ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

246 / 324
第拾弐話〝宣戦布告〟

 はた、とシキの目が覚める。

 長い長い、昔の夢を見た。現実世界においてはさほど時間が経っていないようだったが、それでも己の過去を一回りしてきたところだ。

 

 二十年という時、決して短くない時間の中で関わったあの憎たらしい顔が蘇り、何とも言えない気分になる。

 憤怒、悲嘆、喪失感、様々な感情が胸中に湧き、じわりと広がる。

 しばらくの間シキは、玉座に身を預けたまま無言で虚空を見上げ続けていた。

 

 するとそこへ、聞きなれた特徴的な足音が近づいてくる。

 駆け寄ってきたDr.インディゴは、いつも通りの意味不明な動作で、声を無しにして何かを伝える……ようにしてふざけるように踊る。

 

 しばらくの間くるくると回り続ける部下に、やがてシキは静かに口を開いた。

 

「そうか、わかった……すぐ行く」

 

 ツッコミもなく、ボケもなく。

 おもむろに玉座から立ち上がった支配者は、きん、きん、と両足の刃を鳴らして何処かへと立ち去る。

 

 Dr.インディゴはきょとんとした顔で立ち尽くし、しばらくして。

 

()()()〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!?

 

 かっ!と目を見開き、顎を全開にして、驚愕の咆哮を迸らせるのだった。

 

 

 

 シキは、王宮の外側に降り立ち、目を細める。

 

 極寒の冬空の下、兵士達に捕らわれる白虎の天使。

 離れていても聞こえるほど、呼吸は荒く弱り切った姿は痛々しい。

 

 

 続いて見やったのは、ぐるりと王宮の周りに正方形を描くように植えていた、毒の樹ダフトグリーン。

 猛獣を寄せ付けないよう、しかし毒素が内部に流れ込まないよう入念に計算し植えられていたそれらに、何かが取り付けられている。

 

 新館で繋がれたそれらは、間違いなく爆弾。全てのダフトグリーンの幹に巻かれ、後は起爆するのを待つだけの状態となっている。

 

 天使の意図を瞬時に読み取り、シキはにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「なるほど…………ダフトグリーンを焼き払って、ここを怪物共に襲わせようというのか。おれに忠誠誓ったのはこの為か…」

「……ハナから、あんたが……私の言う事を………聞いてくれる…なんて…………思っちゃいなかったからね」

 

 がくがくと震えながら、息も絶え絶えに吐き捨てるエレノア。

 緑の斑点が浮かぶ肌を晒し、それでもぎろりと、覇気に満ちた鋭い目で敵を睨みつける。

 

「私が〝王〟に見出した男はたった一人だ…!!! それを曲げる尻軽女だと思ったか………バカにしてる…!!! そんな安いもんじゃないんだよ…!!! この想いは………!!!」

 

 ずしり、と空気が重くなる。

 左右からエレノアを押さえつける兵士達の方が慄き、後退る程の圧を放つエレノアが、犬歯を剥き出しにして凄む。

 

 絶対的な力を見せつけられ、毒に侵されてなお、敵に挑む意思を微塵も衰えさせていなかった。

 

「お前に私の〝王〟となる資格はない…………舐めるなよ、小童」

 

 その姿は―――かつて出会ってきた女傑達と同じ。

 海賊の王に付き従った女、世界最強の妻となった女、今代の皇の一角に寄り添っていた女……今も世界のどこかで名を馳せる天使達と同じ目だ。

 

 そんな少女の首をシキはがっと乱暴に掴み、自分の目の前に掲げる。途端に、エレノアの表情は苦悶に歪んだ。

 

「この樹が放つ強力な毒素は誤算だったか?」

「う……ぐ…!!!」

「海賊が故郷だの家族だの口にしちゃァいけねェよ。そんなもんの為に足引っ張られちゃあ世話ねェ…‼︎」

 

 首を絞められ、藻掻く天使を高く持ち上げながら、嘲笑う。

 強く、気高く、しかし海賊として……この弱肉強食の海で生きる上で根本的な部分で間違っている女傑の想いを、シキは踏み躙り穢す。

 

 ぶんっ、と華奢で軽い体を放り投げる。真っ白な雪の中に倒れ込む前に、周囲から引き寄せた鉄の棒を降り注がせ、天使の全身を捕らえる。

 鋼鉄の棒に手足と翼を挟まれ、義足を貫かれ、身動きの取れなくなった様は檻の中に捕らわれた鳥のよう。

 

 しん、と静まった、病魔に侵される憐れな天使を一瞥し、シキは踵を返し歩き出した。

 

「お前に総会が終わっても生きていられる悪運があったら………おれの道具として一生使ってやろう。生意気な女は嫌いじゃねェ、ジハハハハハ………!!!」

 

 

 

 襖を開け、シキは大広間へ足を踏み入れる。

 

 中には既に百人近い者達が……シキが各地から呼び寄せた猛者達が勢揃いしている。

 小物から大物、大勢の傘下を抱える実力者から個人で一騎当千の働きを見せる怪物。いずれも各地で悪名を轟かせ、人々に恐れられる海賊達だ。

 

 そんな猛者達がみな、シキに対し首を垂れている。

 悪逆非道の限りを尽くしてきた彼らでさえ逆らう意志を微塵も見せず、或いは巧妙に隠し、シキの前に集っていた。

 

「よく集まったな、野朗共……これよりおれの配下に収まってもらう為の契りの盃を交わしてもらう。なお…………裏切り者には容赦しねェのでそのつもりで」

「「「「「オォオオッ!!!」」」」」

 

 誰一人、シキに異を唱える者はいない。

 逆らっても無駄である、そして逆らう気もない程に悪に焦がれ闇に身を堕とした彼らにとって、シキと共に向かう事は名誉だった。

 

 準備は整った、戦力も手駒も集まった。

 後はそれらを携えて―――目的地に向かい、解き放つだけだ。

 

「さァ出発だ!!! 惨劇の東の海へ!!!」

 

⚓️

 

 ごごご…と雷鳴のように重い音を轟かせ、空に浮かぶ島が動く。

 十数の島全てがゆっくりと、隊列を組むようにして、ある方角へ真っ直ぐに進み出す。

 

 それらの行き先は確かめるまでもない、東の海だ。

 

「島が動き出したぞ…‼︎」

「シキの奴め………おっ始める気だな!!?」

 

 ピース・オブ・スパディル号の甲板に乗り込み、セイバーとフィナモレが声を上げる。

 彼らのいる場所、シャオ達の村の残骸が残る島だけが動いていない。計画に必要ないもの、そして邪魔になるエース達はこの空域に置き去りにするようだ。

 

 今後、この島がどうなるのかはわからない。シキが能力を解除し、島の先住民達諸共海に沈められるかもしれない。

 だが、現状エース達にできる事は一つしかない―――元凶を叩き、奪われたものを奪い返す事だけだ。

 

「…うまくいくと思うか?」

「成功して御の字………岩に叩きつけられて死ぬか、お嬢を取り戻せなくて男として死ぬかだ。どっちが嫌だ?」

「答えるまでもねェ………!!!」

 

 用意が完了した船とその周囲を見渡し、不安気に呟くオッサモンドにバリーが返し、煽るように告げる。

 

 火口湖に続く坂道、そこは今や改造され、真っ直ぐな線路ができている。その上に、一味の船は設置され、静かに時を待っていた。

 船の後方にはありったけの大量の爆薬が置かれ、不気味な沈黙を保つ。

 

 空を飛ぶ手段のないエース達がひねり出した、最後の手段。

 命懸けで、おそらくは一方通行になるであろう捨て身の方法を以てして、男達は再戦を望んでいた。

 

「本当に大丈夫か!!?」

「やるしかねェ!!! そうだろう‼︎ エース!!!」

 

 甲板に集まり、各々で欄干やマストにしがみつく仲間達。

 あまりに無謀で無茶苦茶な方法に不安こそ抱けど、誰一人として退く気を見せない。矜持、意地、心配、攫われた仲間への、恩人への想いに突き動かされ、逃げず留まり続けていた。

 

 そんな仲間達を一瞥し、エースは大きく頷く。

 

「ああ…‼︎ 行くぞ、野郎共!!!」

 

 力強く答えた直後、船の後方で真っ赤な炎が噴き上がり。

 ぼんっ!!!と、巨大で強力な爆発が生じ、船体を火口湖の坂に駆け上がらせる。

 

 竜骨が地面を滑り、岩肌をがりがりと削り揺れる感触に苛まれながら―――ピース・オブ・スパディル号は、夜の闇の中へ舞い上がった。

 

 

 

 シキの王宮は、厳戒態勢が敷かれていた。

 東の海へ攻め込む前の、杯を交わす式の真っ最中。可能性は低くとも、身の程知らずに襲撃する者が居ても即座に鎮圧できるよう、数十、数百名の部下達が寒空の下を巡回する。

 

 そんな人間が現れるわけもなく、中には暇を持て余し欠伸をこぼす者もいる中……それは現れた。

 

 天空に浮かぶ月に現れた、黒い点。

 それは徐々に大きく、いや、王宮に凄まじい速度で接近し、我に返り咄嗟に身構えるシキの部下達の目の前に勢いよく落下する。

 

 ずしん!と響き渡る轟音。

 がりがりと庭を削り、停止した一隻の海賊船を前に、シキの部下達は騒然と、しかし容赦なく銃を構え、急ぎ取り囲んでいく。

 

「船で王宮に乗り付けて来やがった…⁉︎」

「どこのどいつだ!!?」

 

 銃口を突き付け、沈黙する炎とスペードの意匠の船を睨む。

 冷や汗を垂らし、徒党を組む彼らの目の前に。

 

 立ち昇る土煙の中からゆらりと……二十の影が姿を見せ、見下ろした。

 

 

 

「知っての通り、東の海は〝偉大なる航路〟を含めた五つの海で最弱の海………死んで惜しまれる偉人もいねェ。思う存分暴れるがいい……〝金獅子海賊団〟結成だ!!!!」

「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」

 

 杯を片手に、吠えるシキに合わせ傘下に入った海賊達も声を上げる。

 

 既に、猛者達は戦に勝ったつもりになっていた。最弱の海を壊滅させるなど、幾多の破壊と殺戮を齎してきた彼らにとっては赤子の手を捻るようなもの。

 目的地に着くまで宴を楽しみ、そして着いたら力の限り暴れるだけ。

 そんな単純な仕事なのだから。

 

 シキもまた、憂う事は何も無いとばかりに杯に注いだ酒を煽ろうとして……突如、駆け込んできた一人の部下に気付き、顔を顰める。

 

「…………てめェ、何だ。こんな時に」

「申し訳ありません‼︎ 至急、お耳に入れたい事が!!!」

 

 大広間に飛び込んできた部下は、息を切らせながら指揮の傍により、耳元に口を寄せ報告する。

 シキは訝し気に眉を顰めつつそれを聞き、やがてさらに困惑の表情を浮かべた。

 

「19と1匹……? さっさと討ち取らねェか」

「それが…!!!」

 

 己の部下の分際で情けない、その程度の襲撃、勝手に片付けられぬものか。そう言いたげなシキに、部下が改めて説明をしようとした時だった。

 

 

 ―――斬!

 

 

 外に通じる大広間の襖に無数の光の線が走り、次いでばらばらに吹き飛ぶ。

 その奥から……いくつもの黒い人影が姿を見せる。

 

 どよどよと傘下の海賊達から困惑の声が上がり、思わず腰を浮かせる前で、残る襖も斬り裂かれ、蹴り破られ、強引に開かれる。

 外から差す真っ白な月光に照らされながら、二重の影―――ドレスコードに身を包んだ男達が、ゆっくりと広間の中へ入る。

 

 黒髪と鍛え上げられた肢体を礼服(スーツ)と外套で包んだ青年に率いられ……スペード海賊団はシキの前に並び立った。

 

「お前らだったか…‼︎ こりゃあ驚いた……‼︎」

 

 自身の前に勢揃いした一味を前に、シキがわざとらしく目を丸くする。

 

 多少、本当に驚いてはいた。圧倒的な力を見せつけ、未熟な若僧どもを叩きのめし、心を折ってやったつもりだったのだ。

 もう立ち上がる気力も失くなっているものと思い、再び挑みに来るなど予想できずにいた。

 

「東の海を襲うんだって………?」

「まァな…そういやお前さん、弟がいるんだったな。さぞ心配だろう…」

「いやァ、大した事ねェ………あいつも海賊を目指す男だ。ちょっとやそっとくらいの困難、乗り越えて貰わねェとな。おれがいつまでも守るわけにゃいかねェ…」

「そうかい、弟想いのいい兄貴だな」

 

 は、とエースの答えをシキは鼻で笑う。

 家族だの兄弟だの、海賊らしからぬ生温い関係性を見せられても、シキにとっては吐気しか感じない。

 

 ()()()使()と同じく、そんな物の為に命を張るなど、彼には愚かとしか言いようがなかった。

 

「エレノアは無事か」

「あァ……ぴんぴんしてる」

 

 にやり、とシキが嗤って告げると、周囲から含み笑いが漏れる。

 この場にいる傘下の全員が、何が起こったのかを理解し、それを知らないエース達を嘲笑い、小馬鹿にする。

 

 悍ましい空気が流れる中、エース達は冷静そのものだった。

 

「ジハハハハ…!!! 物騒なナリしてるが…まさかたったそんだけでこれを相手にするつもりじゃあるめェな!!!」

「…………」

「我が身を犠牲にすりゃ、惚れた男を守れると自ら下る女と……共に散りに来た無謀な特攻隊か…‼︎ そうやってつまらねェプライド守って、意気がって、最期にゃ野垂れ死んだバカな若者を、おれァ飽きるほど見て来たぜ」

 

 げらげらと上がる哄笑。大広間中から悪意に満ちた嗤い声が上がり、耳障りな不協和音となってスペード海賊団を包む。

 挑発か、哀れみか、一人の為に命を捨てた愚か者達に囃し立てる。

 

 だが不意にその中に……青年の声も混じる。

 

 くつくつと声を漏らし、肩を揺らす黒髪の青年に、シキは嗤うのを止め、訝し気に眉を顰めた。

 

「バカだな、てめェは……」

「…あ?」

「一人犠牲になった? 違う‼︎ ………あいつは死にに来たんじゃねェ、先陣切ってここに戦いに来ただけだ」

 

 語り出したエースに、シキは何を言っているのかと険しい顔になる。

 

 見れば、エースに並び立つ他の者達も、それぞれ笑みを浮かべている。

 呆れるように、嘆くように、各々で彼女に対する思いを抱えながら、それでも誰一人怒りや苛立ちを見せずシキ達を見返す。

 

「オヤジも手を焼くはねっかえりだからなァ…アイツは。根っこはただのか弱い女のくせに、意地と根性で無理矢理威勢を張って、何を相手にしても退かねェで…!!! おれがどんな思いしたかも知らずに、ムチャばかりしやがって…!!!」

「……何を言ってやがる」

「だからこそ……おれァ……おれ達、家族はあいつの想いに答えなきゃならねェ!!! その為に……お前が邪魔だ…!!!」

 

 ぎろり、と鋭い目でエースがシキを睨みつける。

 人数も、火力も、持ち得る何もかもが劣り圧倒的に不利な状況にある筈なのに、まるで死んでいるように見えないその目に。

 

 シキは何故か―――己の魂がざわりと騒ぐのを感じた。

 

「覚悟しろよ、〝金獅子〟のシキ………!!!」

 

 エースが片手を上げると、仲間達が動く。

 肩に担ぎ、背負い、持ち込んだ大砲や銃の砲口を目の前の敵全員に突き付ける。

 

 慄き、絶句する海賊達に向けて、若き海賊団はかっと目を見開き咆哮する。

 

 

「「「「「「「「「「――おれ達が本隊だ!!!!」」」」」」」」」」

 

 

 そう叫んだ直後、無数の爆音が響き渡り、大広間が盛大に炎に包まれる。

 

 スペード海賊団全員が持ち込んだ、大量の火器類。

 大砲(バズーカ)乱射砲(ガトリング)機関砲(バルカン)擲弾砲(ランチャー)狙撃銃(ライフル)小銃(ピストル)、ありったけ搔き集めた重火器が一斉に火を噴く。

 

 本来剣や槍を得物として使う者、さらにはエースとコタツも重火器を担ぎ、狙いなど一切つけず引き金を引きまくる。

 

 畳が爆ぜ、吹き飛び、シキの傘下となった海賊達に容赦なく襲い掛かる。

 旗揚げの折、武装を一時的に解いて集まっていた彼らには咄嗟に反撃する用意がなく、襲い掛かる火の雨霰から逃れるより他にない。

 

 あっという間に宴の席は滅茶苦茶に、海賊達は一時避難し散り散りになる。

 その様をシキは鬼の形相で睨み、ただ立ち尽くすだけとなっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。