ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第233話〝おれの女に手を出すな〟

「おお………エース………隊長…!!!」

 

 自分を見下ろす赤の男の姿に、ティーチは大きく目を見開いて固まる。

 しかし、名を呼ばれたエースは笑みを浮かべたまま眉間にしわを寄せ、不機嫌さを前面に表して吐き捨てる。

 

「よせ…今更〝隊長〟なんて…そういうのは人を敬える奴が使う言葉だ…バカにしてやがる……‼︎」

「…ほう、あなたが…かの〝火拳〟のエース」

「ああそうだ、よろしく」

 

 ふん、とエースが鼻を鳴らすと、黒ひげの仲間である狙撃手ヴァン・オーガーが感嘆の声を漏らす。

 その呟きにも律義に挨拶を返すと、エースは再度ティーチに―――親友を殺して逃げた大罪人である男を睨みつけた。

 

「…お前ももう…立派に船長やってんだろ…?『黒ひげ海賊団』マーシャル・D・ティーチ船長」

「ゼハハハ…何だよエース、久しぶりだな‼︎ どうしたんだ⁉︎ なぜ、ここがわかった‼︎」

「ティーチ、不要な問答はやめようぜ。人の倍の人生を歩んでるお前が、この状況を理解できねェわけがねェ」

 

 上機嫌に笑うティーチに対し、エースの態度は常に厳しい。

 今日、この瞬間の為に旅を続けてきたエースにしてみれば、ティーチのわざとらしい気安さは神経を逆撫でするばかりのようだ。

 

 世間話に興じる暇がない事を察したのか、ティーチは不気味な笑みを保ったまま、一旦口を閉ざす。

 

「…ああ、わかった…じゃあ…一つだけ話をさせてくれ、エース‼︎ お前…‼︎ おれの仲間にならねェか!!? おれと一緒に世界を取ろう!!! おれが成り上がる手段は、もう全て計画してある!!!」

 

 ぐっ、と拳を握り締め、熱く―――否、異様な意欲を滲ませて語り出す。

 それは夢を語る少年のようであり、野心に満ちた狂人のようでもあり、爛々と光る目は常人とは比べ物にならないほど狂っている。

 

 計画とやらの全貌を聞くまでもなく、真面な考えでない事は明らかだった。

 

「〝白ひげ〟の時代は、もう終わりだ!!! 海賊王にはおれがなる!!! まず手始めに………この先のウォーターセブンにいる〝麦わら〟のルフィをブチ殺して、奴の所からエレノアを奪って、政府への手土産に―――」

「…おい、もう黙れよお前」

 

 語る途中のティーチを、エースの感情を押し殺した声が止める。

 

 帽子のつばで表情を隠した男は、全身から凄まじい殺気を迸らせる。

 訝しげに黙り込んだティーチを気にする事なく、帽子に掛けた自らの手にびきびきと太い血管を浮き立たせていく。

 

「お前が何を目指してんのか……この世界をどうしちまいたいのか………サッチを殺しちまった事への疑問や、おれの弟に手ェ出そうとしてる事に比べりゃどうでもいいこった。………だがな、おれが今一番許せねェ事が一つある…!!!」

 

 ゴゴゴ…、と大気が震えているかのような威圧感に辺りが包まれる。

 その中心で、エースはおもむろに立ち上がると、カッと目を見開きながら空中へと跳躍し、己の右拳を巨大な炎の塊へと変じさせた。

 

 

 

おれの女に手ェ出してんじゃねェよ!!!!

 

 

 

 豪!と辺り一帯を真っ赤に染める閃光を放ち、エースの拳が真下に振り下ろされる。

 強烈な熱と衝撃を生む一撃は、ティーチたちを狙って一直線に進み、地面に触れた瞬間に巨大な爆発を生じさせた。

 

「おぅわァ〜〜っ!!!」

 

 一撃をもろに受けたティーチ達はごろごろと地面を転がり、周囲の家屋を粉砕し、燃え盛る瓦礫に体中をぶつける羽目になる。

 

「ぐわっちちちあち‼︎ あつ!!!」

「船長!!!」

「う、うるっせェてめェら下がってろ!!! ………くそ…」

 

 全身を襲う熱に苦悶の声を上げるティーチだが、やがて体勢を取り戻し起き上がる。

 そして、焼け焦げた町の中心で仁王立ちするエースに向け、冷や汗を垂らしながら下卑た笑みを浮かべ直した。

 

「…ゼハハハハハハ…あァ、わかってるよエース。おれを殺してェんだよな…そりゃそうだ…〝仲間殺し〟は大罪だ。そしてエレノアはお前にとっちゃ命に代えても手にしておきてェ女だ」

 

 ぐっ、と力を籠め、己の巨体を立ち上がらせる。

 自身の発言でエースの怒気がより一層強まっている事を感じつつ、挑発するように大仰な素振りで喋り続ける。

 

 その体から、黒い靄のような何かを滲ませて、海賊・黒ひげは嗤い続けていた。

 

「4番隊隊長サッチは確かにおれがブッ殺した…………‼︎ 仕方なかったんだよ…あいつがおれの意中の〝悪魔の実〟を手に入れやがったんだ‼︎ 運がなけりゃ諦めたが、その実はおれの友達の手に入った……!!!」

「―――それでサッチを殺して…奪ったのか」

「まァハズミさ。この能力はおれを選んだんだよ、エース」

 

 ずるずると湧き水の如く流れ出していた靄が、徐々に勢いを増していく。

 黒い靄は量だけではなく濃さまでも増し、辺りの光を呑み込むかのように広がり、ティーチの体を覆っていく。

 

 否、その黒はティーチの体そのものであった。

 

「ゼハハハ!!! おれァこれで『最強』になれたんだよエース!!! 見ろ…自然系の中でもまた異質…!!! エース‼︎ お前の体は…火だろ⁉︎」

 

 どんっ、と広がっていた黒が噴火のような勢いで天に昇る。

 世界の全てを黒に染めようとするかのようなそれを生み出し、ティーチは見るも悍ましい姿をエースに晒してみせた。

 

「ゼハハハ!!! おれァ!!!!〝闇〟だ!!!!」

 

 ずるずると蠢く黒―――闇。

 極限まで濃くした墨のような、一切の光を失った夜の空のような、底も果ても見えない漆黒へと我が身を転じ、ティーチは心底愉しそうに佇んでいた。

 

「〝闇〟?」

「そうさ、エース隊長…おれはおめェにゃ殺されねェ…〝悪魔の実〟の歴史上………最も凶悪とされるのがこの能力、自然系〝ヤミヤミの実〟。おれァ〝闇人間〟になったんだ‼︎ その実力の程は…今すぐ見せてやる」

「…好きにしろ」

 

 見ている者の正気を可笑しくさせそうなほどに悍ましい光景だが、エースはどうでもよさそうに鼻を鳴らすだけで表情一つ変えない。

 

 興味の欠片もなさそうなエースに落胆する事もなく。

 ティーチは己の体の闇を地面へと広げ、町全体を呑み込ませていく。

 

「〝闇〟とは『引力』!!! 全てを引きずり込む力!!! 一切の光も逃さねェ、無限の『引力』だ」

「肝心のおれに………届いてねェじゃねェか」

「まだお前にゃ手は出さん…………‼ そこで町を眺めているといい…‼〝闇穴道(ブラック・ホール)〟!!!」

 

 そう告げ、ティーチが力を籠めるような仕草をした直後。

 

 ばきばきばき…!と辺り一帯から木材の軋む音が響き、周囲の景色が歪む。

 かと思えば、周囲に存在していた建物の全てが歪み、折れ、破壊され、ティーチの闇の中へと呑み込まれていった。

 

「〝闇〟の引力は物体を無限の力で凝縮させ…押し潰す………!!! 消えた町なら、今見せてやる…‼ そのなれの果ての姿をな…」

 

 視界に映る建物の全てが消え去ると、ティー地の闇は彼の頭上に集まっていく。

 そして、それがぶわっと空一杯に広がったかと思うと。

 

解放(リベレイション)〟!!!

 

 闇の中から、無数の破片が―――粉々に粉砕された建物の残骸が、雨のように降り注ぎ出す。

 宿屋も飯屋も民家も、形ある物の尽くが跡形もない程に破壊され、見るも無残な姿を晒して瓦礫の山を築いていった。

 

「ゼハハハハ、わかったかエース!!! これがおれの手に入れた能力!!!」

 

 圧倒的な力を見せつけ、ティーチは得意気に胸と腹を張って手を広げる。

 その様は舞台に立つ役者が口上を述べているかのようで、作り上げた惨状も相まって凄まじい恐ろしさを醸し出す。

 

「〝蛍火〟」

 

 恐怖で声も出せなくなるような有様の中で、しかしエースは微塵も臆さず、ティーチの周囲に無数の炎の粒を舞い散らせる。

 そして次の瞬間、宙を舞う無数の火の粒はティーチに向かって殺到し、憎き敵の全身を炎で包み込んだ。

 

「〝火達磨〟!!!」

「ぐわァア――っ!!!」

「長々とご高説垂れてその程度か…………〝闇〟の力の凄さってのは。この程度の攻撃、自然系(ロギア)なら受け流せてもいいだろうに」

 

 詰まらなそうに呟き、地面を転げ回るティーチを見下ろすエース。

 

 自然そのものに変化する自然系の能力者には、能力の相性を除けば物理的な攻撃はほとんど意味を成さない。

 なのにごく普通に攻撃を受け、常人よりも苦しむ様子を見せるティーチに、エースは呆れた視線を送る。

 

「言った筈だぞ…‼ 闇は全てを引きずり込む、銃弾も刃も打撃も火も雷も…!!! お前らと違って攻撃を受け流す事などできず、おれの体はあらゆる〝痛み〟まで常人以上に引き込んじまう」

 

 すると、悶え苦しんでいたティーチの体から、エースのぶつけた火が消える―――いや、呑み込まれる。

 荒い息を吐きながら、それでも不気味な笑みを絶やさず、ティーチはどこか見下したような態度を貫き続けていた。

 

「だが、そのリスクと引きかえにもう一つ‼ 引きずり込める物があるのさ!!!〝闇水(くろうず)〟!!!」

 

 ティーチは片手を掲げ、エースに向けて構える。

 その瞬間、強烈な引力がエースに襲い掛かり、瞬く間にティーチの目の前にまで引き寄せられ、囚われてしまう。

 

 その瞬間、余裕だったエースの表情が明らかに強張った。

 

「どうだ? ……もう気付いたんじゃねェか? エース」

「まさか……‼」

 

 エースが目を見開いた瞬間、彼の腹にティーチの拳が叩き込まれる。

 

 本来であれば、すり抜けるだけの無駄な攻撃。

 しかしティーチの拳は確かにエースの体に食らいつき、血反吐を吐く程の激痛を齎し吹き飛ばしてみせた。

 

「殴られるなんてのはずいぶん久しぶりなんじゃねェのか………⁉ おれがお前を掴んだ瞬間…‼ わかった筈だ!!! ……おれの〝闇〟が引きずり込むもう一つのものは〝悪魔の力〟だ!!!」

 

 地面に叩きつけられ、苦悶の声を漏らすエースにティーチは嗤う。

 炎に変じて避ける事も、逃れる事もできずただ的にさせられた事実に絶句するエースを見据え、げらげらと肩を揺らして嘲笑う。

 

「自然系…‼ 動物系…超人系!!! 己の能力に過信するこの世の全ての能力者に対し! おれは防御不能の攻撃力を得た!!!」

「………エレノアに蹴り飛ばされた時の方がよっぽどキいたぜ」

「ゼハハハハハハ!!! あいつの〝覇気〟は確かに強ェ!!! だが…!!! おれの〝闇〟は全盛期のあいつの力すらも呑み込む!!!」

 

 エースはぺっ、と口の中に溜まった血を吐き捨て、ティーチを睨み返す。

 殴られた事自体に驚きはなく、威勢を張ってみるものの、能力を封じるという厄介な能力を目の当たりにし内心で冷や汗を垂らす。

 

 決して捕まってはならない、そう考えつつも、厳しい戦いだと覚悟を決めざるを得なかった。

 

「〝闇水〟!!!」

「〝神火 不知火〟!!!」

 

 再び襲い掛かる引力に、触れられるよりも前に生み出した炎の槍で対抗する。

 炎の槍が突き刺さると同時に、再び掴まり首に強烈な一撃を食らい、またも吹き飛ばされる羽目になる。

 

 両者は幾度も激突し、辺り一帯を炎で焼き、闇で呑み込みながら、長時間にわたる戦いを繰り広げた。

 

「見ろ…〝闇〟の前では全て無力‼︎」

 

 そして、両者が血塗れでボロボロの姿になる頃には、確と仁王立ちするティーチと膝をつくエースという、戦況の傾きが現れ始めた。

 エースは悔し気に歯を食い縛り、見下してくるティーチに鋭い目を向け、荒い息と共に血を吐き出した。

 

「お前の強さをもってしてもな…しかし益々、惜しい力だ…‼︎ エース…‼︎ おれの仲間になれ!!! 共に来るならエレノアと一緒にしてやるぜ!!!」

 

 それは、かつての仲間に対しての最期の情か、あるいは単に利用価値を考えての最期の通告か。

 大きな声で嗤い、誘う裏切者の男に対し、エースは膝をついたままにやりと不敵な笑みを浮かべる。

 

「…〝力〟に屈したら、男に生まれた意味がねェだろう。おれは決して人生に〝くい〟は残さない…!!! …わかったかバカ」

「………生きてナンボのこの世界…ハァ………まったく残念だ、エース」

 

 ずずず…とティーチの生み出す闇が、形を成していく。

 頭上で集まり、球状に変化したそれは、島の全てを飲み干さんばかりに大きく、濃くなっていく。

 

 最期の招致を拒んだ友に向けた、最後の手向けの一撃であった。

 

「闇に死ね!!!」

「〝大炎戒〟‼︎〝炎帝〟!!!」

 

 ティーチが止めを刺そうとしたその瞬間、エースが再び立ち上がり、己の炎を最大限に膨れ上がらせる。

 煌々と輝く赤い炎を片手で支え、掲げるその様は、まるで小さな太陽を生み出したかのような眩しさを放っていた。

 

「ゼハハハ‼︎ 太陽か‼︎ 闇か‼︎ 勝者は一人だ!!!」

「お前に……エレノアは渡さねェ」

 

 互いへの決別の言葉を吐き捨て、両者はそれぞれの最強の一撃を振りかぶる。

 光と闇、相反する二つの力が激突し、島の景色を赤と黒の二色で彩る。

 

 島を破壊したたった二人の男達の戦いの様を、島の住民達は只、呆然と見届ける他になかったという。

 

 

 

 不意に、どこかから知った声が聞こえた気がして、自身の耳が震える。

 ずっと、またいつか傍で聞きたいと思っていた声が、切羽詰まった様子で耳に届き、エレノアは戸惑いの表情で声が聞こえた方を見やる。

 

「……………………エース?」

 

 尋ねる声に、応える者はいない。

 ただなぜか、漠然とした不安がエレノアの中に芽生え、それ以降永遠に拭い去られる事はなかった。

 

 

 

 ―――〝偉大なる航路〟『バナロ島の決闘』――

 

    この二人の海賊の争いは、後に起こるあの極めて大きな事件の…

   『引き金』として語られる事となる。

    そしてその結末は――世界の行く末さえ左右する分岐点になるのだと。

 

    この世の誰一人として、想像だにしていなかった。

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