ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

237 / 324
第参話〝空飛ぶ船〟

 時は、約一週間前に遡る―――。

 

 海原を進む炎とスペードをモチーフとした船、ピース・オブ・スパディル号。

 新進気鋭の海賊、スペード海賊団の船であり、今や大海賊〝白ひげ〟傘下の船である。

 一味が白ひげ海賊団に敗北し、吸収される際に手放す事を考えたものの、とある事情で未だ現役を貫いているまだまだ若い船だ。

 

 その甲板の上で、その話題は上がった。

 

「〝東の海(イースト・ブルー)〟で……何だって?」

 

 心地よい風が吹き抜ける、麗かな昼間。

 のんびりと流れる海の景色を眺めていた男・デュースは、仲間の呟きに反応を示す。

 

「東の海で街が次々に滅んでんだってよ。原因は不明、災害なのか人災なのかもわからねェんだと」

「何だァ、そりゃあ…」

 

 呟きをこぼしたオッサモンドにばさっと新聞紙を広げて見せられ、デュースや他の面々が記事を覗き込む。

 

 壊滅した町や村の悲惨な姿。

 砲撃や放火などではない、巨大な岩々で押し潰された災害の跡が写っていた。

 

「何だコリャ、隕石か? 先生、どう思う?」

「何かはわかりませんが、とにかく巨大な何かが飛来して何もかもが押し潰されたようですね。隕石にしては、熱で焼けた痕がないのが気になりますが………」

 

 背後に振り向き尋ねてみると、部屋の中から狙撃手・ミハールの声が聞こえる。引き篭もったままどうやって記事を読んだのだろうか。

 

 そこでふと、デュースは厳しい表情で口を噤み、視線を移す。

 一人の車椅子に乗った少女に寄り添う……いや、ぴったりと張り付いている船長に。

 

「……おい、エースよォ」

 

 デュースの咎める呼びかけに、エースはガルルル…!と唸り声を漏らして周囲を睨みつけるばかり。

 まるで猛犬のような危険な姿に、彼に守られる少女・エレノアの方が苦笑を浮かべていた。

 

「いつまでそんな獣みてェな声出して警戒してんだよ。エレノアちゃんだって困惑してんじゃねェか、いい加減肩の力抜けよ」

「いやわからねェ‼︎ もしかしたら常に姿を消せる能力者か〝忍者〟がすでに潜んでて、こいつを狙ってるかもしれねェ………!!!」

「考え過ぎ…………ってわけでもねェが、そんな調子じゃ途中でバテるぞ」

「にゃははは…」

 

 ぎょろぎょろと辺りを見張り、めらめらと全身から炎を漏らすエース。

 彼がそうなっている理由、うっすらとエースの胸に残っている痕を見やり、デュースは呆れ顔でため息をこぼした。

 

「オヤジさんに頼まれて力が入ってんのもわかるがよ。白ひげ海賊団本隊での遠征中の、愛娘の護衛だ………プレッシャーは大きいさ」

「だが〝白ひげ〟だぞ? わざわざ敵に回そうなんて考えるバカが、どれだけいると思う。そりゃあ、人質に取りゃ交渉に使えるかもしれねェし、伝説の〝天族〟の血肉は魅力的に見えるだろうが………リスクがデカすぎてそうそう手は出せねェだろ」

 

 拳法家ダッキー・ブリーが腕を組みながらそう口にすると、グローブ使いのドギャが難しい顔で続ける。

 その調子じゃ守れる者も守れない、そうエースに語り掛ける、が。

 

「――そのバカのせいで、こいつはおれの為に両脚を失う羽目になったんだ‼︎ 油断は命取りだ野朗共‼︎」

「へいへい………」

 

 目を吊り上げて吠えるエースに、仲間達は誰も何も言えなくなる。

 実際、彼の言う馬鹿にエースが殺される姿を、仲間達は確かに目撃している……そして、我が身を犠牲にその運命を覆した少女の覚悟も。

 

「悪いねェ…〝カイドウ〟の手下の大バカ野朗がパパの領海(ナワバリ)で暴れてるって知らせが急に来たもんだから、主力はみんな出向いちゃって、守ってくれる人があんた達以外にいないんだよ」

「…まァ、そんだけ認められてるって考えりゃ、やる気も多少は上がるか」

 

 本当なら、世界最強の男の傍にいた方がよほど安全だ。前回の襲撃が例外中の例外だっただけで、主力から離れる方が危険性が高い。

 共にいて守れると太鼓判を押されたのだ、そう思えて、元スペード海賊団の士気は高かった。

 

「―――だがエース、お前はまずその近く奴をみんな焼き殺しかねねェ鬼の形相をやめろ」

「…悪ィ、だいぶ頭に血が昇ってたみてェだ」

 

 何度も宥めていると、ようやく落ち着いたエースは深く息を吐き出す。

 吊り上げていた目を緩やかにしたところで、オッサモンド達の方へ真剣な表情で振り向いた。

 

「………ところでお前ら、さっきなんか気になる話してなかったか?」

「そこは聞こえてたのかよ」

「これだこれ…‼ 結構な事件が〝東の海〟で起こってるらしいぞ。エース、お前の故郷なんだろ?」

 

 一人の家族に纏わる事で、聞き逃すわけにはいかないとエースは新聞を受け取る。

 崩壊した町村、被害者の数、目撃証言。それらを流し読み、己の知る土地に関わる情報のみ、目を皿のようにして確かめる。

 

「…………フーシャ村は、特に異変はナシか」

「…心配? 弟君の事とか」

「んな事ァねェよ…………あいつは〝海賊王〟になると豪語する男だ。こんな災害程度屁でもねェさ。今頃着々と出航準備を進めているところだろう」

 

 にやり、と不敵に笑い堂々と語ってみせるエース。

 今やたった独りともいえる、己の家族。思わず笑ってしまうような、しかし大きな野望を胸に秘めた弟がそう簡単に沈むものか、とエレノアの気遣いを払い除ける。

 

 ……ウズウズと片足を上下に揺らしながらだが。

 

「足、ものすごいそわそわしてるみたいだけど……」

「…………気にすんな。次の島に着くまで待ち遠しいだけだ」

「私の事は別にいいんだよ? 心配なら、このまま――」

「いい‼︎ あいつももう時期大人の仲間入りする直前だ。いつまでもおれが気にかけてちゃ成長なんかできねェ…!!!」

「グルルル……ニャーン」

 

 一味のペット・コタツもエースの本音を案じて暖かな巨体を擦り付けてくるが、意地を張るエースは頷かない。

 素直じゃない一味の頭に、どうしたものかと車椅子の上でエレノアが考え込んでいると。

 

「エース〜〜〜〜〜!!!」

 

 不意に、周囲の警戒をしていたキメルが声を上げ、ばたばたと駆け寄ってくる。

 

 何事か、と一斉に振り向く甲板の面々と、船内で作業中だった他の面々。

 そんな彼らに突如……頭上から差した巨大な影と、それを生み出すこれまた巨大な物体が覆いかぶさった。

 

「な、な…何だありゃあ!!?」

「島が空を飛んでるぞ!!!」

 

 空を見上げ、男達は絶句し立ち尽くす。

 

 そこにあったのは、確かに島だった。ごつごつとした楕円形の巨岩が、まるで水中の泡のように軽々と上空に浮いているのである。

 見間違いか、巨岩の前面には雄々しい獅子の貌が生えているのが見えた。

 

「噂に聞く〝空島〟か…⁉︎」

「いや…………船だよ」

 

 見た事も聞いた事もない珍妙な光景に、右往左往する元スペード海賊団。

 彼らの動揺と混乱の声に、エレノアがぼそりと呟いた。

 

海賊旗(ドクロ)も見える………人の気配もある、海賊船だ。だけど、あの象徴(シンボル)って……」

「何で飛んでんだ、あの船は!!?」

「悪魔の実の能力じゃねェのか…⁉︎」

 

 正体はわかっても素性がわからず、ざわざわとどよめくエース達。

 見極めようと、独り冷静に島船のマークを確かめようとしていたエレノアは、不意にはっと目を見開き、異なる方向を見やって顔色を変えた。

 

「みんな‼︎ 方向転換‼︎ もうじき嵐がやってくる!!!」

「何ィ!!?」

「急だな、オイ!!!」

 

 声を張り上げるエレノアに、エース達は一切疑いなく動く。

 青天を背景にした戯言や冗談だなどと嘲る事はあり得ない、彼女がそう言ったのだからそうなるのだと、全員が確信していた。

 

 そこでふと、仲間のうちの誰かが頭上の島船を見上げて不安気に顔を歪めた。

 

「おい、だったらあの船もヤバいんじゃないか…⁉︎」

「あの規模の船でも、多分直撃したらひとたまりもないだろうね」

「だったらついでに教えてやるか…‼︎ お――――い!!!」

 

 船長が海賊らしからぬ礼儀正しさの持ち主故か、顔も見ていない赤の他人の海賊に対して、声を張り上げてを大きく振る。

 別の面々、双剣使いのセイバーが思わず疑わしげな視線を向ける。

 

「オイオイ…大丈夫か? 親父さんの所の敵だったりしたら……」

「その時は……その時だろ」

 

 咄嗟に近くにいたドギャに苦言をこぼすが、全員が然して気にした様子を見せず、天を進む島船に呼びかけ続ける。

 

 すると、一味の声が届いたのか、島船の方から何か……橙色の巻貝がふわふわと浮いてエースたちの元へと近づいてくる。

 エースが受け取り、見慣れない種類の貝殻をしげしげと見つめる。

 

「ん? 何だこりゃ」

「貝殻か…?」

「〝音貝(トーンダイヤル)〟…………〝空島〟で手に入る、種類によって色々な特殊な効果を発揮する道具だよ。これは音を記録する種類のものだね」

 

 車椅子を自分で押し、エースの疑問に答えるエレノア。

 ほー、と気の抜けた声を上げ、それなりに旅をしてきた〝偉大なる航路〟にはまだまだ見知らぬ技術が存在するのだな、と感嘆する。

 

「…で、こいつはどうすりゃいいんだ?」

「貸して、ここを押すと音が記録できるから。デュース!」

「お、おう……んんっ! こちら、〝白ひげ〟海賊団傘下スペード海賊団副船長マスクド・デュース‼︎」

 

 エースから音貝を取り上げ、先端の突起を押し込み準備を終えると、それをデュースに投げ渡す。

 おっかなびっくり受け取ったデュースは、気取った風に咳払いをしてから貝殻の穴に声を発する。素性は不明だが、人助けに遠慮はいるまい。

 

「じきにサイクロンの発生が予想される‼︎ 進行方向より………あー、どの方向だ?」

「9時の方向に‼︎」

「了解。9時の方向にそれろ‼︎ 繰り返す‼︎ サイクロンが来る‼︎ 9時の方向に逸れろ!!!」

 

 一通りの情報を貝の中に入れ終え、さてこの後はどうすればと固まっていると、音貝が独りでに飛んでいく。

 ふわふわと島船の方へ消え去った音貝の行方を見届けてから、エースとデュースはエレノアに向き直った。

 

「…これでいいのか?」

「うん‼︎ 私達もここを離れよう‼︎ 全速力‼︎」

 

 上出来だ、と言わんばかりに満面の笑みで応えると、エレノアは他の面々に指示を出す。

 一刻も早く暴風から逃れなければと、元スペード海賊団はエレノアの予想した通りの方角へと舵を切るのだった。

 

 

 

「航海士チーム……どういう事だ?」

 

 艦橋に立つ老人が、真下で計器を睨んでいた白衣の男達に問いかける。

 

 対する白衣の男達は戸惑いの表情で老人―――シキを見上げ、理解ができないといった表情で首を横に振る。

 見知らぬ海賊の助言など信じられない、と全員の目が語っていた。

 

「いえいえ…そのような兆候は全くありません‼ 水銀計も正常値です‼」

「奴ら、9時の方向にそれました‼ スゴい脚です!!!」

 

 そんな致命的な失態を犯すはずがない、と確かな自信をもって答える部下達に、シキは胡乱気な目を向け眉を顰める。

 

 と、その時―――空が動く。

 突如として黒々とした雲が広がり、あっという間に景色の殆どを埋め尽くし始めたのだ。

 

「お? パーマ?」

「雨雲だろどー見ても!!!」

 

 間抜けな顔でボケを晒すシキの後頭部に、後ろに控えていたDr.インディゴによるツッコミが入るが、笑う者は誰一人としていない。

 目前の黒雲はさらに濃く、そして激しい風を孕んで島船に近づいていた。

 

「ウソだろ…!!! シキ様‼ すぐ9時の方角へ舵を‼ バカでかいサイクロンです!!!!」

 

 白衣の航海士達は未だ信じられないといった顔のまま、慌ててシキに振り向き懇願する。

 はっと我に返ったシキは両手を交差させ、己の〝能力〟で操っている島船を操作する。

 

 前面の大扉を閉め、吹き飛ばされる外にいた部下達を見捨てて室内を閉じ切る。そして島船を大きく旋回させ、目前のサイクロンから全速力で引き離していった。

 

 

 

「おわーっ!!?」

「とんでもねェ勢いの風だ!!!」

 

 真下では、サイクロンの余波を喰らったスパディル号が荒波にもまれていた。

 思いきり揺さぶられる船体だが、これでもまだ嵐の中心にいるよりはましだ。予知が遅れれば、今だあの暴風雨の中に囚われ、只では済まなかっただろう。

 

「ぶはっ!!! 相変わらず凄まじいな………〝天族〟の予知能力は」

「何度この力に助けられた事か…‼︎」

 

 水飛沫に咳き込みつつ、全員風で吹っ飛ばされる事なく揃っている事実に、幸運の女神たる虎耳の天使に何度目かの感謝の想いを抱く。

 

〝偉大なる航路〟の天候は予測不能。どんなに機材を揃えても、理不尽なまでの不運で海の藻屑となりうる海。

 そんな未来をほぼ完璧に回避させられる〝天族〟の娘には、全員頭が上がらなかった。

 

「お前ら‼︎ エレノアをしっかり掴まえとけよ!!!」

「アイアイサー!!!」

「過保護だなァ…」

「どこがだ⁉︎ お前はそこでじっとしてろ!!!」

 

 危うく傾きで海に転がり落ちそうになっていた車椅子をドギャとオッサモンドが捕まえ、甲板に留めている様を見ながらエースが目を吊り上げる。

 

 この女がいなければ、今頃―――。

 そんな不穏な考えと共に、元スペード海賊団は嵐の影響下から抜け出そうと悪戦苦闘していた。

 

 

 

 雨雲の下から逃れ、穏やかな海へ。

 背後を振り返り、未だ黒々と渦を巻く黒点と周囲の青空を見比べ、エース達はほっと安堵の息を吐いた。 

 

「抜けたな……どうにか」

外輪(パドル)でもついてりゃもっと楽だったろうになァ………」

「無い物ねだりしても仕方がないでしょ」

 

 帆と舵を操るだけでは足りず、結局人力で漕ぎまくった事により、全員中々疲弊している。

 

「今回もお前の力で助かった……ありがとうな」

「どういたしまして。おつかれさん」

 

 大の字に寝転がったエースに礼を言われ、エレノアも車椅子の背凭れに深く身を預ける。

 雨と波に濡れた髪をかき上げ、視線を頭上の青空……そこに浮かぶ島船に向ける。

 

「あの船も無事みてェだな」

「ああ、致命傷を免れたな……どこの誰かは知らんが。ほんとに何で浮いてんだ…?」

 

 肩で息をする一味全員に見上げられ、島船は沈黙したままスパディル号の上で浮遊している。

 

 呑気に男達が笑う中、一人だけ油断なく見据えていたエレノアは。

 どこからか響いた、銃声の音を捉えた。

 

 

 

 煙を上げる銃を手に、シキが目の前の男を睨みつける。

 その先で、航海士の一人は腹に走った熱さとじわじわ広がる赤色に目を瞠り、やがて俯せに倒れ込んだ。

 

「真面に天候の影響を受けるこの空飛ぶ船にとって……天候の予測がどれほど重要か………!!! もう二度と外すんじゃねェぞ」

 

 斃れた男はもう見ない。役に立たないどころか、一つの失敗で全てを無意味にしかけた存在など認識する価値もないと、まるで道端の塵のように蔑み見捨てる。

 恐れ戦く他の航海士達が何度も頷く様を横目に、シキは先程届けられた声―――その中に混じっていた若い娘の声を思い出す。

 

「それにしても……こいつらの予想を上回るセンスの持ち主か…」

 

 幼く聞こえる割に、確かな経験に富んだ落ち着いた口調。

 己の窮地を救ったその声に、シキはにやりと不気味な笑みを浮かべた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。