ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「何だ……!!!」
「誰だァ!!!」
ガラガラと転がってくる瓦礫を払い除け、ルフィとサンジ、リンとフランキーが女性陣を守るように前に出る。
同じく構えをとるフーにランファン、メイの前で、大勢の海兵達を引き連れて姿を見せた犬の被り物をした大男が、にやりと笑みを浮かべて一味を見渡す。
「お前らか……〝麦わら〟の一味とは。モンキー・D・ルフィに会わせたい男達がおるんじゃが…おお、〝妖術師〟もおったか………ずいぶん暴れとる様じゃのう、ルフィ‼︎ エレノア‼」
そう言って、大男は犬の被り物を外し、顔を晒す。
左目の上に傷跡をつけた、どことなく見覚えのある顔立ちをしたその男を前にし、エレノアとルフィがぎょっと目を見開いた。
「ガ…ガープ!!?」
「げェ!!! じ…じいちゃん!!!!」
「ルフィお前、わしに謝らなきゃならん事があるんじゃないか⁉︎」
初っ端から凄まじい迫力を見せる大男―――祖父ガープの登場に、びくっと全身を震わせるルフィ。
彼の呟きに、リンがカッと目を見開きながら振り向き、困惑の声を漏らす。
「〝ガープ〟っテ………海軍の英雄の名じゃないのカ⁉︎ ルフィ! マジでお前のじいちゃんなのカ⁉︎」
「そうだ! 絶対に手ェ出すなよ!!! 殺されるぞ……!!!」
頬に汗を垂らし、ルフィは仲間達全員に向けて険しい表情で告げる。
腕組みをし、堂々と仁王立ちする祖父を鋭く睨みつけたまま、如何なる動作も見逃さないという気迫を放ち、息を呑む。
「おれは昔、じいちゃんに何度も殺されかけたんだ」
「おいおい、人聞きの悪い事を言うな」
そんな孫の発言に、ガープは小さくため息を吐く。
そこまで悪辣に自分を語られるのは実に心外だと、過剰に怯えるルフィを見下ろし、鼻息荒く語り始める。
「わしがお前を千尋の谷へ突き落したのも、夜の
何も恥じる事はない、と言わんばかりに胸を張り、ルフィに課したとんでもない試練について述べたガープ。
その内容に、一味は当然海兵達も心底引いた様子を見せる。
幼少期に課すにはあまりにも過酷すぎる内容に、全員がルフィに同情と戦慄の眼差しを送っていた。
「……今…ルフィの底知れねェ生命力の根源を見た気がした……‼︎」
「あやつが不憫に思えてきたワ……」
「どう聞いても虐待ですからネ…」
フーでさえルフィに憐れみの目を向けていて、思わず熱くなった目頭を押さえている。気をつけなければ、人前で泣きそうなくらいの悲痛さであった。
「ガープ中将…‼︎ お久しぶりです」
「久しいのう、エレノアァ!!! 便りがなくなってずいぶん経つもんで、心配しとったぞ‼︎」
そんな場の空気など知った事かと、エレノアがガープにぺこりと辞儀をする。
相変わらずの海賊らしからぬ礼儀正しさに、ガープも途端に顔を緩め、上機嫌にエレノアの背丈に視線を合わせる。
「センゴクの奴も言葉にゃせんが、お前さんの事を気にしとったぞ。ここ最近〝お歳暮〟が届かんもんじゃから」
「いや~………こうなっちまったお陰で、どうもそんな余裕がなくなってしまいまして……」
「お………お歳暮⁇」
義足を見せながら和やかに、しかし何やら奇妙な単語を混ぜて会話を始める二人に、グリードとフランキーが同時に首を傾げる。
訝しむ二人に気付いたガープが、うっかりしていたというように目を丸くして視線を彼らに移す。
「ん? ああ、こやつが海賊にデビューした時から始まったものでな……島を荒らす海賊や悪名高い連中を捕らえては、季節の挨拶を添えて海軍本部に送りつけておったんじゃ」
「はァ!!?」
「中には海軍が捕らえるのに難儀しとった厄介な輩もおってな…………海軍の面子もあって声には出さんが、皆喜んで受け取っとったわい」
ゲラゲラと上機嫌に笑うガープを凝視し、一味はぽかんと呆けた顔で立ち尽くしていた。
海賊にあるまじき、同業者を捉えて政府に送りつけるという信じられない所業に、全員の愕然とした視線がエレノアに集中した。
「………海兵に妙に顔がきくのはそのせいか」
「てへ♡」
ナミが呆れた声をこぼすと、エレノアは小さく舌を出しながら小首を傾げる。
が、本気でふざけているわけではなく、仲間達からの追及を免れるためにわざとおちゃらけているようだ。その証拠に、顔中に冷や汗を噴き出させている。
「中でもエースと共に〝金獅子〟のシキを討ち取って来おった時は、思わず宴を開いたくらいじゃった。後でセンゴクに怒られたがの」
「金獅子〜〜〜〜!!?」
「20年も前に海軍に捕らえられてたんじゃなかったのかよ!!?」
そしてさらに思わぬ大物の名が出てきた事で、一味のエレノアに向ける視線に畏怖が混ざり出す。
一味で最も年下に見える外見のくせに、どれだけの大事件に首を突っ込んでいるのだという戦慄の目を向けられ、エレノアは引き攣った顔で頬をかくばかりであった。
「エースとお前さんがどれだけ仲良くなろうが、夫婦になろうが好きにしたらよいわ……だがな‼︎ ルフィ、海賊になる事を許した覚えはない!!!」
「ガープ中将……あの、あんまり大きな声でそういう事を言わないで欲しいんですけど」
鼻息荒く、ルフィの夢を全力で反対しながら、さらっと自分の願望を口に挟むガープ。
エレノアが小さな声で止めに入ろうとするが、頭に血が上ったガープにその声は全く届いていなかった。
「わしは、お前を強い海兵にする為に鍛えてやったんじゃぞ!!!」
「おれは海賊になりてェってずっと言ってたじゃねェかよ!!!」
「〝赤髪〟に毒されおってくだらん!!!」
「シャンクスはおれの命の恩人だ‼︎ 悪くいうな!!!」
「じいちゃんに向かって〝いうな〟とは何事じゃ!!!」
「ああ言ってやる‼︎ 何べんでも言ってやるぞ!!! もう昔のやられっぱなしのおれじゃねェ!!!」
額同士をぶつけ合うような距離感で、激しい口論を始めてしまうルフィとガープ。
先ほどまでの怯えようが嘘のように勇ましく挑むルフィに、しかし仲間達は彼の体に残る傷跡を見て慌て始める。
「ダメだ……‼︎ 今のルフィはまだ回復しきってねェんだぞ!!!」
「大変だ――‼︎ ルフィが海軍に捕まったー!!!」
「ルフィー!!!」
「逃げロ、ルフィ!!! 立ち向かわずに逃げロ!!!」
激戦を終えて、ずっと眠り続けていたボロボロのままの身体。そんな状態で、伝説と称される男に真っ向から挑むなど、自殺行為にしか思えない。
徐々に白熱する罵り合いを止めようと、サンジやリンが割って入ろうとした、その瞬間。
「エレノアが嫁に来てくれなくなっても知らねェぞ!!!!」
「ぐわァあああああ〜〜〜〜!!!」
と、かっと強烈な威圧感を放ちながら迸ったルフィの咆哮。
それを真向から受けたガープは、白目を剥き、血反吐を吐きながら、どたーっとものすごい勢いで仰向けに倒れ込んだ。
「「「「「ええええええェ〜〜〜!!!?」」」」」
伝説の男がたった一言で倒れるという、目を疑うような光景にナミ達や海兵達が目を全開にして驚愕する。
ガープはしばらくの間ぴくぴくと痙攣していたが、やがて呻き声を漏らして体を起こし、部下達に肩を支えられながらぎこちなく膝立ちになる。
「ガフッ…‼︎ おのれ…………小癪な事を…!!!」
「中将‼︎」
「しっかりして下さい‼︎ そりゃ気持ちはわかりますが!!!」
「何のこれしき…わしァ、孫に言い負かされるほど軟弱ではない…………!!!」
未だ衝撃が抜けきっていないのか、険しい表情で地を吐くガープに海兵達が同意しながら上官を励ます。
ガープにも意地があるようで、立った一撃でかなり疲弊した体に叱咤をし、再度孫と相対しようとするのだが。
「ひ孫ができても抱っこさせて貰えると思うなよ!!!」
「ごはァ!!!!」
「「「中将ォ〜〜〜〜!!!」」」
ルフィの更なる追撃によって、ガープはまた大量に血を吐いて膝をつく。
伝説の男などとはもう二度と言えないような醜態をさらす上官に、海兵達は頭を抱えて嘆きをあらわにする。
「生まれて初めて…!!! じいちゃんに勝った!!!」
「いや…そんな勝ち方でよかったのか、お前」
ぐっと両拳を天に突き上げ、喜びをあらわにするルフィにフランキーが突っ込みを入れる。
これで勝った気になっているルフィもだが、それで律義に倒れるガープにもガープである、とナミ達は複雑な気分になる。
こんなのが海軍の中将で大丈夫なのか、という視線があちこちから向けられていた。
「おい!!! エレノアがヤベェ‼︎ 恥ずかしさで死にそうだ!!!」
「しっかりしろォ‼︎ あ、子供できたら私も抱っこさせて‼︎」
「追い討ちをかけないであげて下さイ」
「…………私はもう貝になりたい」
ルフィの追撃はあらぬ方にも飛び火していたようで、真っ赤になった顔を両手で覆って横たわってしまっている。
ナミがそれを宥めつつ、乙女心を刺激されて余計な一言を発して、エレノアをさらなる羞恥で悶えさせていた。これにはメイも呆れるばかりである。
ルフィはその様を、しししと朗らかに笑いながら眺める。
だが、気分良く佇んでいた彼の背後にゆらりと大きな影が立ち上がり、ルフィははっと目を見開いて固まる。
「ル〜フィ〜………!!! 貴様じいちゃんを吐血させるとは何事じゃァ!!!」
「ギャー勝手にぶっ倒れたんだろ〜〜!!?」
ごちーん、とガープによる反撃が脳天に炸裂し、ルフィの視界に火花が散る。
途端には知る激痛に、ルフィは目を回しながらその場を転げ回る羽目になった。
「痛ェ〜〜!!!」
「痛ェ⁉︎ 何言ってんだ、パンチだぞ今の‼︎ ゴムに効くわけ…」
「愛ある拳は防ぐ術なし‼︎ まったく、いらん恥をかかされたわい…」
白煙を立ち昇らせる拳骨を掲げ、ガープは悶える孫を見下ろし、羞恥を誤魔化すようにぶつくさとぼやく。
いまだ元に戻らないエレノアを放置したまま、彼は大きなため息をこぼし、涙目で脳天の鼓舞を押さえるルフィを睨みつける。
「そもそも〝赤髪〟って男がどれ程の海賊なのか解っとるのか⁉︎ お前は‼︎」
「………⁉︎ シャンクス⁉︎ シャンクス達は元気なのか⁉︎ どこにいるんだ⁉︎」
「元気も何も…‼︎」
ガープは脳内に〝赤髪〟を―――この世界の海に君臨する、四人の大海賊の一角たる男の顔を思い浮かべ、苦々しく語り出す。
凄まじき力を見せつけ、そのカリスマで多くの実力者達を従え、まるで海の肯定のようにそれぞれの領海を支配する者達。
〝四皇〟……ガープが属する〝海軍本部〟と〝七武海〟があってようやく拮抗している勢力の事を、今更な事と思いながら確と聞かせる。
ルフィは話の半分も理解しないまま、なるほどと感嘆の息をこぼし、自分の麦わら帽子を見下ろした。
「よくわかんねェけど、元気ならいいや。懐かしいな――…」
「……あの〝赤髪〟とつながりが……⁉︎」
「ルフィの麦わら帽子、その人から預かってるんだって。そんなにすごい人だとは知らなかった」
「………まー〝白ひげ〟の娘がいる時点デ、すでに相当だと思うけどナ」
ちらり、とリンが横目を向け、未だ顔を隠したまま転がっているエレノアを見やる。一味はもはや慣れた事と思っているのか、誰も彼女を気にかけていなかった。
するとそこへ、何やら破砕音と悲鳴が響いてくる。
ガープが音のした方へ振り向き、近くにいた部下の一人に短く尋ねてみる。
「ん? 何事じゃい‼︎」
「賞金首の〝海賊狩り〟のゾロですね」
「ほう…ルフィの仲間じゃな、威勢がいいのう」
聞こえてくる音はどれも激しいもので、まだ遠くにいながらしっかりとここに届いている。部屋の外に控えていたある二人の海兵に声をかける。
数十人の海兵の包囲をものともせずにやって来る男に、少し興味を引かれたガープは、
「…それお前ら…止めてみい…‼︎」
「「はいっ‼︎」」
ガープの命令に、二人の海兵の片割れはすぐさま動き、腰に提げていたククリ刀という名の刀を以て、ゾロに襲い掛かる。
相当な手練れらしく、凄まじい身軽さで宙を舞い、縦横無尽にゾロに斬撃を浴びせかけていく。
「おい‼ ゾロ待て!!! 暴れるコトねェんだ」
止めに入ろうと、ルフィが飛び出したその直後……ルフィの顎に、何者かの蹴りが衝突する。
体勢を崩したルフィは、すぐに自分を蹴り上げたもの―――先程の海兵のもう片方を睨みつけ、反撃に移る。
先の戦いで見た高速移動の技によって多少梃子摺ったものの、ルフィもゾロも難なく二人の海兵を無力化させてみせた。
「曹長‼︎」
「軍曹!!!」
「ぶわっはっはっはっは、全く敵わんな‼︎」
「やっぱり強いや…さすがだ‼︎ 参りました…」
他の海兵達から心配する声が上がる中、ガープは豪快に笑い、倒された海兵はなぜか嬉しそうに呟く。
何やら全くと言っていいほど敵意を感じない青年に、ルフィが困惑の視線を向けていると、青年は立ち上がってルフィとゾロ、そしてエレノアに向き直る。
「この気配って…‼︎」
「………ルフィさん、ゾロさん、エレノアさん、お久しぶりです。僕がわかりますか?」
「? 誰だ?」
青年が顔を見せた瞬間、エレノアははっと目を見開き、驚愕の眼差しを青年に向ける。
やはりわからないルフィとゾロが首を傾げる中、青年は―――どこか見覚えのある眼鏡を額に掛けた、ピンク色の髪をした男は、己の名を名乗ってみせた。
「ぼくです!!! コビーです!!! 覚えてませんか⁉︎」