟『桜』!!!」

「びょ!!!?」

 

 ナミの意識が闇に堕ちようとした直前、突如割り込んだ新たな異形が、クマドリに蹄の掌底を食らわせ吹き飛ばす。

 放り捨てられたナミの元に、腕力の強化形態となったチョッパーが急いで駆け寄る。

 

「ナミ!!! 大丈夫か!!?」

「………‼︎ チョッパー………‼︎ ありがとう、助かった…」

 

 何度も咳き込み、呼吸を整えようと努めるナミが、顔を覗き込んでくる船医に礼を言う。

 一旦危機は去った、と安堵したチョッパーは土煙の向こう側で痙攣する大男を睨み、困惑の声を上げる。

 

「アレ何だ⁉︎ 能力者か⁉︎」

「わかんない! あいつの髪タコみたいに動くから手も足も出せないの‼︎」

 

 悪魔の実の能力者であろうとなかろうと、厄介な力を持っているのは確実。

 正体を掴めないまま挑むのは危険だと、ようやく呼吸が落ち着いてきたナミが立ち上がり、勢いよく駆け出す。

 

「――それより今の内よチョッパー‼︎ 早くここを離れましょう‼︎」

「何で!!? あいつ倒さなきゃ鍵が‼︎」

「これでしょ?」

 

 突然のことながら、すぐに走り出してナミの隣につきながらチョッパーが問うと、ナミは懐から例の鍵を取り出してみせる。

 ぎょっと目を見開くチョッパーに、鍵を握り締めつつ、走る事に集中する。

 

「鍵だけは気づかれずにスッたのに逃げられなくて‼︎ みんなの状況わかる?」

「なァなァそれ、何番って書いてある⁉︎」

「番号?」

 

 何やら慌てた様子のチョッパーに急かされ、手の中の鍵をひっくり返し、持ち手部分に刻まれた番号を確認してみる。

 

「〝3番〟」

「ダメか」

「何なの、この番号」

 

 肩を落とすチョッパーに、何を意味するものなのか、と問い質そうとした時。

 ナミとチョッパーは塔の中心部、天井までが吹き抜けになった空間に飛び出し、そして。

 

「うおおおおおおおお!!!」

 

 突如、頭上の壁の一部が弾け飛び、中から見覚えのある黒ずくめの男が、雄叫びと共に飛び降りてくるのが見えた。

 思わず制止し、後退ったナミとチョッパーの前に男―――グリードは降り立ち、担いでいた何かを地面に降ろした。

 

「何か……落ちてきた‼︎」

「あ、あんたは…‼」

「お前………たしかグリードとかいう⁉︎」

「ようお前ら……悪いけどコイツ頼むわ」

「え!!? 人形!!?」

 

 グリードが床に寝かせた何かを見て、チョッパーがぎょっと息を呑む。

 どう見ても人の形には見えない、つやつやとした凹凸の乏しい何か……それの顔の部分を見て、チョッパーはそれの正体にようやく気付いた。

 

「違う!!! サンジ!!? 何だ!?? この姿!!!」

 

 元とはかけ離れた姿になり、血塗れになったサンジ。

 慌てて駆け寄り、触診を試みるチョッパーだったが、見た事も聞いたこともない状態で、どうすればいいのかまるでわからない。

 

「ガラスの人形みたいだぞ!!? 全身ツヤツヤで…それにひどいケガだ‼︎ おいお前‼︎ 何があったんだ!!?」

「〝CP9〟の女秘書にやられた。おれもこのザマだ…………そいつは十分戦った。診てやってくれ」

 

 サンジを下ろしたグリードが、そう言って自身の右腕を見せると、サンジと同じようにおかしな状態に陥っているのが見える。

 彼が見上げる先、つい数秒前までサンジ達がいた部屋を見上げれば、カリファが余裕の表情で見下ろしている姿が見えた。

 

「……す………すま"ねェ……敗けた…鍵…奪え…ながった」

「ま…待ってろサンジ‼︎ すぐ応急処置するからな‼︎」

 

 意識を取り戻したサンジが、掠れた声でナミ達に謝罪する。

 まだ息はある、と安堵したチョッパーがすぐに治療の準備を始めるが、その時ナミが訝しげな視線をサンジに向け、口を開く。

 

「あんた達…本当に、勝てなかった…? まともに戦ったの……?」

 

 彼女の問いに、サンジもグリードも何も答えなかった。

 ぐっと悔し気に唇を噛み締めたまま、虚空を見つめて黙り込むだけであった。

 

「相手はあの女でしょ…あんた、女に甘いもんね」

「…‼︎ 鍵の事は…すまなかった」

「違うわよ‼︎ そんな〝騎士道〟持ってる為にあんたの命まで取られちゃうって言ってんの!!! こんな目にあってもまだ貫くの⁉︎ 死んだらどうすんの⁉︎」

「オイオイ姉ちゃん………そいつは」

「あんたも同罪よ‼︎ 何よ2人して!!!」

 

 目を吊り上げ、甘い考えを抱いたままこの場にいる仲間に怒りを露わにするナミ。

 グリードが恐る恐ると言った風に止めに入ろうとするが、それを跳ねのけ、彼にも怒りの咆哮をぶつける。

 

「別に…死にてェとは思わねェ……ただ、女は蹴ったらいかんもんだとたたき込まれて育った。だから………」

 

 責められながら、痛々しい姿で横たわったまま、ギリギリと歯を食い縛り、サンジは語り出す。

 恩人の言葉、自分を拾い救ってくれた男の教えを―――自分自身の根幹となった教えを、何が何でも貫き通すという意志を、痛みと屈辱を堪えて告げる。

 

「…たとえ死んでも、おれは女は蹴らん…!!!!」

 

 断固として譲れない、男の覚悟。

 チョッパーとグリードも思わず感嘆の声を漏らす、男達の魂を震わせる想いの強さがそこにある。

 

 ナミはそんな彼に心底呆れたため息をつき、完成版天候棒(パーフェクト・クリマ・タクト)でガンッ!と頭を叩いた。

 

「ばかね…ばか‼︎」

「おい何すんだナミ――っ!!!」

「男の覚悟に何だてめェその態度はァ!!?」

「逃げ出す事も〝騎士道〟に反するのなら…せめてそっちは捨てなさいよ‼︎ 無駄に死ぬ事は話が別よ‼︎」

 

 目を吊り上げて怒鳴りつけてくる二人を無視し、サンジに説教する。

 しかし、やがて彼女の勢いは落ち着き、ナミは不意に、苛立たし気に眉間にしわを寄せるグリードに横目を向けた。

 

「グリード……サンジ君を助けてくれてありがとう、あの女は私に任せて!!! 容赦しない」

 

 サンジを庇うように、ナミがカリファの方へ数歩進み出る。にやりと不敵に笑う敵を見据え、得物を肩に担いで表情を引き締める。

 階段を上がるその前に、立ち止まったナミはフッと笑みを浮かべてみせた。

 

「――それとあんたの〝騎士道〟…少し見直したわ」

「え…今…『惚れ直した』って」

「「そうは言ってねェっ‼︎」」

 

 思わぬ言葉に、とてつもなく前向きな聞き間違いを披露するサンジ。

 そこへチョッパーとグリードによるツッコミという名の頭突きが炸裂し、サンジの意識は再び闇の中に沈んだのだった。

 

 背後のそんなやり取りを放置し、ナミはカリファに向き合う。

 その目には、仲間を傷つけられた事への怒りが、煌々と燃え盛っていた。

 

「私は、優しくしないわよ‼︎」

「私もよ、気が合いそうね…」

 

 新たな組み合わせが出来上がった、その時。

 どどどど、と通路の向こう側から見覚えのある巨体が駆け込んでくるのが見えた。

 

「よよい‼︎ 待ァ〜〜〜てェ〜〜‼︎ あ、逃がしてェ………!!! あ逃がしてなァ〜〜〜る〜〜〜〜も〜〜〜〜のか〜ァ!!!」

「タコ男‼︎」

「ナミはあの女を‼ あいつはおれが何とかするよ‼」

「わかった‼」

「よろしく頼むぜ‼ じゃ!!!」

「えェっ!!?」

 

 勇ましく名乗り出て、クマドリの前にチョッパーが飛び出す。

 するとなぜかグリードもその場を任せ、どこかへと走り去っていってしまい、チョッパーは顔を険しく歪ませる。

 

「あァもう…‼〝刻蹄〟…『十字架(クロス)!!!」

「よよゴォ!!!」

 

 そんな彼の苛立ちを込めた一撃が、クマドリの体に強烈に叩き込まれた。

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