ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第拾伍話〝天空大決戦〟

「〝火銃〟!!!」

 

 拳銃の形にした両手の人差し指の先から、無数の炎の弾丸が放たれる。

 宙を裂き、焼き、貫く弾丸だが、狙う先に浮かぶシキは軽々とそれを躱し、笑いながらお返しに巨岩を向かわせてくる。

 

 前後左右から迫る岩の塊によって、エースは押し潰される。だが直後に隙間から赤い閃光が漏れ出す。

 

「〝炎戒・火柱〟!!!」

「猪口才な‼︎」

 

 巨岩を砕き、炎の柱が飛び出す。シキは周囲の岩石を集めて盾にするが、炎の柱はそれらを容易く砕き、貫き粉々に破壊する。

 ぼん、と凄まじい爆発が起こるが、その中心にシキの姿はなくエースは息を呑む。

 

 その直後、いつの間にか至近距離にまで近づいていたシキが黒く染まった拳を振りかぶり、エースの顔面を殴り飛ばした。

 

「ぐ…‼ 来い‼ ダチ公!!!」

「グァ~~~ッ!!!」

 

 宙に浮く他の島々の崖に激突しながら、エースは炎を噴き出し、体勢を保つ。

 島の一つの岸壁に着地すると、闘志の衰えぬ眼で遠く離れたシキを睨みつけ()を呼ぶ。

 

 雷撃を纏い、瞬く間に飛来する雷撃鳥の背に飛び乗り、再び仇敵に接近する。

 シキもまたエースを見据え、着物の裾を翻して最接近する。

 

 どがん!と、互いの放った漆黒の拳が激突し、衝撃波で島々の岸壁が砕け散る。

 ばりばりと、それぞれの持つ〝王〟の資格とされる覇気が迸り、周囲に散っていた怪物達が次々に気絶し墜ちていく。

 

 大量の瓦礫が雨あられと降り注ぐ中、二色の金色が幾度も激突し、余波を辺りに撒き散らす。拳で、両足の剣で、互いの命を狙い容赦なく全力を振るう。

 殴られ、斬られ、血を吹きながら、男達は激突し続けた。

 

 やがて不意に、シキが停止しにんまりと不気味な笑みを浮かべた。

 

「ジハハハ…‼ 惜しい‼ 惜しいな小僧!!!」

「あァ!!? 何がだよ!!!」

「ここで殺し合ってることがだよォ!!!」

 

 がきん、と拳と刃が激突し火花が散る。

 最早何十何百と繰り返しただろうか、未だ互いの急所を捉えぬ重い一撃を食らい合わせ、目と鼻の先で睨み合う。

 

「お前は強ェ!!! そこらのミーハーなガキ共とは違う‼ 限りなくおれに近い…支配する力がある!!! 巡り会わせってのは皮肉なもんだな!!! ………だが、あえて聞いておこう」

 

 ぎりぎりと軋みを上げる互いの得物、歯を食い縛るエースが乗る雷撃鳥。

 成長著しくもまだ戦いの経験の足りない若者と、老いて衰え始めた怪物の戦いはほとんど互角。同程度の疲労で荒く息を吐きながら、相対する。

 

 より悪化する天候の中、シキはエースに告げた。

 

 

〝火拳〟のエース!!! おれの右腕になれ!!!

 

 

 思わぬ言葉に、エースの表情がより険しくなる。自分達を騙し、大切な仲間を傷つけ、惚れた女を甚振った男の馬鹿にしているとしか思えない言葉にかっと頭に血が昇る。

 

 だが、シキは本気だった。

 本気で、自身とここまで台頭に、長く戦いを続けられる若者を手下に望んでいた。

 

「お前は殺すには惜しい!!! おれと共に来い!!! この生温いクソ共の世界を支配して……新たな時代を作らねェか!!?」

「……!!!」

「お前の欲しいものは全て手に入る!!! 名声も!!! さらなる力も!!! お前は最初にそれを望んで〝白ひげ〟に挑んだだろう!!? だったら…‼ その欲望のままに!!! 全てを求めるがいい!!!」

 

 シキの申し出は、海賊ならば誰しもが望むものだ。

 

 世界の創造者達を頂点に、狂った構造(システム)に支配された吐き気のする世界。見せかけの平和の為、力で下の者共を捻じ伏せたがる為政者達。

 それを拒む同業者達は〝自由〟などと甘い事を謳い、弱く脆く価値もない。

 

 だからこそ、限りなく〝本物〟に近い力を見せるエースに対し、シキは久方振りに血が騒ぐのを感じていた。

 

「――そうだな…昔の…()()()()と出会う前のおれなら、それを願ったかもな」

 

 睨み合いの最中、重い沈黙が降りる中、エースがぼそりと声を漏らした。

 

 エースの脳裏に浮かぶのは……自身が生まれ育った世界。

 ある一人の男が作ったこの世界で、その生まれ故に、誰にも望まれぬまま孤独に生きて来た幼少期。

 

 全てを恨んだ。憎んだ。自信を拒み、蔑む世界の全てを嫌悪した。

 

 だが、そんな中で出会った者達―――兄弟達。

 呪われた血筋を知っても、存在を否定しなかった彼らとの日々が、今のエースを作った。

 

 そして海へ出て、仲間ができて、冒険をして―――家族ができた。

 最恐の男に幾度も挑んでは敗北し、打ちひしがれた自身を癒し、果てにその身を代価に命を救ってくれた一人の天使。

 

 彼女の笑顔が、エースを燃え上がらせる。心と体と魂を滾らせる。

 

「だが…!!! ()のおれが欲しいのはそんなもんじゃねェ!!! おれが欲しいもんは………おれが今‼ 守りてェものは!!! おれのすぐ後ろにある!!!」

 

 類稀なる〝王〟の覇気を放ち、吠えるエース。

 若く、未熟な、名だたる強者達の上に君臨するには程遠い威圧感。

 

 だがシキは、大きく目を瞠り息を呑む―――青年に重なるように、ある男の影が浮かび上がったのを見て。

 

 

お前がおれに何を語ろうと!!! お前の申し出は断る!!!〝金獅子〟のシキ!!!!

 

 

 それは、一度聞いた言葉だ。

 最恐にして最強を畏怖する己が唯一認めた男……配下に望み、そして最期まで手に入る事の無かった憎たらしい男。

 

 その片鱗を、目の前に立ちはだかる小童に確かに感じたのだ。

 

「そうかィ……だったらもう、そろそろ終わらせようぜ………〝斬波〟!!!」

 

 その時シキの胸中に浮かんだのは、怒りか、懐古か。

 ぎりっと歯を軋ませると、ぐっと半ば無意識に力を籠め、四方に浮かぶ海を斬り裂きエースの周囲に引き寄せ、押し固める。

 

 海水の檻で閉じ込められたエースと雷撃鳥は為す術なく、ごぼごぼと泡を吹いて悶え苦しんだ。

 

「ジハハハハ………‼︎ 勝負あったな、若造!!!」

 

 息を切らせつつ、笑みを浮かべ、しかしどこか残念がるような様子を見せるシキ。

 旗揚げを滅茶苦茶にし、二十年の計画を潰した若僧が藻掻き苦しむ様に落胆染みた眼差しを向けながら、その様を眺めていた時だった。

 

『――――航海士チームよりシキ様へ‼︎ 緊急連絡です!!!』

「何だ……」

『至急、島を東にそらせてください‼︎ 嵐が来ます!!!』

 

 突如、懐に入れていた子電伝虫から通信が入り、シキは訝し気に眉を顰める。

 辺りを見渡せば確かに、黒々とした雲が目立ち、風も強くなってきた。

 

「嵐だと…⁉︎」

 

 愉しい時間を邪魔された気分になりながら、シキは疑う事なく島々を操り移動を開始させた。

 

 

 

「………………こ、これで、いいんですか………?」

 

 ぶるぶると怯えた様子で電伝虫の受話器を戻し、航海士の一人が振り向き、自身に刃を突き付ける男に尋ねる。

 

 島船の艦橋、嵐を予測しシキに伝える役割を持つ、金獅子海賊団の心臓部。

 航海士達はその場を占拠した男……スカル達に脅され、本来伝えるべきものと全く逆の指示をシキに送ったのだ。

 

「いいんだよな、エレノア」

「うん。これがベストだよ」

「ここは天族の〝予知〟に任せましょう」

 

 スカルが尋ねると、松葉杖を使って環境を見渡すエレノアが強く頷く。

 顔色は悪く、今にもまた倒れそうなほどだが、眼に宿った光は衰える事なく空を映した天井を見上げている。

 

「でも、大丈夫なのか? 嵐の中に突っ込んで」

「大丈夫…………想定通り、嵐の中でこの島はひとたまりもない」

「ゥおおおい!!!」

 

 てっきり嵐を避けるものだと思っていたフィナモレがぎょっと目を見開き、エレノアに叫ぶ。だったらこの場にいる自分達も危ないだろうが、と目で訴えるが、エレノアの目に迷いはない。

 

 エレノアはふっと笑みを浮かべ、徐に松葉杖をそこらに放り捨てた。

 

「――じゃあ、あとは伝えた通りに。私は行ってくるから…」

「お、おう!!! …………って、ん?」

 

 頷きかけたセイバーは、明らかにどこぞへ飛び立とうとしているエレノアに二度見をする。

 他の者も戸惑いの目を向ける中、エレノアはその場で強く羽ばたき、天井に向けて一気に飛び出した。

 

「エレノアさん!!?」

「お嬢〜〜〜〜〜〜!??」

 

 スカル達の悲鳴が響き渡る中、エレノアがぱんっと合わせた掌から閃光が走る。

 ばりばりと迸るそれを突き出し、振れた天井をばらばらに破壊し、あっという間に開けた穴を通り抜ける。

 

 重傷の天使はそのまま船の外へ―――激戦止まぬ極寒の空へと飛び出して行ってしまった。

 

 

 

「悪魔の実の能力者には、何より炎の能力者には苦しかろうなァ…――が、若気の至りじゃもうすまねェぞ。東の海も、お前の弟も、あの小娘も、絶望の中で滅びゆくのをあの世から眺めてろ。」

 

 噴き出す泡もなくなったのか、ぴくりとも動かず海中を漂うだけのエースに、シキが呟く。

 能力者にとって最も残酷な処刑方法。放っておけば直に死ぬが、そんな地味な最後ではシキの気は収まらない。自らの手で始末してこそ、やっと多少溜飲が下がる。

 

〝獅子・千切谷〟!!!

 

 エースに向けて、両足の剣を振るって生み出した斬撃を放つ。ただの剣圧ではない、覇気も込めた若僧を確実に仕留める刃を、幾つも纏めて叩き込む。

 これで終わりか、という呆気なさを感じながら、斬撃に囲まれるエースを見やった瞬間。

 

 どぼんっ、と何かが海水の塊に飛び込み、エースと雷撃鳥に覆い被さる。

 直後に斬撃が直撃し、激しい水飛沫が四方八方に飛び散り視界が一瞬遮られる。

 

 飛沫から離れたシキは、飛沫の中で落ちていくエースと雷撃鳥、そして彼らを抱き寄せる白虎の天使の姿を視界に捉えた。

 

「あの小娘…‼︎ まだ動けたのか!!! やはり天族の女の執念は凄まじいか………!!!」

 

 毒の樹に侵され、真面に動く事もままならないだろうに、それでもここまで飛翔し自身の〝王〟を救い出すとは。それも、襲い来る斬撃の殆どをその身に受け、庇いながら。

 そこらの女にはできない覚悟を見て、シキが惜しいと再び思った時だった。

 

 黒々と渦を巻く雲が、暴風を撒き散らして島に近づく様がシキの視界に入った。

 

「何だ……―――パーマ!!?」

 

 

 

 それに気づき、真っ先に行動に移したのは島の怪物達だった。

 狂ったように暴れ、王宮内を滅茶苦茶に破壊し続けていた怪物達だったが、突如攻撃を止めて逃げ出し始めたのだ。

 

 自身らを操っていた憎い人間達の事など放置し、黒々と広がる暗雲から離れようと走っていく。

 

「な…なんだ⁉」

「怪物達がどんどん逃げてくぞ!!?」

 

 危うく圧死しかけた海賊達はほっと安堵しつつ、何が起こっているのかと戸惑いの声を漏らす。

 

 やがて、怪物達と同じように王宮、そして島の周囲に広がる黒雲に気付きだし、顔を蒼白にさせて震え上がった。

 

「嵐だ‼ この島、嵐の中に向かってやがる‼」

「何だと…⁉ くっ…‼ お前ら、侵入者の事は放っておけ‼ とにかく逃げるぞ!!! 船に戻れ!!!」

 

 慌てて逃げ出す男達だが、今さら動き出したところでどうにもならない。

 ここは上空数千m、逃げ場などどこにもない。船に乗ったところで、遥か下の海面に叩きつけられ、木端微塵に砕け散るのみ。

 

 平和で退屈な海を蹂躙しようと目論んだ悪人達は、今度は自らが理不尽に晒される羽目になり、只管逃げ惑うしかなくなっていた。

 

 そんな混乱の中を、一人楽し気に笑う者が居た。

 とある場所から拝借した巨大な布を担ぎ、骸骨面の下で満面の笑みを浮かべ、自身の船の元に走る男……スカルが鼻歌交じりに準備を行っていた。

 

「うっひょっひょっひょっひょ………!!! い〜い土産が手に入ったぜ〜〜♪」

「何喜んでんだ…‼︎ さっさと準備を終わらせろ!!! 逃げられなかったらその土産もろとも終わりだぞ!!!」

「わかってるって…‼︎」

 

 仲間達に叱られながら、浮かれた調子を止めない()()()()()()。持ってきた布を広げ、スパディル号に詰んでおいた縄と結び、着々と脱出準備を整えていく。

 

 その作業とは別に王宮内では、戦闘を止めたスペード海賊団の残る面々が王宮内を、特に薬品などが並べられた研究区画を走り回っていた。

 王宮内で見つけた爆薬を抱え、導線で繋ぎ、薬品の置かれた棚という棚に乗せていく。

 

「爆薬、これで全部か!!?」

「足りなきゃもっとかっぱらってくりゃいい‼ ここにあるロクでもねェ薬を全部木端微塵にしてやるんだ!!!」

「あの怪物達も被害者だ…‼ せめてあのジジイの計画の邪魔ぐらいはして帰ろうぜ」

「だな!!!」

 

 手元の物がなくなればすぐさま補充をしに、使い残しもないように。シキの作り上げてきた物、狂った計画の全てを跡形もなく消し去れるように。

 人も怪物も、この一件に関わらされた大勢の無念を背負うように、男達はその瞬間が来るまで、王宮内を奔走し続けた。

 

 ―――残る懸念は、この島の支配者ただ一人。

 それを、我らが船長が倒し切れるかどうか……その一点にかかっていた。

 

 

 

 浮遊する島の一つ、その岸壁。

 大きく抉れ、部屋のようになった空間で、エースは意識を取り戻す。

 

 はっと目を見開くと、急ぎ体を起こし、自分と雷撃鳥に覆い被さる白虎の天使……地に濡れた愛しい女を抱き起こす。

 

「エレノア………お前、こんな体で…!!!」

 

 エースがエレノアの顔を見下ろすと、微かに呻き声が聞こえ、うっすらと目が開かれる。天使は男を認識すると、うっすらと笑みを浮かべてみせる。

 

 ぎりっ、と歯を食い縛り、悔恨をあらわにするエース。

 これ以上傷つけさせてなるものかと心に決めていたのに、さらなる傷を負わせた……その不甲斐なさに、拳をきつく握りしめる。

 

「お前…‼ もうちっとばかし、おれ達に付き合ってくれるか……⁉ この島を…あのジジイの支配から解き放ちてェ」

「クォ…‼」

「正直、エレノアだけでも取り戻せりゃあとはどうでもよかったんだが………そうも言ってられなくなっちまった。どうしようもなく…‼ 似てんだよなァ、あそこに……!!!」

 

 思い出されるのは、とある島……この島と同じように、海賊に支配される国での事。ある少女との、再会の約束。

 飢えに苦しむその島の住民達との交流の際、交わした誓いの事を思い出す。

 

 ―――おれ達はまた来るよ!

    もっとでかい海賊団になって‼

 

 まだ、それは果たされていない。弱い己には、果たせない。

 何よりも、かつて喪った兄弟との誓いも果たせぬまま逃げ帰る事など、できるはずがなかった。

 

「まだ…‼ 約束一つ守れちゃいねェ情けねェおれだが………筋は通して帰りてェ。何よりあのジジイを放っておきゃ、また必ずエレノアを狙って、〝東の海〟を攻めに来る…!!! おれはもう…家族を喪うのは、ごめんだ…!!!」

「……私もさ、我が王よ」

 

 悔しさに歪むエースの頬を、エレノアの手が撫でる。

 自身を微塵も責めない、勝利を疑いもしない優しい手を握り返し、唸るように息を吐く。

 

 そして再び、互いに強い眼差しで見つめ合う。

 

「…まだ、飛べるか?」

「…あなたとならば、どこまでも」

 

 痛々しく、それでも決して折れる気配のない目で見つめ、頷き返す天使。

 彼らの背後で、同じく起き上がった雷撃鳥が雄叫びを上げ、大きく翼を羽搏かせた。

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