ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第玖話〝男達の意地〟

 どかん、と爆音が響き、ずんぐりとした毒の樹が吹き飛ばされる。

 ぐるりと円を描いて植えられたそれらが根こそぎ刈られ、防衛壁が破壊される。それを、爆破の張本人達が不気味に嗤いながら見やり、姿を消す。

 

 そして……どん、どん、どん、どん、と。

 シキの配下のスカーレットが胸板を叩く音が―――進撃の号令が島中に響き渡る。

 

 重い音を聞いた怪物達、好き勝手に闘争を繰り返していた彼らは一斉に動きを止め、同じ方向に動き出す。

 大地を、空を、海を、地中を。山があろうが川があろうがお構いなしに、命じられた方角へ真っ直ぐに進み、破壊を齎す。

 

 その先は、シャオ達島の原住民達が暮らす村であった。

 怪物達は一切の容赦なく村に進軍し、家を破壊し、踏み潰し、焼き尽くす。

 

 逃げ惑う人々を嘲笑うように炎は舞い、粉塵を巻き上げる。

 無数の咆哮が上がり、舞い上がった炎が夜空を真っ赤に染め上げる。

 

 土塊の牢に囚われた青年達は、意識を失くし沈黙したまま、その景色を見下ろす事しかできずにいた。

 

 

 

 キン、キン、と金属音を響かせ、シキが艦橋に戻る。

 

 自身専用の玉座の前に置かれた炬燵に入ったDr.インディゴが、主の帰還に蜜柑を剥く手を止めて振り向いた。

 

「おかえりなさいませ」

「あァ……」

 

 どっかりと玉座に座り、目前に映し出される映像を―――無数の怪物達が暴れ回る地獄を見やる。

 

 島の先住民たちが住まう村、それが火の海に変じている。

 島を守ってきたダフトグリーンの壁を焼き払い、怪物達を誘導し、あとはもう殺戮の連続。全てを無に帰す破壊が行われていく。

 

 そんな光景を満足気に眺めていたシキの元に……車椅子に乗った天使が近づく。

 

「ジハハハハ……‼︎ 見れば見るほどいい女だぜ」

 

 横目を向け、やってきた天使を―――ドレスコードに着替えたエレノアの姿に笑みを浮かべる。

 

 体の線が出た黒いドレス。翼の為に背中を大きく開いた造りは扇情的で、憂いを帯びた表情も相まって、堕天使のような背徳的な美を見せつける。

 冷たい無表情でシキを見やったエレノアは、次いで目の前の映像に目をやって眉間に皺を寄せた。

 

「見ろよ、お前は良い判断をした……お前の愛しい男の故郷がこうならずに済むという幸せをかみしめるといい…」

「……そう。でも、興味ないよ」

 

 微かに唇を噛み締め、しかしそれ以上反応を示す事なく、エレノアは車椅子を動かし踵を返す。対して、シキは詰まらなそうに鼻を鳴らした。

 

「何だ…もっと激昂なり何なりすると思ってたんだがなァ」

 

 他人から奪った者が絶望し、苦しむ姿。

 それを見られず、狂人は退屈そうに溜息をこぼし、せめてこの地獄を楽しもうと視線を前に戻すのだった。

 

⚓️

 

「あの新聞の写真にそっくりですね………」

「ひでェ事しやがる。いずれは東の海がこうなるっていうのか……」

 

 踏み荒らされ、焼け焦げた大地。

 建物は尽くが破壊され、それに覆い被さるように怪物達の骸が横たわる。

 

 怪物同士の闘争。敵も味方も存在しない、ただ破壊だけが齎された悪夢のような景色に、スカル達は言葉を失くし、立ち尽くしていた。

 

 そしてやがて、その中にある奇妙な造形物を見つける。

 蔓のように渦を巻き、天に伸びる土塊―――その中に巻き込まれる、自分達の船長と他の仲間達の無残な姿を。

 

「エース!!!」

「何だこりゃ…⁉︎ 一体どこの誰に……⁉︎」

「とにかく掘り起こせ‼︎ 大急ぎだ‼︎ おい!!! お前らもしっかりしろ!!!」

 

 八人は慌てて土塊に駆け寄り、硬く押し固められたそれを崩していく。異様な硬さを見せる土塊を獲物や火薬を使って壊し、なんとか彼らを引きずり出す。

 

 数十分の健闘により何とかエース達は解放され、介抱の末に意識を取り戻した。

 

「エース‼ お前ら、しっかりしろ!!!」

「………うっ…こ、ここは」

「…生きてんのか、おれらは」

 

 茫然と虚空を見つめるエースとデュース達。

 

 敗北したまま気を失っていた事に愕然としているのか、声もなく項垂れる彼らに、スカル達は酒場で得た情報を語って聞かせる。

 予想通り、聞き終えた全員が目を吊り上げ、怒りと悔しさに歯を食い縛った。

 

「あのジジイが…………東の海の事件を起こした犯人だと!!?」

「ああ」

 

 険しい表情で頷くウブロ。ぎり、と歯を軋ませたデュースは、辺りに目をやりさらに眉間に皺を寄せる。

 

 人の姿は見えない、あってもきっと原型など留めていそうにない。

 この全てが、あの男の計画通りに行われた痕なのだ……その事実に、拳に自然と力が籠る。

 

「あの怪物共を使って、東の海をめちゃめちゃにしようってわけか………あのジジイ、コケにしやがって」

「…エレノアは、それを阻止するために一人でシキについて行っちまった。おれ達の命も救ってくれたんだ……」

 

 コーネリアの呟きに……全員が暗く重い表情で項垂れ、黙り込む。

 

 一人、あの小さな姉貴分が覚悟を示し、敵の元に下った―――家族の元から去った。

 その事実に、全員が打ちひしがれていた。

 

 その時、デュースがエース達の元に近づく小さな人影に気付き、振り向いた。

 

「シャオ‼︎ 無事だったのか‼︎」

「地下壕に隠れてたから…………」

 

 目立った傷もなく、姿を見せたシャオ。隣には彼女の母の姿もあり、エース達に悲痛な表情を見せている。

 ダフトグリーンの守りがなくなった時の備えもあったのだろう、ほっと一安心するエース達にシャオ達は近付き、愕然とした様子で口を開いた。

 

「それより今の話……東の海があんたの故郷だってのは、本当なのかい? あの娘も……」

「ああ、いや………生まれはちと違うんだが、育ったのはそうだ。…弟が今もそこにいるはずなんだ」

「……‼︎ 私は、なんて事を……!!!」

 

 シャオの母の問いにエースが頷くと、彼女は顔を手で覆って崩れ落ちた。

 自身が発した言葉、『さっさと東の海に行ってほしい』と告げた事で、自身を責めているのだ。

 

 それでは、自分達の代わりに娘の恩人の故郷に滅んでほしい、と言ったも同然だ。

 

 涙を流し、後悔するシャオ達に……エースはふっと笑みを浮かべると、少女の頭をぽんと撫でた。

 

「………お前らはすげェな。自分達の村がこんなめちゃくちゃになってるってのに、エレノアの事を気遣ってくれてよ。そんな奴ら、見た事がねェ」

「ああ…‼︎ ちっともひどかねェ……ひでェのはシキのクソジジイだ。お前らが気に病む必要はねェ」

 

 暮らしを奪われ、希望を奪われ、苦しみの中にありながら他者を慮る彼女の達の優しさに驚きつつ、称賛する一味。

 慰めの言葉を発したエースは、やがてシャオの手に握られた音貝に気付く。

 

「それ……その貝はどうした?」

「? ああ、これは……今さっきここで拾って…」

「見せて頂けますか?」

 

 ミハールが手を出し、シャオから音貝を受け取る。

 一味は円陣を組むように集まり、ミハールは全員の耳に届くように音貝を置き、殻張を押した。

 

『―――みんなの所から勝手に消えて、ごめんね』

 

 流れてきた、天使の声……自分達が守れなかった少女の言葉。

 

 平坦な、しかし明らかに自分の気持ちを押し殺しているであろう、強張った声が聞こえ、エース達は唇を噛み締める。

 彼らの苦痛を他所に、淡々とエレノアの最後の言葉は続いた。

 

『私はシキの配下に入ります。〝金獅子〟は懸賞金30億Bの怪物…………今のエース達がどれだけ逆らっても絶対に敵わない伝説の海賊。みんなが私を追ってきたら、今度こそ命を落とす事になる。……だから、最後にこれだけ言っておきます―――』

 

 一味から漏れだす、苦悶の声。歯を食い縛る音。拳の軋み。

 エレノアは一息ついた後、耐え忍ぶように息を呑むと、微かな声で小さな一言を発する。

 

 しん、と静まり返ったその場に。

 ふいにざっと微かな雑音が響き、フィナモレがはっと我に返った。

 

「エース!!!〝白ひげ〟のオヤジさんに通信が繋がったぞ!!!」

 

 懐から取り出したのは、一匹の電伝虫。

 有事の際に白ひげ海賊団と連絡が取れるように……しかし、普通ではない状況の所為かなかなかつながらずにいたそれが、ようやく持ち主の声を届けた。

 

『――とんだ目に遭ったな、お前ら…』

 

 すぐさま電伝虫に意識を向けた一味に、〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートが静かに告げてくる。

 

 役目を果たせず、娘をみすみす奪われたエース達に怒り狂っていてもおかしくないだろうに、彼らにそんな感情を示す事なく、むしろ気遣う様子を見せる大海賊。

 その声に安堵するどころか、エース達はより一層の怒りと悔しさに苛まれる。

 

『こっちはカイドウのバカとのゴタゴタが済んだ所だ………今、エレノアのビブルカードを頼りにそっちに向かってる。もう少しだけ待ってろ』

 

 白ひげとしても、娘を奪われた事を悔やんでいるのだろう。

 そこらの雑魚に負けないと自分の手元から離し、しかしその為に思わぬ敵の襲撃に遭わせる事となった。

 

 見通しの甘さを突き付けられ、父として不甲斐なさを感じているようだ。

 

『前に、奴が脱獄しておれの所に来た時から、妙な予感はしてた……まさかおれの娘を攫うような大それた事をするとは思いもしなかったが……』

『とにかく、お前らが無事で何よりだ!!! 知らせてくれただけでもお手柄だ…‼︎ あとはおれ達に任せろ!!!』

 

 現代における最強の海賊が向かっていると聞き、それでもエース達の気分は晴れない。

 彼が来れば、事態は確実に解決するだろう。老いて病に侵される身とはいえ、最強の海賊団を相手に〝金獅子〟といえどただで済むはずがない。

 

 だが、そこで自分達にできる事は何もない―――これではまるで、喧嘩に負けて親に泣きつく情けない糞餓鬼のようではないか。

 

 黙り込むエース達を訝しみ、通信の向こう側でマルコが声を漏らした。

 

『…? どうしたお前ら』

「悪ィ……オヤジ……マルコ…………エレノアの事を、任されてたのによ」

『気に病む事はねェよい……………奴はロジャーと何度もやりあった化け物だ。生き延びられただけでも運がよかったとしか言えねェよい』

 

 マルコの声からは、本心からエース達を責めていない事が伝わってくる。

 相手も老いたとはいえ、白ひげと同じ時代で暴れた大海賊。エース達も十分な実力者と言えど、まだその域には達していないのに遭遇してしまった事は、不幸な事故としか言いようがない。

 

 

 だが―――それを仕方がないと受け入れる事は、エースにはできなかった。

 

 

「――オヤジ、頼む。おれ達がそっちへ戻るまで手を出さないでくれ」

 

 不意に、エースが告げたのは、そんな願いだった。

 

 一瞬、白ひげ海賊団側で沈黙があり、続いてどよめきの声が上がる。

 予想だにしない返答を受けたマルコ達は絶句し、次いで慌てて電伝虫に詰め寄り、正詩の言葉をまくしたてる。

 

『何を言っている!!? バカな真似はやめろ!!!』

『落ち着いてよエース‼︎』

『今のお前達じゃ勝てん‼︎ 気持ちはわかるが早まるな‼︎ おれ達の到着を待ってろ!!!』

 

 あまりにも無謀な決意。なのにエースだけでなく、他の者達からもどよめきも反対の声も上がらない。全員が、同じ覚悟を抱いている。

 

 自棄になるな、無意味に命を捨てるだけだ、落ち着け。

 と慌てるマルコ達の声を無視し、エースはちりちりと全身から火の粉を漏らし、激情を滲ませた声で告げる。

 

「そうしてオヤジ達に頼って………おれ達はこの先、どうやって男と名乗れるんだ」

 

 みしみしと電伝虫の受話器が軋みを上げ、漏れ出た炎で焦げる。

 エースの全身から、怒りの感情が炎となって漏れ出し、変じた周囲の気圧が風を呼ぶ。だが、一味の誰もその場から離れない、逃げない。

 

「おれァ…あの時誓ったんだよ。あいつを何が何でも守るって………おれをこの世に引き戻すために両足を犠牲にしたあいつを、命を懸けて守り抜くって」

 

 脳裏に浮かぶのは、目覚めた後に見たもの……両足を失い、高熱に苦しむ天使の姿。

 痛くて苦しくて辛い筈なのに、それを押し退けて心からの安堵の笑みを浮かべる、小柄で華奢な女。

 

 泣き崩れ、何故だと問うエースに向けて、返した答えはあまりにも優しかった。

 

 

 ―――あなたに生きてて欲しいから……。

    理屈じゃないの……ただ……体が勝手に動いてた。

 

    あなたに会えて…よかった。そう思えるの。

 

 

 だから、守ると決めた。家族になると決めた。

 自分をこんなにも愛してくれるこの女を……守りたいと、そう願った。

 

「約束も守れねェ腑抜けが!!! 海賊も!!! 男も!!! どんな名を胸張って名乗れるってんだ!!⁉︎」

 

 電伝虫は、何も言葉を発さなかった。モビーディック号の誰一人として声を上げられない様子で、息を呑む音ばかりが聞こえる。

 

「エレノアは必ず、おれ達が救い出す!!!」

 

 ごう、と炎の渦を生み出し、鋭い眼光で宙を睨み。

 かつての誰かを思わせる鬼のような顔で、虚空を見据えたエースが受話器を握り潰し、強引に通信を切った。

 

 

 

「あの野郎…‼︎」

 

 沈黙した電伝虫を見下ろし、マルコが悪態をつく。

 気持ちはわかる、自分がもし同じ立場になったら同じ事を言っただろう……だが、理想と現実は異なる。

 

 意地だけで挑めるほど、今回の敵は甘くはないのだ。

 

「無茶だ!!! 今度の相手は格が違う!!! ロジャーを何度も追い詰めた大艦隊の主だった男だぞ!!?」

「…でも、このままシキを逃がして、どこかに雲隠れでもされたら…………エレノアはもうぼく達の手の届かない所に行っちゃうよ」

「ハルタ‼︎ バカな事言ってんじゃねェよ!!!」

「行かせてやりゃあいいじゃねェか………大物狩りは男の浪漫だろ?」

「そんなムチャが通じる相手じゃねェだろ、ティーチ‼」

 

 どよどよとモビーディック号では動揺が走る。

 説得して止めるべきか、急ぎ現場に向かうべきか―――あるいは信じて待つべきか。

 

 何が正解かと戸惑う息子達を見渡し、白ひげがにやりと笑みを浮かべる。

 

「ハナッタレ共が意気がりやがって……グララララ」

 

 突如、普段と変わりのない不敵な笑みを浮かべ始めた父に、マルコ達は戸惑いの眼差しを向ける。

 事態を然程重く見ていないように見える彼に、誰もが困惑し言葉をなくす。

 

 そんな彼らに向け、白ひげは甲板にずん、と〝むら雲切〟を突き立て、大声で号令を発する。

 

「野朗共、出航だ‼︎ 電伝虫の電波をたどって、シキのバカがいる場所を目指せ!!! ………ただし、手は出すなよ」

「「「「「オヤジィ!!!」」」」」

 

 本気でエース達だけに行かせるのか、と驚愕の声を上げるマルコ達。

 そんな息子達に笑みを見せたまま、未だ健在の強烈な覇気を籠めた目で海の彼方を見据え、告げるのだった。

 

「あいつらが男を見せようとしてんだ。信じて待ってやろうじゃねェか」

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