ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「殺せー!!! 軍艦7隻もあって!!! あんなハナクソ船一隻仕留められんのか!!! 能なし共!!!」
『逃がすな、撃て――――っ!!!』
荒海を走る小さな海賊船に向けて、数隻の戦艦から砲撃が放たれる。
しかし、その尽くが照準がズレた事で外れ、海賊船メリー号は悠々と海を走り続けていた。
中には真っ直ぐ迫り来る砲弾もあったが、そこは麦わらの一味の戦士達の手により、完璧に防がれていた。
「見えたわ! 勝者の道…‼︎ チョッパー‼︎ 取舵いっぱい‼︎」
「うおお――‼︎ おれも役に立つんだ!!!」
「頑張れトナカイちゃーん」
「ニャー」
「九時の方角へ!!!」
ナミの指示で、復活し船室に入ったチョッパーが舵を動かし、メリー号を操る。砲弾の雨を掻い潜りながら、戦艦と戦艦の間を目指して進む。
『撃て!!! 撃てー!!! 何しとんだおめェら!!! バカか!!!?』
『渦潮の流れをつかんだ模様‼︎ ものすごいスピードです!!!』
『畜生‼︎ 畜生あいつら…‼︎『エニエス・ロビー』の全戦力をかけて、国家級戦力〝バスターコール〟の力をかけて!!!』
海兵達に怒鳴りつけ、地団太を踏みながら、スパンダムが喚き散らす。
決して短くない時間をかけ、ようやく手元に近づけた最悪の罪人。自分の出世の大きな足掛かりとなるはずの女が、みるみる遠ざかっていく。
自分の手足である部下達の不甲斐なさに、これ以上ないほどに憎悪の炎を燃やしていた。
『あんなちっぽけな海賊団から………‼︎ たった一人の女を!!! なぜ奪えねェ!!!!』
そう、目を血走らせて叫んだ瞬間。
彼の全身に幾本もの腕が生える。
見覚えのあるそれにぎょっと目を瞠り、慌てた時には既に遅く。
「〝クラッチ〟‼︎」
『ぎゃあァ〜〜〜!!!』
『長官殿ォ!!!』
ロビンの合図とともに腕が動き、スパンダムの背を真逆に折り曲げ、仕留めてしまう。痛々しい悲鳴をあげて、彼はようやく完全に沈黙するのだった。
だが、そんな事で軍艦は止まらない。
走り続けるメリー号の前に、二隻の軍艦が立ちはだかろうとしていた。
『進路を阻め!!! 敵船は、渦から逃れられやしない』
「ちょっと船体にゃこたえるが……‼︎『風来…砲』!!!!」
完全に退路が断たれる寸前、メリー号の後部に移動したフランキーが、自慢の空気砲を放つ。
その威力で、メリー号は勢いよく加速し、まるで砲弾のように鋭く宙を舞って軍艦の間を通り抜けていった。
「か‼︎ 海賊船が飛んだ!!!」
「こんな事があるのか!!?」
「艦隊の海域を抜けたぞ!!!」
「コイツの経験値を甘くみるな!!! メリー号は上空一万mを飛んだ船だ!!! 必殺‼︎〝超煙星〟!!!」
見た事がない光景に、海兵達から動揺の声が上がる中、たちまち濃厚な白い煙が辺りに立ち込める。
船を追おうにも、煙は分厚く中々晴れない。海兵達が船が沈まないよう四苦八苦している間に、海賊達を乗せた小さな船は、あっと言う間にどこかへ消え去っていく。
その光景を、ある男が眺めていた。
乗ってきた自転車から降り、白煙の向こう側を見やるアイマスクを被った男に、海兵達が慌てて敬礼を見せる。
「い…いらしていたとは‼︎ まだ追いますので!!! とてもこのままでは終われない!!!」
「……もういい。………この艦隊と島を見れば、もはや一目瞭然…」
燃え盛る島、崩壊した建物。
つい数時間前の景色をまるで想像できない惨状を見やり、青キジはスッと目を細める。
「やれやれ…とんだ目にあったものだ」
「だ…〝大総統〟!!!」
「危ない所だった………つい〝左眼〟も使ってしまう所だった。まったく、私を本気にさせかけるとは、
そこに、びちゃびちゃと水音を鳴らし、肩を竦めながらやって来る初老の男が一人。
困り顔で濡れた体を拭く彼―――ブラッドレイは、消えていく煙と海賊達が姿を消した方角を見やり、どこかうすら寒い笑みを浮かべてみせた。
「――この一件は…我々の完敗だ」
こぼれ出たその声は……悔しさよりも、何かへの期待が強く現れているように聞こえた気がした。
渦から遠ざかり、穏やかになった海を、小さな羊の船首の船は進む。
大切な宝物を何人も乗せて、船は静かに風を受け、進み続ける。
「よいしょ…これれいいのかい?」
「そう…‼︎ ここがおれの席だ‼︎ お前のお陰で脱出できた、ありがとうメリー‼︎」
ココロに運ばれ、ルフィがメリー号の船首の上に乗る。動けない身体で仲間を見下ろし、真っ直ぐな眼差しで感謝の言葉を贈る。
その言葉に返事はない。だがルフィは実に満足げに、自分達を救ってくれた船に笑いかける。
「――しかし、お前らコリャ、とんでもねェ事しちまったぞ…だいたいな…世界政府の旗を撃ち抜くなんて」
「取られた仲間を取り返しただけだ‼︎」
そう言って、ルフィは甲板の上を見渡す。
エレノア、ゾロ、ナミ、ウソップ、サンジ、チョッパー、ロビン、リン、フー、ランファン、フランキー、グリード、ココロ、チムニー、ゴンベ。
決して手放したくない宝が全て、この場に揃っている。
「このケンカ‼︎ おれ達の勝ちだァ!!!!」
戦いに勝利した喜びをあらわに、世界に立ち向かった海賊達は凄まじい雄叫びを上げる。
青い空に、彼らの雄叫びがどこまでも響き渡っていった。
……なお、グリードとリンが一体化している事を知らなかったルフィは、あとで姿が見えないと大騒ぎするのだった。
「おい‼︎ おいおいおい‼︎ ウソップ知らねェか!!? いなくなっちまった!!!」
「ウソップ――――――!!!」
司法の島から脱出してしばらく経ち、チョッパーと彼の肩に乗ったルフィが騒ぎ出した。
そげキングの正体がウソップだと未だ知らない彼らの前で、サンジに急かされたウソップが慌てて仮面をかぶり直し振り向いた。
「安心したまえ、彼ならさっき小舟で先に帰った」
「え〜〜〜〜〜〜〜っ!!? なぜだー!!! 本当は今、この船あいつのもんなのに」
正体を隠したままややこしい状態になった彼を、サンジが小突く。
それを見たリンが、自分の中にいるグリードに呆れた目で尋ねてみる。
「…奴らは一体人をどう認識してんダ? ―――知らん」
疑う気がさらさらないのか、もしくは気付く頭脳がないのか。
ヒーローに憧れ続ける子供の心を持つ者達の為に、他の全員は、何も明かさない事を決めるのだった。
いや、他の事に思考を割かれていた為かもしれない。
「やっぱり誰もどこにも乗ってない」
「…そりゃヘンだな」
船室を全て見て回ったナミが、困惑気味に仲間達に伝える。
窮地にいた為に考える余裕がなかったが、落ち着いてくると、今しがた起こった奇跡について疑うようになってくる。
一体誰が自分達を呼び、ここまで船を運んできてくれたのか、と。
「確かにおれ達を呼ぶ声は聞こえたんだが」
「そうなのかい」
「そうなんですカ?」
「呼ばれたのは確かよ」
「おれも聞いた気がするヨ―――マジで言ってんのか、お前ら」
戦場で聞こえた呼び声、聞いたことのない誰かの声。
なのに知っている気がする、と互いに頷き合う麦わらの一味に、グリードが交代して胡乱気な目を向けた。
「だからおめェら言ってんだろ、あれはメリー号の声だったんだよ‼︎」
「え――⁉︎ 本当か⁉︎」
「な! メリー‼︎ しゃべってみろ‼︎」
チョッパーを驚かせながら、ルフィがメリー号に呼びかける。
当然、船はただ前へと進むだけで、声を響かせる事などなかった。
「バカ、船が喋るわけねぇだろ」
「………私も何だかそんな気がしたんだけど…あるわけないわよね」
ゾロに呆れた声を返され、半ばそんな考えを抱いていたナミが首を傾げる。
彼らの中で、ウソップとフランキー、マストに背中を預けて腰を下ろすエレノアだけが、沈痛な表情で俯いていた。
その時、エレノアの耳が、ある音を捉えてぴんと立ちあがった。
「ん? 前から船が来るぞ‼︎」
「何だ⁉︎ 誰だ⁉︎」
「………ああ、大丈夫だよ」
数時間前の戦闘のせいで、つい身構えてしまうウソップ達に、エレノアが笑って告げる。
ふっと微笑みを見せた彼らの前に、近付いてきた船―――ガレーラカンパニーの船大工達が大勢乗った船が近づいてきた。
「うお―――――‼︎ 麦わら達だー‼︎」
「生きてるぞ〜〜‼︎」
「お前ら無事だったんだな!!!」
「すげェ‼︎ 高潮の海へ飛び出したのに、信じられん‼︎」
「エニエス・ロビーから帰ってきやがった‼︎」
わーわーと、甲板の上からルフィ達の生還に驚き、喜びの声を上げる男達。
政府の御膝元に挑み、無事に帰ってきた事実に、彼らは未だ信じられないといった表情を見せていた。
「アイスのおっさん‼︎ ビルのおっさん‼」
「バカバーグ…ヴィルヘルム……」
「とんでもねェ奴らだ…世界政府相手に…本当に何もかも奪い返してきやがった…………‼︎」
見知った顔を見つけ、アイスバーグもヴィルヘルムもホッと安堵の息を吐く。
とてつもない奇跡を見せつけられ、嘆息するばかりになる。
そして、ガレーラカンパニーの船とメリー号の船が至近距離にまで近づいた時。
メリー号の前面部分が、突如がたんと割れて傾いた。
まるで、アイスバーグとヴィルヘルムに対して頭を下げるようにして。
「え…」
「メリー!!!」
「みろ‼︎ あいつらの船が…‼︎」
「おい何だ‼︎ どうそたんだ急に!!!」
「メリー号が!!!」
突然の事態に、一味も船大工達も困惑の声を上げる。
エニエスロビーからここまで、ごく普通に彼らを乗せていたはずの船が、限界に達したように壊れたのだ。
その姿に、サンジが苦々しい表情で歯を食い縛りながら口を開いた。
「……急にも何も…‼︎ これは当然なんじゃねェのか⁉︎」
「え」
「メリー号は、もう二度と走れねェと断定されてた船だ。忘れたわけじゃねェだろ」
ウォーターセブンで告げられた残酷な言葉が、その瞬間ルフィの脳裏に蘇る。
彼は慌てて立ち上がると、傾いた足場で踏ん張り、アイスバーグ達に向けて懸命に叫んだ。
「おっさーん‼︎ やべェ!!! メリーがやべェよ!!! 何とかしてくれ!!!」
仲間をこのままにしていられるかと、ルフィは今度は船大工達の方に向く。
優れた技術を持つ職人達、彼らが手を貸してくれるなら、きっとこんな状態になったメリー号も助けてくれるはずだと。
「お前ら…‼︎ ちょうどよかった‼︎ みんな船大工だろ!!! 頼むから!!! 何とかしてくれよ!!! ずっっと一緒に旅してきた仲間なんだよ!!! さっきも‼︎ こいつに救われたばっかりだ‼︎」
「………だったらもう、眠らせてやりなさい…‼︎」
必死に乞うルフィに、ヴィルヘルムが唇をかみしめながら告げる。
はっと息を呑み、止まったルフィに、続けてアイスバーグが目を瞑って語り出した。
「すでにやれるだけの手は尽くした」
彼らは思い出す。夢か幻の様にしか思えない、しかし確かに起こった出来事を。
ルフィ達が高潮の海に飛び出し、それを見送った後。
廃船島に残された彼らの船を見つけ、その状態のひどさに言葉を失っていた時だ。
―――走りたい………‼︎
もう一度だけ、走りたいんだ。
そんな声が、アイスバーグとヴィルヘルムに届いた。
気づけば彼らは、その謎の声に突き動かされるように、崩壊を待つだけの船の修繕を始めていた。
全てを終え、自分は何をしているのかと呆れていると。
―――ありがとう。
再びそんな声が、修繕を終えた船から届いた。
船はやがて波に攫われ、勝手に帆が張られると、暗い海に向かって進みだしていた。
その光景にいてもたってもいられなくなったアイスバーグとヴィルヘルムは、船大工達の制止を振り切り、大急ぎで小さな船の後を追いかけたのだった。
そして今、役目を終えた船は自分達に首を垂れ、最期の時を待とうとしていた。
「私達は今…奇跡を見ている。……もう限界なんかとうに越えているハズの船の奇跡を」
「――長年船大工をやってるが……おれ達はこんなにすごい海賊船を見た事がない。見事な生き様だった」
心の底から送る、勇敢なる船への賛辞。
誇り高い海賊の仲間に向けられた言葉を聞いたルフィは、小さくため息をつくと、二人に頷いた。
「わかった」
メリー号の前には、小舟に移ったルフィと、別の船に移ったほかの仲間達が整列していた。
ルフィの手には松明が握られ、燃え盛る炎がメリー号に向けられている。
「じゃ、いいか? みんな」
「ああ」
「んん‼︎」
一味をしっかりと次の岸まで運び、仲間の窮地に駆け付けた、他に二つと並ぶもののない船。
彼を見送る為に、仲間達は固唾を呑んで送り出す様を見つめていた。
「メリー、海底は暗くて淋しいからな。おれ達が見届ける‼︎」
ルフィの持つ火が、メリー号に移る。煌々と輝く火が広がり、メリー号全体を包み込んでいく。
その様に、ルフィが苦笑交じりに呟く。
「ウソップは…いなくてもよかったかもな…あいつがこんなの…たえられるわけがねェ」
「どう思う?」
「そんな事ないさ…決別の時は来る、男の別れだ。涙の一つもあってはいけない。彼にも覚悟はできてる」
ウソップの気持ちを代弁し、そげキングは腕組みをしたまま佇んでいた。
仮面の下で唇を噛みしめ、涙を堪えながら。
「長い間…おれ達を乗せてくれてありがとう、メリー号」
「――――――♪」
燃え盛る炎に照らされ、別れと感謝の言葉を贈るルフィ。
彼の想いに乗せて、エレノアがその場に腰を下ろしたまま、葬送の歌を歌い始める。
これまでの感謝を、想い出の全てを甦らせながら、涙と共に歌を届ける。
―――ごめんね。
その時、あの声が再び響いた。
涙を流していた一味が、はっと目を見開いて沈みかけたメリー号を凝視する。
―――もっとみんなを、遠くまで運んであげたかった………。
………ごめんね、ずっと一緒に冒険したかった……。
だけどぼくは。
そんな謝罪の声が、静かに響いてくる。
一味だけでなく、ココロ達やフランキー達、船大工達にまでその声は届き、彼らの心を打つ。
「ごめんっつーなら‼︎ おれ達の方だぞメリー!!! おれ"、舵ヘタだからよー‼︎ お前を氷山にぶつけたりよ――‼︎ 帆も破った事あるしよ――‼︎ ゾロもサンジもリンもアホだから"色んなモン壊すしよ‼︎」
ボロボロと泣きじゃくりながら、ルフィが叫ぶ。
数々の申し訳なさを抱き、力の限りに泣いて詫びる姿を見せる。
「そのたんびウソップが直すんだけどヘタクソでよォ!!! エレノアもいっつも頑張っでだけど‼︎ あいつもヘタクソでよォ!!! ごめんっつーなら…」
―――だけどぼくは、幸せだった。
そんな彼の後悔を、メリーは否定する。
共に過酷な冒険を切り抜けてきた事に、共に喜び合った事に心の底から感謝を抱いて彼は笑った。
―――今まで大切にしてくれて、どうもありがとう。
ぼくは本当に、幸せだった。
そうして、ゴーイングメリー号は海へと沈んでいった。
多くの仲間達に見送られながら、その存在を全うしたのだった。
「おやすみ、メリー…」
仲間達が崩れ落ちる隣で、エレノアは一人、優しい笑みを返し告げたのだった。