ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第218話〝ココロの正体〟

 ボロボロになった海兵達が、悲鳴をあげてぼたぼたと橋の上から落ちていく。

 それを護送船の上から見下ろし、エレノアとフランキーがにやりと不敵に笑ってみせた。

 

「悪ィな海兵諸君‼︎」

「この船は私達の脱出に使わせて貰うよ! 慰謝料代わりさ」

「さァ、護送船改め〝脱出船〟の大掃除完了だ‼︎」

「ええ」

「あとは麦わらさん達を待つのミ‼︎」

「よ――し‼︎ もう一踏ん張りだァ!!!」

 

 敵を一切排除した船の上で、難関を一つ越えたと喜びをあらわにする四人。

 後は最大の懸念である、仲間達が暗殺集団を退けてここまで来れるか、という点。たった一つだが、これが最も困難であった。

 

「……ん? なんだこの声は…」

 

 そんな中、ふとエレノアは虚空を見やり、何かの声を聞いた気がする。

 近くに誰かいるのか、と辺りを見渡し、誰の姿も見いだせず困惑の表情を浮かべていたその時。

 

 エレノアの目の前で、ざばっ!と何か大きな影が海の中から飛び出してくる様を目の当たりにした。

 

「死ぬんじゃ〜…らいよ〜〜!!!!」

「フギャ〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」

 

 急に目の前に現れた老婆を前に、エレノアは全身の毛を逆立て、大きな悲鳴をあげたのだった。

 

 

 

「急げ!!! エニエス・ロビーの入口は……‼︎『正門』はすぐそこだ!!!」

「もう少し!!! 頑張れ巨人〜!!!」

「任せとけい!!!」

 

 ずしずしと地響きを鳴らし、砲撃を受ける島を駆ける二人の巨人。

 キングブルを一頭ずつ担ぎ、その肩の上に船大工と解体屋達を乗せたオイモとカーシーは、島の外を目指して懸命に足を動かす。

 

「島から出られる‼︎ 逃げきれるぞ!!!」

「ウオォオオォ!!!」

 

 とうとう、侵入者を阻む最初の門の前まで辿り着き、男達は歓喜の咆哮を上げる。これで、敬愛する兄貴分達と共に帰れる、そう希望を見出し。

 

 門の前に揃った三隻の戦艦と対面し、男達の顔は途端に真っ青に染め上げられた。

 

「ウッ…」

「そんな…」

「軍艦3隻!!!」

「先回りされた‼︎」

『抵抗は無駄である‼︎ 海賊共‼︎ 動けば一斉に射撃・砲撃する!!!』

 

 ぐぃん、と動き照準を合わせてくる巨大な大砲に狙われ、オイモとカーシーはその場で凍り付く。

 いくら巨人といえども、島を焼く砲撃など受ければただでは済まない。キングブルと人間達を抱えたまま、呆然と立ち尽くす。

 

「マズイぜこりゃあ〜〜〜〜〜〜!!!」

「ヤバイよこれ〜〜〜〜〜〜!!!」

「確かに逃がしてくれる雰囲気じゃねェな」

「後ろは滝と…」

「燃える島…‼︎ 逃げ場だってないわいな」

「前面からは銃口‼︎ 砲口‼︎」

「どうすりゃいいんだこれよォ…‼︎」

 

 船大工と解体屋達も、目の前に立ちはだかる絶望を凝視し頭を抱える。

 逃げても焼かれ、逃げなくても焼かれる。どう足掻いても死しか待っていない最悪の未来に、誰も彼もが恐怖の感情を示す。

 

「今、何考えてるパウリー」

「…人生の思い出」

「縁起でもない…‼︎」

 

 ぼそりと問いかけたルルにパウリーが淡々と答え、パニーニャがくしゃりと顔を歪める。

 動きを止めた彼らを眺め、戦艦に乗る海兵達は、冷酷にその時を待っていた。

 

『海兵・役人の回収完了―――各艦正門より――距離を取れ』

 

 

 

「おい、おめェら意識を戻せー‼︎」

「起きろー!!!」

 

 どさどさっ、と甲板の上に投げ出される九人の男女と一匹のペット。

 白目を剥き、呼吸も止まっていた彼らは、エレノアとフランキーの呼びかけで少しずつ意識を取り戻していく。

 

「「「「「んぶ〜〜〜〜っ!!!」」」」」

 

 ゾロ達の口から噴水の様に海水が吹き出され、辺りに飛び散る。

 体の中に入っていたそれが全て吐き出されると、ゾロ達はがくりと脱力し、静かな呼吸を取り戻していった。

 

「奇跡としか言いようがないよ……なんかものすごい……そりゃあとんでもないショックを受けて、全員仮死状態にあった。だからあんまり水を飲まずに済んでる」

「んががが、よかったれぇ」

 

 驚愕の眼差しをゾロ達に向け、ほっと安堵で肩を落とすエレノア。

 それを見やり、九人と一匹を運んできた尾びれが二股にわかれた人魚―――ココロが陽気に笑う。

 

「仮死になる程のショックって一体何が」

「「「おめェだ」」」

 

 心底不思議そうに首を傾げるココロに、エレノアとフランキー、メイが突っ込みを入れながらぐっと親指を上に立てる。

 本人に自覚はなくとも、彼女のお陰で九人と一匹の命は守られたのだ。

 

「おまいらね? 海賊王の小僧が助けに来た仲間…シフトステーションで会ったれぇ、憶えてるよ。あの時はまさか…おめぇらがこんなコトしでかすなんて考えもしなかった………‼︎」

 

 ココロはゾロ達を運ぶ風呂敷代わりにしていた制服を肩に羽織り、ほっと胸を撫で下ろしていたロビンに視線を向ける。

 フランキーから抗議の声が上がるのも無視し、五体満足で目の前に立っている美女にけらけらと笑ってみせた。

 

「海賊王になるなんて笑っちまったが…案外ホントかもしれねぇな…んががががが」

「ふふ」

 

 ココロのしみじみとした言葉に、ロビンも微笑みを返す。

 彼女も、自分を巡る戦いがここまでの騒ぎになるとは考えておらず、改めて麦わらの船長の豪運に感嘆させられていた。

 

 その時、沈黙していたゾロ達から、一人ずつ咳き込む音が飛び出していった。

 

「ゲホッ!!! ウェッホ!!!」

「……!!! ハァ」

「ぶはァ!!! な…な…ナミさんは無事か⁉︎」

「相変わらず丈夫な奴らだな」

「本当に人間なのか疑問でス」

 

 一体どれだけの間、激流の中で翻弄されていたのか。

 溺死を逃れただけでは飽き足らず、こうも早く復活した彼らに、フランキーとメイは呆れを抱いてしまっていた。

 

「よく生きてた」

 

 続々と起き上がるゾロ達を、ココロがにやりと笑って顔を覗き込む。

 ゾロ達はきょとんとした顔で心を見つめ返し、次いで数秒前の記憶を蘇らせ、思わずその場からずざざざっと後退った。

 

「ギャ〜〜〜現実だった!!! 人魚って本当はいねェんだ!!!」

「『人魚かと思ったらジュゴンだった』って伝説は本当だったんだな」

「バカ野郎‼︎ まだ本人が人魚だなんて言ってねェ!!! 夢を諦めるな!!!」

「あたしは〝シラウオ〟 の人魚らよ」

「やめろ〜〜〜〜〜!!!」

 

 そげキングが驚愕のあまり目を飛び出させ、ゾロでさえ驚愕のあまり目を見開いている。

 サンジは夢に見た人魚との最初の出逢いに納得できず、ガンガンと甲板を叩いて悔しさをあらわにする。そこにココロの止めが入り、彼の絶望はより深まった。

 

「知らないの? 人魚は30歳を境目に尾ヒレが二股になって歩けるようになる神秘の種族なんだよ。魚人島に行けばこういう人魚は大勢いるし」

「そ、そうなのか………ってエレノア!!! お前なんで平然としてんだ!!! まさか知ってたのか!!?」

「うん。だって…ココロさん、時々磯くさかったりするから」

「そんなににおってたかい!!?」

 

 エレノアの説明と、酷く言い辛そうだった真実を聞き、ココロは慌てて自分の衣服を嗅ぐ。海水でずぶ濡れなので意味はないだろうが。

 そこに、そげキングがハッとした顔でぽんっと掌を叩いた。

 

「そうか! 100年生きた猫は尻尾が二股に割れて〝妖怪化〟するというぞ‼︎」

「ああ…〝化け猫〟か」

「一緒にすんじゃれえよ!!! おめェら礼の一つも言ったらどうらい‼︎」

 

 流石に、無礼な態度の連発も我慢の限界だったココロがゾロ達に怒鳴りつける。

 ゾロ達はすぐに表情を改めると、全員で居住いを正し、ココロに向けて深々と頭を下げた。

 

「「「「「ココロさんどうもありがとう」」」」」

「んがががいいんら!」

 

 本人からお許しが出ると、すぐさま動いた者がいた。

 微笑みを浮かべたままのエレノアとロビンに向けて、唇を伸ばしたサンジが勢いよく飛び掛かる。

 

「んルルルロォ〜〜ビンちゃあ〜ん!!! ゥエェェレノアちゃ~ん!!!」

「ロビン!!!」

「エレノア――!!!」

 

 しかし、サンジの欲望塗れの抱擁は空振りしマストに激突してしまう。

 彼より先にナミとチョッパーが二人に飛びつき、その場に押し倒さん勢いで抱き締めたからだ。

 

「間に合ってよかった、二人共‼︎ 無事…じゃないわね」

「ボビ〜〜ン‼︎」

「ええ……お陰様で……‼︎ ありがとう」

「心配かけたねェ……ありがと」

「いいのよも〜〜〜〜‼︎」

 

 号泣するナミと、力の入らない身体で喜びを見せるチョッパー。

 ようやくの仲間の再会に、笑みを浮かべていたフランキーであったが、自分のよく知る男がその場にいない事に気付き、ハッと表情を変える。

 

「ん…!!? おい、兄弟は⁉︎ グリードはどこだ!!?」

「‼︎ そういや……姿がどこにも見当たらねェが」

「おいおいまさか………向こうの塔でまだ戦ってたってのか!!? ヤベェあっちはもう火の山だぞ!!!」

 

 ゾロ達も味方の一人の居場所がわからず、まさかと血相を変えて辺りを見渡す。

 燃え盛り、崩れ落ちていく橋の向こうを見て、顔面を蒼白にさせたフランキーが、意味などないとわかっていて尚、声を張り上げて呼びかける。

 

「おい!!! グリード〜〜〜!!!」

「おう、こっちだこっち」

 

 涙が滲むほど、不安にさいなまれるフランキー。

 しかしそこに、リンが気安げに声をかけ、彼は困惑気味に振り向いた。

 

「……おめェは、麦わらんトコの糸目………」

「ガッハハハ………今はおれだよ、兄弟」

 

 戸惑うフランキーに、リンは……否、リンと交代して表に出てきたグリードがいつもの笑い声を聞かせる。

 それに、フランキーだけでなくゾロ達もぎょっと目を見開き、思わず腰を浮かせて彼―――彼らに詰め寄った。

 

「グ…グリード!!! え⁉︎ 何だ⁉︎ どうなってんだ!!?」

「ちっとばかししくじってな……〝大総統〟のジジイに散々やられて、このガキと一緒におっ死んじまうところだったんだが…………賭けに出てな」

 

 詰め寄る兄弟分に、グリードはやや自嘲気味に苦笑しながら、数分前の出来事を語る。

 それを聞いたフランキーは、思わず唖然とした顔でグリードを凝視した。

 

「〝賢者の石〟を食わせたァ!!? 何つー無茶を…」

「あのジジイに対抗するには、二人掛かりじゃなく二人分の力が必要でな………とにかくおれ達は賭けに勝ったってわけだ」

「……それでその…………体の持ち主の糸目は?」

「ああ、そりゃあ――――この通り五体満足で生きてるヨー」

 

 フランキーが問うと、すぐさまグリードが引っ込み、リンがひらひらと手を振ってみせる。

 見た目はほぼ変わっていないが、雰囲気が完全な別人である事を示していた。

 

「いヤー…コイツったらすぐおれの体を乗っ取ろうとしやがるもんデ……油断も隙もないよネ―――とまァ、この通り意識を保ってやがる。普通は〝石〟の方に乗っ取られるはずなんだがな」

「ややこしい事に…!!!」

「全くダ…」

 

 頭を抱えるフランキーに、リンの足元に腰を下ろしたフーが同意する。

 しばらくの間項垂れ、深いため息をついたフランキーは、やがてニッと笑みを浮かべた。

 

「とはいえ……無事で何よりだ、兄弟!!!」

「おう!!!」

 

 がっ、と手を握り合い、お互いの生存を喜び合う義兄弟。

 片方は五体満足とまではいかないが、あの世に逝っていないだけましだと、細かい事を抜きにして喜びを見せあう。

 

 同じく、知った相手の生存に安堵していたそげキングが、島の方を見やってぐっと息を呑んだ。

 

「ゾロ、いやゾロ君‼︎」

「おい、見ろアレ…とてもさっきまでいた島だとは思えねェ」

 

 隣にいたゾロに話しかけると、彼も同じ方角を見て、顔を険しくさせていた。

 

 全員が同じ方向を見て、息を呑む音を響かせる。燃え盛る島は、最初に見た景色を一変させ、見る者に恐怖を抱かせる景色と化していた。

 

「何なんだこの攻撃は…すでに火の海じゃねェか‼︎」

「この砲撃は、ニコ・ロビンとエレノアを死なせねェ様に命令が下ってる様だ」

「――それでこの橋は今狙われねェのか」

 

 フランキーの説明に納得しながらも、安堵は全くしていない。

 ロビンを奪われたら最後、島を襲う砲撃が自分達に向けられる事になるのだから。

 

「死なせねェって事は、まだ奪い返すつもりだな」

「エニエス・ロビーを完全に破壊したら、次は白兵戦でニコ・ロビンを取りに来るだろう」

「もう、みんなボロボロな上に軍艦にゃすげェのがいっぱい乗ってるだろ‼︎」

 

 チョッパーは横に転がった、激闘を終えた自分達の姿を見て不安を抱く。

 動けない自分は言わずもがな、強敵との戦いを終えたゾロ達は負傷も深く、体力も危険な程落ちている筈なのだ。

 

 しかしゾロ達は、冷静に島を見つめるだけ。そこからは、凄まじい轟音が鳴り響いていた。

 

「この橋の一本目の支柱の上階からまだ戦塵が立ってる。相手は当然〝ハト野郎〟ロブ・ルッチだ」

「近いじゃねェか、手を貸せば」

「やめとけ。ハトの奴はただ者じゃねェ。巻き込まれてまた、おれ達がバラバラになってどうする」

 

 加勢を提案するそげキングだが、ゾロはそれに首を横に振る。

 自身が相対したカクを越える実力者だとされるロブ・ルッチ。そんな相手に今の自分が挑んだところで、犬死するとしか思えない。

 

「あの軍艦の群れがいつこっちを向いても逃げ道を失わねェ様に、おれ達はここでルフィを待つ‼︎ それでいいんだ」

「嵐はここから……か」

「………わかった‼︎」

 

 状況を理解し、そげキングはゾロに深く頷く。

 助けに行けないのは悔しい。だが、そうしないのが一番の助けなのだと、自分を納得させる。

 

「フランキー……グリード…おめェの仲間達…」

「バカ野郎、あいつら悪運だけァ強ェのよ‼︎ 大丈夫だ、うまく逃げてる‼︎」

 

 サンジの心配に、フランキーもグリードも気楽に笑って返す。

 いくら状況が絶望的だからといって、簡単に死ぬような輩ではないと、ずっと近くいた頭達は信じていた。

 

 きっと、生きてまた会えるのだと。

 

「ルフィ…早く出て来い‼︎」

「出航はいつでも大丈夫よ‼︎ ルフィが来次第すぐに出せる‼︎」

「ああ。だが単純に考えても…今のおれ達の頭数と…軍艦の数の倍数が同じくらいだ。いくら出航できても、ここを抜けるのは至難の業だぞ…」

 

 島に集まった軍艦を見渡し、険しい顔になるゾロとサンジ。

 いつ始まってもおかしくない、ロビン奪還の為の襲撃の時を待っていたその時。

 

 軍艦の一隻から、電伝虫による放送が木霊してきた。

 

『北西「正門」より報告――エニエス・ロビーの海兵・役人達の回収完了。次いで本島より逃走中の巨人を含む海賊達約50名を「正門」に確認』

「あいつら………」

「ザンバイ達だ‼︎ ほらみろ‼︎ うまく島を逃げ出したんだ。心配なんかしちゃいねェよ」

「ああそうだ。ホントに殺したって死なねェんだ、あいつらめ。ガッハハハ‼︎」

 

 思った通りだ、と半分呆れを、半分安堵を混ぜて笑うフランキー達。

 これで後顧の憂いなく、思い切り暴れられると上機嫌になる二人だったが……。

 

『一斉砲火による完全抹消完了、全員死亡。現状、本島での生存は不可能と思われ―――エニエス・ロビー本島における生存者〝0〟』

 

 ―――彼らに与えられたのは、希望ではなく絶望であった。

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