ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
―――〝金獅子〟のシキのマリンフォード襲撃、そして捕縛。
インペルダウンに投獄された、一週間後。
〝海賊王〟ゴールド・ロジャーの死と共に、〝大海賊時代〟が幕を開ける。
「おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやるぜ…探してみろ。この世の全てをそこに置いてきた」
その言葉が、処刑台前に集まった多くの者達の欲望に火をつけた。
大小問わず、多くの悪党や夢見る男達がその影響を少なからず受け、続々と海へ出た。その中には、現在に名を馳せる、若かりし頃の実力者達の姿も多くあったとか。
〝海賊王〟と呼ばれた男の最期を見届け、彼の右腕と黒豹の天使、そして仲間達の多くは消息を絶ち。
代わりにただの見習いであった少年少女達が、徐々に台頭し始める。
ニュースは即日全世界を駆け回り、人々の脳裏にこの先の荒れ狂う海を予感させた。
「恐ろしい時代が始まった」
とある砂漠の国では、一人の王が不穏な未来に冷や汗をこぼし、王妃と共に国を守る決意を強くする。
その国の民である夫婦も、新聞の記事に目を通し険しい表情となる。
「とんでもないニュースが出てきやがったねェ」
「ああ、しばらく海が荒れそうだ………イズミ、今日は日差しが強い。仕事はおれが…」
「いいんだよ、あんた。少しくらい助けさせておくれよ…夫婦なんだから」
「お前…‼」
「あんた…!!!」
ひし、と抱き合う二人。呆れる彼女達の店の店員や、同じ町に住む住人達。
この先夫婦に襲い掛かる悲劇も、絶望も何も知らないまま、不安を抱きつつ過ごす日々が始まる。
「クリケット船長‼ ロジャーが宝残して死んだって、こりゃスゲー!!!」
「ロマンがあるじゃねェか‼」
「だっはっは‼ 探してみっか⁉」
ある海域を根城にする海賊達は、然程恐れる様子もなく愉しげに語り合う。
彼らが己の生に決着をつける決断を下すのは、まだ少し先の話だ。
影響は表の世界だけに留まらない。
最強の海賊達が集う〝偉大なる航路〟後半の海〝新世界〟……そこを縄張りとする、ロジャーと争い続けた大海賊達の元にも。
そして、一度敗北した猛者達が収監される最大の監獄インペルダウンにも、その知らせは届いていた。
「聞いたかこの大ニュース!!! 海賊王が大秘宝を残して死んだって‼︎」
狂気に満ちた檻の中、囚人同士での殺人も乱闘も珍しくない、地獄を体現したような場所。
そんな場所に捕らわれる悪党達には、ロジャーの言葉は非常に強く、外の者達とは比べ物にならないほどに響いていた。
「海賊達の時代が始まったんだァ!!!」
「シャバへ出てェ‼︎ 今すぐに…‼︎」
「新しい時代が始まった‼︎ 新時代の海賊の海!!!」
血を見るのも、奪う事も、悪事の何もかもを好む彼らにとって、大海賊時代はまさに夢の世界。殺し合いでのし上がってきた彼らが何より楽しいと思う時代。
全身全霊で羨望の声を上げ、騒ぐ彼らを他所に。
〝金獅子〟のシキは、牢獄の中で手足を投げ出し、無気力な様を辺りに晒していた。
「なぜ死んだ、ロジャー」
囚人服に着替えさせられ、両足を鉄球の付いた海楼石の錠で封じられ。
凶悪な犯罪者に何もできないような処置が施された上で、悲しみとも怒りとも取れない複雑な表情で天井を仰いでいた。
「くだらねェ………………………宝目当てのミーハー共が海にのさばったって邪魔なだけだ…‼︎ …何が新しい時代…!!!」
隣の牢で、別の牢で騒ぐ悪党達の燥ぎようが、彼には理解できない。
そんじょそこらの雑魚とは格の違う、本物の強者達を相手に暴れ回ってきた彼にしてみれば、今海に蔓延る輩など児戯も同じ。
それらがさも物語の主人公を気取るように振る舞う事が、彼には我慢ならなかった。
「海賊は海の支配者だ……!!! いずれわからせてやる…」
能力を封じられ、硬く分厚い檻に捕らえられ、抵抗は叶わない。
しかし、獅子はまだ狂気を秘めていた。牙を折ったつもりで油断している看守達を見据え、喉元に食らいき自由を得る瞬間を待つ。
それを―――異なる牢に捕らわれる羊の角と耳を生やした堕天使が、不気味に嗤って見つめていた。
「惜しいですね……惜しい、惜しい…………その望みが〝支配〟でなければ……まァ、見てる分には充分面白いですが。めひひひひ…!!!」
身の毛もよだつ嗤い声を上げ―――やがて彼女の手から、小さく赤黒い閃光が迸った。
監獄内の雲行きは、それから少しして変わり出した。
「署長‼︎ 報告します‼︎〝金獅子〟のシキが逃走しました!!! まだ獄内のどこかに!!!」
副署長を務める、毒の能力を持つ男が当時の署長の部屋に飛び込み、急ぎ報告する。
思いもよらぬ、未だ一度たりとも例のない報告に、監獄内で最強の座に就く署長はかっと目を見開き、尋ね返す。
「海楼石の枷はどうした、外されたのか!!?」
「いえ、枷は外れていません!!! 自分の両足を切断して……!!!」
血の滴る、足首から先だけが残された光景を思い出したのか、青い顔で背筋を震わせる副署長。署長はすぐさま、インペルダウン中の看守達全員に向けて命令を発した。
「何としても探し出せ!!! あんな大物逃がしてはコトだ!!!」
看守全員を動員し、逃げた囚人の捜索と捕縛に向かわせる。
霞の様に消え去った最悪の存在に恐怖感を抱きつつ、看守達は血眼になって施設中を探し回り。
やがて……一人の看守が、頭上から舌たる赤い雫とその持ち主に気付いた。
「ジハハハハハ……おれの剣を2本知らねェか…? 名剣だ。『桜十』、そして『木枯し』」
「シ…‼︎ シ……シ……昇格したい‼︎ あ‼︎ 間違えた‼︎ シキ!!!」
「おめェらにゃあ悪いが、ここは出て行かせて貰う…‼︎ 足はいらねェんだ…やるよ」
頭上の梁に腰かけ、どこで手に入れたのか葉巻を咥え、煙を燻らせるシキ。
未だ血を流す両脚をぶらさげ、いまだ監獄内にいるにも拘らず、凄まじい殺気と狂気の笑みを湛える男に、被り物をした看守は真っ青な顔で震え上がった。
「2年間世話になったな」
「マゼラン副署長〜〜‼︎ シキいました助けてェ〜〜〜!!!」
情けない悲鳴を上げ、上司に助けを求める看守。
捕縛よりも、己の身を守る事を優先したお陰か、彼は大した怪我を負う事なく最悪の男の魔の手から生還する。
代わりに彼らは、最悪の罪人を逃すという失態を犯す羽目になる。
―――そして、一度は牙を折られた海賊〝金獅子〟は檻を破り――再び海へと解き放たれた。
『センゴクだ、休暇中悪いが…ガープ、金獅子の事だ』
「ああ、聞いた。気を付けた方が良いな…平安を求める様な男じゃない」
平和な海、東の海。
その一角……故郷であるゴア王国の端にあるフーシャ村にて、ガープは同僚からかかってきた通話に顔を顰めた。
心身を休める気で、そしてある目的の為に戻ってきたのだが、気力を養う暇はなくなりそうだ。
「――だが、すぐには仕掛けちゃ来んだろう。用意周到な男だからな」
今すぐに、何かが変わる……終わりを迎えるわけではない。
何かが始まる前にこちらでも備えておくべきだ、という結論に達し、英雄達は一度通信を切った。
その後彼は……ある男から預かった己の孫の顔を見に、山奥の山賊の根城に向かっていった。
大悪人の脱獄の凶報は、ニュース・クーを通じて世界中に報道され、多くの人々の目に、耳に入る事となる。
人々は皆、恐ろしい敵がこの世のどこかに身を潜めているという事実に怯え、海賊の増加に加えて、不安な日々を過ごす事となる。
「〝金獅子〟……ねェ」
「母さん、そんな大物がこんな田舎の海に来るはずないよ」
「そうかねェ…? まァ、心配するだけムダか」
とある機械鎧の工房を営む老婆と、その息子夫婦はそう話しながら、ここではない何処かで起こるかもしれない悲劇に顔を歪め。
考えても仕方がない、と不安を振り払い、失った四肢の代わりを求める客達の相手に勤しみ。
「何だ、珍しいな。旅の船か……?」
「ヤソップって男の評判を聞いて来たんだ。あ…おれはシャンクス。こっちはアル・リジー。海賊だ」
「よろしく~‼」
ある島に住む青年の元には、栗鼠の耳を生やした天使を相棒にした赤い髪の青年が小舟で尋ね、仲間に勧誘し。
「あなた、進捗はどう?」
「ああ、う~ん…何とかやってるよ。悪いね、君に負担をかけてばかりで…」
「いいのよ、家族なんだから助け合うのは当然でしょ」
「…そう…だね。ありがとう」
極寒の冬の島、医療技術の発達した国に住む錬金術師は、妻に慰められながら貧しい暮らしを捧げ研究に没頭し。
それでも巧くいかない毎日に頭を掻き毟り、暗い感情を少しずつ胸の内に溜め込み続け。
「どうだい、海列車」
「たっ…‼ あっ…‼ ‼ …‼ ‼ …‼ まずまずだ」
「おれが手伝ってんだから大丈夫だ‼」
「こいつが武器つけたがるんだ」
「全く…ありがた迷惑な」
水の都にて、島を救う希望を作り出そうと試みる船大工達が、然程不安もなさげに語らい笑い合い……同時に、遥か昔より託された〝力〟を隠す事に尽力し。
「………シキめ、今更何をしようというのだ」
未だ種火である、世界を変える意思を持った男の元では。
一人の〝王〟の最期を見届けた黒豹の天使が、新聞の記事を睨みつけながら訝しげに吐き捨てていた。
多くの人々の心に不安の影を残しつつ―――〝金獅子〟は一人、旧い知人の元を訪れていた。
「ロジャーのいねェ海はどうだ? ――おれ達を阻む壁はなくなった。今はお前の時代の様だな〝白ひげ〟…」
「つまらねェ事を言いに来たんなら今すぐ海に沈めるぞ、〝金獅子〟」
「ジハハハハ、相変わらずムカツク野郎で安心したぜ」
ロジャーに続き『最強』の名を冠する大海賊、己を配下に父と呼ばせる変わり者の大海賊。
唐突に姿を見せ、にやにやと嘲笑うような態度を見せるシキに、白ひげは苛立たしげに顔を歪め睨みつける。
息子達はただ黙って、父とその知人の話す姿を見守るほかにない。明確な敵とわかりきっていれど、口を挟むわけにはいかなかった
「――しばし姿を消そうと思う……生ぬるいこの時代に、本物の海賊の恐さを教えてやる」
「――また何か企む気だな……」
意味深に笑うシキに、己と関係などなくも、悍ましい計画を目論む様は不快だと白ひげは吐き捨てる。
と、不意にシキの視線が白ひげの隣に向く。
白ひげの旗揚げから常に傍に寄り添い続ける、『お袋さん』と呼ばれる女傑―――雪豹の耳と尾、鷹の翼を持つ天使がそこに立っていた。
「よォ、奥さん…………相変わらずゾッとするほどの別嬪だな。旦那はちゃんと満足させられてんのか」
「殺すぞ、クソガキ。毎日毎晩アッツアツだわ」
「ジハハハハハ…!!!」
神々しいまでの美貌と、凛とした佇まいを見せる女傑だが、口からこぼれた言葉は荒々しく敵意に満ちている。
シキは向けられる殺気もものともせず、女傑の腕に抱かれる幼子を―――女傑によく似た顔立ちの、白虎の天使の顔を覗き込む。
「…………そいつはお前らの娘か」
「見るな、汚れるわ」
「海賊の……それも〝白ひげ〟と〝白羽〟の娘じゃ男を探すのにも苦労しそうだな。おれが貰ってやろうか」
「下らねェ事言ってると今ここで潰すぞ…‼︎」
じっと見つめられ、怯えたように母の胸の中に逃れる幼子。
冗談なのか本気なのか、判断し難い態度で娘を欲しがるシキに、白ひげと女傑両方から凄まじい殺気が―――覇気が迸る。
バリバリバリッ!と大気を震わせ、天候すら歪ませるそれを真向から受けながら、シキはげらげらと下品に、平然としたまま嗤った。
「覚えておけよ、おれァ欲しいと思ったら手段は選ばねェ……せいぜい大事に……金庫にでも入れて守っておくんだな。ジハハハハハ…!!!」
狂気に満ちた男の嗤い声は―――幼子の心に深く刻まれ、しばらくの間、母の傍から離れなくさせた。
シキはその後、ある島を訪れた。
雲に届く程に高い標高を有する島、その上に広がる密林。
鬱蒼と茂る緑の大地には、見た事もないほど大きく、強く、恐ろしい生態を持つ怪物達が棲んでいた。
「Dr.インディゴ‼︎ 研究は進んだか」
「発見が一つ…ありまして」
眼下に広がる光景……無数の怪物達が闊歩し、時に激しくぶつかり合い、破壊を齎す様を心底愉しげに眺める。
己に必要な物。戦力、兵力、何よりも破壊力。
煩わしいものを跡形もなく消し去れる純粋な〝力〟が多く蔓延る景色に、狂喜が湧き出していた。
「どうやらこの島、いくつかの植物によってバランスが保たれている様で、いずれも地上にはない種の………」
「早ェ話がだ、インディゴ‼︎ おれの計画が実を結ぶのに何年必要だ」
「そうですね…10…15…いや早くても…20年」
「……よし……」
にやり、とシキは嗤う。
長く、入念に、どれだけ金も労力もかけようとかまわない―――己を否定したあの男に、そしてあの男が作り出したこの世界そのものに、復讐する為ならば。
「よかろう、計画発動は20年後だ!!! 地上に地獄を見せてやる!!!」
―――そして20年の時が流れる―――