ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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センシティブだよ、全員注意!


第漆話〝雨隠の蜜事〟

 ずし、ずし、と地響きを鳴らし、温かな山中を進んでいた巨象。

 しかし突如、目を見開いた彼は顔中から脂汗を噴き出させ、元来た道を逆走し始めた。

 

「おわーっ⁉︎」

「むっ⁉」

「ニャーン⁉︎」

 

 マンモスデンスが走り出し、背に乗っていたセイバー達が振り落とされ地面に落ちる。ミハールも同じく、毛皮の中から乱暴に放り出された。

 

「くっ……何なんだあのマンモス…‼︎ いきなり振り落としやがって……」

「グルルルル………」

「ん? どうした?」

 

 背中を強かに打ち付け、悪態をつくセイバー。

 ふとそこで、隣に落ちたコタツが痛み以外の理由でのた打ち回っている事に気付き、訝しむ。

 

 そこに、ミハールに抱えられて事なきを得たシャオが説明を挟んだ。

 

「ダフトグリーンだよ」

「だふとぐりーん……?」

「わたしたちの村はダフトグリーンっいう樹に囲まれてるんだ。それが動物達から村を守ってるの。動物達はみんなこの臭いが嫌いだから」

「そうか……それでコタツも」

「ニャーン……」

 

 端を押さえ、辛そうに悶えるコタツ。本気で辛そうで、厳つい顔がより一層凶悪になっている。

 

 応急処置としてコタツの鼻に栓をし、三人と一匹はシャオの案内で先を進む。

 すると道の途中に植えられた、背丈が短く幹が異様に膨らんだ奇妙な植物が見つかった。

 

「これですか…」

「確かにこりゃちょいと臭ェな………だがそこまで拒否反応を示すほどじゃねェだろ?」

 

 嫌そうに身を引くコタツを横目に、ダフトグリーンなる植物を観察するセイバーとミハール。

 

「あまり吸い込まない方がいいよ、毒だから」

「「早く言えよ!!!」」

 

 遅すぎるシャオの説明に、全員から鋭いツッコミが飛んだ。

 

 

 

 ぱんっ、と乾いた音が鳴り、セイバーが思わずうっと呻く。

 男達の見る先では、自宅に戻ったシャオが母親らしき女性に頬を叩かれ、涙を浮かべて身を震わせる姿があった。

 

「あれほどダフトグリーンの外には出ちゃいけないって…‼︎ どうして言う事が聞けないんだい⁉︎」

「だって………どうしてもおばあちゃんを助けたかったから……!!!」

 

 相当に心配していたのだろう、母親の目にも涙が浮かんでいる。

 しかし、シャオが俯きながら見せた手の中の花を見て、母親ははっと息を呑み、痛ましそうに目を逸らす。

 

 そこに、後ろのベッドに横たわっていた老婆が掠れた声をこぼす。

 

「シャオ………私の為に危険なマネはしないどくれ……」

「だって…‼︎ そのままじゃおばあちゃんが………!!!」

 

 ぶわっ、とシャオの目から涙があふれ、止まらなくなる。それを見た母親も声を押し殺し、娘をきつく抱き締める。

 命がけで祖母を救おうとした娘を、それ以上咎められなかった。

 

 切ない親子の姿に、所在なさげに立ち尽くしていたミハール達。

 気付いたシャオの母親が申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「あんた達、娘の命を救ってくれて本当にありがとう。何かお礼をしたいけど………」

「いやァ、たまたま通りがかっただけだしよ」

「ここで見殺しにしてしまったら、それこそうちの頭にどやされてしまいますよ」

「ニャーン」

 

 面と向かって礼を言われる事などあまりない二人と一匹は、いやいやいや、と首を横に振る。

 それはそうとして、とミハールが表情を変え、シャオの祖母……その顔に浮かぶ緑色の斑点に目を細めた。

 

「……あの病気は、何ですか」

「〝ダフト〟という病気でね。緑色のところが硬直していって動かなくなるのさ」

 

 聞けば、ダフトグリーンが放つ粒子を吸い込んだり、少量ずつでも長い間吸い続けると、症状が出てくる病らしい。

 弱った老婆の姿を見て、セイバーは眉間に皺を寄せて唸る。

 

「………皮肉な話だな…身を守る為に植えた毒で、病にかかっちまうなんてよ」

「唯一治せる薬はIQっていう植物から作られるんだけど……一輪だけじゃね」

「グルルル……」

 

 項垂れるシャオや母親の姿に、コタツもいたたまれなさそうに髭を垂らして落ち込む。どうしようもない程重い空気が、シャオの家に漂っていた。

 

「ごめんなさい…」

「お前が悪いんじゃないよ。悪いのはIQを独り占めしちまったシキのやつさ」

 

 ぴくり、とミハール達の頬が痙攣する。

 自分達が今、彷徨っている原因の名が出て来て怒りが溢れそうになったが、病人と子供の手前、そっと我慢し黙り込む。互いの脇腹を抓って。

 

「二十年前まではね………この島では人と植物、動物達が上手く共存していたんだ。それをあいつが……シキが全て壊してしまった……!!!」

「早く行っちゃえばいいのに、あいつら…………『計略の海』へ」

 

 顔を追い、嘆きをら羽にする母親と共に、シャオも乱暴な口調で吐き捨てる。

 あまりにも悲痛な親子の、虐げられた村人の姿に、所詮は余所者でしかない男達は何も言えず立ち尽くすばかりだった。

 

 ―――シャオの呟きを、深く捉える事はなく。

 

 

 

「なァ、あのバアさんの病気治せねェのか?」

「見た事のない症例ですからね……下手に手を出せば、もっと酷くなる可能性もあります」

 

 シャオの家を後にし、ミハールとセイバーは険しい表情で村の中を歩いていた。

 外の空気を吸えば、何か思いつくかも。そんな浅はかな考えを抱きつつ、ぶらぶらと流離ってみるも、当然何も浮かんで来はしない。

 

「まァ、この村にいればとりあえずあの動物共に襲われずには済むわけか。久しぶりにのんびりさせてもらおうぜ」

「グルルルル………ニャーン」

「お前ももう少し我慢してろよ」

 

 鼻栓をしたまま辛そうにしているコタツに一声かけてから、二人は適当な段差に腰かけ、深いため息をこぼした。

 

 

 

「しかし…あの姐さんは、シキの王宮は一番上の島にあるっつってたが………どうやって行きゃいいんだ?」

「さァなァ…」

 

 坂路に敷かれた階段を登りながら、デュースが呟く。

 

 見上げてみると、幾つも見える島々。下の島なら、飛び降りるだけで事足りるが、登るとなると方法が見当たらない。

 シキやエレノアのように飛べればいいが、生憎一味には人間と魚人しかいない。

 

「エレノアもきっとそこだろうし………どうにかしていく方法があればな…」

「…どうしたもんかねェ……」

 

 男四人で考えてみても、巧い考えは中々浮かばずにいた。

 

 

 

「あ〜〜…疲れた。少し休もうぜ」

 

 ヘロヘロの足で、ようやく見つけた人里に降りてきたガンリュウ、アギー68、レオネロ、キメル。

 最早一歩も動けないと、手頃な場所にあった段差に腰かけ天を仰ぐ。

 

「ここのところずっと戦いっぱなしだったからな………もう一度探しに行くのは、しばらく休憩してからにしようぜ」

「賛成…」

「異議なしだ」

 

 逃げ回って吹っ飛ばされて、散々迷った挙句に辿り着いた人のいる場所。

 もうしばらく動きたくないと、どかっと腰を下ろして久方ぶりに寛ぐ。

 

 

 

 そして次の瞬間、いつの間にか一箇所に集まっていた十人と一匹の男達は、ぎょっと目を見開いて互いを凝視したのだった。

 

「「「「「………………あァ!!?」」」」」

 

 

「くそっ…‼ ついてねェな………こんな土砂降りに捕まっちまうとは」

「クオー…」

 

 暗く冷たい、密林の途中に開いていた洞窟の中。

 突如降り注いだ豪雨から逃れる為、大急ぎで中に入ったはいいが、降り止まない雨に閉じ込められる結果となり、エースは舌打ちをこぼす。

 

 自分はいい、寒さなど感じない。

 だがエレノアは放置してはまずい。失われた彼女の脚は、今でも強い幻肢痛に苛まれているのだ。濡れると、それが酷くなる。

 

「……悪い、エレノア。まだこっから出られそうにねェ…足痛むのに無理させちまったな」

「うん………平気だよ。我慢できないほどじゃないから」

 

 苦笑を浮かべ、顔を歪めるエースに手を振って応えるエレノア。

 だが、それが空元気である事はしっかりとエースに伝わっていた。雷撃鳥も心配そうに見つめている。

 

 家族を心配させないために強がるのがこの女なのだ。短くも濃厚な航海の中で、エースはその事実を何度も痛感していた。

 

「私の方こそ…ごめんね。こんな足手まといを連れて逃げ回る羽目になって………迷惑…だよね」

「い…‼︎ いや、そんなことはねェって!!! 嘘じゃねェぞ‼︎」

「そっか……ならいいや………ありがとうね」

 

 だが、流石にこうも不幸が続き、気が滅入っているらしい。初めて聞く弱音、というか消極的な呟きが聞こえ、慌ててエースが慰める。

 それでもエレノアの落ち込んだ表情は晴れず、エースは必死に話題を探した。

 

「……あー、お前その、背負ってるあいだずっと気になってたんだが…………もう少し食った方が良いぞ。軽すぎる……いで」

「余計なお世話だよ」

 

 軽口混じりにそう言うと、エレノアが横からごりっと頬に拳を押し付けてくる。

 ともかくその発言のお陰で、若干の怒りとはいえエレノアの表情が変わり、エースは内心でほっと安堵の息を吐く。

 

「これでもマルコやサッチに言われてちゃんと食べてる方で……っくち!」

「‼︎ 体冷やしちゃいけねェ。濡れた服を脱げばマシに……!!!」

 

 小さくくしゃみをこぼし、濡れたままではまずいとエレノアの方を向く。

 が、雨水の滴るエレノアの姿を視界に捉えた瞬間、エースはびしっと身体を硬直させ、そのままぎこちなく目を逸らした。

 

「い…いや、何でもねェ」

「あ……」

 

 エレノアはそこで、自分の格好が、濡れて中々際どくなっている事に気付く。

 服はスパディル号の中にあり、途中で着替えられたものの、雨で肌が透けてほとんど意味がなくなっている。

 

 無性に気恥ずかしくなってきたエレノアは、自分の体を抱きながらエースの方に身を寄せた。

 

「……エース…隣にくっついてていい……? エース〝火〟だから……あったかそうだし…………」

「………お、おう」

「じゃあ失礼して……」

「…ふっ、何顔赤くしてんのさ」

「何でもねェよ。引火したくなきゃじっとしてろ」

「はいはい…」

 

 口数が少なくなったエースに、エレノアは揶揄いながら自身も頬を桜色に染める。

 エースはそんなエレノアの腰に手を回し、温めながら、巧く思考が纏まらない自分自身に苛立ちを覚えていた。

 

 ―――くそっ…‼

    何やってんだ俺は……何に焦ってる?

    思春期のガキみてェなザマ、晒しやがって………何考えてんだ、おれァ。

 

 心が落ち着かない。

 女の扱いとはどうするべきなのか。そういう経験、というか欲を持った記憶がない為にどうすればいいのかわからない。

 

 こんな風になったのは初めてだ……相手がエレノアだからだろうか、全くわからない。

 初めての感覚にエースが戸惑っていると、また再びじっと見つめてくる雷撃鳥の姿が目に映り。

 

 にやっ、と厭らしい笑みを浮かべて親指(?)を立てられた。

 

「……グア♡」

「だから何を理解したんだてめェ!!! 何だその指‼︎ どういう意味だこの野郎!!! おいちょっと待てェ!!! どこへ行く‼ 何『自分、空気読みますね』感出してんだてめェは!!!」

 

 目を吊り上げて怒鳴りつけるも雷撃鳥は毛ほども気にせず、そのまま洞窟をいそいそと出て行ってしまう。下世話な態度にエースは怒るも、振り上げた拳の行き場がない。

 

「…気ィ、使ってくれたのかな」

「気を使ったっていうか変な邪推をしただけにしか思えないんだが⁇ 何なんだあの鳥野郎は……」

 

 くすくすと笑うエレノアとは真逆に、エースは唸るように溜息を吐く。

 後で痛い目を見せてやる……そう心に決めたその時。

 

 肩に寄りかかっていたエレノアが、不意にエースの膝の上に乗り、真正面から首に手を回し抱き着いてきた。

 

「!!? お、おい…!!!」

「エース………しばらく、こうさせて」

 

 突然の事態に慌てふためき、止めようとするエース。

 いきなりどうした事か、唐突過ぎて、どんな顔をすればいいのかまるでわからなくなる。

 

「…早いね、鼓動。意識…してくれてるんだ」

「あ…あたり前だろ…‼ お前……いきなり、こんな…‼」

 

 エースは細心の注意を払い、エレノアの背に手を回し抱き締め返す。気を抜くと、()()()()気分に陥ってうっかり燃やしてしまいそうだ。

 

「…お前、おれの事人畜無害な紳士だとか思っちゃいねェだろうな…‼ 状況が状況だから耐えてるだけで……そういう欲もある普通の男だぞ…!!?」

「…こういう状況だから、こうしてんのさ………!!!」

 

 悪い気の迷いだ、と引き離すべきかエースが本気で悩み出した時、聞こえた呟きに目を見開く。

 

 震えている、怯えている。

 卑劣な男に真正面から立ち向かった女が、只の少女のように恐怖で縮こまっている。

 

「私だってねェ………女なんだよ。怖い時ゃ怖いさ…!!! だけど一番恐かったのは……あんたの傍にいられなくなると思った時だよ」

「……‼」

「私だって、夢ぐらい見るさ…………ああいう状況に陥って、何にも感じない薄情者じゃないよ」

 

 すっ、と体を起こしたエレノアが、真っ直ぐに目を合わせてくる。

 潤んだ瞳、赤く火照った頬、不安気に下がった眉尻。誰にも見せた事のない、弱々しいただの女としての姿。

 

 それを見せるのはただ一人―――己だけだ。その事実が、エースの胸の内に炎を灯す。

 

「…最後まで、言わせないでよ」

 

 一瞬、エースは迷い、しかしやがてその小さく華奢な体を強く抱き締める。

 

 今、自覚した。

 自分はこの女に惹かれている……あの時の弟同じように、ずっと欲しくて堪らなかった言葉をくれたこの女に、惹かれていると。

 

「………エレノア、おれは」

「…答えは、今言わなくてもいいから」

 

 出会ってからの時間は、決して長くはない。

 だが……それを補って余りあるほどに、強い繋がりを持った。

 

 片や、自分の存在意義を満たす運命の相手。

 片や、自分の存在を真向から肯定した、命の恩人。

 

 物語染みた不思議な出会いから、予期せぬ敵との遭遇と逃走を経て、互いに抱く想いに大きな変化が生じた。

 

 湧き出す想いに突き動かされるまま―――エースとエレノアは、その身を一つに重ね合わせたのだった。

 

 

 

 

 ―――あんたが〝王〟だからじゃない…。

    あんただから、私は―――。

 

 唇に感じる暖かく優しい感触に、肌に添う熱に浸りながら、エレノアは想う。

 

 血に刻まれた衝動が選ばせたのではない、誰かに記された運命などではない。これは全て、己自身で選んだものだ。

 

 そう信じて―――熱く燃え滾る炎を、我が身に受け止め続けた。

 

 繋いだこの手は、絶対に離さない―――そう心に決めて。

 

 

 ―――雨が上がった後の昼間。

 碧の並木に挟まれた道を、エースはエレノアを背負って歩いていた。

 

 二人とも、照れ臭そうに目を逸らし、頬を染めて気まずそうにしている。

 しかし、エレノアはきゅっと抱き着く力を強め、エースの背に自らを押し付ける。その所為で、エースがより一層ぎこちなくなっていた。

 

「…………あの、その…さっきのアレは………あんまり思い出さないでもらえると助かる……かな………?」

「…お、おう」

「グァ~♡」

「くっ…コイツは全く……」

 

 後ろをついてくる雷撃鳥の態度に苛立ちながら、黙々と歩き続けていると。

 

 不意に、にやにやと口角を上げていた雷撃鳥がぎょっと目を剥き、悶え苦しみ始めた。

 

「グ⁉ グアァ!!! グアァァ~~!!!」

「ん⁇ おい、どうしたお前……お?」

 

 鼻を押さえ、ざざざざっと後退る雷撃鳥。

 何事か、と振り向きかけたエースは、視界の端に映った奇妙な植物―――ダフトグリーンの壁に気付く。

 

 そして、その向こう側に見えた仲間達の姿に、エレノアと共にほっと安堵の表情を浮かべるのだった。

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