ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第228話〝義兄弟の誓い〟

 町の人々から上がる悲鳴が響き渡る中、フランキーがルフィを睨みつける。

 下半身を丸出しにしながら堂々と、ルフィが持つ己の海パンを見据えて声を張り上げる。

 

「パンツを返せ‼︎ 麦わら」

「じゃ、仲間になれ!!!」

「バカいえ…パンツ取ったくらいで‼︎ おれを仲間にできると思うなよ‼︎」

 

 鬼の首を取ったように、得意げに笑うルフィの言葉をフランキーはすぐさま一蹴する。そして彼は、一切表情を変えぬままおもむろに動き出し。

 

 なんのその

 男は裸

 百貫の

 波に向かって

 立つ獅子であれ

 

 海を背にし、いつもの派手な構えを取ってみせた。

 それも、ルフィ達だけでなく町の住民達全員に、己の全てが見えるように。

 

「下半身丸出しでポーズを決めた!!!」

「最悪だ‼︎ あいつ最悪だ!!!」

「甘かった……‼︎ 何て気が強ェんだ」

 

 ざばっ!と盛大に水飛沫を上げる波を背にした男の奇行に、街の住民達からさらなる悲鳴が上がる。

 ルフィも同じく、自分の痴態を全く恥じる様子のないフランキーに瞠目し、愕然とした顔でゾクリと背筋を震わせる。

 

「あいつ‼︎ 男の中の男だ!!!」

「ただのど変態でしょうが‼︎」

「あのー、ナミ? 私パパの船で男の裸なんて見慣れてるから、目を塞ぐ必要はないよ?」

「見なくていいのよ、あんなもの!!!」

 

 尊敬の眼差しを送るルフィの頭を叩きつつ、ナミはエレノアの両目を塞ぐ。

 汚物が見えないようにされた本人は困惑するばかりであったが、ナミは頑なに手を外さず、フランキーに冷たい視線を送る。

 

 そんな時、事態を窺っていたロビンがすっと前に出てきた。

 

「手荒でよければ手を貸しましょうか?」

「え?」

「〝二輪咲きグラップ〟」

 

 ナミの返事を聞かないまま、ロビンは両手を交差させ、能力を発動する。

 フランキーの腿の内側あたりから生えた二本の腕は、彼の股間に向けてて指先を伸ばし……そして、そこにある二つの玉をギュッとつかんだ。

 

ホデュア――――――っ!!!!

 

 股間から走った途轍もない痛みに、カッと目を見開いて絶叫するフランキー。

 まるで絞殺される鶏の断末魔のような、切なく痛々しい悲鳴に、何が起こっているのか全く分かっていない住民達もどよどよとどよめき出す。

 

「ギャアアアアアアアアア!!! 何やってんダテメ――!!!」

「ウッ…‼︎ これはあまりニ…!!!」

「え―――っ!!? ちょっとロビン!!!」

「にぎった――!!!」

「潰れるぞロビン――!!! イテテテテテ」

「アァアァアァア!!!」

 

 そして、何が起こったのか理解している者達は、男性陣と女性陣で別々の反応を見せる。

 

 リンとグリードは全く同時に恐怖と怒りの悲鳴をあげ、フーも思わず呻く。

 ナミはただ驚くだけであったが、ルフィやチョッパーは目を見開いて叫び、ガレーラの社長と職長達も引き攣った悲鳴をこぼす。

 

「もげるわいなー!!!」

「もぎりとれるわいな――!!! みかんの様に‼︎」

「やめロ」

 

 キウイとモズも愕然とした声を漏らすものの、あまりに下品すぎたために隣のランファンに止められる。そして彼女は、フランキーにも冷めた視線を向けていた。

 

「おい、ロビン、男のまま仲間にしたいんだよ!!! 取んなよっ!!!」

「見てるだけでイテテテテテ‼︎」

「……痛いのかな、アレ」

「さァ…?」

 

 悲鳴をあげるフランキーに同情し、笑みを浮かべているロビンにやめてくれるよう懇願するルフィとチョッパー。

 そんな男の痛みが理解できないエレノアとナミは、未だ続いている絶叫を耳に、互いに首を傾げる他になかった。

 

「〝宝〟を目前にした海賊に『手を引け』と言うのなら、それなりの理由を言って貰わなきゃ引き下がれないわよ」

「ぐおあ――――‼︎ だ……だから、この島にいてェんだよおれァ‼︎」

 

 股間を押さえ、藻掻き苦しむフランキーを執拗に責め続けるロビン。

 船長が気に入った男が、何の理由も言わずただ一味から離れようとするだけなど、納得できないと彼女は告げる。

 

 だが、それでもフランキーは頷こうとはしなかった。

 

「お…お前らにゃ…感謝してるさ……‼︎ したってしきれねェくらいにな…!!! 一緒に行ってやりてェが…おれにはここでやらなきゃならねェ事がある!!! だから船を贈ったんだ!!!」

 

 顔中汗まみれになりながら、歯を食い縛って尚も拒否し続ける。 

 一味に入る気持ちは十分にあるようだ。だが、それ以上に自分に課した役割が、彼から海へ向かわせる自由を奪っている事が伺える。

 

 痛みとはまた異なる葛藤を滲ませるフランキーに、一味は無言で彼の独白に耳を傾けた。

 

「そもそもおれは船大工をやめた身だ‼︎ だから、そいつはおれの造る生涯最後の船になる‼︎ 念願だったんだ…それこそが〝夢の船〟だ!!!」

「待ちなさい、フランキー…」

 

 精一杯の抵抗で、一味に入る事を断ろうとするフランキー。

 だが、そこに不意にヴィルヘルムが口を挟み、アイスバーグと共にじっと咎めるよな視線を向けた。

 

「彼はまだ――君の言う〝夢の船〟には成っていないハズだろう」

 

 はっ、と目を見開き、振り向くフランキーにヴィルヘルムが告げる。

 彼らの脳裏には、かつての……まだトムが存命であった時の記憶が蘇っていた。

 

 最高の船を作りたいと夢見ていたフランキー。

 それは、最高の材料と最高の技術、そして何よりも、自身が最高の船大工として乗り込み、共に旅をする事で完成するのであると、彼は語っていた。

 

 船乗りまでこなされては自分の負けだ、とトムが笑っていたその夢を、フランキーは必死に振り払おうとする。

 

「やりてェ事が、変わったんだ…‼︎」

「やりてェ事……⁉︎ それは違う。お前が今、この島でやってる事は全て、〝償い〟だ……‼︎」

 

 アイスバーグはさらに語る、フランキーのこれまでの行いに隠された意味を。

 

 裏町のチンピラ達をまとめ上げた事も。

 賞金稼ぎとして、これまで多くの海賊達を捕らえてきた事も。

 

 全てはトムが愛したこの町を守る事で、亡き師に償おうとしたからではないのかと。

 

「端からはとてもそうは見えないけどね」

「……‼︎ 見えねェだろうよ…そんなつもりは毛頭ねェ!!!」

「大好きな船造りもやめて、自分を押し殺して生きてきた…これからもずっとそうするのかい⁉︎」

「――たとえトムさんが許しても、おれ達がお前を許してやっても……何も変わらねェんだろうな…」

 

 アイスバーグもヴォルヘルムも、長らくフランキーを憎み、しかし同時にそれ以上に案じていた。

 師からすでに赦されていた罪を償い続ける彼の人生を、いつまでも自分を責め続ける彼の心を、過去に縛られたままの兄弟弟子の未来を。

 

「もういい加減に…!!! 自分を許してやれよ、フランキー!!! ……もう、てめェの夢に生きていいだろ……?」

 

 アイスバーグ達のその言葉に、ボロボロと涙を流し、歯を食い縛るフランキー。

 そんな彼の元に突如、街の方から飛来した何かが着地し、盛大な音と船の残骸の欠片を撒き散らした。

 

「何だァ⁉︎ バッグ」

「旅の荷物です‼︎ アニキ!!!」

「アニキィ〜!!! 色々…!!! 勘弁して下さい!!! ホントにすいません!!! どんな罰も覚悟の上です!!!」

 

 中身がパンパンに詰まったカバンが足元に置かれ、困惑するフランキーに、煙を上げる大砲の傍からザンバイ達が叫ぶ。

 全員がその場で土下座をし、一家の頭に精一杯の謝意を示していた。

 

「おれ達バカだから!!! ねェ頭振り絞って一生懸命考えたんですっ!!!」

「ねェ頭で何を考えたってんだよ!!!」

 

 必死に頭を下げ、フランキーを送り出そうとするザンバイ達。

 しかし、フランキーはギロリとザンバイ達を睨みつけ、彼らの気持ちを余計なお世話だと払い除ける。

 

 何が何でも旅立たせようとする、自分の意思を無視するような子分達の行為にふつふつと苛立ちが募る。

 

「出しゃばんじゃねェよ‼︎ おれの人生だ!!! 全ておれが決める事だ!!! 子分共に敷かれたレールの上を、棟梁のおれが喜んで歩けるか、みっともねェ!!! 本当にくだらねェ、ねェ頭なら初めから使うんじゃねェよ!!!」

「申し訳ねェ…‼︎ でも、少しくらい考えたらダメですか⁉︎ おれ達みてェなゴロツキを拾ってくれた〝大恩人〟の…」

 

 盛大に叱られ、身を縮こまらせるザンバイ達。

 厚意を否定され、叱られてなお、視線を逸らすことなく兄貴分を見つめる。

 

 口は悪くとも、何よりも自分達の事を想ってこの島を離れたがらないであろう彼の事を本気で案じ、涙を流して叫ぶ。

 

 

「あんたの幸せも考えたらダメですか!!!?」

 

 

 その言葉に、フランキーは大きな衝撃を受け、よろよろとその場に座り込む。

 決して否定する事などできるはずもない、子分達からの恩返し。フランキーはもう言葉も出せず、どさっと背中から倒れ込んだ。

 

「…ったく、世話がやけるぜ」

 

 そんな彼を見下ろし、不意にグリードがにやりと笑みを浮かべて一歩を踏み出す。

 とんっ、と段差の上に飛び乗り、体勢を整えながら仁王立ちした彼は、大きく息を吸い込むとそれを力の限り声にして吐き出した。

 

「兄弟ィ〜〜〜〜〜!!!!」

 

 突如響き渡った声に、町の住民や船大工達が一斉に振り向く。

 ルフィ達やフランキー達も、はっと目を見開いて振り向く中、街中に響き渡るような声量でグリードが叫び続ける。

 

「おれもなァ!!! こいつらと一緒に〝おれの道〟を進む事に決めた!!! 皇帝になるっつーこいつの夢に付き合って、〝王〟になる事にした!!! この町とはさよならだ‼︎ だからおめェも………やりてェ様に生きやがれ!!!」

 

 真っ直ぐ、一切の遠慮なく放たれた言葉に、フランキーは思わずぐっと息を詰まらせる。

 以前の肉体を失い、新たな道を進まざるを得なくなった兄弟分。そんな彼が、自分とは異なる道に向けて大いなる野望を抱いている様子に、劣等感のような者を抱いてしまう。

 

「そうだ!!! てめェの人生、てめェの好きな様に生きろ!!! そうすりゃァ、お前の子分共も心の底から笑えらァ!!!」

 

 鼓膜を震わせる、愉しそうに笑っているかのような凄まじい声。

 

 いつしかグリードの目からは、ボロボロと大粒の涙が溢れ出していた。

 兄弟分との別れを悲しみ、過去に囚われて自由になれずにいる様を嘆き、立ち止まっている背中を蹴り飛ばす気持ちで言葉を紡ぐ。

 

「いつかまた…!!!〝夢の果て〟で……‼︎ それぞれの世界の頂点に立って!!! また会おうぜ!!! 兄弟!!!」

「…………!!! どいつもこいつも……‼︎」

 

 叱られる事を覚悟でここまで連れて来てくれた子分達、自分なりの方法で奮い立たせようとして来るグリード。

 彼らの気持ちが熱く伝わってきて、フランキーはボロボロと顔中を涙で濡らし、言葉にならない声をこぼし、やがて再び痛みを訴え始める。

 

「おォい‼︎ ロビン‼︎ 加減してくれ頼むから‼︎ 女になっちまう!!!」

「泣いてるぞあいつー!!!」

 

 転げ回るフランキーを案じ、ルフィとチョッパー、一家とファミリーが案じる声を上げる。

 

 それを微笑みを湛えて見つめていたロビンは無言で構えを解く。

 しかし、フランキーはいつまでも泣き喚き、転げ回り、痛みを訴え続けていた。

 

「ん? アレ? お前、何もしてねェのか?」

「ふふっ…私がやったのは、初めの一回だけよ。ずるいわね…涙を痛みのせいにして」

 

 子分達の手前、意地を張って歓喜で泣く姿を見せられないからと、ロビンを理由に思いきり感情をあらわにしているフランキー。

 ロビンは苦笑をこぼしながら、そんな彼と子分達を眩しそうに見やるのだった。

 

「……てめェらおれがいなくて…生きていけんのかよ…‼︎」

「オイオイ……こいつらをナメすぎだぜ、兄弟…」

「ウォーターセブンの裏の顔…‼︎ おれ達…力合わせて立派に受け継いでみせますとも!!!」

 

 雄叫びを上げ、決意を口にしてみせるフランキー一家。

 最後の最後まで心配の言葉をこぼす兄弟分に、グリードは顔を涙と鼻水で汚したまま笑う。せめて兄弟分が、何の後悔もなく旅立てるように。

 

「たとえアニキがどんなに遠くへ行こうとも!!! おれ達ァ一生あんたの子分ですからね!!!」

「ウッ……‼︎ イデデデ‼︎ 涙が出る!!!」

 

 嬉しさでまた涙が溢れ出しそうになり、フランキーはまたロビンのあたえる痛みを理由に泣き叫ぶ。

 それを案じる子分達の声でまた涙が溢れるという悪循環に陥りながら、誰一人として、騒がしいやり取りに苦言をこぼす者はいなかった。

 

「ルフィ―――っ‼︎」

「あ、ゾロ、サンジ」

 

 そこに、ゾロとサンジが慌てた様子で戻って来る。

 何事か、とフランキーから視線を移したルフィに、二人はやや険しい表情となって船に駆け込んでくる。

 

「大変なコトになって来た!!!」

「お前のじいさんが戻って来たぞ、ルフィ!!! 向こうの海岸で攻撃態勢でおれ達を探してる!!!」

「えェ⁉︎ 何で⁉︎ 捕まえねェんじゃなかったのか⁉︎」

「おれ達が知るかよ、出航準備急げ‼︎ うおっ‼︎ フランキー‼︎ てめェまだパンツはいてねェのか‼︎」

 

 下半身を丸出しにしたまま座り込んでいるフランキーに気付き、サンジが思わず声を上げる。

 ルフィはその声に、自分が今だ握り締めたままの海パンの存在を思い出し、少し考えるとやがて思いきり振りかぶった。

 

「返す!」

 

 フランキーに呼びかけ、海パンを投げ渡す。

 フランキーがそれを受け取るのを見届けると、立ち上がった彼の頭上で仁王立ちし、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「さァ乗れよフランキー! おれの船に!!!」

「………へへへ、生意気言うんじゃねェよ‼︎ ハリボテ修理しかできねェド素人共め。これだけ立派な船に大工の一人もいねェとは船が不憫だ」

 

 再度誘ってくるルフィに、フランキーはおもむろにサングラスをかけ直すと、にやりと好戦的に笑ってみせた。

 

 躊躇いは今、消えた。気がかりは全て兄弟と子分達が解消してくれた。

 後はもう、胸の内から湧き上がる想いのままに、未知の世界に向けて一歩を踏み出すだけだ。

 

「仕方ねェ‼︎ 世話してやるよ!!! おめェらの船の『船大工』!!! このフランキーが請け負った!!!」

「ぃやったァ〜〜!!! 新しい仲間だ〜〜!!!」

 

 雄々しく宣言すると、麦わらの一味から歓声が上がる。

 彼らの元へ向かおうと、フランキーは勇ましく一歩を踏み出そうとし、しかしその前に今一度、長年世話になってきた町と住民達を振り返る。

 

「ちょっと行ってくらァ!!!!」

 

 言葉にしきれない感謝を胸中で叫び、滂沱の涙を流しながら、フランキーはその場で変態的に尻を突き出して飛び跳ね、告げたのだった。

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