ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第212話〝戦手交代〟

「うべばばぼばばぺぱぶば」

 

 ルフィは今、溺れていた。

 荒波に呑まれて破壊されたボートにしがみつき、辛うじて沈むのを防いでいるような状態で、後悔の涙を流していた。

 

「何してんですカー!!?」

「はばでびぼぼばなべびらぬがらば」

「だからさっきから無理だと言っておるだろうガ―――ッ!!!」

 

 駆け付けたメイとチムニー、ゴンベが悲鳴をあげ、目を吊り上げたフーとランファンが海に飛び込んで救助に入る。

 主以外は基本的にどうでもいい二人だが、今回ばかりは自発的に動いていた。

 

「渡れるわけないじゃんこんな海、ボートで‼︎」

「あんたバカですカ‼︎」

「だから今、おれ達で必死にここを渡る方法捜してんだってノ‼ ちっとは待つって事を覚えろよバカ船長!!!」

 

 ゼイゼイと肩で息をするリンが怒鳴り、話を全く聞かないルフィを叱る。

 対するルフィは、まだ顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしたまま、自分を止めるリン達に抗議じみた声を上げる。

 

「だってお前ら、ロビンがあの門に連れてかれたんだぞ!!! 急がねェと連れ戻せなくなっちまうよ―――!!!」

「落ち着け――っ!!!」

「私達はそこへ行く方法を教えにきたんでス!!! 急いデ!!!」

 

 チムニーとメイが、海とは全く異なる方向に向かって走り出す。

 どういう事か、と訝しんだルフィ達は、彼女達の案内についていく。

 

 そしてその先で口を開けて待っていた、遥か地下に通じる階段に到着し、大急ぎで段差を駆け下りていく。

 

「海の地下通路⁉︎」

「そう‼︎ 気配を追っているト、連中がずいぶん下に降りていったのでまさかと思いましたガ…!!!」

「そうカ…‼ そういう事だったのカ‼」

 

 あの荒海を渡る方法など、どんなに頑丈な船であってもまず不可能だと考えていたランファンが納得の声を漏らす。

 かくして地価の通路の入り口に辿り着いた彼らであったが、鋼鉄の分厚い扉は、固く閉ざされてしまっていた。

 

「これか‼︎ ずいぶん硬ェ鉄の扉だな………」

「おそらくはこれを操作して開くんだと思いますけド…」

「多分この鍵穴だよ! 鍵ないけど…」

「これハ……手持ちの火薬を使っても開きそうにないナ」

「………お前らさがってろ。ここから正義の門へ行けるんだな‼︎」

 

 開ける方法を探し、扉を探るリン達。

 すると、彼らを押し退け、ルフィが拳を掌に打ち付けながら前に出てくる。

 

「ン? 何する気ダ⁉︎」

 

 困惑の声を漏らすリンの前で、ルフィはおもむろに自分の親指を噛み、そして。

 

 

〝ギア3〟!!!

 

 

 ドカン! と凄まじい衝撃が島全体に響き渡る。

 ゾロとカクの戦いの余波で切り裂かれ、ズレた塔がさらにズレる程の威力の一撃が、鋼鉄の扉に炸裂する。

 

 そして、分厚い扉はまるで粘土のように折れ曲がり、ぽっかりと奥へ続く通路を開いてみせていた。

 

「あいた…」

「なんて力だヨ……」

「よし…行ってくる!!!」

 

 唖然とするチムニー達を他所に、満足げに息を吐いたルフィがてくてくと歩き出す。

 

 だがしかし、彼のその体は先程までとは明らかに異なっており……というか、どう見ても二頭身から三頭身ほどの体型に小さくなっていた。

 

「縮んでル〜〜〜〜!!?」

「何があっタァ~~!!?」

「ええ〜〜〜何でチビになったのォ!!?」

「ニャ〜〜〜〜!??」

 

 驚愕の声を上げるチムニー達を放置し、ルフィは小さくなった体で通路を駆ける。

 

 目を見開いたまま、彼の後に続き地下通路を走るリン達。

 彼らの目の前で、走っている間にルフィの体が徐々に大きくなり、遂に元の姿に戻っていった。

 

「お…戻ってきた!」

「どういう構造してんだヨ、お前の体ハ…」

「よォし、待ってろよロビーン!!! エレノア~!!! ハトの奴!!! 必ずぶっ飛ばしてやるぞ!!!」

 

 呆れた声を漏らすリンに取り合わず、ルフィは鼻息荒く前を見据える。

 自分の体の事などよりも、彼は仲間の安否だけを考え、自分が戦うべき敵との再戦を望んでいた。

 

 

 

「今…ものスゲェ音がしたが……気のせいか? 気のせいなわけねェな‼」

 

 自らが通ってきた通路を振り返り、少し不安気な声をかけるスパンダム。

 小心な彼を内心で嘲笑いながら、ルッチも通路を振り返り、音の正体について推測を述べてみる。

 

「海賊の誰かが…扉を破壊した音では?」

「あァ⁉ そんなバカな事あるか‼ あの分厚い鉄の扉だぞ!!! 第一、奴等が扉を見つけられるハズがねェ!!!」

「――いえ、わかる筈…子供とペットが我々をつけていましたから」

「え―――っ!!? な…なぜ、お前それを知ってて消さなかった‼」

 

 ぎょっ、と目を見開き問い質すスパンダム。

 子供とペットが道を見つけただけで、海賊ごと気があの頑丈な扉を破れるはずがないと考えながらも、不安要素を放置していた部下を叱責する。

 

 そんな彼に向けて、ルッチはにやりと不気味に嗤い、端的に答えを口にした。

 

「指令が………出ませんでしたので…」

「何を!!? コノ間抜けめ―――‼ それくらいてめェで判断しやがれ‼ 何だよ、オイ…じゃあ誰か今、ここへ向かってるってのか⁉」

「あまり、情けない事を言ってくれるな…スパンダム君……」

 

 慌てふためくスパンダムに、不意にそれまで黙って護衛を務めていたブラッドレイが口を挟む。

 片手でエレノアを担ぎ、じろりとそれまでの温厚さとは異なる鋭い眼差しを向け、厳しく聞こえる声を放つ。

 

「君はただ、そこで泰然と構えて貰わなければ、現場の我々は非常に困るのだよ……我々を統べるべき立場の者がふらふらしていては、下の者はどこを向いていればいいのかわからなくなるからね」

「お……お、おォ。た、確かにその通り…すまない、ブラッドレイ殿」

「わかってくれて助かるよ…」

 

 にっこりと笑って、上官としての心構えを説いてくるブラッドレイに、咄嗟に頭を下げるスパンダム。

 だが、彼が顔を上げた直後、ブラッドレイは先程よりも遥かに冷たい目を向け、冷淡な声で再び告げる。

 

「もし、ここまで言って態度を改めないようであれば………()()()()()()()()()という理由で、君には長官の座をここで降りて貰わなければならないからね…‼」

 

 ぞっ、と。

 ブラッドレイがそう言った途端、スパンダムとルッチ、ロビンの背筋に寒気が走る。

 

 彼が手に掛ける軍刀に視線が集中し、まさか、とスパンダムの顔が恐怖に引きつり出すと、ブラッドレイはまたにっこりと笑って肩を竦めてみせた。

 

「…………冗談だ。さァ、先へ進むとしよう」

「ひ……ひは…‼」

 

 冗談とは思えない、本気で殺すつもりとしか思えなかったほどの濃厚な殺気。

 改めて、〝大総統〟と呼ばれる男の実力の一端を目の当たりにした彼らが、再び歩き出そうとした時。

 

「…来たか」

 

 ふと、ブラッドレイの脇から小さな声が響く。

 するとロビンが不意に立ち止まり、通ってきた通路を再度振り向いた。

 

「おい急げ…何を立ち止まってるんだ!!! ニコ・ロビン!!! オイ!!! この〝生きてるだけで犯罪女〟ァ!!! 止まるなっ!!!」

 

 振り向いたまま、動こうとしないロビンに、一刻も早く正義の門を十行ってしまいたいと思っているスパンダムが喚く。

 息を殺し、通路に目を凝らすロビンを、ルッチが片手で押して急かす。

 

「命令だ……進め…ニコ・ロビン」

「信じて待ちたい気持ちもわかるがね………」

「ワハハハ、バカめあんな弱そうな海賊共に本気で希望をかけてんのか。さっきの爆音も気のせいさ、ここへ来れるわけがねェ‼︎」

 

 あの強そうに見えない海賊に、ここまで来れる力も度胸もないと、スパンダムがゲラゲラと下品に嘲笑う。

 未だに自分の都合のいい情報しか信じない、受け入れない彼は、しかしやはり先を急ぎたいと、ロビンの手錠を引っ張り催促する。

 

「今日まで生きてしまった罪を、お前らは償い続けるんだよ‼︎ なァニコ・ロビン!!!〝妖術師〟!!! ワハハハ!!!」

 

 ありえない事を、これまで何度も見せつけられている事も忘れて、スパンダムは勝利を確信したままでいる。

 そんな彼に、海軍最恐の剣士に抱えられた血濡れの天使が、小さく身動ぎをし始める。

 

「にゃは…にゃははは……はは………‼︎」

「あ? 何だお前、何を笑ってる。恐怖でおかしくなったか?」

「……あんたが…私がこれまで………見てきた奴らの中で……一番…滑稽だったからさ…………」

 

 息を切らせながら、可笑しくてたまらないという風に体を揺らすエレノアの顔を、スパンダムが胡乱気に覗き込む。

 エレノアはくわっと目を見開き、壮絶な笑みを湛えて答えた。

 

「そんなんだから……足元を掬われるのさ、クソ野郎」

「ロビ〜〜〜〜〜〜ン!!! エレノア〜〜〜〜〜!!!」

 

 そして、通路の向こう側から叫び声が響いてくる。

 それに気づいたスパンダムは、ぎょっと化け物にでも遭遇したような顔で固まり、慌ててブラッドレイの後ろに逃げ込む。

 

「んな…‼︎ 何だ今、声がしたぞ!!! おい‼︎ 何だ今の声はァ!!!」

「ほう…これは、思っていたよりも早かったな」

 

 恐慌状態に陥るスパンダムとは真逆に、ルッチとブラッドレイはどこまでも冷静に事態を把握する。

 ルッチはロビンの背中を押し、ブラッドレイはエレノアを手渡し、猛然とした勢いでやってくる侵入者たちを出迎える準備を始める。

 

「長官はニコ・ロビンと〝妖術師〟を連れて…どうぞ、先をお急ぎに…」

「ちと、君の腕では重いかもしれんが…まァ、我慢してくれ」

 

 笑みを浮かべる二人の武人達に促され、エレノアを抱え、ロビンの手錠を掴んで、スパンダムは小走りで進み出す。

 

 長官の姿が見えなくなった丁度その頃、閉ざされた扉の向こう側から、再度騒がしい声が聞こえ始める。

 

「ん⁉︎ 扉? 今度のは別に鉄ってわけでもなさそうだ」

「だったら楽にブチ破れるナ‼」

「「うりゃ―――――っ!!!」」

 

 どっ、と鋼鉄でもなんでもない扉が蹴破られ、麦わらの青年と糸目の青年が同時に飛び込んでくる。

 並び立った二人の隣に、二人の黒装束と少女が立ち、立ちはだかる男達を見据えて表情を引き締める。

 

「……なるほド、これは確かニ」

「骨が折れそうな相手ダ…‼」

 

 一目で只者ではないと察した臣下は、無言で刃を抜き、身構える。

 対する最強の剣士と最強の体術使いは、現れた敵を前ににやりと、獰猛な獣のような笑みを浮かべてみせた。

 

「……よく来た」

「あ!!! ハトのやつ〜〜っ!!!」

「ヨォ…‼ 久しぶりだナァ、〝大総統〟殿……!!!」

「この前はよくモ…‼ リベンジマッチの時間でス!!!」

「これはこれは、随分生き急いだ若者達がやって来たものだな…‼」

 

 逃げ場などどこにもない、地下深くの通路の終点の空間。

 助けを待つ仲間が連れていかれた待つ階段を塞ぐ男達を睨みつけ、ルフィ達は静かに兜の緒を締め直した。

 

 

 

「急げ!!! 畜生、何てこった、こんな所まで海賊に踏み込まれるとは‼︎」

 

 延々と続く階段を駆け上り、スパンダムが悪態をつきまくる。

 海兵達は役立たずで、門番は裏切り、無敵と思っていた部下の一人が無意味に倒され、届く筈もないと思っていた海賊の魔の手がみるみる迫ってくる。

 

 こんな目に遭う為に長官になったのではない、と誰に対するものでもない恨み言を吐き、電伝虫を起こす。

 

「おい‼︎ 全員応答しろ!!!〝CP9〟‼︎ てめェらいったい何やってんだ!!? 海賊が一匹ここへ来たぞ!!!」

 

 弱小海賊如き、片手間でも仕留められるだろうと勝手な計算をし、それを果たせないでいる部下を詰る。

 

 しかし、何度怒鳴りつけても、誰からも返答が来ない。

 まさか全員で無視しているのではあるまいか、とますます苛立ちを募らせ、電伝虫のボタンを忌々し気に何度も叩く。

 

「聞いてんのかおい!!! 返事くらいしやがれ!!!」

「…………おい…バカ長官…………お前……自分が何持ってるか………わかってんのか」

 

 乱暴にボタンを叩き続けるスパンダムに、彼に抱えられたエレノアが顔を上げ、ぎょっと目を見開いて告げる。

 訝しげに彼女を見下ろし、自分が持っているもの―――金色に輝く、ゴールデン電伝虫(決して押してはならないボタン)を凝視する。

 

「ええェ〜〜〜〜っ…!!!!」

 

 悲鳴をあげ、目の前の景色が夢であってほしいと何度も目を擦るスパンダム。

 絶句するロビンと、呆れてものも言えなくなるエレノアを放置し、懐を漁ったスパンダムは本物の電伝虫を探し出し、通話をかける。

 

「おいっ‼︎ おいっ‼︎」

『はい、長官』

「畜生、しまったこっちだ子電伝虫は‼︎ 何て事を‼︎ ウッカリした‼︎ よりによってゴールデン電伝虫を押しちまった!!!」

 

 誰かは知らない、最初に答えた部下の一人に向けて、スパンダムは自分のやらかしを叫ぶ。

 それが島中に伝わっていると気付かないまま、頭を抱えて考えうる最悪の事態に陥った事を、恥も外聞も捨てて喚き散らした。

 

 

「よりによって『バスターコール』をかけちまったァ〜〜っ!!!」

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