ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
第222話〝仁義を通す〟
カン、カン、と街中に木槌の音が鳴り響く、ウォーターセブン。
政府の一部の人間の目論見によって全焼したガレーラカンパニー本社を修繕するため、多くの船大工が集まり腕を揮う。
そんな様を横目で見ながら、グリードが頬杖をついて座り込んでいた。
「あれから政府のクソ共からの音沙汰はなし………平和そのものなのァいいが、ちと退屈だな…―――お前ナ、せっかくあの戦いを乗り越えたってのにそんな事を言うんじゃねェヨ、全ク……‼」
物騒な事を口にするグリードに、即座に交代したリンが口を挟む。
散々ボロボロにされ、危うく死にかけ、一つの体を共有する羽目になっているというのに、どんな神経をしているのかと。
心の中で対峙し、話し合う二人。周りで聞こえてくる声が非常に鬱陶しいが、今ではさほど気にならなくなっていた。
「――――グリード、お前これからどうする気ダ?」
(どうっつってもな………これまでずっと、やりてェ事をやりてェ様にやってきただけだし、具体的に考えてたわけじゃねェ)
不意にリンが問いかけてきて、グリードは眉間にしわを寄せて考え込む。
裏町のチンピラ達を纏め、頭として好き勝手やって来た日々は、これから続けられそうにない。今後をどうするか、真面目に考える必要があった。
(兄弟の夢に興味持って…一緒にバカやってんのが楽しかったから続けてただけだしなァ……)
「ホー、そうかイそうかイ…………だったらヨォ」
悩むグリードの呟きに、リンはなるほどと何度も頷く。
そして、次に彼が持ち出した言葉に……グリードは目を見開き、リンに心底呆れた目を向けるのだった。
「んががが、入るよおめーら‼︎」
「入るよー」
「ニャー」
「ゲロゲロッ!!! ゲロッ」
「ヨコヅナ‼︎ おめー外にいな‼︎」
麦わらの一味の為に用意された簡易住居、通称『海賊ルーム』にココロ達が訪れる。
人間用の入り口を通り抜けられなかったヨコヅナを外に待たせ、ココロ達が中へ入ると、机の上で項垂れていたナミが顔を上げた。
「ココロさん」
「全員やっと目覚めた様らね。2日間寝通して、よほど疲れてたんたね、当然らが」
むしろよく2日だけで起きたものだ、と感心するココロ。
あれだけの戦い、疲労も相当なものであったはずだと、ココロは一味の中で最も重傷を負っていた麦わら帽子の男の姿を探す。
そして、テーブルの上に詰まれた大量の料理を平らげる姿を見つけ、笑みを浮かべる。
「おや、海賊王も元気なもんらね‼︎」
「ああ…アレ違うんだ」
「違うって何らい」
「戦いの後、ぶっ倒れてメシを食い損ねるのがいやなもんで」
妙に言い辛そうに、否定の言葉を吐くサンジにココロが訝しむ。
サンジは苦虫を噛み潰したような顔で、自分が並べた料理を次々に腹に収める彼を―――鼻提灯を膨らませ、寝言をこぼす船長を見やった。
「寝たままメシを食う技を身につけたらしい」
「寝てんのかい⁉︎ ありゃ!!!」
「すごーい海賊にーちゃん」
「器用な男らね」
うめーうめーと本当に味わえているのか怪しい姿を晒すルフィに、ココロ達が驚愕の声を上げる。
チムニーは感嘆していたが、ココロはその執念の凄まじさに呆れるばかりであった。
「ログポースの記録はあと2日、3日でたまるらろ! これからどうすんらい」
「………………たとえ記録がたまっても……私達もう当分先へは進めないの」
本題はこっちだ、と航海士を務める女に問いかけるも、ナミが返してきたのはずんと暗い雰囲気と重い声。
曰く、メリー号に乗せていた荷物は全て宿屋に預けたままで、おそらくは
大切なミカンの木までもを失い、ナミは絶望の中に囚われてしまっていたのだ。
「じゃあ表の客は…それかねェ」
「客?」
辺りの空気すら暗くさせている波を見下ろし、ココロは酒瓶を傾けながら呟く。
何の事か、とナミが顔を上げて聞き返した時、海賊ルームの扉が再び開かれ、大量の荷物を持った二人の男が顔を出す。
そして、宿屋に預けていた全ての荷物と、ベルメールの形見であるミカンの木がそっくりそのまま運び込まれてきた。
「みかんの木〜〜!!! もう二度と帰って来ないと思ってた‼︎ よかった〜‼︎」
「いやあ、あんたらをアイスバーグさん達の暗殺犯だって追い回してた時」
「海賊の持ち物だって事で全部没収してたんだよ、悪かったね」
「とんでもない!!! ありがとう!!!」
不幸中の幸い、指名手配の所為で何もかもを失ったかと思いきや、そのお陰で大切な宝物が災害から守られていたとは。
思わずミカンの木に抱き着きながら、ナミは涙を溜めて感謝の言葉を叫んだ。
「今帰ったぞ――っ‼︎」
「うぃ~ス」
そこへ、三度扉が開かれ、今度はロビンとエレノアを伴ったチョッパー、そして二人の臣下とメイを連れたリンが戻って来る。
エレノアは腰に手を当て、胸を張りながら仁王立ちし、新品の機械鎧を備えた姿をナミに見せつけた。
「完・全・復・活!!! ……とまではいかないけど、だいぶ良くなってきたよ〜…」
「ちゃんと見張ってたぞ‼︎ ロビンも」
「よし‼︎ ごくろうチョッパー‼︎」
「ふふっ、もうどこへも行かないったら」
「そうそう、心配しすぎ」
「お前が一番信用ならないんだっての!!! 何が完全復活だ!!!」
「顔の傷を消してから言った方がいいんじゃない?」
「二人共酷くない!!?」
不敵に笑うエレノアに、目を吊り上げたチョッパーが吠え、ロビンですらも苦言をこぼす。
涙目で抗議の声を上げるエレノアだが、顔に一文字の傷跡が刻まれた姿で言われても説得力がない。どの口が言うのか、とルフィ以外の全員が目で語っていた。
「…まァ、いいわ‼ 見て、みんな‼︎ みかんの木が無事だったのよ。お金も荷物も全部戻った‼︎ これで旅を続けられるわ‼︎」
「ほんとだ、よかった―――!!!」
「そりゃ何よりじゃねェか…ガッハハハ」
話題を変えたナミがミカンの木や荷物を見せ、喜びに満ちた表情を見せる。
全員がほっと安堵の息を吐き、ぱっと明るい雰囲気になった海賊ルームに、四度一組の客人が尋ねて来た。
「アウッ‼︎ スーパーか⁉︎ おめェら‼︎ …全員…全員は揃ってねェか‼︎ まァいい」
「フランキ――‼︎」
「おめェらに話がある! 聞けっ!!!」
ばーん、と激しく扉を押し開け、奇妙な構えを見せるフランキー。
彼はその場で胡坐をかくと、先ほどまでのハイテンションなどまるでなかったかのように穏やかに話し始める。
「――ある戦争をくり返す島に…」
「何だ突然‼︎ つまんねェ話なら聞かねェぞ」
「うるせー、黙って聞け!!!」
サンジからじれったそうな声を向けられつつ、いつの間にかその隣に腰を下ろしていたグリードと共に、フランキーは話を続ける。
―――その昔、ある戦争を繰り返す島に巨大な樹が生えていたそうな。
どんなに砲撃を受けようと、国が滅ぼうと、揺るぐ事なく聳え立ち続ける最強の樹……その名は〝宝樹〟『アダム』。
「木が…何だ?」
「その樹の一部が、ごくまれに裏のルートで売りに出される事がある。おれァそいつが欲しいんだが、2億近くもするって代物、手が出せずにいた」
「……で、そこへ現れたのが大金を抱えた海賊達……お前らってわけだ」
「てんめェ!!! おれ達の金でそんなもん買いやがったんじゃねェだろうな!!?」
「まだ聞け、話はまだ終わってねェから」
思わぬ奪われた2億Bの行方を知り、激昂するサンジをグリードがどうにか宥める。
サンジが少し落ち着き始める中、フランキーは深く項垂れ、悔恨を押し殺しているような雰囲気を醸し出いながら再度口を開く。
「おれは昔…もう二度と船は造らねェと決めた事がある――だがやはり目標とする人に追いつきたくて、気がつきゃ船の図面を引いてた…」
語るフランキーに、ココロが静かな眼差しを送る。
この場で、彼の過去を知る唯一の老婆は、かつて犯した罪に今も苦しむ男をじっと見下ろし、彼の言葉に耳を傾けていた。
「おれの夢は!!! その『宝樹』でもう一度だけ!!! どんな海でも乗り越えていく〝夢の船〟を造り上げる事なんだ!!!『宝樹』は手に入れた‼︎ 図面ももうある、これからその船を造る‼︎」
がばっ、と顔を上げ、一味に真剣な眼差しを向ける。
断られるかもしれない、という不安に苛まれながら今の自分の真剣な想いを口にする。
「だから完成したらお前ら、おれの造ったその船に乗ってってくれねェか!!!?」
フランキーの願いに、深い眠りの中にいるルフィ以外が戸惑いの表情を浮かべる。
荷物も金も取り戻した今、足である船をどうしたものかと考え込んでいた所だったのだ。まさに渡りに船というべき提案である。
「じゃ…お前、その船おれ達にくれるのか⁉︎」
「そうだ。おれの気に入った奴らに乗って貰えるんなら、こんな幸せな事はねェ。元金はおめェらに貰った様なもんだしな」
にやり、と不敵な笑みを浮かべ、フランキーは一味を見つめる。
満足げに笑うフランキーに、眼を瞬かせていたエレノアもやがて、ふっと優しい笑みを彼に向け始めた。
「……そういえば、〝海賊王〟の船『オーロ・ジャクソン号』もその樹を使って造られたんだっけ…」
「ああ、すげェ船にしてみせる」
「ガッハハハ!!! いいぜ兄弟……おめェがやりてェ事始めんなら、おれもいくらでも力を貸すぜ!!! ―――いや、この体おれんだからネ!!?」
一世一代の懇願をした兄弟分に、グリードがゲラゲラと上機嫌に笑い、フランキーの肩をばしばしと叩いて意欲を見せる。
咄嗟にリンが抗議の声を上げるが、手伝う事自体に不満を抱いている様子は見受けられなかった。
「しょうがらいね…トムさんもお前も…結局同じ職人なんらね………んがががが…」
「そうだな………今なら胸はって死んでったトムさんの気持ちがわかる」
ココロが苦笑を浮かべて呟くと、フランキーは深く首肯してみせる。
彼らの前では、思わぬ申し出を受けたナミ達がわっと声を上げ、宴のように騒がしく喜びの声をあげだしていた。
「お前いい奴だなァ‼︎ 貰うぞ!!! ありがとうフランキー〜〜〜!!!」
「うお〜次の島に進めるぞ――っ‼︎」
「嬉しい‼︎ ルフィ‼︎ 船が手に入るわよ!!!」
未だ眠りの中にあるルフィにも告げながら、冷めぬ興奮の中に呑まれる一味。
叫ぶチョッパー達を見るロビンが上品に笑う様を横目にしながら、エレノアがすっと歩き出した。
「………んじゃあ、私もちゃんと筋通しておかないとかな」
小さく呟くと、エレノアは懐に手を突っ込み、一枚の古ぼけた紙を取り出す。
彼女の行動に気付いたナミ達が訝しげな視線を向ける中、エレノアは全員の視線が集まる位置に立つと。
ばんっ!とその場でしゃがんで片膝を立て、取り出した紙―――自身が映された手配書を床に叩きつけた。
「改めまして‼︎ 手前〝偉大なる航路〟は『龍の巣』生まれ!!! 大海賊〝白ひげ〟の娘に生まれ、東西南北あらゆる海を旅して来た若輩者にござんす!!!」
「え…」
「〝火拳〟のエースの導きにより、〝麦わら〟のルフィの船にご厄介になっておりやしたが、この度欠いていた仁義を今一度通させて貰いたく思いやす!!!」
突如始まった口上、キン…と鼓膜を震わせるその声に、ナミ達ははっと息を呑み、ルフィも思わず飛び起きる。
海賊ルームに集まった全員、そして外にこっそりとやって来ていた一人に向けて、エレノアは堂々とした名乗りをしてみせた。
「〝妖術師〟エレノア!!! 懸賞金は2億B!!! 改めて、〝麦わら〟の一味に深く詫びをしたく………そして改めてご厄介になりたく存じやす!!!」
天使の意図を察し、ナミもロビンもサンジも言葉をなくす。
チョッパーは困惑の声を上げるばかりであったが、ルフィは大きく目を見開き、徐々に満面の笑みを浮かべていった。
「エレノア…あんた」
「…………こうしとかないと、私はいつまでもあんた達の仲間じゃいられない。いつかは本当にパパの船に戻るつもりではあるけど、それは今じゃないから」
戸惑いの眼差しを向けてくるナミに、エレノアは苦笑を浮かべて肩を竦める。
いつしか胸の中に溜まっていたしこりが取れたような、これ以上ないほどに清々しい気分で、改めて麦わらの一味に向き直った。
「…仁義を欠いちゃ、この海は渡っていけないのさ」
そう告げると、エレノアはあらぬ方へ目を向け、ぱちりとウィンクをする。
それに気づく者は誰もおらず、ただ只管に、これまで一味を支えてきた天使が、本当に仲間になってくれるという宣言に湧き上がっていた。
「じゃ…じゃあ‼︎ まだしばらくうちにいてくれるって事でいいの!!?」
「勿論…‼︎ 船長のお許しがあるならね」
「いいに決まってんじゃねェかよ〜!!! やったァ〜〜〜!!!」
寝起きのルフィは歓喜の声を上げ、両腕を上げてばたばたと走り回る。
感極まったナミがエレノアに抱き着き、サンジもそれに続こうとして蹴り飛ばされ、ロビンやココロ達、フランキー達は安堵の笑みを浮かべる。
すっかりお祝いのような雰囲気になり始め、外にいる男がグッと唇を噛みしめ出した時だった。
「……ん? なんか覚えのある気配が…」
エレノアがそう呟いた直後。
ドカン!と。
海賊ルームの扉が壁ごと激しく吹き飛ばされた。