ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
白土の島『バルティゴ』。
そこには、政府が何よりも危険視し、追い続ける組織の本拠地があった。
「〝南の海〟セントウレアで反乱軍が勝利しました」
「…また一国落ちたか…」
男の報告に、別の男が安堵とも落胆とも言えない呟きをこぼす。
戦いに次ぐ戦い、途切れぬ怨嗟の声。最も醜悪なる敵を倒すための組織とはいえ、多くの血が流れる事態に対して、喜びの声が上がらない。
「やりましたね‼︎ これで先日の〝北の海〟の…」
「勝利を喜ぶな‼︎ 戦争だぞ」
「は…はあ…すいません」
組織の中でも若い男に、組織を纏める男―――顔に入れ墨を刻んだ男が厳しい口調で咎める。
安堵を露わに仕掛けて男はすぐさま大人しくなり、戸惑いながらも引き下がる。
すると、ふと刺青の男は机の端に置かれた新聞と手配書の束に気付き、手に取ってその一面を凝視し出す。
「…………これは?」
「〝麦わら〟のルフィです。アラバスタで実際にクロコダイルを討ち取った男。エニエス・ロビーの一件で…政府もついに隠しきれない程の大型の海賊団になってきました。何でも船長は海軍のガープの…」
手配書一杯に、笑顔を遺した麦わら帽子の青年。
その顔を見下ろしていた刺青の男は、小さく笑みをこぼすと踵を返し、歩き出した。
「あ、どちらへ」
「風に当たって来る…」
困惑する若い男を放置し、刺青の男は外へと向かう。
大地の城と空の青に彩られた世界。
白土を運ぶ風を身に受け、遠い地と空の果てを見やり、刺青の男―――世界最悪の犯罪者モンキー・D・ドラゴンは笑う。
修羅の海へと進み出で、大きな事件で己が名を世界に知らしめた息子を思いながら。
「思うままに生きろ、ルフィ………時代は時として…あらゆる偶然と志気をおびて、世界に問いかける‼︎ 我らがいずれ出会う日も来るだろう…」
いつとも知れぬ出会い、いや再会。はじまりの町に続くその邂逅は、きっと凄まじき波乱に満ちたものになるだろう。
〝反逆竜〟はただ静かに、世界の変革の時を待ち続ける。
そんな彼の姿を、物陰で佇んでいた黒豹の耳と尾、そして鷲の翼を生やした女が横目で眺めていた。
「……なァ、オールディ。お前の娘は元気に育っているよ。ちょっとばかしお転婆になりすぎちまってるようだが…………お前そっくりのいい女になりつつある」
手元の手配書、白虎の天使の顔を見つめ、うっすらと笑みを湛える女―――〝黒羽〟アイザック・ニューラ。
彼女は天を見上げ、この世にいない半身に祈りを送るのだった。
「だから、さ………安心して眠っていなよ、我が愛しき妹よ…‼︎」
「船長、〝赤髪〟を迎えます‼︎」
白雲が立ち込める空の下、二隻の巨大な海賊船が接近し繋がれる。
片や、竜に似た船首を持った、三本船の傷が入った髑髏の海賊旗の船。もう片方は、白い牙のような髭を持った髑髏を掲げる、鯨を模した船。
それぞれ四皇〝赤髪〟、そして同じく四皇〝白ひげ〟を船長とする、猛者達を支えて来た船である。
「来るぞ、〝赤髪〟が」
「若ェ衆は下がってろい、身が持たねェぞい」
「え…身が持たねェってのは一体…」
「いいから奥へ行ってろいっての」
白ひげの船の甲板で、やってくる〝赤髪〟のシャンクスを迎えようとしていた船員、マルコとジョズが新入り達に告げる。
困惑していた新入りの一人は、隣にいた同じ新入りが突如、泡を吹いて倒れた事でさらなる困惑に襲われる。
「え⁉︎ おいお前らどうした、何が起きてんだ⁉︎」
「ああ…もう手遅れかい。騒ぐな、気ィ失ってるだけだい……」
ばた、ばた、と次々に斃れていく新入り達を見やり、マルコがため息をこぼす。
その隣でジョズは険しい表情で佇み、自分の肌がびりびりと震えるのを感じながら、向かってくる訪問者を見据えていた。
「半端な覚悟じゃ…あの男の前で、意識を保つ事さえできねェ…‼︎ 相変わらず…スゲェ〝覇気〟だ」
その光景は、異様だった。
たった一人、酒を担いでゆっくりと進み出てくる赤髪が一歩を踏み出す度、白ひげ海賊団の若い船員がばたばたと倒れていくのだ。
存在するだけで、気の弱い者を圧倒し捩じ伏せる。
世界に四人いる海の皇帝、その一角を担う男の凄まじさがこれでもかと表れていた。
「失礼、敵船につき…少々威嚇した」
根底から格の違いを見せつける威圧感を放っていた男は―――甲板の奥の椅子に腰かけていた巨漢・白ひげの前に立つと、にやりと笑みを浮かべる。
敵船のど真ん中で一切臆する様子を見せないシャンクスに、白ひげはふん、と鼻を鳴らしてみせる。
「てめェの顔ァ見ると、あの野郎から受けた傷が疼きやがる」
「療治の水を持参した、戦闘の意志はない。話し合いたい事があるんだ」
「〝覇気〟をムキ出しににして現れる男の言い草か、バカヤロウ…グララララ…!!!」
以前、互いから発せられる覇気で場の空気は張り詰めたままだが、二人の男は穏やかに話す。
するとそこへ、倒れた新入り達の介抱を行っていたマルコが目を吊り上げ、シャンクスに向けて怒鳴りつけた。
「オイ、赤髪てめェ、何してくれてんだい‼︎」
「お! 一番隊のマルコだな。お前、ウチに入らないか?」
「うるせェよい‼︎」
全く悪びれる様子のないシャンクスに、マルコは吠えてから諦めたように視線を逸らす。
それをみやり、ジョズがやや躊躇いがちに白ひげに話しかける。
「親父…おれ達ァ……」
「あァ…戦争はしねェらしい…二人にしてくれ」
白ひげに言われ、船員達はすぐさま甲板から引っ込む。
シャンクスは担いできた酒を盃に注ぐと、半分を残してそのまま白ひげに渡す。一時は難色を示す白ひげだが、然して躊躇わずにがぶがぶと飲み始め、悪くねぇ、と小さく呟いてみせた。
「……おめェんとこの
「野暮用でな…………大事な宝を預けてある。少し厄介な事情があってな……」
じろり、とシャンクスの傍らを見やり、姿の見えないもう一人の事を尋ね、彼の態度と表情から野暮な問いだと察してそれ以降は聞かない。
それぞれで酒を喉に流し込み、やがて白ひげは遠い目で虚空を見上げ始めた。
「…ロジャー…センゴク…ガープ…ニューラ…にこら………オールディ………あの頃の海を知る者はもうずいぶん少なくなった」
「22年たった…当然だ……‼︎」
「おめェもよく成り上がったモンだぜ…ゴール・D・ロジャーの船の…ただの見習いだった小僧がよ……!!!」
にやりと笑い、身体も覇気も生意気に育った若僧を見下ろす白ひげ。
歳の所為か、現役時代に目にした姿を昨日の事のように思い出しているのか、小馬鹿にした態度かつ、懐かしそうに目を細めている。
「ロジャーの船とはよく戦りあったせいで、殺し合いの中で妙な顔馴染みになった…お前と一緒にいたあの面白ェ赤っ鼻はもう死んだか」
「……バギーか! 懐かしいな…船長の処刑の日、ローグタウンで別れてそれっきりだ…風の噂で、まだ海賊をやってると聞いた」
「あっという間よ、おれにとっちゃあ……」
また酒を飲み、唸るようにため息をこぼす。
するとふと、白ひげの視線がシャンクスの左腕に―――二の腕から失われた先に向けられる。十年ほど前に失くしたと聞く、男の消えない傷痕だ。
「おめェ程の男が〝東の海〟で腕一本落として帰って来た時ァ…誰もが驚いたもんだ。どんな奴にくれてやったんだ、その左腕…」
「…………コレか」
問われたシャンクスは、当時の事を脳裏に思い浮かべる。
東の海の小さな村、そこで出会った小さな少年の事を。
自分に憧れ、自分の誇りを守ろうとしてくれた彼を庇った証である痕に触れ、笑みを浮かべる。
「……〝新しい時代〟に懸けて来た…」
「………………くいがねェなら結構だ」
深くは聞かず、白ひげは興味を失くした様子で口を閉ざす。
代わりにシャンクスは鋭い眼差しを白ひげに向け、自らの左腕から手を離すと、自身の左目に刻まれた三本の傷に指を突き付けた。
「白ひげ…おれは…色んな戦いを越えて数々のキズを負って来たが、今…‼︎ 疼くのはこの傷だ…!!!」
その傷は冒険の痛手でもなければ、かつてシャンクスが〝鷹の目〟と決闘して受けた傷痕でもなかった。
伝説の敵との戦いで受けたものなどではない―――白ひげの元部下で、仲間殺しの大罪を犯して逃げた男、〝黒ひげ〟ティーチから受けた物だった。
「おれは油断などしていなかった。おれが言いたい事がわかるか⁉︎〝白ひげ〟‼︎ あいつはじっと機を待ってた…隊長の座にもつかず、名を上げず、自分を隠し今まで〝白ひげ〟というデカイ名の陰に潜んでいたんだ!!!」
シャンクスの剣幕に、白ひげは眉尻一つ動かさず一言も発さない。
自身に傷を与え、不気味な行動を繰り返す男への警告に対し、どうでもいい……というよりも気にしても仕方がないというような、そんな反応を返していた。
「――そして〝力〟を得て…動き出した。最終的には頂点を狙って来るぞ。自分の意志で‼︎ いずれお前の座をも奪いに来る」
「…………おれにどうしろってんだ? ――それが本題だろう」
「エースを止めてくれ!!!」
シャンクスがそう言った瞬間、それまで動く事の無かった白ひげの表情が微かに動く。シャンクスの言葉が、白ひげの琴線に確かに触れたのだ。
「若くもお前の一団の二番隊隊長を任される男で、お前の娘が惚れた男だ。エースは強い…!!! そんな事はわかってる……だが、その名声と信頼が話をこじらせる」
沈黙する白ひげにシャンクスは続ける。
出会ったのは一度だけ。とある島で滞在中に、弟分が世話になったからと態々挨拶をしに来た事で、シャンクスとエースは関わりを持った。
そしてエースが白ひげの傘下に入り、例の事件が起こった事で、シャンクスはティーチに対する警戒をより確かな物へと変えた。
「今はまだあの二人をぶつけるときじゃない!!!〝黒ひげ〟ティーチから手を引け‼︎ たったそれだけの頼みだ」
「……フフ…グララララ‼︎ ハナタレボーズが言うようになったな。そりゃあ土台無理な話だぜ。エースはもう誰にも止められねェ………その資格もねェ!!!」
小馬鹿にしたように笑っていた白ひげの雰囲気が、一瞬で変わる。
ずしりと空気が鉛に変じたかのように重くなり、シャンクスやその周りの人間にまで襲い掛かる。
壮絶な笑みを湛え、しかし顔中に血管を浮き立たせ、世界最強と謳われる男は目の前の若僧へ覇気の塊を叩きつけた。
「惚れた女を守りてェと吼える男を止める権利が、一体この世の誰にあるってんだ!!?」
ビリビリと震える空気の中、シャンクスは無言で白ひげを見つめる。
常人ならば一瞬で気絶するか、そのまま心肺を停止させてもおかしくない重圧感の中、冷や汗一つかかずに巨漢を見据え続ける。
「あいつの罪は…海賊船で最もやっちゃならねェ〝仲間殺し〟だ……‼︎ 鉄の掟を破ったのさ。おれの船に乗せたからにゃあ、どんなバカでもおれの息子よ。殺された
白ひげは怒っていた。一度は息子と呼んだ男が別の息子を殺した事もだが、その思惑に気付く事ができなかった自分自身に対しても。
しかもその男が、大事な愛娘まで毒牙に掛けようと目論んでいるのならば、黙っていられるはずもなかった。
「仁義を欠いちゃあこの人の世は渡っちゃあいけねェんだとティーチのバカに教えてやるのが、おれの責任だろうがよ……!!!」
腰を下ろす椅子や甲板がぎしぎしと軋むような威圧感が、徐々に退いていく。
言いたい事を言った白ひげは、残った酒をがぶがぶと纏めて喉に流し込んでいく。
「わかったかアホンダラ、おれに指図するなんざ100年早ェ」
シャンクスは視線を落とし、しばらくの間黙り込む。だがやがて、自身の杯を一気に傾け、自分の分の酒を一気に胃に流し込む。
そして次の瞬間、二人の海の皇帝はそれぞれの得物を抜き、己の覇気を全開にして振りかぶった。
「誰にも止められなくなるぞ…!!! 暴走するこの時代を!!!」
「恐れるに足らん!!! おれァ〝白ひげ〟だ!!!」
どんっ‼
と〝赤髪〟と〝白ひげ〟の一撃がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が辺りに襲い掛かる。
二隻の船を揺らし、それぞれの若い船員達を慌てさせ、中堅の船員達を呆れさせる強者同士の激突は。
曇天の空を、真っ二つに割ってみせたのだった。
バナロ島と呼ばれる、偉大なる航路の島。
そこで、一つの大きな事件が発生していた。
「おい見ろ‼︎〝麦わら〟の記事だ……‼︎ ゼハハハハ‼︎ とんでもねェ事やりやがった!!!」
新聞を片手に、黒い髭の男―――〝黒ひげ〟を名乗る海賊マーシャル・D・ティーチがげらげらと笑い声をあげていた。
映し出されているのは、先日政府の御膝元で大暴れした〝麦わら〟の男。
たった一度の事件で、一気に懸賞金額が跳ね上がった青年の顔を凝視し、ティーチは不気味な笑みを浮かべて騒いでいた。
「〝司法の島〟を落としたそうだ、こりゃあ賞金もはね上がるぞ!!!」
「エニエス・ロビーならウォーターセブンからの海列車が有名ですな」
「ここから遠くない、それもまた〝巡り合わせ〟」
「ウィーハハハ、行こうぜ船長‼︎」
「我々の射程範囲にいるとは……憐れ、運のない奴らだ…ゴホ」
ティーチが見出した五人の男達も、今の話題を掻っ攫う青年に対しやる気を見せる。
とある目的を果たす為、己らの名を上げる必要がある彼らは、一度は取り逃がした丁度いい獲物がさらに成長した事に歓喜し、殺意を漲らせていた。
「当然行くとも、ゼハハハハハハハ!!! 出航の準備をしろ!!!」
3億の男の、そしてその一味の首を奪る。
それを足掛かりに、この海の頂点に向けて駆け上がる―――そんな野望を抱き、出航の準備を始めようとして。
「おい。待てよ、ティーチ。探したぞ……!!!」
動き出そうとした彼らの頭上から、怒りを押し殺した声が響く。
はっと振り向いたティーチたちの目の前で、建物の屋根の上にしゃがんだ〝炎〟の男が、にやりと不敵な笑みを浮かべてみせた。