ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第232話〝白と赤と黒〟

 白土の島『バルティゴ』。

 そこには、政府が何よりも危険視し、追い続ける組織の本拠地があった。

 

「〝南の海〟セントウレアで反乱軍が勝利しました」

「…また一国落ちたか…」

 

 男の報告に、別の男が安堵とも落胆とも言えない呟きをこぼす。

 戦いに次ぐ戦い、途切れぬ怨嗟の声。最も醜悪なる敵を倒すための組織とはいえ、多くの血が流れる事態に対して、喜びの声が上がらない。

 

「やりましたね‼︎ これで先日の〝北の海〟の…」

「勝利を喜ぶな‼︎ 戦争だぞ」

「は…はあ…すいません」

 

 組織の中でも若い男に、組織を纏める男―――顔に入れ墨を刻んだ男が厳しい口調で咎める。

 安堵を露わに仕掛けて男はすぐさま大人しくなり、戸惑いながらも引き下がる。

 

 すると、ふと刺青の男は机の端に置かれた新聞と手配書の束に気付き、手に取ってその一面を凝視し出す。

 

「…………これは?」

「〝麦わら〟のルフィです。アラバスタで実際にクロコダイルを討ち取った男。エニエス・ロビーの一件で…政府もついに隠しきれない程の大型の海賊団になってきました。何でも船長は海軍のガープの…」

 

 手配書一杯に、笑顔を遺した麦わら帽子の青年。

 その顔を見下ろしていた刺青の男は、小さく笑みをこぼすと踵を返し、歩き出した。

 

「あ、どちらへ」

「風に当たって来る…」

 

 困惑する若い男を放置し、刺青の男は外へと向かう。

 

 大地の城と空の青に彩られた世界。

 白土を運ぶ風を身に受け、遠い地と空の果てを見やり、刺青の男―――世界最悪の犯罪者モンキー・D・ドラゴンは笑う。

 

 修羅の海へと進み出で、大きな事件で己が名を世界に知らしめた息子を思いながら。

 

「思うままに生きろ、ルフィ………時代は時として…あらゆる偶然と志気をおびて、世界に問いかける‼︎ 我らがいずれ出会う日も来るだろう…」

 

 いつとも知れぬ出会い、いや再会。はじまりの町に続くその邂逅は、きっと凄まじき波乱に満ちたものになるだろう。

〝反逆竜〟はただ静かに、世界の変革の時を待ち続ける。

 

 そんな彼の姿を、物陰で佇んでいた黒豹の耳と尾、そして鷲の翼を生やした女が横目で眺めていた。

 

「……なァ、オールディ。お前の娘は元気に育っているよ。ちょっとばかしお転婆になりすぎちまってるようだが…………お前そっくりのいい女になりつつある」

 

 手元の手配書、白虎の天使の顔を見つめ、うっすらと笑みを湛える女―――〝黒羽〟アイザック・ニューラ。

 彼女は天を見上げ、この世にいない半身に祈りを送るのだった。

 

「だから、さ………安心して眠っていなよ、我が愛しき妹よ…‼︎」

 

 

 

 ()()()の邂逅の時は―――まだ少し先の話。

 

 

「船長、〝赤髪〟を迎えます‼︎」

 

 白雲が立ち込める空の下、二隻の巨大な海賊船が接近し繋がれる。

 片や、竜に似た船首を持った、三本船の傷が入った髑髏の海賊旗の船。もう片方は、白い牙のような髭を持った髑髏を掲げる、鯨を模した船。

 

 それぞれ四皇〝赤髪〟、そして同じく四皇〝白ひげ〟を船長とする、猛者達を支えて来た船である。

 

「来るぞ、〝赤髪〟が」

「若ェ衆は下がってろい、身が持たねェぞい」

「え…身が持たねェってのは一体…」

「いいから奥へ行ってろいっての」

 

 白ひげの船の甲板で、やってくる〝赤髪〟のシャンクスを迎えようとしていた船員、マルコとジョズが新入り達に告げる。

 困惑していた新入りの一人は、隣にいた同じ新入りが突如、泡を吹いて倒れた事でさらなる困惑に襲われる。

 

「え⁉︎ おいお前らどうした、何が起きてんだ⁉︎」

「ああ…もう手遅れかい。騒ぐな、気ィ失ってるだけだい……」

 

 ばた、ばた、と次々に斃れていく新入り達を見やり、マルコがため息をこぼす。

 その隣でジョズは険しい表情で佇み、自分の肌がびりびりと震えるのを感じながら、向かってくる訪問者を見据えていた。

 

「半端な覚悟じゃ…あの男の前で、意識を保つ事さえできねェ…‼︎ 相変わらず…スゲェ〝覇気〟だ」

 

 その光景は、異様だった。

 たった一人、酒を担いでゆっくりと進み出てくる赤髪が一歩を踏み出す度、白ひげ海賊団の若い船員がばたばたと倒れていくのだ。

 

 存在するだけで、気の弱い者を圧倒し捩じ伏せる。

 世界に四人いる海の皇帝、その一角を担う男の凄まじさがこれでもかと表れていた。

 

「失礼、敵船につき…少々威嚇した」

 

 根底から格の違いを見せつける威圧感を放っていた男は―――甲板の奥の椅子に腰かけていた巨漢・白ひげの前に立つと、にやりと笑みを浮かべる。

 敵船のど真ん中で一切臆する様子を見せないシャンクスに、白ひげはふん、と鼻を鳴らしてみせる。

 

「てめェの顔ァ見ると、あの野郎から受けた傷が疼きやがる」

「療治の水を持参した、戦闘の意志はない。話し合いたい事があるんだ」

「〝覇気〟をムキ出しににして現れる男の言い草か、バカヤロウ…グララララ…!!!」

 

 以前、互いから発せられる覇気で場の空気は張り詰めたままだが、二人の男は穏やかに話す。

 するとそこへ、倒れた新入り達の介抱を行っていたマルコが目を吊り上げ、シャンクスに向けて怒鳴りつけた。

 

「オイ、赤髪てめェ、何してくれてんだい‼︎」

「お! 一番隊のマルコだな。お前、ウチに入らないか?」

「うるせェよい‼︎」

 

 全く悪びれる様子のないシャンクスに、マルコは吠えてから諦めたように視線を逸らす。

 それをみやり、ジョズがやや躊躇いがちに白ひげに話しかける。

 

「親父…おれ達ァ……」

「あァ…戦争はしねェらしい…二人にしてくれ」

 

 白ひげに言われ、船員達はすぐさま甲板から引っ込む。

 

 シャンクスは担いできた酒を盃に注ぐと、半分を残してそのまま白ひげに渡す。一時は難色を示す白ひげだが、然して躊躇わずにがぶがぶと飲み始め、悪くねぇ、と小さく呟いてみせた。

 

「……おめェんとこの()()はどうした。最近噂も聞かねェな………」

「野暮用でな…………大事な宝を預けてある。少し厄介な事情があってな……」

 

 じろり、とシャンクスの傍らを見やり、姿の見えないもう一人の事を尋ね、彼の態度と表情から野暮な問いだと察してそれ以降は聞かない。

 それぞれで酒を喉に流し込み、やがて白ひげは遠い目で虚空を見上げ始めた。

 

「…ロジャー…センゴク…ガープ…ニューラ…にこら………オールディ………あの頃の海を知る者はもうずいぶん少なくなった」

「22年たった…当然だ……‼︎」

「おめェもよく成り上がったモンだぜ…ゴール・D・ロジャーの船の…ただの見習いだった小僧がよ……!!!」

 

 にやりと笑い、身体も覇気も生意気に育った若僧を見下ろす白ひげ。

 歳の所為か、現役時代に目にした姿を昨日の事のように思い出しているのか、小馬鹿にした態度かつ、懐かしそうに目を細めている。

 

「ロジャーの船とはよく戦りあったせいで、殺し合いの中で妙な顔馴染みになった…お前と一緒にいたあの面白ェ赤っ鼻はもう死んだか」

「……バギーか! 懐かしいな…船長の処刑の日、ローグタウンで別れてそれっきりだ…風の噂で、まだ海賊をやってると聞いた」

「あっという間よ、おれにとっちゃあ……」

 

 また酒を飲み、唸るようにため息をこぼす。

 

 するとふと、白ひげの視線がシャンクスの左腕に―――二の腕から失われた先に向けられる。十年ほど前に失くしたと聞く、男の消えない傷痕だ。

 

「おめェ程の男が〝東の海〟で腕一本落として帰って来た時ァ…誰もが驚いたもんだ。どんな奴にくれてやったんだ、その左腕…」

「…………コレか」

 

 問われたシャンクスは、当時の事を脳裏に思い浮かべる。

 

 東の海の小さな村、そこで出会った小さな少年の事を。

 自分に憧れ、自分の誇りを守ろうとしてくれた彼を庇った証である痕に触れ、笑みを浮かべる。

 

「……〝新しい時代〟に懸けて来た…」

「………………くいがねェなら結構だ」

 

 深くは聞かず、白ひげは興味を失くした様子で口を閉ざす。

 代わりにシャンクスは鋭い眼差しを白ひげに向け、自らの左腕から手を離すと、自身の左目に刻まれた三本の傷に指を突き付けた。

 

「白ひげ…おれは…色んな戦いを越えて数々のキズを負って来たが、今…‼︎ 疼くのはこの傷だ…!!!」

 

 その傷は冒険の痛手でもなければ、かつてシャンクスが〝鷹の目〟と決闘して受けた傷痕でもなかった。

 伝説の敵との戦いで受けたものなどではない―――白ひげの元部下で、仲間殺しの大罪を犯して逃げた男、〝黒ひげ〟ティーチから受けた物だった。

 

「おれは油断などしていなかった。おれが言いたい事がわかるか⁉︎〝白ひげ〟‼︎ あいつはじっと機を待ってた…隊長の座にもつかず、名を上げず、自分を隠し今まで〝白ひげ〟というデカイ名の陰に潜んでいたんだ!!!」

 

 シャンクスの剣幕に、白ひげは眉尻一つ動かさず一言も発さない。

 自身に傷を与え、不気味な行動を繰り返す男への警告に対し、どうでもいい……というよりも気にしても仕方がないというような、そんな反応を返していた。

 

「――そして〝力〟を得て…動き出した。最終的には頂点を狙って来るぞ。自分の意志で‼︎ いずれお前の座をも奪いに来る」

「…………おれにどうしろってんだ? ――それが本題だろう」

「エースを止めてくれ!!!」

 

 シャンクスがそう言った瞬間、それまで動く事の無かった白ひげの表情が微かに動く。シャンクスの言葉が、白ひげの琴線に確かに触れたのだ。

 

「若くもお前の一団の二番隊隊長を任される男で、お前の娘が惚れた男だ。エースは強い…!!! そんな事はわかってる……だが、その名声と信頼が話をこじらせる」

 

 沈黙する白ひげにシャンクスは続ける。

 

 出会ったのは一度だけ。とある島で滞在中に、弟分が世話になったからと態々挨拶をしに来た事で、シャンクスとエースは関わりを持った。

 そしてエースが白ひげの傘下に入り、例の事件が起こった事で、シャンクスはティーチに対する警戒をより確かな物へと変えた。

 

「今はまだあの二人をぶつけるときじゃない!!!〝黒ひげ〟ティーチから手を引け‼︎ たったそれだけの頼みだ」

「……フフ…グララララ‼︎ ハナタレボーズが言うようになったな。そりゃあ土台無理な話だぜ。エースはもう誰にも止められねェ………その資格もねェ!!!」

 

 小馬鹿にしたように笑っていた白ひげの雰囲気が、一瞬で変わる。

 

 ずしりと空気が鉛に変じたかのように重くなり、シャンクスやその周りの人間にまで襲い掛かる。

 壮絶な笑みを湛え、しかし顔中に血管を浮き立たせ、世界最強と謳われる男は目の前の若僧へ覇気の塊を叩きつけた。

 

 

 

「惚れた女を守りてェと吼える男を止める権利が、一体この世の誰にあるってんだ!!?」

 

 

 

 ビリビリと震える空気の中、シャンクスは無言で白ひげを見つめる。

 常人ならば一瞬で気絶するか、そのまま心肺を停止させてもおかしくない重圧感の中、冷や汗一つかかずに巨漢を見据え続ける。

 

「あいつの罪は…海賊船で最もやっちゃならねェ〝仲間殺し〟だ……‼︎ 鉄の掟を破ったのさ。おれの船に乗せたからにゃあ、どんなバカでもおれの息子よ。殺された船員(むすこ)の魂はどこへ行くんだ……!!!」

 

 白ひげは怒っていた。一度は息子と呼んだ男が別の息子を殺した事もだが、その思惑に気付く事ができなかった自分自身に対しても。

 しかもその男が、大事な愛娘まで毒牙に掛けようと目論んでいるのならば、黙っていられるはずもなかった。

 

「仁義を欠いちゃあこの人の世は渡っちゃあいけねェんだとティーチのバカに教えてやるのが、おれの責任だろうがよ……!!!」

 

 腰を下ろす椅子や甲板がぎしぎしと軋むような威圧感が、徐々に退いていく。

 言いたい事を言った白ひげは、残った酒をがぶがぶと纏めて喉に流し込んでいく。

 

「わかったかアホンダラ、おれに指図するなんざ100年早ェ」

 

 シャンクスは視線を落とし、しばらくの間黙り込む。だがやがて、自身の杯を一気に傾け、自分の分の酒を一気に胃に流し込む。

 

 そして次の瞬間、二人の海の皇帝はそれぞれの得物を抜き、己の覇気を全開にして振りかぶった。

 

「誰にも止められなくなるぞ…!!! 暴走するこの時代を!!!」

「恐れるに足らん!!! おれァ〝白ひげ〟だ!!!」

 

 どんっ‼

 

 と〝赤髪〟と〝白ひげ〟の一撃がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が辺りに襲い掛かる。

 二隻の船を揺らし、それぞれの若い船員達を慌てさせ、中堅の船員達を呆れさせる強者同士の激突は。

 

 

 

 曇天の空を、真っ二つに割ってみせたのだった。

 

 

 

 

 バナロ島と呼ばれる、偉大なる航路の島。

 そこで、一つの大きな事件が発生していた。

 

「おい見ろ‼︎〝麦わら〟の記事だ……‼︎ ゼハハハハ‼︎ とんでもねェ事やりやがった!!!」

 

 新聞を片手に、黒い髭の男―――〝黒ひげ〟を名乗る海賊マーシャル・D・ティーチがげらげらと笑い声をあげていた。

 映し出されているのは、先日政府の御膝元で大暴れした〝麦わら〟の男。

 

 たった一度の事件で、一気に懸賞金額が跳ね上がった青年の顔を凝視し、ティーチは不気味な笑みを浮かべて騒いでいた。

 

「〝司法の島〟を落としたそうだ、こりゃあ賞金もはね上がるぞ!!!」

「エニエス・ロビーならウォーターセブンからの海列車が有名ですな」

「ここから遠くない、それもまた〝巡り合わせ〟」

「ウィーハハハ、行こうぜ船長‼︎」

「我々の射程範囲にいるとは……憐れ、運のない奴らだ…ゴホ」

 

 ティーチが見出した五人の男達も、今の話題を掻っ攫う青年に対しやる気を見せる。

 とある目的を果たす為、己らの名を上げる必要がある彼らは、一度は取り逃がした丁度いい獲物がさらに成長した事に歓喜し、殺意を漲らせていた。

 

「当然行くとも、ゼハハハハハハハ!!! 出航の準備をしろ!!!」

 

 3億の男の、そしてその一味の首を奪る。

 それを足掛かりに、この海の頂点に向けて駆け上がる―――そんな野望を抱き、出航の準備を始めようとして。

 

 

 

「おい。待てよ、ティーチ。探したぞ……!!!」

 

 

 

 動き出そうとした彼らの頭上から、怒りを押し殺した声が響く。

 

 はっと振り向いたティーチたちの目の前で、建物の屋根の上にしゃがんだ〝炎〟の男が、にやりと不敵な笑みを浮かべてみせた。

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