ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第弐話〝弱肉強食世界〟

 燦々と照り付ける太陽。

 その光はあまりにも強く、殺傷能力を持った熱がじりじりと身体に突き刺さってくる。

 

 見渡す限りの砂の大地、果てはゆらゆらと陽炎が踊り。

 からからに渇き切った空気が全身の水分を容赦なく奪う最悪の環境で、四人の男達が覚束ない足取りで歩を進めていた。

 

「行けども行けども砂ばっか……‼︎ おい、方向これであってんのか?」

「一応、太陽の位置を目印にしてるから間違いないとは思うんだが………確かに、流石に限界だ」

 

 気を抜くと一瞬で飛びそうになる意識を何とか留め、ぜーひゅーと荒い呼吸を繰り返す男達……ガンリュウ、キメル、アギー68、レオネロ。

 

 男達はありあわせの布を頭からかぶり、顔に巻き付け空間を確保していた。

 まだスペード海賊団として航海していた最中、夏島の砂漠を歩いた経験が生きる。あれより一段階以上過酷な環境だが、何もしないよりははるかにましになれている。

 

 が、やはり準備不足は否めない。

 突然こんな場所に放り込まれたが故に仕方がないとはいえ、全員の体力が限界に近付きつつあった。

 

「空に浮かぶ島だろうと、〝偉大なる航路〟の島の一つ………方位磁石が使えねェのは痛ェ」

「どう考えても同じところぐるぐる回ってんだろこれ…………」

「仕方ねェだろ、動かねェのは太陽だけなんだからよ」

 

 東西南北、どれでもいいから目指す指針が欲しかった四人は、時計と頭上で忌々しく輝く太陽を見比べ、何とかまっすぐ歩こうとしていた。

 どんなに広くとも一つの島。端に出れば別の島に移る機会が巡って来るに違いない……そんな希望を抱いて只管進む。そこがこの島よりましな保証はないが、何もしないよりは遥かに建設的だ。

 

 だがふと、レオネロの足が止まり虚空を見上げだす。

 如何したのか、と同じく立ち止まった他の三人に向けて、レオネロは虚ろな目を向けて口を開いた。

 

「…なァ、ここらの島って全部空中に浮いてたよな?」

「何だ、今さら………そうだったろ」

「あァ」

「おう」

 

 確認の言葉に、三人はそれぞれぎこちなく頷く。

 放り出される前、こうして何とか四人で合流する前に空中から見下ろした景色は、ある種のトラウマとしてしっかりと記憶に刻み込まれている。

 

 何とも言えない嫌な予感を抱いたガンリュウ達三人だったが、レオネロは半ば放心した様子のまま、最悪な一言を発した。

 

「……………つーかこれ、もし島が回ってたら太陽あっても意味なくね?」

 

 しん…と、辺り一帯が静まり返る。風が砂を舞い上がらせる虚しい音が響き、四人の間に吹き抜け黄土色に汚す。

 

 無言で立ち尽くすレオネロを見つめていたガンリュウは不意ににやりと笑みを浮かべ―――直後にくわっと目を吊り上げてレオネロに掴みかかった。

 手長族の長い腕が、レオネロの頭をハットごと左右から挟み込みがくがくと揺さぶり出す。

 

「この野郎!!! 散々無駄に歩かせといてそりゃねェだろォ!!!」

「うるせェ‼︎ おれだって今気付いちまって愕然としてんだよ‼︎ イヤだったらてめェだけで行きやがれ!!!」

「だー!!! やめろやめろ‼︎」

「こんなところで不毛な争いなんてするんじゃねェよ!!!」

 

 我慢の限界に達した二人が、怒号を上げて罵り合う。

 唐突に始まってしまった喧嘩にアギー68とキメルは慌てて止めに入り、しかし当人達も相当ストレスが溜まっていたのか必要以上に大きく荒々しい声が上がる。

 止めるつもりで、二人の引っ掴み合いに参加する体勢になってしまった。

 

「連中に気づかれたらどうするんだァ!!!!」

 

 キメルが叫んだ瞬間、ぼん!と、彼等の立つ砂の海が爆ぜる。

 そして、一点を中心に砂が動き、見る見るうちに足場が擂鉢状に傾いていく。ざざざざざ…!と地中に向けて砂が滑り落ち、四人を凄まじい勢いで呑み込まんとする。

 

 蠢く砂の中心には、巨大な大顎を持つ虫―――砂漠蜉蝣(サバクカゲロウ)が四人を喰らおうと待ち構えているのが見えた。

 

「「「ぎゃああああァ〜〜!!!」」」

「だから言っただろバカヤロウ〜〜〜〜!!!」

 

 地中に潜み獲物を待ち構える、恐怖の地獄の主の罠にまんまと嵌り、男達は悲鳴と怒号を上げて必死に砂の坂を駆け上る。

 足を取られて登り辛い坂を必死に駆け、どうにか砂漠蜉蝣の間の手から逃れようと藻掻く。

 

 だが、砂漠蜉蝣もただ待っているだけではない。がちがちとかち合わせていた大顎を開くと、その場でぎゅるぎゅると全身を回し、風を呼ぶ。

 あっという間に、擂鉢の中では強烈な砂嵐が引き起こされ、暴風と砂塵がレオネロ達に襲い掛かった。

 

「ダメだ、砂の勢いに負ける!!!」

「チクショウあの虫野郎めェ‼︎」

 

 その場に留まろうとするも、足場の砂子と空中に巻き上げられ踏ん張る事もできない。今にも吹き飛ばされ、何も出来ぬまま真下の巨虫の腹の中に納まる未来しかない。

 

 だが、四人の中でも小柄なキメルの体が浮き上がりそうになった時、アギー68が覚悟を決めた表情で吠えた。

 

「お前ら、おれに掴まれ!!!〝炸裂火弾(パンクバレット)〟!!!」

 

 アギー68は自らの巨体に三人をしがみつかせ、自分は左腕を―――砲と一体化した義手を構え、地中の砂漠蜉蝣に向ける。

 

 ぶわっ、と一塊になった四人の体が風に負け、空中に巻き上げられるも、アギー68は狙いを外す事なく、装填した砲弾を発射する。

 放たれた砲弾は風を貫き、真っ直ぐに巨大蟻地獄めがけて進み、大顎の間の口部分に炸裂する。

 

 どかん!

 

 魁皇類の相手を想定して作られた超強力な砲弾が破裂し、真っ赤な炎が噴き上がって衝撃と熱が辺りに撒き散らされる。

 砲弾の破壊力により、砂漠蜉蝣は沈黙し回転も止まり、砂嵐があっという間に収まっていく。

 

 穏やかになった風に運ばれながら、爆発による風圧で擂鉢の中から飛び出した四人は喝采を上げ、アギー68の腹をばしばしと叩いて彼の成果を讃えた。

 

「ひゃっほ〜〜〜〜〜ゥ!!! お前最高だぜアギー!!!」

「うははははは…‼︎」

 

 ひゅるるる…と地面に向かって落下する四人だが、着地の事で特に心配はしていなかった。下は砂地、地面に叩きつけられるよりは遥かに安全だと、窮地を一度脱した余裕により気を抜きまくっていた。

 

 ぼふっ、ぼふっと彼らが次々に砂地に降り立って……ぼふん!と再び砂漠が爆ぜる。

 次に四人の前に現れたのは、正面の丸く並んだ牙を見せつける、蚯蚓(ミミズ)のような足も顔もない不気味な巨蟲の大群であった。

 

「今度は何だァ〜〜〜!!?」

「くそでけェミミズが砂掘って飛び出してきたぞ‼︎」

「ふざけんな!!! ミミズならミミズらしく干からびてろクソったれ!!!」

 

 四人は驚愕と怒りと焦りがごちゃ混ぜになった表情で立ち上がり、激しい砂埃を巻き上げて追ってくる巨大ミミズ軍団から逃げ惑う。

 

 息を吐く暇もない、戦っても倒しても、次から次へと敵は現れ襲い掛かってくる。その全てが強力で厄介な能力を持ち、己以外の生物に対する闘争心を剥き出しに向かってくる。

 海賊達は心底うんざりしながら、走り続けるより他になかった。

 

「何なんだこの島はァァァ!!!!」

 

 どかーん!

 

 殺到してきた巨大ミミズ軍団により、四人の男達は再び空中へと吹き飛ばされ、迸った絶叫は虚しく虚空に消え去っていった。

 

 

 

 外の景色は真っ白で、吹き荒れる雪混じりの風が冷たさを示す。

 しかし、ガラス壁に覆われた温室の内側は実に快適な気温で、見ている者に窓の外が別の世界であるような錯覚に陥らせる。

 

 外に比べれば間違いなく天国と呼べるであろう温室の中で、備わったプールの中を泳ぐ一つの影があった。

 

 白と黒に彩られた髪を後頭部で纏め、背中から生やした翼で水を掻く、小柄な少女。

 藍色の扇情的な水着を身に纏い、水中を何周も泳いでいた彼女は、やがてプールの縁にしがみつくと苦し気に息を吐き出し、何度も激しく肩を上下させる。

 

「――……っは!!! はァ……はァ…‼︎ くっ………やっぱり恐ろしく体力が落ちてる……これはここを抜け出すどころか」

 

 鰭の代わりに使っていた翼を畳み、勢いをつけてプールから上がる。その際、かしゃん、と渇いた金属音が鳴り、身体を水中から引き上げると軋む音が上がる。

 

 自身の思うように動いてくれない両脚……義足を睨みつけ、有翼の少女・エレノアは近くの樹に張られたハンモックに腰を下ろす。

 ぎし…と揺れるハンモックの上で呼吸を整え、閉ざされた温室の内部を見渡し、物憂げな溜息をこぼす。数日経ったが、相変わらず逃げる隙も道も見当たらないとは、我ながら情けない。

 

 悔しげに顔を歪めていた、その時だった。

 

 どこからともなく流れてくる、音楽のリズムがあった。

 それに合わせて、温室の入り口が開き、三人の男が軽快に踊りながら姿を現してくる。

 

 一人は、青い髪と白衣姿の道化。一人はどう見ても、ピンクの服とサングラスを纏ったゴリラ。

 そして最後の一人は、着物を纏い、両足の半ばから先を剣に換えた、獅子のような金の髪を持つ老人。何より目立つのは、脳天に鶏冠のように突き刺さった舵輪だ。

 

 じとっと呆れた目を向けるエレノアに構わず、男達は存分に踊り切るとエレノアの前で決めポーズをとり、にやりと厭らしい笑みを浮かべた。

 

「決心はついたかい、エンジェルちゃん」

「…ここから出して」

「ジハハハハ‼︎ 相変わらず気の強ェ娘だ、〝白ひげ〟にも〝白羽〟にもそっくりだ…………だからこそ欲しい。そういう女は嫌いじゃねェ」

 

 何度も繰り返されてきた誘いの言葉に、エレノアがきつい態度で拒絶するも、老人―――〝金獅子〟のシキは面白がるだけで気にも留めない。

 その目は人に向けるものではない、懐かない気の強い猫を前に、如何なる方法を以て躾けて従順にしてみせようか……そんな事を考えている眼差しであった。

 

 そんな時、シキの傍に控えていた道化が突如ハッと動き出す。

 歩く度にぶっ、ぶっと放屁のような足音が響き、シキはみるみる顔を険しくして後ろに振り向く。

 

「てめェのその妙な足音はどうにかなんねェのか、Dr.インディゴ!!!」

 

 怒鳴りつけられ、道化の動きがぴたりと止まる。

 Dr.インディゴと呼ばれた彼はその場で特殊すぎる足音と共に足踏みし、空中を指差し軌跡を描いては、パンッと掌を打ち合わせる。

 

 何を言いたいかまるでわからない、パントマイムらしき動作に焦れたシキが苛立ちながら問う。

 

「何が言いてェんだ」

「そういえばお見せしたいものが」

「しゃべるんかい!!!」

 

 散々パントマイムを続けていた男が饒舌に喋り出し、眼を跳び出させてシキが吠える。これまでの時間は一体何だったのか、と言わんばかりの無駄さだ。

 

 そんなやり取りを見て、それまで黙っていたスーツ姿のゴリラ―――スカーレットがパンパンと手を叩いて笑いだす。

 その声に、シキは今度はハッと衝撃を受けた表情で振り向き、困惑の眼差しを向けて声を漏らした。

 

「ウホウホウッホッホ‼︎」

「―――お母さん!!?」

「ゴリラだろどう見ても!!!」

 

 ずれた事をのたまうシキに、今度はDr.インディゴのツッコミが炸裂し、スパンッと張り手が頭に叩きつけられる。

 最早訳が分からない。ボケとツッコミが入れ代わり立ち代わり、役割がまるで定まっていない笑い所に困るやり取りを見せつけられている。

 

 三人は唐突に黙り込むと、心底白けた視線を向けるエレノアに向けて、ビシッ!と決めポーズをとってみせた。

 

「「ハイッ!!!」」

「5点」

「「えェ〜〜〜〜〜ッ!!?」」

 

 渾身の締めを行った三人だが、容赦も慈悲もない評価を下され愕然とした声を返す。

 こんなもので本気で笑いを取るつもりでいたのか、とエレノアは内心で戦慄を抱く。伝説の海賊というものはセンスもイカレているのだろうか、そんな事を考えながら。

 

「そんなつまらないものを見せるだけなら、今すぐここから私を解放して…………誰を相手にしているのかわかっているのか、小童」

「ジハハハ…いい殺気だ。ますます欲しくなる…‼︎」

 

 ぎろ、と本気で潰したい相手に向ける殺気を向け、凄むも、シキはそれをそよ風か何かのように流し微塵も臆さない。

 こちらが剥きになればなるほど、相手は面白がり嘲笑ってくるだけ。そう察したエレノアはちっと舌打ちをこぼすと、シキから目を逸らして温室の外の冬空を見やる。

 

 ―――ここに連れて来られて、どのくらい経ったか。不自由はないが自由もなく、鳥籠の中の鳥のような扱いを受け続けている。

 気丈に振る舞ってみせてはいるが、徐々に焦りは大きく、不安も強くなってきていた。

 

「だが迂闊な事など考えねェ事だ…………ここがどこにあるか忘れたわけじゃあるめェ。その体で逃げようなんて、自殺行為にも等しい……お前さんがうんと頷きゃ、お前さんの連れも無事に返してやるって言ってんだろ?」

「そんな脅しには屈さない……エース達も頷くわけがない」

「ジハハハハ…‼︎ そうかいそうかい、大した信用だ………………その余裕の態度ががいつまで持つか、見ものだな」

 

 小馬鹿にしたように笑うシキを横目で睨みつけ、小さくため息をこぼしたエレノアは、こつんと額を窓にぶつけて憂いを帯びた視線を外に向ける。

 

 籠の中で動かずにいると、周囲の〝声〟が否応なく聞こえてくる。

 島に住まう者達の怯える声、それを追い回す強力な猛獣達の雄叫び、破壊と闘争の音、そして……極限に追いやられた仲間達の悪態と、愛しい男の自分を探す声。

 

 己の不覚の所為で巻き込んでしまった彼らの事を思い浮かべながら、エレノアは自分の不甲斐なさにきつく歯を食い縛った。

 

 

 ―――みんな……エース…‼︎

    どこにいるの……!!?

 

 

 自分達がこの、空に浮かぶいくつの島々に来る羽目になった経緯。

 己の迂闊さを思い出し、エレノアはただ一人、助けを待つ事しかできない自身の情けなさを呪い続けていた。

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