ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第伍話〝突撃と奪還〟

「私に手を出してどうなるか、わからないわけじゃないでしょう……〝白ひげ〟海賊団を敵に回す事になるよ」

「ジハハハハ…‼︎ それこそ面白ェ…‼︎ 海賊なら、他人の宝物は欲しいと思うだろ………何より大事なものならなおさらだ!!!」

 

 普通なら、〝四皇〟の一角の身内に手を出そうなどと誰も考えまい。だが、そこまでやるイカレた人間が今、目の前にいる。

 かつて父と、そして〝海賊王〟と同じ時代を生きて来た伝説の男―――これまでの常識を抱えたまま接しても、雰囲気にのまれるばかりだ、と内心の焦りを悟られないよう気を振り絞る。

 

「お前は自分から、おれに懇願するようになる………弱肉強食って言葉を知ってるか? 弱者は強者に逆らえねェ……服従して死ぬまで利用されるか、喰われるかなんだよ。そうなるようにできてるんだ、世の中は。ジハハハハハハ!!!」

 

 愉しそうに嘲笑う、頭の螺子が外れた老人。

 実に海賊らしく他人の物を欲しがり奪いたがり、それでいて傍若無人な王のように身勝手な支配を望む、己が最も嫌う種の人間。

 

 相対しているだけで、背筋の震えと冷や汗が止まらなくなっていた。

 

「ウホ、ウホホホ、ウホッ♡」

「え? この女をおれにくれって? 話外れすぎだよエロゴリラ!!!」

「⁉︎ 驚いた、おばあちゃんかと思った」

「どんだけゴリラ顔だよ、てめェの血統は!!!」

「「ハイッ‼︎」」

 

 再度、二人と一匹による唐突なコントが始まるが、それに反応する余裕すらない。ポーズをとられても、点数をつける気にもなれない。

 だがそれでも、この男の求めに応じる気は元より微塵もなかった。

 

「何を言われたって、あんたのものなんかにはならないよ―――お前に私を従える器などない、小童が」

「ジハハハ…………本当に気が強ェ、生意気な女だ…!!!」

 

 気迫を放ち、真正面から拒むと、獅子と呼ばれた男は愉しげに、しかしやや苛立ちを交えて呟く。

 雰囲気の変わった男の目に、ぞくりと嫌な気配を感じ取ったエレノアは「しまった」と胸中で己の失態を悟るが、吐いた言葉はもう戻らない。

 

「どれだけ虚勢を張ろうが…!!! 他人を従わせる方法なんてものァ、いくらでもあるんだぜ? お嬢ちゃん…!!! ―――特に、女はな」

 

 キン、と刃の足を踏み出し、一歩ずつ距離を詰めてくるシキ。

 ゆっくりと伸ばされる手は、エレノアの纏う水着に向けられ、何をするつもりなのか一目瞭然だ。

 

 考えうる限り最悪の事態に、エレノアの目に初めて脅えが生まれ、そして。

 

 

 

うおらあァ――――!!!!

 

 

 

 突然、温室の硝子壁がガシャーン!と砕ける。

 吹雪の中、業火を身に纏って飛び込んできた何か―――炎の体を持つ青年が硝子片を撒き散らしながら、伝説の海賊の前に立ち塞がった。

 

「…‼︎ エース!!!」

「てめェは…‼︎」

 

 予想だにしない再会、あまりにも望ましすぎるタイミングの介入に、エレノアはぱっと花が咲いたように笑みを浮かべ、反対にシキは忌々しげに顔を歪める。

 正と負、二種の視線に挟まれながら、エースはぎろりと鋭くシキを睨みつけ、びしっと人差し指を……何故かスカーレットに突き付けて吠えた。

 

「やいてめェ!!! そこのゴリラ野郎‼︎ いまさっき、エレノアをてめェのものにするとか言いやがったな!!? んな事…絶対に許すわけねェだろ!!!」

「アレ!!? そっちィ!!?」

 

 先程の緊張感も忘れて叫ぶ。野獣からの求愛どころではない、割と洒落にならない窮地にいた筈なのだが。

 

 ……まぁ、助けに来てくれたのだから細かい事は不問とするべきか。

 

「白ひげんとこのひよっこじゃねェか………どうやってここまで来た。下は猛獣がうじゃうじゃいる上に、この島は空でも飛ばなきゃ来れねェハズだ」

「御察しの通り……飛んで来ただけだ。おれも能力者なんでね」

 

 シキの問いに、エースはボッと指先を炎に変えて不敵に笑う。

 障害物さえなければ、飛んで後を追いかける程度の事など他愛も無い。最初の邂逅時のような失態はもう犯すものかと、皮肉げに鼻を鳴らす。

 

「うっとうしい若僧が………‼ 人が女を口説いてる最中に割り込むなんざ、ヤボにもほどがあるぞ」

「うるせェ!!! 大事な女が危ねェところを指くわえて見てろってか!!! そんなフヌケたマネができるか!!!」

 

 苛立つシキの視線からエレノアを遮るように、両拳を構え、仁王立ちしたエースの上半身から烈火が広がる。彼の感情をそのまま表すような、激しく濃い炎だ。

 

 エースの堪忍袋の緒はとっくに引き千切られ、無意識のうちに重く強い圧を発してのけていた。

 

「てめェにこれ以上、好き勝手やらせるかよ!!!」

 

 ビリビリッ…!と、威圧を受けた温室の硝子壁が震え、無事だった箇所がさらに割れる。

 吹き曝しになった大穴から吹雪が吹き荒れ、中にいる全員の髪と衣服を嬲り、ばたばたとはためかせる。風に押され、エースの炎がより激しく踊った。

 

「ジハハハハ…‼ おれに盾突く度胸は評価してやるがな………その無謀が通じると思ってんのか!!? このおれ、〝金獅子〟海賊団の縄張りでよォ!!!」

 

 若く、まだまだ経験の浅い一海賊が真正面から立ち向かう様を見せ、シキは何処か愉しげに告げる。

 圧倒的な実力差を見せて叩きのめす気か、搦め手で組み伏せ、再度仲間の女を奪われる様を見せつける気か。いずれにせよ、正々堂々などありえまい。

 

 故に、エレノアはエースの背に隠されながら、にやりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「――――いや、押し通らせて貰うよ…!!!」

「え?」

「三十六計逃げるに如かず!!!」

 

 不意に呟き、パンッと掌を打ち合わせたエレノアに、エースが咄嗟に目を丸くして振り向く。

 

 その瞬間、エレノアはエースのズボンのベルトを引っ掴み、ぐいっと思いっきり引っ張りながら……プールの水面に倒れ込む。

 と、同時に片手で水面に触れ、プールの水の一部を分解―――大量の霧に変え、辺り一帯を真っ白に染め上げさせた。

 

「「ぶわァ~~~~っ!!!?」」

「何ィいいいいいィ~~!!?」

 

 突如視界を塞がれ、声を上げて惑うシキ達と、問答無用でプールの中に引きずり込まれ、驚愕と困惑の声を上げるエース。

 直後に、どぼん、ざぼん、だばん!と立て続けに水飛沫の音が鳴り、霧の中で藻掻くシキが怒鳴る。

 

「くそっ……あの小娘‼︎ プールの排水溝が外に繋がってんのに気付いてやがったのか!!?」

「自然系能力者と共に水に飛び込むとは………!!!」

 

 能力者にとっての盲点。誰もが知る弱点である水中に態々逃げ込むという自殺行為に、咄嗟の反応が遅れた。

 加えて、エレノアの両足が不自由なままで、行動可能な範囲が限定されているという認識が、それに拍車をかけていた。

 

「探せ!!! 島中のネットワークを駆使して、あの女を探し出せ!!!」

 

 シキの号令で、王宮中の部下達が動き出す。

 怒れる〝金獅子〟は歯を食い縛り、憎悪の炎を目に灯し、吹き荒れる霧と吹雪の城の中で佇むのだった。

 

 

 

「ガボババボボバボベブバボボ!!!」

 

 水中を凄まじい勢いで引き摺られ、エースは泡を吹いて悶絶する。

 いつの間にか傍にいた巨大な水鳥。その長い尾にしがみつき、プールの底の排水溝から奥へと連れ込まれること数十秒。

 

 ようやく、二人と一羽はざばっと新鮮な空気の元へと飛び出した。

 

「ぶはっ!!! ハァ……ハァ……‼︎ ムチャしやがるこのや―――」

 

 必死で息を吸い込み、眼を見開きながらエースはエレノアを睨む。

 排水管はどうやら、島の真下に繋がっていたらしい。咄嗟の機転に感心しつつ、何の相談もないまま無謀な脱出を試みた事を叱ろうとして。

 

 どぱんっ!と。

 シキ達のいた島のさらに下に位置していた湖に落下し、エースは再び沈黙する。

 

 白目を剥く青年を抱きかかえ、エレノアは水上へ急ぐ。だが、そこへ近づく幾つもの巨大な影があった。

 

 固い甲殻に覆われた王海百足(キングウミムカデ)、四本腕で待ち構えてくるタガメ・大海河童(オオウミガッパ)、不気味に水中を漂う大魚(ギョリーザ)

 ぎょっと目を剥き、水面を目指すも、空にも巨大な影が―――古代鳥(ジュラチョウ)が飛行している事に気付き、すぐさま停止する。

 

 空からは巨鳥、水中からは三体の巨獣。

 逃場がない、絶体絶命の窮地―――そこに、一羽の助っ人が立ちはだかる。

 

 バリバリバリバリッ!!!

 

 黄色い水鳥が全身から発した電撃が、水中全域に広がって全ての敵を貫く。ついでに、上空から襲い掛かる古代鳥をも感電させ、あっという間に沈黙させた。

 

「クオ〜〜ッ!!!」

 

 ざばっ、と水上に飛び出し、ぷかぷかと浮いてきた巨獣達の上に止まって雄叫びを上げる水鳥―――いや、雷撃(エレキ)鳥。

 猛獣達による唐突なバトルロワイヤルは、ひとまず彼の勝利によって片付いたようだ。

 

「クオ? クオ……クオ?」

 

 そこでふと、雷撃鳥は自身と共にいた筈の人間達の姿が見えない事に気付き、辺りをきょろきょろと見渡す。

 

 そしてやがて、彼の背後でぷか…と力なく浮かび上がった天使と、彼女に抱えられたままの青年の姿に気付く。

 

「クオ―――ッ!!! クオクオクオ~~!!!」

 

 雷撃鳥は大きく目を見開き、大急ぎで二人を引っ掴んで空を飛び、陸地を目指す。

 

 砂浜の上に二人を並べて寝かせ、しかし全く意識を戻さない事に不安気に砂の上を行ったり来たりする。

 特にエレノアの事を案じ、苦しげな表情で世怠悪彼女の顔を嘴でつつき、無事を確かめようとする。

 

「クオ…」

「…………ん、んん~…」

「クオッ‼ クオ~~!!!」

 

 すると、突かれた刺激で意識を刺激されたのか、微かに呻き声が漏れる。

 雷撃鳥はぱっと表情を明るくし、味を占めたのか先程よりも強く、連続でエレノアの顔をつつきまくった。

 

「痛いなコラァ!!!」

 

 がばっ、と勢い良く体を起こしたエレノアは、しつこさに思わず拳を繰り出し雷撃鳥を殴り飛ばす。

 雷撃鳥は吹っ飛ばされるも、全く気にせず泣きながらエレノアに駆け寄ってくる……全身から電撃を漏らしながら。

 

「クオ~~~~~!!!」

「はい、そこで止まって」

「クオ!!? …クオ~」

 

 冷たく命じられ、がっくりと残念そうに項垂れる雷撃鳥。

 褒めて貰えなかった事を悲しんでいるのか、切なげに目を伏せる彼を見つめたエレノアは、やがてふっと微笑みを湛えて彼の羽毛を撫でてやった。

 

「………助けてくれてありがと。よくあそこで合わせてくれたねェ………」

「クオ…‼ クオ~~!!!」

 

 優しく撫でられ、すぐさま機嫌が回復した雷撃鳥はまた雄叫びを上げて辺りを跳ねまわる。まるで子供のようだ。

 

 くすくすと笑ってそれを眺めていたエレノアは、すぐにはっと我に返ると、隣に横たわる青年に縋りつく。

 まだ意識が戻っていない。それどころか、息もしていない。

 

「…‼ ちょっとエース‼ エースってば…!!!」

 

 体を揺さぶり、呼びかけるも、エースは何の反応も返さない。

 ひやりとエレノアの背筋に寒気が走るも、その不安を押し殺し、少し考えるような素振りを見せるとその場で大きく息を吸い込み。

 

「…はむ」

 

 自身の唇を、エースのものに重ねて、吸い込んだ息を吹き込む。

 青年の炎の体。自分よりも遥かに熱いはずなのに、むしろ自分の方が火照っているような気がして、思考がやや乱れる。

 

 気恥ずかしさを押し退け、何度かそれを……口づけ染みた行為を繰り返し、そして。

 

「ブふわァ!!?? …あァ!!? は⁉ ンだァ!!?」

「お~、起きた起きた」

「ん!?? あ、エレノア!!!」

 

 口から大量の水を吐き出し、意識を取り戻したエースが飛び起きる。

 傍らに寄り添うエレノアに気付くと、ほっと安堵の息を吐くが、直後に険しい表情に変わって咎める視線を向けた。

 

「このヤロ~、なんつー無茶しやがるんだてめェは!!!」

「エースに言われたくないよ、単身敵の親玉の所に乗り込んでくるなんて……!!!」

「そりゃおめェ…‼ お前があのジジイに何されるか分かったもんじゃねェから…!!!」

「そういう無茶は、十分な勝算と一緒にやるもんだよ‼」

 

 お互いにお互いの迂闊さを叱り、怒鳴り合う。

 

 だがやがて、エレノアがピタリと口を閉ざしたかと思うと、無言でエースの胸に額をぶつけ、身を寄せる。ほっ…と安堵の息遣いがその場に響いた。

 

「…だけど、ホントにありがとう……怖かった」

「…………エレノア……お前………」

 

 普段の気の強さが薄れた、弱々しい声。表情は隠れて見えないが、自身に触れる手の震えに気付き、エースははっと息を呑む。

 ―――この女でも、恐怖で怯える事があるのかと、そう気づかされて。

 

「…クォ~」

 

 と、その時。いつの間にか近くにいた見知らぬ水鳥の存在に初めて気づき、ぎょっと目を剥く。

 巨大な鳥に見つめられ、困惑に冷や汗を垂らすこと数秒。

 

「…クオ♡」

「何だてめェその顔は!!! 何を理解したんだ!!! つーかそもそも誰だてめェは!!?」

 

 意味深な顔で笑う雷撃鳥。まるでエースとエレノアの関係に気付き、「どうぞ自分に構わずごゆっくり」などと言っているようだ。

 エースは目を吊り上げ、にやにやと鬱陶しい雷撃鳥に吠えかかる。

 

 それに呆れた目を向けながら、エレノアは再度、安堵の溜息を吐いた。

 

「はァ……やれやれ…とりあえずは第一関門突破かな………」

 

 

 

 湖の縁、盛り上がった土の坂を上るエースと、背負われるエレノア。

 元は小規模の火山だったのだろう、カルデラと呼ばれる地形をえっちらおっちらと登り、坂の向こう側を目指す。

 

「ごめんね、エース………手間かけさせちゃって」

「気にすんな。お前は軽いから………いや、心配になるぐらいに軽いから、もうちょい食った方がいいぞ―――いで」

 

 申し訳なさそうに目を伏せるエレノアの気分を晴らそうとしてか、半ば本気の冗談を口にしたエースが小突かれる。

 そんな二人の後ろを、雷撃鳥がぴょこぴょことついてくる。

 

「…おい、こいつ、どうする? なんか懐かれちまったみてェだが……」

「害はないと思うよ。あの調子じゃ行く所もなさそうだし、好きにさせてあげよう」

 

 一度シキから庇ったせいか、エレノアの後ろを子のように追ってくる彼。

 咄嗟に脱出の助けをしてもらった事もあり、邪険にはできない。

 

 そうして、二人と一羽で坂を登りきると、今度はなだらかな下り坂が広がる。

 その先に、愛船が佇んでいる姿が見えた。

 

「…‼ ピース・オブ・スパディル号……!!! よかった、ここにあったのか…‼」

「………みんなの気配は感じない。私達が最初に見つけたみたいだね」

「そっか。じゃあ……どうすっか」

 

 見たところ、破損は見当たらない。

 海まで運ぶ方法に難儀しそうだが、そこは仲間達と合流してから考えればいい―――問題はそれまでどう身を隠すか、だ。

 

「追手が来るかもしれない……ジャングルの中を通ってしばらく身を隠そう。ごめん、エース。もうちょっと背中貸して」

「おう。お前こそ、乗り心地は保障できねェんで勘弁してくれよ」

 

 軽口を叩きつつ、エースは進路を密林の中へ変える。

 もう二度と、背に負ったこの女を渡してなるものか―――そう心に決めて。

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