ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「おーい、お前ら〜!!!」
雷撃鳥の鼻に栓をして応急処置をしてから、手を大きく振って駆け寄る。
デュース達はその声にハッと目を見開き、向かってくる船長と天使の姿を確認すると、大急ぎでその近くへと集まった。
「…!!? え⁉ あ!!! エ…エース~!!! お嬢~~!!!」
「無事でよかったァ~~~~~!!!!」
「何だよ、待ってりゃこっちから迎えに行ったのによォ!!! せっかちなお嬢と船長だぜ!!!」
わらわらと周りを取り囲み、安堵と喜びをあらわにする男達。
しばらくの間わーぎゃーと騒いでいた彼等だったが、不意にある違和感……エースとエレノアの間に漂う雰囲気の変化に気付き、一斉に首を傾げた。
「……なァ、エースにエレノア。お前ら何かあったのか?」
「な、にゃっ、何もにゃいよ!!!」
「? むちゃくちゃ噛んでるけど…………本当かァ?」
ドギャが尋ねてみると、顔を真っ赤に染めたエレノアがぶんぶんと首を横に振って叫ぶ。
非常に気になる反応だったが、無事を確かめた安堵が勝ってか、それ以上の追及には至らなかった。ほっと安堵の息が聞こえたが、それも気にならない。
「グァ~♡」
「!!? 何だこいつは!!?」
「ま、また増えてる………うゥ~ん」
「おやおや、随分な大所帯になったもんだねェ」
大勢で集まるスペード海賊団と、いつの間にか混じっていた雷撃鳥の姿に、様子を見に来たシャオがまた気絶したり母親が苦笑をこぼしたり。
そんな、喧しくも和やかな雰囲気が流れる光景を。
―――一匹の映像電伝虫が、不気味な沈黙と共に見つめている事に、男達の誰一人として気づかずにいた。
薄暗く照明に照らされた、広い酒場のような空間。
とある島で開かれていたその店の中を、フィナモレ、バリー、ウブロ、ダッキー・ブリーの四人は険しい表情で見渡していた。
「エース達、いねェな…しかも見つかったのはお前らだし」
「…何だい、文句あんのかい?」
「「「「いえ、何も」」」」
探し人が不在である事に落胆し、次いで近くの椅子に腰かけるスカル達を見てため息をつくと、バンシーがぎろりと睨みつけられ黙らされる。
視線を逸らしつつ、もう一度店の中を見渡す。
店中で飲んだくれ、好き勝手に騒ぐガラの悪い男達―――顔に見覚えがある海賊達の姿に、眉間に自然と皺が寄る。
「しかし随分と同業者達が集まってやがるな。何が始まるんだ?」
「…ろくでもない事なのは、確かだかな」
「連中、みんな〝永久指針〟を持ってるのを見るに……誰かにここに導かれたってのが妥当だな」
格好と持ち物を遠目から確かめ、得体の知れない集まりに警戒する八人。
その途中、ウブロが近くを通りがかった給仕の女性に無遠慮に近づく。
「あ、おねーちゃん? ちょっとおしゃくしてってちょーだ…………ぶへら!!!」
下心と共に話しかけられ、苛立った給仕の女性にウブロは容赦なく蹴り飛ばされる。
倒れ込んだ仲間に冷ややかな目を向けつつ、ふとバンシーは給仕の女性の腕に生えた羽毛に目を向ける。
「ん? あんた、その腕は………?」
「え? ああ、これ…私達、
「なりたい…って、んなもんなりたくてなれるもんじゃ」
何とも不思議な、容量の柄ない返答に困惑するも、給仕の女性はそのまま歩き去ってしまう……ウブロを踏み潰しながら。
バンシーはふと思う、彼女達は何だろうか。見た目もそうだが、こんな場所であんな若い娘が働いているとは。
困惑にバンシー達が首を傾げ、立ち尽くしていた時だった。
「………お前ら、見かけねェ顔だが、ルーキーか?」
ふと、近くの席に座っていた海賊の一人が話しかけてきて、全員の意識が剥く。倒れていたウブロも、鋭い目で男を睨み返した。
「あん?」
「お前らもシキの親分と兄弟の杯を交わすんだろ」
「誰があんな野郎と……」
名前も聞きたくない憎い相手の名が出て来て、咄嗟に反論しかけたフィナモレ。
だがそれを制し、ダッキー・ブリーが不敵に笑いながら首肯する。
「まァな、そのつもりだ」
「へっへっへっへ………いい時に巡り合えたもんだよな。こんなでけェ祭に混ざれるなんてよ」
ここは騒ぎを起こさず、情報を得るべき。
意図を理解したウブロは渋々黙り、八人で寄った海賊の話に耳を傾けた。
「シキの親分は、なんでまたこんな大勢の海賊と兄弟の契りを交わす気になったんだ?」
「何でって………おめェ、とぼけんなよ‼ 新聞見たろ、これ」
訝しげに肩眉を上げ、机に置いていた新聞を取り出し突き付ける男。
それを代表して受け取り、一面を広げたスカルは―――ドクロの奥で、驚愕で大きく目を見開き言葉を失った。
ばたばたと村の中を駆け、シャオが自宅に飛び込む。
そして母と祖母に向けて、歓喜と興奮で輝く目を向けて喋り出した。
「ばあちゃん! お母さん! 大ニュース‼︎」
気持ちが先走っているのか、つっかえつっかえになりながらもどうにか紡ぐ、手に入れたばかりの情報。
それを聞いた母と祖母は、ぶわっと目を感涙で潤ませた。
「なんだって⁉︎」
「ほんとだよ‼︎ シュウちゃんとこのお父さんが帰って来たの!!! もうじきみんな村に戻って来れるんだって!!! お父さんとお姉ちゃんにまた会えるんだよ‼︎ おばあちゃん‼︎」
「本当かい…? 夢じゃないんだろうね……‼︎」
感極まり、その場に膝をついたシャオの母。祖母もベッドの上で顔を手で覆い、身を震わせる。
何やら吉事が起こったらしい一家、そして村の様子に、シャオの家で休ませてもらっていたエレノアがそっと物陰から覗く。
「て事は…………‼︎」
「そう、お母さん‼︎ やっとシキがメルヴィユを出て行くんだって‼︎ 恐い動物もみんな連れて………計略の海へ!!!」
満面の笑みで、心の底からの安堵を示し、シャオは告げる。
シキが、最悪の支配者が次に目指す場所……老いた伝説の男が、最も執着してきた海の名を。
「〝
その瞬間、エレノアの思考は真っ白に染まり、凍り付いた。
「こいつは……!!!」
「世界政府に対する…警告…!!! つまりシキの……親分の目的は……〝東の海〟の壊滅。そして世界転覆…!!!」
酒場にて、スカルが目の当たりにしたのは、東の海の襲撃事件に際し、政府に向けられた警告文。
その首謀者―――シキはある理由から東の海への恨みを抱き、監獄に入れられるも脱獄を果たし、二十年の時を費やし計画を立ててきた。
それこそ、東の海の壊滅。かつて〝海賊王〟が生まれ、そして死んだ海を襲う事なのだ……そう、集まった海賊達全員が語った。
「今夜の総会が済んだら、〝東の海〟にあの動物達を送り込むんだそうだ……」
「んな事すりゃあ、とんでもねェ数の人間が死ぬ事になる………‼」
「気にすんな‼ 世界政府を降伏させるためだ」
「おれ達ァ、すげェお方に誘ってもらったなァ!!!」
「全くだ‼ よーし、もう一度乾杯!!!」
「シキの親分にばんざーい!!!」
愉しげに嗤う海賊達に、スカル達は絶句し何も言えない。
悪党なのだ。その上、人が大勢死ぬ事態を恐れるような輩が、シキの誘いに乗って集まってくるはずもない。
だが、あまりにその姿は醜悪。同じ人とも思えぬ下卑た顔に、戦慄を禁じ得ない。
「おう、お前らそんなナリで総会に参加できると思うなよ。ビシッと決めろ」
「……ドレスコードってわけか」
「何でもおめェ、今夜はよ、デモンストレーションを見せてくれるって話だぜ」
黙り込むスカル達に何を思ったのか、得意げに語る海賊がそう宣う。
はっと表情を変える八人に気付く事なく、集まった海賊達は心底愉しげに語り、酒を酌み交わす。
「この島に一つだけある村を潰すんだとよ!!!」
「ぞくぞくするよ実際‼」
げらげらと耳障りな笑い声が響き……そして唐突に途切れる。
鬼の形相となったウブロが、海賊の一人の襟首をつかみ、目先まで持ち上げながら凄んだのだ。
「おい!!! その村ってのァ、どこにある!!?」
陽が翳り始めた頃、物音を立てぬように注意しながら、エレノアが壁伝いに外に出る。
痛みを堪えながら、シャオ達に見つからないように村の外を目指す。
これ以上ここにはいられない。狙われる身の自分が見つかれば、彼女達が危険にさらされる―――何よりも、今すぐに向かわなければならない。
敵の真意を知り、一か八かの島からの脱出を試すつもりで歩いていたその時。
「来るなエレノア!!!」
不意に、エースの切羽詰まった声が響き渡り、びくっと肩を震わせて振り向く。
息を呑みながら、どうしたのかと忠告を無視して近付き、気付く。
荒野に仁王立ちし、空の一点を見据えるエース達―――そしてその先で浮遊する、忌々しい仇敵の姿に。
「エンジェルちゃん、見っけ♪」
「シキ…!!!」
「つれねェじゃねェか、逃げ出すなんて…………傷ついたぜ、おれァ」
ばたばたと金の装いを風にはためかせながら、嘆かわしいとばかりに肩をすくめるシキに、エレノアはぐっと歯を剥き出しにする。
何をいけしゃあしゃあと、と胸の内で怒りが煮え滾る。
そこへ、エレノア以上の怒りを燃やすエースが立ちはだかり、老人を鋭く睨みつけた。
「うるせェぞクソジジイ……!!! エレノアとおれ達にした仕打ち、何倍にしても返させてもらうからな」
「ジハハハハ…!!! 威勢のいいこった………おれは海賊、欲しいものを奪っただけだぜ。奪われる方が間抜けなのさ。そこまでいい女もそうそういねェからな……奪われたくなけりゃしっかり守れ、小童共」
エースだけではない。その場に居合わせた仲間達全員が、頭上から嘲笑うシキへの怒りに燃えている。
親切心を抱かなければよかった、などとは思わない。海賊にも仁義がある、借りを返さず踏み躙る真似をしたこの男にこそ、詫びを入れさせねばならない。
荒野に散らばり、各々の得物を構えながら、十一人と一匹は闘志を研ぎ澄ませていた。
「おいジイさん………恩を仇で返された事ァどうでもいいが、おれの仲間と恩人に手ェだしてタダで済むと思うなよ」
「ほう、どうする気だ」
「ぶっ潰す!!!」
怒りの咆哮と共に、エースが己を炎に変えて空へと飛び出す。
続けざまにデュース達も続き、四方からシキに向けて全力の攻撃を仕掛ける。
「〝炎戒・火柱〟!!!」
迸る、エースの炎の柱。爆炎が真っすぐにシキを呑み込まんとし、しかし容易く浮いて躱される。
即座にセイバーとガンリュウ、コーネリアとが左右から斬りかかり、両足の剣で防がれ弾かれる。火花が散り、二人纏めて蹴り飛ばされた。
「そのまま…‼」
引き篭もりを一旦やめたミハールが銃を構え、引き金を引く。放たれた銃弾はシキの脳天を狙うが、異様な反射神経で首をかしげるだけでそれも躱される。
「いっっけえェェェ!!!」
「グルルルル!!!」
「ふぬっ!!!」
続いて真下で構えたデュースの腕にキメルとコタツが乗り、人間砲台と化したデュースに発射される。
鋭い槍での突きに一瞬、シキの動きが止まり、さらにその背中へドギャの連打が叩き込まれる。流石のシキも、幾つもの衝撃に顔が歪む。
「ぐっ…‼」
「くらいやがれ!!!〝
そしてとどめの一発とばかりに、アギーの左腕から放たれた重く堅い砲弾が放たれ、シキの腹のど真ん中に叩き込まれ―――なかった。
「調子に乗るんじゃ……ねェよ!!!」
放たれた砲弾を片手で防いだシキは、それを野球のボールか何かのように投げ返し、アギー68の顔面に叩き込む。
さらに両脚の刃を翻し、鋭く速い斬撃を放って周囲に散らばった一味に次々に食らいつかせる。
最後に残ったエースには自ら接近し……漆黒に染まった拳を思い切り頬に叩き込んだ。
「ぐあァ!!?」
炎の身体に拳が決まり、エースは血反吐を吐きながら凄まじい速度で地面に叩きつけられる。
どごん、と土煙あを上げて墜落した青年達を見下ろし、忌々しげに顔を歪めたシキが溜息交じりに悪態を吐き捨てる。
「不愉快な奴らだ…………おれと対等にやりあえると思っていやがるとは!!! 面倒だ………まとめて相手してやる!!!」
そう呟き、徐に片手を上げていく。
すると、周囲に威圧感のようなものが広がり、カタカタと地面の小石が震える。
そしてやがて、ゴゴゴゴ…!と大地の震える轟音が響き始めた。
「!!? 何だ!??」
「〝獅子威し〟『地巻き』!!!!」
掲げた手を翻し、ぎりっと握り締める。
その瞬間、地面が急速な勢いで隆起し、ぼこぼこと変形して数等の獅子の貌に変わる。
地に墜ちたエース達を取り囲み、襲い来る、荒ぶる土塊の獅子。
言葉を失う一味の中、立ち上がったエースはかっと目を見開き、右腕から巨大な業火を噴き上げさせる。
「〝火拳〟!!!!」
土塊の獅子の内の一体、その鼻先をめがけて業火の正拳を放つ。
炎は獅子の貌を容易く破壊し、包囲網の一部を崩し、シキに通じる道を作り出す。
それを伝い、他の仲間達が各々の得物を振りかぶり、一斉に攻撃を放つ。
銃、剣、槍、拳、爪。自身が持つ遠距離攻撃を一つにまとめ、全身全霊でシキを狙う―――!
「狙いはいいが、ダメだ」
だが、迫り来る一撃を前にシキは微塵も表情を動かさず、くいっと指を動かす。
デュース達の放った一撃は、目前に現れた巨大な岩石が盾となり、虚しく防がれてしまった。
「お前らごとき、殺す価値もないわ」
鼻を鳴らし、シキが見下す先で、土塊の獅子がみるみるエース達に迫る。
包囲網を突破しようと再度構えるが、土塊の壁はそれより早く、エース達を呑み込み押し潰す。
土塊は竜巻のように捩じれ、固められ、天を衝く程の塔へと変貌する。
「ジハハハハハハ…‼︎ 土ん中で眠ってな、小童共‼︎」
あっという間に、エース達は聳え立つ土の塔の中に閉じ込められ、完全に無力化されてしまったのだった。
「ハァ…‼︎ ハァ…‼︎ ………!!! みんな……」
舞い上がる土埃の中、エレノアがふらふらと荒野に飛び出す。
がたがたと覚束なし足取りで、土塊の塔……その中に囚われたエースと仲間達を救おうと、懸命に地を這い進む。
微かに覗く、デュース達の顔。
全員ぼろぼろで、誰一人意識を保っている者はいない……エースに至っては、奥底に封じられているのか姿すら見つけられない。
「待たせたなァ……エンジェルちゃん」
「〝東の海〟の事件も………あんたの仕業だったんだね」
ふわり、と悠々と降り立って来たシキを睨みつけ、エレノアは吐き捨てる。
何が礼だ、何が気に入っただ。
全てを知った上で、貸しを作った自分達を騙していたのだろうに―――同じ海賊でも、嫌悪感がとめどなく湧いてくる。
「おれにとっての唯一の脅威はサイクロン、〝フワフワの実〟で操れねェ天候だ。未来を予知できる〝天族〟の力が必要な事は、お前もよくわかっているはずだ」
「…!!! 私が…‼︎ お前なんかに………!!!」
「ジハハハハ…!!! もう少し賢く生きようぜ―――目の前で奪われたくはないだろう?」
反抗的な態度を続けるエレノアの前で、シキがぐ、と手を動かす。
すると、背にした土塊の塔が微かに動き、囚われた仲間達から一斉に呻き声が上がる。
はっと息を呑み、項垂れるエレノア。シキはそこに、さらに追い打ちをかける。
「家族がいるんだってなァ…………お前の〝王〟には」
選択肢を突き付け、シキは嗤う。
下るか、逆らうか。
エースの、仲間達の命だけではない。愛しい男の大切な家族の命までもが、今目の前で天秤にかけられている。
断ればどうなるか、確定した未来を突き付けられ―――エレノアはがくりと、その場に膝をついた。
「―――…我が忠誠を、捧げます」
「ジハハハ…!!! 歓迎しよう‼︎ 全知全能なる天使よ!!! 敵わねェ敵がいると知る事もまた成長だ!!!」
愉しげに嗤ったシキは、懐から見覚えのあるものを取り出し、エレノアの前に転がす。一度使い合った、音貝だ。
「おれァ、誘拐犯じゃねェんだ。海賊の世界にも仁義はある‼︎ 今まで苦楽を共にしてきた仲間達に……ついでにあの親父にも、きっちり挨拶を残しとけ」
にやにやと厭らしく笑い、そう告げるシキ。
悔しさで、血が滲むほど唇を噛みしめたエレノアは、のろのろと手を伸ばし音貝を拾う。
「…――――」
シキの前で、掠れた小さな声を発し、録音する。
聞こえてきた内容に満足げに冷笑するシキを無視しながら、エレノアは役目を終えた音貝をそっと土塊の塔の麓に置く。
立ち上がった天使は、胸に走る痛みを必死に堪えながら……いま一度振り向き、消え入りそうな声で告げた。
「…さよなら」
その言葉を最後に―――天使は外道に抱えられ、その場を後にしたのだった。