ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
強風の中、歌が響く。
自身を称える歌を、囚われの美女と天使を奮い立たせる歌を、司法の塔の上に陣取った仮面とマントの男が歌い続けていた。
「この距離で風の吹く中………!!! 寸分狂わずおれ達を狙ってるのか!!? 誰だありゃあ」
「長鼻君…‼︎」
「にゃは……にゃはははは…!!! お見事、勇敢なる海の戦士よ………!!!」
驚愕の声を上げるスパンダムや海兵達とは真逆に、ロビンは涙を流し、エレノアは只管に彼の勇姿を称える。
類稀なる技を見せ、仲間を助けるその姿は―――まさに英雄だった。
「みろ‼︎ スゲェだろウチの狙撃手の力ァ!!! クソザマーみやがれ!!! ロビンちゃんエレノアちゃん逃げろー!!!」
「歌う必要があんのか」
塔の下では、それぞれ難関を突破してきたゾロとサンジがいて、サンジがゲラゲラと上機嫌に笑い、ゾロは困惑の目を向けていた。
「んぬおォのれェ〜!!! ぐばァ‼︎」
苛立ちの声を上げるスパンダムだが、その顔をまたしても爆発が襲う。
顔中火傷だらけの上、顔の形が変わる程に変形しており、生きて動いているのが不思議なくらいの有様となっていた。
「ッキショー!!! 何してんだてめェら、早くアレ撃ち殺せ!!!」
「やってますが銃弾なんて届きませんし、ましてや当てるなんて…!!! あの狙撃手‼︎ ものスゴイ腕ですっ!!!」
喚くスパンダムに、銃を持ったまま棒立ちになっている海兵達が返す。
どんなに優れた銃でも、ここまでの不利な状況の中で狙撃を成功させる謎の男の腕前は、敵であっても尊敬に値するものであった。
そして、彼らが動揺している隙に、ロビンがエレノアの襟を噛み、引きずりながら逃げ出した。
「ニコ・ロビンと〝妖術師〟が逃げます!!!」
「逃がすな!!! バカ共!!! 撃っていい‼︎ 殺さねェ程度に撃ち殺せ!!!」
「えェ!!?」
むちゃくちゃな注文を付ける上司に目を見開きながら、言われた通りに銃を構える海兵達。
少しずつ遠ざかる背中に、無数の銃弾が食らいつこうとしたその瞬間―――ロビンとエレノアの前に、何者かが立ち塞がる。
そして、突如地面が盛り上がり、銃弾を放ちまくる海兵達を下から弾き飛ばした。
「何だ!!? アレはァ〜!!?」
銃弾が防がれ、生き物のように蠢く石に仲間がやられ、海兵達はどよどよと騒めく。
そんな中、窮地を脱したエレノアとロビンは目を見開き、自分達を守る大男と小柄な少女を凝視する。
「…あなた達」
「フランキー…‼︎ メイ…‼︎」
「地雷程度平気なのよ……鉄だから」
「地雷はないですネ……長官さン」
銃弾をその身で防ぎ、にやりと笑うフランキーと、地面に手を突き青い電流を走らせるメイ。
鋭い眼光にスパンダム達が慄いていると、フランキーの懐から電伝虫が鳴らす音が聞こえてきた。
『フランキー君、メイ君、こちらそげキング』
「ムム? この電伝虫ハ…」
『ナミから私が受け取った! それよりその付近に小さな〝赤い布の包み〟が落ちているハズだ』
電話越しに聞かれ、辺りを見渡すフランキーとメイ。
二人はやがて、言われた通り落ちている赤い包みに気付き、中を広げてみる。
「おお…あるぞ」
『鍵が2本入ってる。君のと合わせて、鍵は全て揃うハズだ‼︎』
「鍵全部〜〜〜!!?」
『確かに届けたぞ』
驚愕の声を上げるスパンダムを他所に、そげキングからの連絡は途絶える。
信じられない、といった様子で喚き散らす声が聞こえてくるが、フランキーもメイも構わず、包みの中の鍵を広いエレノアたちの元に急ぐ。
「外れた!!!」
1番、2番、3番……と次々に鍵を試し、偶然それぞれが最後に使った鍵が、手錠を外す。
両手が自由になった二人は、緊張の糸が切れたのか、よろよろとフランキーの腕の中に倒れ込んでしまった。
「バカなァ〜〜〜っ!!! ほ…本物の鍵っ!!?」
「おいおいしっかりしやがれ」
「そんな……‼ ………って事はおめェら!!! 司法の塔の『CP9』を全員倒したってのか!!? いや、そんなハズはねェっ!!! うまく奪って逃げたな、さては‼︎ チキショー!!!」
尚も、自慢の暗殺集団が敗れたという事実を受け入れられず、ギャーギャーと喧しく騒ぎ続ける声が響く。
構わずメイがフランキーから子電伝虫を借り、司法の塔にいる者達に向けて声を発する。
「こちらメイ‼︎ 長鼻さン‼︎ ロビンさンとエレノアさンの手錠は外しましタ!!!」
『よしっ!!!』
「ウソップ……‼︎」
「長鼻くん…ありがとう‼︎」
子電伝虫から聞こえてくる、仲間達の歓喜の声。
ロビンは目を潤ませ、遥か遠く、姿も見えないほどの遠くから自分を助けてくれた男に、掠れた感謝の声を捧げる。
『礼なら全てが済んでから、必死に鍵を集めた者達に言いたまえ。君達は紛れもなくルフィ君達の仲間だ‼︎ もう思うままに動けばよい‼︎』
「……ええ」
返された言葉に、ロビンは涙を拭うと静かに構えを取る。
すると次の瞬間、喚き続けていたスパンダムの体から腕が生え、強烈なビンタが幾度も食らわされる。
汚い悲鳴が上がると、今度はエレノアがボロボロの体を引きずり、パンッと合わせた両手のひらを地面に叩きつけた。
「行くぞ友よ…………命をここへ!!!〝
直後、端の表面に罅が入り、隙間から業火が噴き上がって海兵達に襲い掛かる。
炎に押され、逃げ惑う敵を睨みつけながら、エレノアもロビンも不敵な笑みを浮かべてみせる。
「存分に…‼︎ やらせてもらうわ」
「よくもやってくれたな、三下!!!」
散々罵声を浴びせられた事、自由が利かないのをいい事に痛めつけてくれた事、自分が受けた痛みの全てを、そっくりそのまま返す。
枷から解放された女達は、これ以上ないほどに清々しい顔をしていた。
「オシ‼︎ おめェら急いでこっちへ来い‼︎ 脱出の準備は整えとく」
『了解した』
『早く下りて来い、そげキング‼︎』
フランキーが電伝虫で呼びかけ、ゾロとサンジがそげキングに促す声が届く。
そげキングがそれにしぶるような声を返していた時。
―――遥か遠く、島の端の鉄柵部分で、大きな爆発が起こったのが見えた。
「まずいな……そろそろ砲撃が来るよ。今のは試し撃ちって所のようだけど…………」
「あんなのがバカスカ撃ち込まれちゃ、命はねェぞ‼︎」
「渦も消えてまス……!!! 門が全開になった事デ、海流が阻まれてできていた渦が全テ………!!! 軍艦でも沈みそうなあの渦がですヨ…!!?」
爆煙を立ち昇らせる光景を凝視し、エレノアは顔をしかめて呟く。
隣ではフランキーがぎょっと目を見開き、メイが辺りの海を見渡して戦慄の声を漏らす。
海軍の軍艦でさえも通れない渦が消えた……それはつまり、軍艦を通す準備ができたという事だ。
その時、先程よりも近い距離から爆音が響いてくるのが聞こえた。
そこは司法の塔の上部……そげキングがいた筈の場所だ。
「司法の塔が…!!? ウソップ君!!!」
ガラガラと崩れ落ち、そこの見えない谷底へ真っ逆さまに堕ちていく塔の破片。
まさか、と最悪の想像をしたエレノアが、堕ちていく瓦礫を呼吸も忘れるほどに凝視していた時だった。
『フランキー、ロビンちゃん、エレノアちゃん、こっちは無事だ‼︎ 今すぐそっちへ向かう‼︎』
「‼ よかった…」
電伝虫から届いたサンジの報告に、ほっと胸を撫で下ろす。
同時に、あの砲撃から生き延びる豪運に呆れも抱きながら、エレノアは痛みが走る体に叱咤し、その場に無理矢理立ち上がる。
「じゃあこの場を何とか…おめェ戦力に数えていいのか⁉︎」
「勿論」
「あたぼうよ!」
「あなたは休んでてくださイお願いだかラ!!!」
ごふっ、と血を吐きながら敵を見据え、挑戦的な言葉を吐くエレノアにメイが目を吊り上げる。
だが、彼女の負傷具合に気を配る事なく、そげキングに吹き飛ばされた海兵達が引っ込み、新たに別の海兵達がぞろぞろと橋の上に飛び出してくる。
「急げ兵士共!!! 砲撃が本格化する前に!!!」
「はっ!!!」
もう、重傷者だの何だのと気にしている場合ではない。
全員が戦う意志を見せなければ、次々になだれ込んでくる敵に捕らえられ、振出しに戻る末路しか見えない。
「橋の向こうに〝護送船〟があるな…あれが脱出のカギだと思わねェか?」
「あの船を奪う他に助かる道はなさそうね」
「そんじゃ奪いますか、海賊らしく」
「強奪でス‼︎」
拳を鳴らすフランキーと、腕を構えるロビン。
その隣で、エレノアとメイが掌を合わせ、バチバチと青い光を走らせ、闘志を見せつける。
そしてついに、数十人の海兵達が罪人の奪還のために動き出した。
「かかれェ〜〜!!!」
「『御仏の加護、見せてやろう!』〝
めきめき、と軋みを上げ、黒く染まるったリンの腕が、ブラッドレイの顔面に向けて振るわれる。
しかし、ブラッドレイはそれを剣の峰で防ぎ、刃を傾けて受け流した上、身体を回しながら背後から一線を振り下ろしてきた。
「ぬおォ!!?」
咄嗟に剣を盾にし、攻撃を防ぐ。
ギャリン!と凄まじい金属音が響き、無数の火花があちこちに飛び散る中、ブラッドレイは幾度も斬撃を見舞う。
リンはそれを必死の形相で防ぎ、躱し、最後には蹴りを放って無理矢理距離を取った。
「チクショー!!! 思ってた10倍の化け物だったァ!!!!」
後退するリンを、ブラッドレイは執拗に追い、責め立てる。
そこにフーとランファンが参戦し、死角からの無音の攻撃を放つが、ブラッドレイはまるで後ろに目がついているように、難なく奇襲を回避し反撃してみせる。
「うヌ…‼︎ よもや〝大総統〟なる男がここまでとハ……!!!」
「……拍子抜けだな、シン国の戦士がこの程度とは……」
ざざっ、と地面を滑り、着地するフートランファンを見やり、ブラッドレイは表情こそ変えないものの、詰まらなそうにため息を吐く。
構えも取らず、だらりと剣を垂らし、落胆の目を三人に向けて呟く。
「あれだけの啖呵を切って出てきたのだから、もう少し私の退屈を紛らわせてくれればと思ったのだが……残念だ。実に残念」
「黙レ!!!」
じゃきん、とリンは懐から小さな刃を取り出し、あらぬ方向に飛ばす。
刃は回転しながら宙を舞い、弧を描きながらブラッドレイに迫る……が、やはり簡単に剣で防がれ、弾かれてしまう。未来予知でもされているようだ
「チッ……全然隙が見当たらネェ…‼︎ どんな〝覇気〟持ってやがるんダ!!? あの野郎!!!」
「人間業ではなイ………相当な手練れである事は間違いないガ…」
三人による攻撃に、隙間は一切なかった。
彼に長く仕える二人は、リンの動きに自分達の動きを完全に合わせ、攻撃を一切緩ませなかった。
だというのに、最凶と謳われるこの男を崩す事は叶わずにいた。
(そもそも何だ、コイツの気配は…!!! コイツ一人の中に無数の人間の気配が詰まってるみてェだぞ………コイツ一人で海軍の精鋭数十人分の実力がある事なのか……? いや…………それとも違う…!!!)
剣を振るい、責め続けながら、リンは冷や汗を垂らして思考する。
自分が持つ、あらゆるものの気配を感じ取る力―――それを使って尚、目の前の男の正体は全く掴めない。
まるで、人の姿をした得体の知れない化け物のようだ。
(何にせよ………コイツをルフィ達のところに行かせちゃならねェ‼︎)
「『闇の侠客ここに参上……!』〝十面埋伏・無影の如く〟!!!」
今度は両拳を黒く染め、目にも止まらぬ素早い連撃を放つ。
拳が放たれる度に、剣で防がれ甲高い金属音が鳴り響き、火花が辺りに飛び散る。しかしそれでも拳を止めず、リンは老剣士を歯を食い縛って責め続けた。
「おおおおおおおおお!!!」
「仲間の為に危険な敵を足止めする………合理的な上、人間として実に好ましい自己犠牲の精神だが――…何分、実力が伴っていないな」
雄叫びと共に殴り続けていたリンの体が、突如仰向けに弾かれる。
困惑したまま、視線を前へと向ければ、剣を横薙ぎに振るった体勢で止まったブラッドレイの姿が目に映る。
そして自分は、両腕を左右に開かれた無防備な状態だ。
「――まずは一人、永遠に眠ってもらおうか」
「しまっ…‼︎」
「っ!!!」
「若ァ!!!」
決定的な隙を見せてしまった自分に、ブラッドレイが恐るべき速さで迫り来る。
フーとランファンがハッと息を呑み、慌てて主を守ろうと駆け寄るが、明らかに刃が体を裂く方が速い。
ここで終わりなのか―――一瞬の間に、リンが悔恨に顔を歪めた瞬間だった。
「―――いやいや…お前みたいな奴にゃ、まだまだ死なれちゃ面白くねェだろ」
ガァン!と。
リンとブラッドレイの前に何かが突き刺さり、ブラッドレイがすぐさま後退ったのだ。
「…⁉ 何ダ……」
「ガッハハハハハ!!! どこに行きやがったかと思って探してみりゃ、なるほどお前さんが大当たりのくじを引いたってわけか!!!」
何事か、と尻餅をついてから我に返ったリンは、自分の命を救った何かが、やたらつるつるとした人の腕である事に気付き、息を呑む。
そして、大きな嗤い声とともに歩いてくる、サングラスをかけた男―――グリードの方へ振り向き、眉を顰めた。
「あんタ………たしか」
「そこの兄ちゃん、悪いがどいてもらうぜ……そいつはおれの獲物だ」
「いや獲物とか言ってる場合じゃないだロ‼︎ お前腕どうしちゃって……――!!?」
よく見れば、男の片腕は半ばから断たれ、ぼたぼたと血が垂れている。
その状態で戦う意志を見せているグリードに、思わず制止の言葉を吐いていると。
その断たれた腕が、ものの数秒も経たないうちに完全に修復されていく様に、はっと目を奪われる。
「不老…不死……!!!」
「さァ、そこのジジイ。おれのものに手ェ出して、思いっきりブッ壊してくれちゃった落とし前…………きっちりつけさせてもらうわねェとなァ」
言葉を失い、心なしか目をぎらつかせるリンを放置し、グリードは悠々とブラッドレイの前へと進み出る。
顔は嗤っていたが……以前に苦汁をなめさせられた男に向けられた目は、背筋が震えるほどの濃厚な殺気を放っていた。
「………最初から全力で、という事か。また真正面から猪武者となって来たらどうしたものか考えていたが…杞憂だった様だな」
「ほざけ!!! あァそうだ……前とは違うぜ、前とはな」
ガチガチと歯を鳴らすグリードの全身が、漆黒の光沢を帯びていく。
鋼を越える硬度を誇る皮膚に、何でも引き裂く鋭い爪……異形の姿に変わりながら、爛々と輝く眼光を老剣士に向ける。
「さァやろうぜ!!! 第2ラウンドの開幕だ!!! ビビってションベンチビらすんじゃねェぞ、バケモノジジイ!!!」
「………やれやれ、諦めの悪い男達だ。いいだろう――最期まで付き合ってやる」
悪態共に放たれたグリードの爪が、ブラッドレイの剣と激突し。
最凶同士の戦いが、再び始まった。