ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第陸話〝搾取される村〟

「エ―――ス〜〜!!! エ~レ~ノ~ア~お嬢~~~!!!」

 

 切り立った崖の上で、咆哮する青い髪とマスクの男・デュース。

 周囲の警戒も忘れて仲間を探す彼に、近くの桜の大樹の陰に身を潜める魚人の男・ウォレスが目を吊り上げて囁き叫ぶ。

 

「大声出さないでくださいって………ほら次が来ちまったでしょォがァ!!!」

 

 息を潜め、敵をやり過ごすつもりだったのに、声につられた猛獣が寄って来て、慌てて応戦する羽目になる。こんな攻防が、何度繰り返されただろうか。

 

「いるなら返事をしろ、お前らァ~~~!!!」

「だから大声出さないでって…‼ あァ、もういいですよ、もう」

「はァ……おい、火ィあるか?」

 

 仲間の身を案じるデュースの暴走を止められそうになく、肩を落とすウォレス。ドギャが慰めるように肩を叩き、一緒に項垂れる。

 それを横目に見ていた剣士コーネリアが煙草を咥えて催促していると、ババババ!と大きな羽音を響かせ、黒い甲虫・火炎兜(カエンカブト)が火炎と共に飛来してくる。

 

「こんなデケェ火はいらねェ~!!!」

「ぎゃああああ…!!!」

 

 熱波に囲まれ、逃げ惑うウォレスとドギャ、コーネリア。

 だが、すぐさま連携し反撃に転じた事で、火炎兜も地に伏せさせる。が、激しい戦闘はさらなる敵の襲撃を招くだけであった。

 

「ス――カ――ル――!!!」

「絶対無駄な体力使ってんだろこれ!!!」

「いいから走れ走れェ!!!」

 

 次に襲い掛かってきた、カラフルな巨大鶏島鶏(シマトリ)。比較的すぐに無力化されたそれは、調理すれば百人分は賄えようという大きさだったが、島の生物が総じて似たような大きさであるため最早驚愕などしなかった。

 

「オ~~バ~~ちゃ~~~ん!!!」

「「「お前はもう黙れェェエ!!!」」」

 

 間髪入れず追ってくる大芋虫(オオイモムシ)から必死に逃げつつ、咄嗟に桜の大樹から垂れ下がった蔓に飛び移る。

 ギリギリのところで、大芋虫はデュース達を捕らえ損ない、崖から真っ逆さまに落ちていく。蝶にでもなれない限り、助かるまい。

 

「…ふゥ、助かったぜ」

「…‼︎ 上、上ェ〜!!!」

 

 一難去って、ほっと額に浮かんだ汗を拭っていると、ドギャが目を跳び出させながら頭上を指差す。

 つられて他の三人が見上げてみれば、ぎろりと睨みつけてくる鋭く長い二本牙を持った剣歯虎(トラマタ)と目が合う。

 

 よく見れば自分達が掴まっている蔓のうちの一本は、剣歯虎の髭であった事に今更ながら気づく。

 

「……あ、ごめんなさい」

「ガルルルルル!!!」

 

 咄嗟に謝罪の言葉が漏れるが、それで許してくれる相手ではない。

 ぐわっと振り上げられる鉤爪付きの巨腕を前にし、慌てて蔓を伝って攻撃を逃れる。尻を爪が掠り、誰かが情けない悲鳴を上げる。

 

 そんな中、一足先にウォレスが蔓を登り、大樹の頂上に立つと、枝から陸地に移った剣歯虎の脳天に向かって思い切り飛び降りる。

 

「魚人空手〝火華カカト落とし〟!!!」

 

 故郷の武術の猿真似を、渾身の力で叩き込む。

 地上でも十分な威力を発揮する魚人の一撃を受け、脳を揺さぶられた剣歯虎は白目を剥き、地面に亀裂を走らせながら倒れ込んだ。

 

「…よし!!!」

「いや『おれの考え通り!』みたいな顔やめろ!!!」

 

 未だぶらぶらと蔓にぶら下がったままのデュースにドギャがツッコミを入れ、コーネリアがやれやれと肩を竦める。

 

 とにかくこれでやっと一息……と思っていたその時。

 どきゅん!と銃声のような破裂音が響き、地面に突然、丸い大穴が開いた。

 

「今度は何だァ!!?」

 

 いきなり狙撃か、と辺りを見渡すと、見つかったのは人ではなく、大型犬ほどの大きさの牛だった。

 赤い毛皮に固そうな頭部を持つ鉄砲牛(カウボール)が、群れを成してデュース達に突撃―――自らを砲弾にして凄まじい速度で突っ込んできた。

 

「う、牛!!?」

「何だそりゃァ~~!!!」

 

 どきゅん!どきゅん!と立て続けに撃ち込まれる突進。

 デュース達は穴だらけになる地面の上を右往左往し、たがいにぶつからないようにしながら、どうにか致命傷を避け続ける。

 

「もういい加減にしてくれェ!!!」

「フザケすぎだろ、この島の生物はどいつもこいつも…!!!」

 

 ぶつくさぼやくが、それで襲撃が止むわけではない。

 そうこうしているうちに、猛攻を代わりに受け続けた地面の亀裂がバキバキと広がり……そしてついにばらばらに砕ける。

 

「「「「のわああああああああああァァァァ……!!!!」」」」

 

 四人の男達は、無数の瓦礫に混じって空中へと落下を始める。悲鳴が虚しく響き、虚空に消え、遥か下の地面に遠ざかっていく。

 

 そして―――どぼん!

 と四人は真下に広がる湖に落下し、ぶくぶくと沈む。そのまま溺死するところで、ウォレスが他の三人を抱えて水上へと引き上げる。

 

「ぶはァ!!! ……ハァ…ハァ……‼ …………あ?」

 

 息を切らせ、三人を担いで陸地に上がったウォレスは、ふと視線を感じて顔を上げる。

 

 そこには人が、集落があった。

 老いた住人達が唖然とした様子で、落ちてきたウォレス達を見つめている。

 

「…あ。どうも、お邪魔してます」

 

 気まずさを誤魔化すように、ウォレスは厳つい顔を緩ませ、へらっと遜るような態度で会釈を返した。

 

 ……微かに上がった悲鳴に、繊細な彼の心は大いに傷つけられる事となる。

 

 

 びゅうびゅうと吹き荒ぶ吹雪、肌に突き刺さる寒さ。

 暗く厚い雲に覆われた空の下を、その少女はたった一人で歩いていた。

 

 明らかに冬空の下に合わない薄着で、その手に一輪の花を握り締め、覚束ない足取りで雪の中を進む。その姿はあまりにも痛々しい。

 

 その時、ごぅ!と一際強い風が襲い掛かる。

 思わず顔を顰めさせ、立ち止まった少女の目の前で―――二体の巨獣が縺れ合ってくる。

 

「キシャアアアアアアァ…!!!」

「ガルルルル…!!!」

 

 長く太い体に幾つもの小さな足を生やした蛇足(ダソク)と、強靭な角を生やした越冬竜(エットウザウルス)の激突。

 ほとんど一方的な戦いが繰り広げられる前で……少女は白目を剥き、どさっと仰向けに倒れ込む。

 

 蛇足を噛み殺した越冬竜は物音に気付き、新たな獲物として少女を狙い、大きく口を開ける。

 

 が、次の瞬間。

 ダァン!と銃声が響き、越冬竜がゆっくりと横たわり動かなくなる。

 

 沈黙した猛獣を横目に、双剣使いセイバーが降り立ち、少女の具合を確かめた。単に気絶しているだけのようだ、問題ない。

 

「グルルルル………ニャーン」

「よし、お前はそのままその子を温めておけ。おい、マンモス‼︎ 鼻、貸してくれ」

 

 雪の中に横たわる少女のもとに、急ぎコタツが駆け寄り我が身で包む。

 そこにのしり、と。六本脚の巨像・マンモスデンスが近づき、セイバーに命じられた通り少女とコタツを鼻で拾い上げ、背中に乗せる。

 

 二人と一匹を乗せたマンモスデンスは、ゆっくりと雪の中を進み出す。

 優しい揺れの中で、少女はやがて意識を取り戻し、はっと我に返って辺りを見渡した。

 

「もう気絶しないでくださいよ」

「‼︎ あ……ごめんなさい」

 

 コタツに包まれる少女に向けて、どこからともなくミハールが穏やかに話しかける。……本当にどこにいるのだろうか、マンモスデンスの毛皮くらいしか見えない場所はないのに。

 

「お嬢さん…あなた、こんなところで何をしていたのですか? 危うくこの冬山を出る前に私たちが見つけられたから良かったものの………下手をすればあの怪物達にやられる前に凍え死んでいたかもしれませんよ?」

 

 いつも通り引き篭もる場所を見つけたらしいミハールに問われ、少女は困り顔で俯いてしまう。

 姿の見えない初対面の男にそんな風に尋ねられたところで堪えられるものか、とセイバーは思ったが、追及するのも面倒なので何も言わなかった。

 

「まァ、いいでしょう。あなたの家はどこですか? ついでに送っていきましょう」

「…いいの?」

「こんなところに女の子一人を置いて去るなんざ、男が廃るだろう」

「ニャーン」

 

 恐る恐るといった風に尋ね返す少女に、男達はふっと不敵に笑う。

 少女は見ず知らずの男達に助けられて困惑するも、悪人ではないと察したのか遠慮がちに頷く。ほっ、と息を吐き、コタツの毛皮に身を委ねた。

 

「吹雪で道を見失った時はどうなるかと思いましたが……落ち着いて来てよかった。思いのほか狭いですね、この島は」

「冬ゾーンは半日もあれば抜けられるから……」

「ほゥ…詳しいな。さては何回も同じ事してやがるな? まったくガキが危ねェ事しやがって…」

 

 少女の呟きに、セイバーがコタツの体越しに少女の頭を掻き回す。

 何が目的だったのかは知らないが、遊びやおふざけでこんな危険な場所に来るわけがない。相当な訳ありだと、少女の無謀を諫めつつ勇気を湛える。

 

「助けてくれてありがとう‼ わたし、シャオ‼」

「ミハールと言います。仲間には先生と呼ばれています」

「…セイバーだ。んで、こいつはコタツ」

「グルルル………にゃーん」

「…顔に比べて声カワイイ…‼」

 

 いまだ姿を見せないミハール、ぶっきらぼうながら気遣いのあるセイバー、厳ついわりに愛嬌のあるコタツ。

 不思議な組み合わせの三人に出会い、少女シャオは少しだけ笑みを取り戻した。

 

 

 濡れた体に風が当たり、寒さに思わずくしゃみが飛び出る。

 その勢いで起き上がったデュースは、そこが小舟の中で、仲間達と共に寝かされているのだと気付いて困惑の声を漏らす。

 

 辺りを見渡せば、小さく簡素な家々がいくつか建っているのが見え、住民達が遠巻きに見つめてきている様が見えた。

 

「こんなところに人が住んでいたのか………」

 

 茫然と呟いていると、ドギャとコーネリアが呻き声を上げて体を起こす。

 二人ともデュースと同じように辺りを訝しげに見渡し、寂しく、それでいて妙に静かな村に戸惑いの表情を浮かべる。

 

「気が付いたか」

「…………何だ、この村は」

「わからねェ」

 

 村の存在そのものが、違和感の塊だ。

 

 猛獣だらけの島にある、小さな村。

 見たところ老婆や子供しか見当たらず、その上みんな痩せている。戦って村を守っているようには見えないが、猛獣達に荒らされている雰囲気も感じない。

 

 一体、どうやってこんな劣悪な環境で生き延びられているのだろうか。

 

「………気付いたか、おめェら」

「? …ああ、確かに変わってんな………」

 

 コーネリアの呟きで別の箇所にも違和感を抱き、そしてその答えに辿り着く。

 羽だ。住民達全員の腕に、鳥の羽根らしきものが生えているのだ。明らかに飛べそうにはないが、それでも十分不思議な見た目となっている。

 

 が、コーネリアが言いたいのはそこではなかったようだ。

 

「この村……………若ェ娘がいねェ」

「「そこじゃねーだろ!!!」」

 

 ぐわっ、とずれた事を宣う仲間に目を剥いて突っ込む。

 すると、近くの家から中年の女性が顔を出し、デュース達の方へと近づいてくる。傍らにはウォレスが付き、一緒に湯気の立つカップを持ってきてくれる。

 

「目ェ覚めたかい? 驚いたよ………空から降ってくるんだから。よく助かったもんだ」

「…あんたが助けてくれたのか?」

「そこに寝かせただけだよ。拾ったのはこの人さ。どこからどう流れ着いたか知らないけど、これ飲んだらとっとと出て行った方が身の為だよ」

「はい。わざわざおれ達に分けてくれたんです。飲みましょう」

 

 中年女性に渡されたカップを手に、デュース達はぺこりと頭を下げる。

 見るからに怪しい自分達にこうもよくしてくれるとは、恐ろしくお人好しな女性だ。とにかく、有難く体を温めさせてもらう事にする。

 

「悪いな……助かったぜ、姐さん」

「いやだよ、姐さんだなんて……でも悪い子達じゃなさそうだね」

 

 歳をとって、女性扱いされる事にむず痒さを覚えるのか、ドギャに苦笑を返す中年女性。だがそのやり取りのお陰で、少し警戒を薄めさせてくれてようだ。

 

 カップの中の薄いスープを啜りつつ、デュース達は改めて村を、人を見やる。

 

「その腕の羽根は……?」

「これかい? 何だろうね………ここの人間にはなぜか皆にあるんだよ」

「貧しそうな村だな。やたらと細い人間が多い………食い物が足りてねェようだが」

「ああ、男手も若い娘達もみんな王宮に召し上げられちまってるからね」

 

 なるべく気を使いながら尋ねてみると、中年女性は険しい表情で俯きながら答える。

 事情を聞かずとも、相当苦労しているのはわかる。こんな危険な島に―――あの男に支配された島に住んでいる時点で、真面な暮らしをしているわけがあるまい。

 

「働き手がなくて、やっとこさその日暮らしをしているのさ。ここで取れるのは湖の小魚と申し訳程度の作物だけだし………」

「何だそりゃ、酷ェ話だな。文句言ってみんなを返して貰えばいいじゃねェか」

 

 恩人の表情を曇らせる存在に、咄嗟に悪態が口から漏れる。

 すると中年女性は途端に慌てだし、必死の形相で首を左右に振る。冷や汗を垂らし、デュースに懇願するような目を向ける。

 

「無茶言わないでおくれ…!!! シキに逆らったら私らおしまいだよ!!!」

「シキだと…⁉︎」

「あの金髪クソジジイか⁉︎」

 

 まさか、とデュース達は目を見合わせる。

 空中で逃げ場のない、そして普通の方法では入ってくる事も叶わない島だ。

 

 元々この島にいたのか、あるいは連れて来られたのか。

 どちらにせよあの恩知らずで悪逆非道な男の事だ、碌な扱いをしていないのは間違いない。酷く納得し、自然と拳に力が籠る。

 

「そうさ……わたしらはあいつに徹底的に支配されているんだ、それに………」

 

 沈痛な顔で項垂れていた中年女性が、急にハッと目を見開く。

 と思った直後、いきなり女性が飛び掛かって来て、デュース達を小舟の中に押し倒す―――いや、あるものから隠す。

 

 何事か、と顔を隠しつつ目を向ければ……村の中をもそもそと動く、大きな電伝虫に気付く。

 

「何だありゃ…でけェ電伝虫が」

「あれは〝自走式映像電伝虫〟だよ。映像を中継できる大出力のやつさ………あの電伝虫がとらえた映像は、そのままシキの王宮に送られている」

 

 恐怖で我が身を震わせながら、中年女性がデュース達を庇って語る。

 引き攣った表情は、シキに対する怯えを表している。実際にどんな目に遭わされたのか、聞く事も躊躇われるほど女性の顔色は悪い。彼女の方こそ、暖を取らせ休ませた方がよさそうだ。

 

「もしシキに楯突くような動きがあれば、王宮での労働に酷使されている男達も、酒場で海賊達の世話をさせられている男達も、みんな見せしめに殺されちまうんだ…‼︎」

「シキの野郎……!!! 何つーやつだ!!!」

「……早いとこエース達と合流しなきゃやべェな」

 

 度し難い悪魔の所業に、義憤に駆られるデュース達。

 だが……今の彼らにできる事は何もない。戦力も面子も、今の状態では何もかもが足りていない。

 

 とにかく一刻も早く、船長と仲間達、そして何より攫われた天使の居所を掴まねば―――四人全員が、強くそう思った。

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