ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「アホ過ぎる……‼︎」
目の前で、スパンダムが部下達に向けて発した通信に、エレノアは思わず顔をしかめて頬を引きつらせる。
反対にロビンは顔を真っ青に染め、頭を抱えるスパンダムを睨みつけ、声を上げる。
「バカな事を………‼︎ 今すぐ取り消しなさいっ!!! 大変な事態になるわ‼︎」
「何をォ⁉︎ 取り消しなさいィ⁉︎ ……オイオイ、誰に口を利いてんだてめェらはァ!!!」
ロビン達に命じられた苛立ちで少し冷静さを取り戻したのか、スパンダムが彼女達をぎろりと睨み返す。
しかし、すぐにその顔はまた醜悪に歪み、嘲笑が混じり始めた。
「ワハハハ、結構じゃねェか『バスターコール』‼︎ 何が悪い!!? そうさ…いいじゃねェか、おれはサイファーポールNo.9の長官だぞ、貴様らを無事政府へと受け渡す為『バスターコール』をかけた‼︎ ハハ……それでいいじゃねェか…………!!!」
万が一、ここで何が起きようとも最終的には侵入してきた海賊を、確実に皆殺しにできる。
そんな考えで、史上最大最悪の攻撃を是とする彼に、ロビンは咄嗟に嫌悪で目を吊り上げる。
「バカな事を…言ったハズよ‼︎ それだけでは済まない、あの攻撃に人の感情なんてないわ‼︎」
自分の過去から蘇り、当時の恐怖をそのままに味わわせてくる記憶。
何度も夢に見て、忘れる事を許さない惨劇が、ロビンが今見ている現実と混じり合っているかのような錯覚に陥らされていた。
「この〝エニエス・ロビー〟にある全てのものを焼き尽くす‼︎ 建物も人も‼︎ 島そのものも………‼︎ 何もかも犠牲にして目的を達成する、悪夢の様な集中砲火‼︎ それが〝バスターコール〟よ!!!」
必死にそれを避けようと、両腕を囚われたままスパンダムに詰め寄る。
もしかしたら、今間違いであったとこの男が報告すれば、最悪の攻撃は止められるかもしれない。そんな微かな可能性を信じ、力一杯に叫ぶ。
だが、それを見るスパンダムはただ鬱陶しそうで、応える素振りを一切見せずにいた。
「20年前のオハラで何が起きたか、あなたは知らないから…!!!」
「――あァ結構…政府にとってもそれだけのヤマだって事さ………‼︎」
にたり、と悪意をこれでもかと詰めた顔で嗤い、ロビンの願いを足蹴にする。
止める気を全く見せない男の顔を目の当たりにし、愕然となったロビンは、口を閉ざして数歩後退ってしまう。
「カティ・フラムのバカがプルトンの設計図を燃やしちまった今、お前の存在だけが古代兵器への手がかり。一時代をひっくり返す程の軍事力が、かかってるんだ……!!!」
よろよろと足元を覚束なくさせるロビンに、スパンダムが醜悪な顔を見せつけながら、先程とは逆に詰め寄る。
獲物を追い詰める猫を気取るように、退路を断たれた女を精神的にじっくりと甚振ろうと、ギラギラと不気味に輝く目で見据えて顔を寄せる。
「そのお前を奪い去ろうとするバカ共をより確実に葬り去る為ならば、たとえ兵士が何千人死のうとも…‼︎ 栄えある未来の為の仕方のねェ犠牲といえる‼︎ 何よりおれの出世もかかってるしなァ!!!」
堂々と、全てに於いて優先させる自分の欲望を口にした男に、ロビンは絶句し、エレノアはギリッと歯を軋ませる。
スパンダムに抱えられたまま、血濡れの天使はぎこちなく視線を上げ、彼を鋭く睨みつけ吐き捨てる。
「人の命を……何だと思ってる…⁉︎」
「忘れてくれるな、CP9とは政府の暗躍機関。1000人の命を救う為に100人の命が必要ならば、我々は迷わずその場で100人殺してみせる。真の正義にゃ非情さも必要なのさ。そもそも侵入した海賊共を全く止められねェ能なしの兵士共など、死んだ方がマシなんだバカ野郎共!!!」
ゲラゲラと笑い、常軌を逸した発言を平然と吐く、自称・正義の組織の長官。
見ているだけで吐き気を催すような存在を見やっていたエレノアは、やがてため息交じりに再び言葉を吐いた。
「……おいクソ長官………お前の子電伝虫…〝通話中〟だぞ」
「!!? え!!? うげェっ!!! しまった!!! 今の会話つつぬけか!!?」
思わぬ指摘に、スパンダムは手に持ったままだった電伝虫を凝視して慌てふためく。
しばらく固まっていた彼は、一つ咳払いをしてから受話器を口に近づけた。
「……そ……そんなわけでおれの名は麦わらのルフィだ」
「「「「「ウソつけェ!!!」」」」」
咄嗟に思い付いた言い訳を口にするも、島中のあちこちから怒号が響き渡り、敵に成りすます作戦は即座に失敗する。
そこへロビンが割り込み、受話器に向けて大きな声を張り上げる。
「全員、島を離れて!!! エニエス・ロビーに『バスターコール』がかかった!!! 島にいたら誰も助からないわ!!!」
「余計な事言ってんじゃねェよ!!!」
一人でも、自分を助けに来てくれた者も、それを阻む者も関係なく逃がそうと、事態の緊急性を伝えようとする。
しかし、スパンダムがロビンを殴りつけ、それ以降電伝虫からの通信は途絶えてしまった。
「『バスターコール』…」
島中の海兵に黒服達は、放送で伝わってきた最悪の情報に、思わず仲間同士で互いに目を見合わせる。
そして次の瞬間、蜂の巣をつついたような勢いで、島の港に向かって走り出した。
「『バスターコール』がかかったァ〜!!!」
「軍艦が来るぞ―――――っ!!!!」
それがどれだけ、何よりも危険でたいへんな事態である事を知っている海兵達は、必死の形相で避難を図る。侵入者たちの拿捕など、一切考える暇がないほどに。
「『バスターコール』だァ!!!」
「ここにいたら死んじまうぞ――――っ!!!」
「船を正門へまわせ‼︎ 出航準備‼︎ 海軍が!!! 攻めて来るぞ〜〜〜!!!」
着々と近づいて来る絶望から逃れようと、彼らは只管に足を動かし続けるのだった。
「―――今の何だ‼ ロビンはどっから喋ってたんだ!!!」
「……この扉の向こうだよ」
地下通路の最奥、端に通じる階段の前の空間で睨み合うルフィ達とルッチ達。
突如聞こえてきた放送に、ルフィが身構えながら問うと、ブラッドレイがやや呆れた様子で答える。
が、言い切る直前にルフィ達が飛び出し、ルッチとブラッドレイに一斉に攻撃を仕掛ける。
「『通すわけにはいかん』と、それくらい言わせろ」
振るわれた拳と刃を防ぎ、ルッチがにやりと不気味に嗤う。
同じくブラッドレイも剣を抜き、目前に迫るリン、フー、ランファンに意識を傾ける。
「どけよ、扉の奥にエレノアとロビンがいるんだろ!!!」
「邪魔しないで貰えるかイ? あんたらに付き合ってる暇はないんでネ…‼︎」
「いるだけだ。会えやしない、もう二度とな…」
何が何でも押し通ると意志を示すルフィと、それを嘲笑うルッチとブラッドレイ。
ビリビリと空気が張り詰め、重く肩にのしかかるようになったその時―――両陣営は再び激しく激突し、凄まじい衝撃波が辺りに飛び散った。
「急げ‼︎ 急げ!!! 間に合わなきゃ意味がねェ‼︎ ん⁉︎ 何か見えたぞ‼︎ これが出口か!!?」
そこから少し遅れて、ナミから鍵を預かったフランキーがどたどたと駆けこんでくる。
長い長い通路の先に見つけた部屋に、ようやく目的地が近づいて来たかと気合いを入れ直した時、彼の左右の壁にそれぞれ人影が叩きつけられた。
「うお‼︎」
「ウガァ!!!」
「コンチクショウガッ!!!」
壁にめり込んだ彼らは、ボコンッと自分の体を引き抜き、苛立たし気に相手を睨みつける。
突然の事に固まっていたフランキーは、ハッと我に返ると、それがルフィとリンである事に気付き声を上げる。
「麦わら!!! 糸目!!!」
「フランキー‼︎ 何しに来たんだコノ野郎‼︎」
「おれを嫌うのも大概にしろてめェ!!!」
「ルフィ、奴は今は味方ダ…とりあえずその怒りの矛先はあっちに変えとケ‼︎」
色々と因縁がある男の登場に、つい敵意を湧き出させるルフィにフランキーが怒鳴り、リンが宥める言葉をかける。
再度、敵の方を見据えたルフィとリン、そして傍に戻って来たフー達と共に、フランキーは通路の前を塞ぐ二人の男達を睨みつける。
「ルッチにジーさんか………‼︎ あいつらに手こずってんのか‼︎ エレノア達はどこだ!!? 鍵を二つ持ってきた‼︎ 手ェ貸すか⁉︎」
「いや………‼︎ それより、お前は妖術師達を追ってくレ‼︎ あいつらの後ろの扉から正義の門に行けル‼︎ お二人さンはもう連れてかれタ‼︎」
拳を鳴らし、戦意を昂らせるフランキーに、リンが首を横に振る。
五人がかりで一向に下せない敵、海軍と世界政府において比類なき強者の座に就く二人を見据え、この場で最も確実な方針を味方に告げる。
「おれ達があいつらを抑えるからよ!!!」
「スーパー任せろ、バカヤロウ‼︎」
「………フフ」
「随分と………熱く煮え滾っているな」
因縁を横にどかし、共闘の意思を見せるルフィとフランキー。
彼らを眺め、刀剣を弄んでいたブラッドレイは、心底愉しげに笑みを浮かべていた。
ざぶざぶと海を割り、ゆっくりと起き上がる支柱。
その上に乗った石の板が、徐々に徐々に水平になり、やがて継ぎ目が見えないほどしっかりと嵌まり、一本の通路と化す。
自分の前に姿を現したその端を眺め、スパンダムはご機嫌で肩を揺らしていた。
「ワハハハハハハハ…!!! とうとう開通だ‼︎ 笑いが止まらねェ………!!!」
まるで自分の為に用意されたものと考えているのか、堂々と、そして傲慢な態度を見せつけて橋の上を渡る。
その際、端の上に一つも人影が見えない事に不満を抱き、再び電伝虫を起こして向こう側にいる者達に呼びかけた。
「おい‼︎『正義の門』の衛兵共!!! 出て来て敬礼はどうした!!? 英雄スパンダム様のお通りだぞ!!!」
『あ…‼︎ は…はい、直ちに‼︎』
「―ったくバカ共め。…おいお前ら、あれを見ろ」
困惑の声を上げる海兵達だが、上官の命令に逆らう者はいない。
ばたばたと足音を響かせ、ようやく自分を迎える用意を始める彼らに舌打ちをこぼしつつ、片手で引きずるロビンと抱えるエレノアに声をかける。
「――あの小さな門こそが実質の入り口だ…!!! アレを通過する一歩こそが、お前らにとっての天国と地獄の境界線!!! そしておれが歴史に名をキザむ瞬間なのだ!!!」
遥か先に見える門、ぞろぞろと何人もの海兵達が整列していくその場所を、スパンダムは真っすぐに目指す。
しかし、先へ進もうとしたその時、不意を突いたロビンが踵を返し、司法の塔に向けて逃げ出そうとした。
「おっとっとっとっとォ‼︎ 今更どこへ逃げようってんだよ‼︎ ワハハハ」
見越していたのか、即座に振り向きロビンの髪を掴むスパンダム。
頭皮を引っ張られる痛みに藻掻き、苦悶の声を漏らす美女に恍惚とした目を向け、ねっとりとした厭らしい声を放つ。
「同情くらいしてんだよ、おれだって本当はよ…――だが仕方ねェだろ? お前らには生きてる資格がねェんだ」
「ウゥッ!!!」
「がるるる!!!」
「痛ェッ!!?」
どう聞いても馬鹿にしているとしか思えない言葉を吐き、無理矢理連行を続けようとすると、突如エレノアがスパンダムの脇腹に噛みつく。
スパンダムは痛みで思わず手を離し、ロビンは一目散に階段を目指し走り出す。
「あの女共……待ちやがれェっ!!! てめェらいい加減に‼︎」
痛みを堪え、脇腹に噛みついたまま離れようとしないエレノアを放り捨て、すぐさまロビンを追いかけ地面に抑え込む。
そのまま引き摺ってでも連れていこうと考えるも、ロビンは橋の縁に噛みつき、血が出るのにも構わずしがみついていた。
「何て往生際の悪ィ女共だ!!! 忌々しい!!!」
「……にゃ、はははは…誰の為だと…………思ってんだい………!!!」
スパンダムは驚愕と呆れを同時に露わにし、ロビンの脇腹を蹴りつけ、話させようと努める。
その時、力なく横たわっていたエレノアが声を上げ、肩を上下させる男に侮蔑を込めた冷たい目を向けた。
聞き返そうとしたスパンダムは、血濡れの天使が向ける冷酷な視線に、思わず背筋に震えを走らせ黙り込む。
「パパに対しての人質になるくらいなら……私は潔く死を選ぶ。だけどそうすりゃ……確実にとんでもない戦争の火種を産む事になる…………そうしたら、お前……間違いなく死ぬよ」
「……!!!」
「別にそうなってもいいんだけどねェ…………そうなった時に負けるのは、あんた達〝世界政府〟だ……!!!」
くすくす…と、亡霊のような気味の悪い笑い声を響かせるエレノア。
死にかけだというのに、その自分の死さえも、目の前にいる男や自分の敵を道連れにする策に組み込んでいる。
真っ青な顔で固まるスパンダムに、エレノアがにたりと目を細め、続けて語る。
「お前はその瞬間、英雄どころか世界を終わらせた大罪人に成り下がる……――いいのかなァ…!!? そんな未来が、お前のせいで確実になっちゃうぞ…!!!」
くすくす、けらけら、けたけた。
男が迎える最悪の未来を愉しむように、不気味に嗤い続ける天使―――いや、天使の姿をした化け物。
スパンダムはわなわなと震え、やがてきつく拳を握り締め、エレノアの元へ足早に近付いていった。
「う……うるせェ!!! 何度言わせる!!! もう、お前らに希望などねェんだよ!!!」
小娘に怯えさせられた事、自分を愚か者のように吐き捨てられた事。
もう自分には後がないように言われた事への怒りを乗せ、男は血濡れの天使に、思い切り蹴りを叩き込んだ。