ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
ドドド……と、地下通路内に響き渡る震動。
薄く亀裂が走った長い通路の一角で、床の一部が不意にぼこっと盛り上がる。
がたがたと揺れていたその箇所から、やがてのそりと、老人と少女を担いだ糸目の男が顔を覗かせた。
「はァ……はァ……我ながらツイてるゼ、いい具合に亀裂が走ってて出られるとハ……だガ、大分向こうから離れちまったナ」
よっこらしょ、と通路内に身を乗り出し、フーとランファンを下ろすリン。
ごきごきと首を鳴らし、自らア掘り進んできた道を見下ろし、はぁ…と大きく安堵の息を吐く。
「ど……どうダ、グリード…………おれと組んでよかったロ―――あァ……最高の結果だぜ…スッキリしたァ…………ガッハハハハ」
一瞬で交代し、豪快に笑うグリード。
一つの体に二つの精神、何ともややこしい状態になったリンとグリードは、ややあってから腰を浮かし、臣下達の方へ視線を向ける。
「おイ…フー‼︎ ランファン‼︎ まだ息はあるだろうナ!!?」
「……わ、か…」
「お前らの機転のお陰で助かっタ……ありがとうナ」
ぐったりとした二人を見下ろし、リンがくしゃくしゃに顔を歪めて告げる。
全身に刻まれた傷、そして失われたそれぞれの腕……善戦の証というべきそれを見つめ、リンは深々と頭を下げる。
「若……我らの事は置いて行きなさレ」
「この傷でハ、とてもこの先までついていけハ………」
「黙レ!!! ………生き物みナ、生きてなんぼだロ。死ぬだのムリだノ、泣き言言うのは全部終わってからにしやがレ―――そういうこった」
弱々しく告げるフーに一喝し、リンは二人ともまとめて担ぎ上げる。
やや覚束ない足、疲労がほとんど引いていない身体を引きずり、水音が徐々に近づいている穴から少しずつ離れる。
「気ィ抜くのは全部終わってからだ。あのムカつく野郎の顔面にドギツイの喰らわせてから、みんなで笑って帰ろうや………ガハハハ!!! ガッハハハハハ!!!」
ぼたぼたと、未だ塞がりきっていない傷跡から血を垂らしながら、グリードは上機嫌に笑い、一味が待っているはずの通路の先を目指すのだった。
だが―――彼らを狙う悪夢は、遠のくどころか着実に、麦わらの一味のすぐ傍へと迫りつつあった。
『「バスターコール」発動!!! 標的、海賊〝麦わら〟のルフィとその一味約60名!!!』
幾度も響き渡る轟音と、その後に続く爆発音。
政府が作り上げた正義の施設が、次々に放たれる砲撃によって、跡形もなく崩壊させられていく。
その顔に泥を塗った下手人達を葬る為、悪夢は少しずつ近づいていた。
『――なお、大将〝青キジ〟との内約により〝ためらいの橋〟に確認済み、罪人ニコ・ロビンのみ標的外とする‼︎ 現状把握不要‼︎〝司法の島〟エニエス・ロビー、その全てを破壊せよ!!!』
「急ぐぞ!!! 君達!!! ぐずぐずするな!!!」
通路を全速力で進みながら、そげキングがゾロとサンジに告げる。
塔は既に砲撃を受け、とうに跡形もなくなっているに違いない……この通路が攻撃を受けるのも時間の問題であった。
が、そう語るそげキングは即席の担架に乗せられ、ゾロとサンジに運ばれているだけなのだから威厳も何もあったものではなかった。
「偉そうに喚くなてめェ!!!」
「満身創痍だ……‼︎ 肋骨が全部折れた‼︎ 6本」
「もっとあるから大丈夫だ…全く世話のやける」
司法の塔が砲撃を受ける直前、意を決して飛び降りたそげキングだったのだが、誰にも受け止めてもらえず、直地も失敗しこの様になっていたのだ。
「――ところで君達! 私の新兵器カブトの秘密を知りたいか⁉︎ 説明しよう‼︎ そげキングの持つ武器〝カブト〟とは‼︎」
「黙ってろてめェ、走らすぞ‼︎」
運んでもらっている立場にありながら、どうでもいい情報を喋ろうとする男にゾロもサンジも目を吊り上げて怒鳴る。本気で置いていこうかと思ったくらいだ。
「勘弁してくれ、肋骨が全部折れたんだ……じ…10本…」
「もっとある」
弱々しく、瀕死の状態になっている事を訴えるが、二人とも真面目に取り合ってくれない。ちゃんと運んでくれるだけましであったが。
その時、通路を走る二人と運ばれる一人の背後から、猛然ともう一つ、足音が響いてくるのが聞こえた。
「やーやーお三方、無事でよかったよかっタ‼︎」
「うお‼︎ リン‼︎ 見ねェと思ったらどこから…!!!」
「てめェ今まで何してやがった!!!」
「やだなーもウ、〝大総統〟とかいうヤバイやつと戦ってたんだヨ!!! 見ロ‼︎ おれとコイツらのこの奮闘の痕!!!」
「そりゃ悪かったよ…‼︎」
フーとランファンを両肩に担ぎ、傷だらけの姿を見せつけるリンに、サンジがやや面倒臭そうに返す。
その時、担架の上でリンを見上げていたそげキングが、自分の欲知る一人がいない事に気付きハッと目を見開いた。
「お…おい、グリードは!!?」
「おう、ここだ」
「は?」
そげキングがそう尋ねた直後、リンがくるっと振り向いて答える。
しかし、事情を知らないそげキングは、知った声がどこからともなく聞こえただけで姿が見えない事に、困惑の表情を浮かべる。
「ん? ん⁇ なんか今、どこかからグリードの声が聞こえたような……」
「細かい話は後ダ! とにかく走るんダ!!!」
この非常時に呑気に話している場合ではない、と三人とも速度を上げる。
しかしその時、前方を見据えていたリンがふと、違和感を抱き眉間にしわを寄せ始める。
「――ってかサ…………何だか向こうから水の音がしないかイ?」
「わ…私も聞こえるぞ!!!」
「あァ? 何言ってんだ」
そげキングと共に、進行方向から届く妙な音を聞いたと告げられ、ゾロもサンジも呆れた視線を返す。
前後にしか続いていない通路、そこに水音が聞こえるなど、不吉にもほどがあるからだ。
「あのな…こんな地下通路に水なんか流れて来たら、おれ達ァ溺れ死ぬしかねェじゃねェか」
「ゾロ君は聞こえないか、水の音‼︎」
「んん確かに…妙な感じはするな…」
たしかに、いやな音は聞こえてくると二人とも少し同意を見せる。
しかし、それでも先に進むしかないのだと、全員足を止める事なく進み続けていた時だった。
前方から逆走してくる、三人の女性と一匹のペットの姿に気付いたのは。
「あ…!!! やっぱり!!!」
「バーさんやナミ達が水に追われてるぞ!!!」
「ホラ見ろ!!! この通路は水で埋まっちまうんだ!!!」
悲鳴をあげて駆け込んでくるナミとココロ、チムニーとゴンベの姿に、ゾロ達は咄嗟に停止し顔を強張らせる。
サンジもまた目を見開き、しかし絶望に表情を染める事はなく……両目をハートマークに換えて立ち尽くした。
「ナミさんが……!!! おれの胸に飛び込んで来る――!!!」
「ポジティブか!!!」
「まずい‼︎ 閉じ込められる‼︎」
サンジとグリードのコントじみたやり取りを無視し、ゾロが剣を抜き、横の通路を斬りつける。
しかし、通路は表面が微かに斬れただけで、抜け道を作る事は叶わなかった。
「斬れねェ、石や鉄じゃねェのか⁉︎」
「海底の地下通路だ。水圧に負けねェ程のクソ分厚い鋼鉄で固めてあんだろ」
「じゃ逃げ場ねェぞ〜!!!」
「おいグリード!!! 今のおれ達が飲み込まれたらどうなル!!?」
(そうだな………水中から脱出しねェ限りは状況は変わらず…溺死と再生を繰り返す事になっから………!!!)
仲間達が大騒ぎになる中、リンはグリードに今の状態での未来を問い質す。
グリードはリンの中で顔を引き攣らせ、考えうる最悪の結末を想像させ……途端に、リンは全員を引きずってばっと踵を返した。
「とにかく走れお前ら〜〜〜!!!」
通って来た道を全速力で引き返そうとした彼らだが。
海水の激流はすぐさま彼らに追いつき、全員を呑み込み深い青の中に沈めてしまったのだった。
「ワハハハハハハ‼︎ おい‼︎ 見たか⁉︎ たった今あの軍艦で暴れてた麦わらが‼︎」
燃え盛る島、崩壊する建物、響き渡る轟音。
恐るべき砲撃の雨によって火の海に変わる周囲を眺め、スパンダムが嗤い続ける。その視線の先にあるのは、ルフィがルッチと戦っている塔もあった。
「コッパ微塵だ‼︎ ワハハ、ザマァ見ろ‼︎ お前らの船長は死んだ!!!」
「オイオイ…海兵ごと撃ちやがった…‼︎」
「こいつ…!!!」
「これが‼︎ おれが発動した〝バスターコール〟の力‼︎ これが正義だ‼︎ カティ・フラム!!! さァ‼︎ その女共をこっちへ引き渡せ!!! そうすればお前の罪を消してやってもいいぞ‼︎」
まるで、自身が全知全能の神にでもなったかのような気分で、エレノアとロビンを庇うフランキーに告げる。
この砲撃は自分には絶対に向かないと、謎の確信を持ったまま、絶句するフランキーにゲラゲラと下品に叫ぶ。
「だいたいなぜ、お前がその女を守ってやる必要がある‼︎ 海賊でもあるめェし‼︎お前は‼︎ お前ら凡人共を日々守ってやってる世界政府よりも‼︎ その、オハラの血を引く物騒な女を信用するってのか!!? 我々に逆らえば、お前もトムと同じ様に死ナバス!!!」
「長官殿――っ!!!」
聞いているだけで吐き気を催すような言葉を吐いていたスパンダムは、次の瞬間フランキーの鉄拳に殴り飛ばされる。
地面を転がったスパンダムは、苛立たし気に血を吐くと、腰に提げていた象剣・ファンクフリードを抜いて狙いを定めた。
「くらえ!!!〝エレファント・チョ〜ップ〟!!!」
「パオォ!!!」
スパンダムの咆哮と共に、上半身を獣の姿に変えたファンフリードがフランキーに……ではなくロビンに迫る。
刃と化した鼻がロビンに迫るその直前、メイが飛び出し地面に両手のひらを叩きつけた。
「むンッ!!!」
「バオッ…」
途端に、地面が盛り上がって拳の形となり、ファンクフリードの顔面を迎撃する。強烈な一撃を受け、象剣は白目を剥いて気を失ってしまった。
「どこまでも救えない人ですネ…」
「やるじゃねェか…小娘」
自分達ではなく、ロビンが狙われる事をわかっていたメイは、卑怯な思考ばかりを繰り返すスパンダムを睨みつけて、フンッと鼻を鳴らす。
フランキーはそれに感心した声をかけつつ、背後で膝をついているロビンに横目を向ける。
「ニコ・ロビン、麦わら達はここへ来るか?」
「全員…必ず‼︎」
恐怖が蘇り、再び真面に動く事もできなくなってしまった彼女から答えを受け取ると、再度スパンダムを睨みつける。
フランキーのその目には、かつて抱いた怒りが再び烈火のごとく燃え上がっていた。
「おれはあいつらに全てを賭けたと言ったハズだぞ、スパンダ‼︎」
「何をォ!!?」
「まさかこんな日が来るとは思わなかった。あの日のおれに力があったら、何が何でもトムさんを奪い返したかった…!!!」
脳裏に浮かぶ、屈辱の記憶。
自分の浅はかさで大切な人を奪われ、取り戻そうと一人挑むも、呆気なく跳ね返され死にかけた記憶。
その屈辱が、今の彼にふつふつと凄まじい力を与えていた。
「エニエス・ロビーの不落の神話を知る者達の…世界政府の強大さを知る者達の‼︎その常識を麦わら達はことごとくくつがえし進む!!! 仲間一人の為に、誰一人躊躇なく敵に回す‼︎ 胸のすく思いだ…!!!」
「フランキーさン…‼︎」
「今日までおれはトムさんの死を忘れた事はねェ‼︎ あの役人のバカ顔が頭をよぎる度に…‼︎ いつか奴をひねり潰してやりてェと思ってた!!!」
がしっ、と気を失ったファンクフリードの鼻を掴み、象の巨体を振り上げる。
慌てふためくスパンダムの方へとずんずんと近づいた彼は、思い切りその巨体を振り下ろす。
「おい待てバカ‼︎ やめろちょっと」
「こんな風にな!!!」
直後、ぐしゃりとスパンダムがファンクフリードの下に潰され、その後一切耳障りだった声が聞こえなくなる。
長年に組み続けた仇敵を討ち取った彼は、清々しい気分でその場に佇み、辺りの海兵達を睨みつける。
「あいつらのお陰で………おれは思いを遂げた!!!」
キッ、と目を鋭くさせ、左腕の銃器を発砲する。
慌てて飛び退く海兵達を睥睨しながら、ご操船の前に立ちはだかる敵の全てに狙いを定めていく。
「おれは昔死んだ男、麦わら達が生きてここを出る為なら、この命をなげうっても構わねェ!!! 護送船を空け渡せ――っ!!! あいつらの逃げ道は、おれが作る!!!」
決死の覚悟で、恩人達の為に戦い抜く事を決めたフランキー。
その傍に、いつの間にか震えから解放されたロビンが歩み寄り、再び構えを取った。
「私もやるわ! もう大丈夫」
「ロビン…」
「オハラとは…あの時とは違うもの………‼︎ 恐がる事なんて何もない‼︎ 私はもう…一人じゃないから‼︎」
そう、エレノアを安心させるように告げ、ロビンは辺りに自分の腕を花開かせた。
沈む、沈む、沈む。
激流の中で翻弄され、意識が遠く引き剥がされそうになる。
逃げ場のなくなった通路の中、サンジ達は必死に息を溜め、苦痛に耐え続けていた。
(何か手はねェのか!!!)
(何かしねェと!!! このままじゃ全員溺死だ!!!)
(冗談じゃねェぞ…おれは民の命を……こいつらの命を背負ってんだぞ…!!?)
(まだ足りねェ…おれの欲望は、まだ満足してねェぞ…!!!)
(ここまでか、おれの人生……畜生!!! 結構楽しかったけど…まだ生き足りねェよ!!!)
(もう息がもたない――!!!)
(ニャー!!!)
(苦しい……‼︎)
それぞれが抱く心残りを糧に、目前に迫る死を遠ざけようと藻掻く。
だが既に激闘を終え疲れ切った身体。泳ごうにも体はうまく動かず、肺の中の酸素も残りわずかとなっていく。
(目の前が、暗くなる………助けて…)
何もない水中に手を伸ばし、何も掴めない虚しさに絶望するナミ。
やがて、全員の意識がゆっくりと遠ざかり、深い闇の中に囚われようとした―――その時だった。
「大丈夫‼︎ 気をしっかり………‼︎ 死なせはしない‼︎」
そんな声が、水中で不思議と鮮明に聞こえてきた。
すると、不意に自身の体が引っ張られる感覚を覚え、サンジが戸惑いに目を見開く。
―――ああ、おれは夢でも見てるのか………!!?
…きっとそうだ…。
視界に映ったのは、大きな尾びれと人の姿だった。
激流の中をたおやかに泳ぐ、半人半魚の異形……あらゆる物語に登場する、美しき伝説の住人の姿。
―――海にて溺るる船乗り数人
薄れゆく意識の中で見る優美な尾ヒレ
見上げると、海に揺蕩う長い髪
その姿美しく、夢幻を見るかの様
人魚伝説………どうか夢ならこのまま醒めな…。
夢にまで見た存在、死を前にした自分が見た幻としか思えず。
しかし最期に見る景色がこれならばそれもいいかと、今度こそ、しかし満足げに意識を手放しかけて―――。
「特急で行くよ!!! しっかり息を止めときなァ!!! んがががが!!!」
そんな風に、豪快に笑いながら海中を泳ぐ老婆―――というかついさっきまで一緒に流されていた者の姿を目の当たりにし、全員がごぼっと残ったすべての酸素を吐き出してしまった。
―――ジュ…ジュ………‼︎
ジュゴン!!!?