ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
ルフィとエレノアのバラティエでの日々が始まって、数日後のこと。
店内は、慄きとざわめきでいつもとは違う騒がしさを見せていた。
「ドクロの両脇に、敵への脅迫を示す砂時計……とーとー来たかァ。〝
徐々に近づいてくる海賊旗に、エレノアは目を細めながら呟く。
その一言で、バラティエは一層大きくざわめき始めた。
「見ろパティ‼ マジで来ちまった‼ 追い払ってくれるんだろうな!!!」
「ま…まさか間違いじゃねェのか!!? 兵力五千人の海賊艦隊の
「来てるんだよ、間違いなくその船が!!!」
「そうとは思えないな」
まさか自分のせいではあるまいかと真っ青になるパティだが、エレノアは冷静なまま呟く。
というか、やや困惑気味にクリーク海賊団の船を見つめていた。
「何言ってやがんだ!!? 現にあんなデカい船が…‼」
「うわさに聞くクリークの性格から考えても、部下をそこまで大切にする男には思えない……むしろその逆で、瀕死の部下一人平気で見捨てる残虐な奴だと思う。……何よりも」
エレノアの視線の先にあるのは、艦隊とは名ばかりのたった一隻の巨大な船。
そかもその船体は深い裂傷が刻まれ、幽霊船と見間違えそうなほどに哀れな姿をさらしている。
「あんなボロボロの船一隻で、仕返し?」
獣の形をした船首は半分がえぐられ、別種の恐怖を抱かせるが、やはりどう見ても普通の状態ではない。
いつ沈んでもおかしくないように見えた。
「あれほどの巨大ガレオン船が、ああもいためつけられるなんて…」
「まず人の業じゃねェ…なんかの自然現象につかまっちまったんだろう」
「確かにそう見えるけど…でも、なんだろあの傷」
サンジの分析も、帆の状態を見る限り大体は正しいとエレノアは思う。
しかし船体に刻まれた傷跡は、暴風雨で傷ついたにしては断面が綺麗すぎる気がした。
「斬撃の痕みたいだ」
それができる
そうこうしているうちに、ガレオン船から二人の男がバラティエに渡ってきた。
現れたのは、以前バラティエを訪れたギンと、彼に支えられる大男。おそらくは海賊艦隊の首領クリークと思われた、が。
「すまん…水と…メシを貰えないか…、金ならある、いくらでもある…」
その声はあまりにも弱々しく、ギンに支えられてやっと立っているくらいに衰弱しきっていた。
「な……………」
「なんだありゃ…威厳も迫力もねぇ、あれがクリークか?」
その姿からは、東の海を震撼させたおそろしき海賊であるなど考えられず、コックや乗客達に動揺が走る。
「…頼む、水と食料を…‼」
「お願いだ‼ 船長を助けてくれ‼ このままじゃ死んじまうよ!!!」
倒れこむクリークに寄り添い、懇願するギンだが、誰一人として手を貸そうとはしない。
腫れ物を見るかのように、冷たい目を向けるだけであった。
「はっはっはっはっはっはっはっはっ!!! こりゃいい‼︎ 傑作だ‼︎ これが あの名だたる大悪党〝首領・クリーク〟の姿か‼︎」
「今度は金もあるんだぜ‼︎ おれ達は客だ!!!」
「すぐに海軍に連絡をとれ‼︎ こんなに衰弱し切ってるとは政府にも、またとねェチャンスだろう!!! 何も食わせるこたァねェぞ‼︎ 取り抑えとけ‼︎」
「そうだ‼︎ そいつが元気になった所で何されるかわかりゃしない‼︎」
「日頃の行いが悪いんだ、ハラすかして死んじまえ‼︎」
「死んで当然だ。そいつはそれだけのことをやってきた‼︎」
「クリークを復活させたら、まずこの店を襲うに決まってる‼︎ 一杯の水すら与えることはねェ‼︎」
パティに賛同し、客達からも罵倒の声がぶつけられる。
どんなに衰弱していても、助けることなどあり得ないと思うまでに、クリークの悪名は知れ渡っていた。
「…悪いけどさ、あんたの気持ちはよくわかるよ。……でもそのクソ野郎のことだけは信用できない」
「………‼︎ あんた…」
「〝ダマし討ち〟のクリーク……海兵になりすまし、海軍の船上で上官を殺し、その船を乗っとることで海賊としてののろしを上げた凶悪な男……‼︎」
他の客と同じように、冷めきった目で顔を伏せるクリークを見下ろすエレノアに、ギンはなおもすがるような目を向ける。
しかし、クリークの所業を知っているエレノアに、そんな眼差しは意味がなかった。
「時には〝海軍旗〟をかかげて港に入り町や客船を襲い、〝白旗〟を振って敵船に襲いかかったり……勝ち続けるためだけに手段を選ばない、仁義も何も持ち合わせてない最低の男だよ」
「何もしねェ、食わせてもらったらおとなしく帰ると約束する…‼︎ だから頼む…助けてくれ…!!!」
「断る。どんな甘い考えで、命乞いする海賊が助けてもらえると思ってるの?」
震える体で土下座し、恥も何もかも捨てて懇願するクリークにもエレノアは容赦無く、吐き捨てるだけだった。
「わたし達は世の嫌われ者……あんただって散々あくどいやり方で生きてきたんだ。それにふさわしい最後くらい覚悟できなきゃ、あんたは三流以下だよ」
「お願いしますから………‼︎ 残飯でも何でもいいですから…‼︎」
「首領…………‼︎」
船長の情けない姿に、ギンは苦しげに顔を歪めて涙を流す。
その哀れな姿に、乗客達からも悲痛な表情が向けられるも、エレノアは頑として睨みつけたままであった。
「けっ、新入りの辛辣さにゃ同情するが、土下座なんぞ意味ねェっての…‼︎」
「おい、そこをどけ。パティ」
流石にちょっと厳しすぎやしないかと眉間にシワを寄せるパティが、突然真横にぶっ飛ばされた。
邪魔なコックを蹴り飛ばしたサンジは、以前と同じようにできたての料理を盛った皿をギンに渡した。
「ほらよ、ギン。そいつに食わせろ」
「サンジさん‼︎」
ギンから料理を受け取ったクリークは、人目も憚らず、行儀悪く素手でかき込む。
ボロボロ涙をこぼしながら、空腹の痛みが癒されていく感覚を堪能した。
「すまん…!!!」
「ちょっとサンジくん!!?」
「おいサンジ!!! すぐに、そのメシを取り上げろ!!! てめェ、そいつがどう言うやつか新入りの話を聞いてなかったのか!!?」
見過ごせないとエレノアが怒鳴り、カルネがエレノアに賛同する。
「この男、本来の強さもハンパじゃねェ…‼︎ 飯食ったらおとなしく帰るだと? こいつに限ってありえねェ話だ。そんな外道は見殺しにするのが、世の中のためってもんだ!!!」
カルネが言い切った瞬間だった。
料理を全て平らげたクリークが、恩人であるはずのサンジに強烈なラリアットを喰らわせたのだ。
「だから言ったのに……案の定やってくれるじゃない、死に損ないの恩知らずが」
吹っ飛ばされるサンジに、エレノアは呆れたため息をつく。
とっさに跳んで距離を稼ぎながら、クリークが噂通り、いや噂以上の外道であったことに怒りを燃やした。
「いいレストランだ。この船をもらう」
「言わんこっちゃねェ‼︎ これがクリークなんだ!!! この船をもらうだと!!?」
「うちの船はボロボロになっちまってな、新しいのが欲しかったんだ。お前らには用が済んだらここを下りてもらう」
恩義も何も抱いていない、傲慢な要望にバラティエに緊張が走る。
食料を要求しただけでは飽き足らず、船まで奪おうというのか。
その間にエレノアはバラティエの裏手に回り、一般人の客達を裏口から誘導していた。
「はーい、落ち着いて船にお乗りくださーい。押さないで押さないで〜。落ち着きましたらまた海上レストラン・バラティエをご利用くださ〜い」
「言ってる場合かァ⁉︎ この船を奪われるかもしれねェんだぞ!!?」
「何? じゃあみすみす明け渡すっての?」
「うっ……い、いや…そんなつもりは毛頭ねェが………‼︎」
ジト目でいうと、コックは気まずそうに目をそらす。
一方で無茶な注文に怒りを燃やすカルネ達は、断固とした態度でクリークに向き合っていた。
「この船を襲うとわかってる海賊を、あと百人おれ達の手で増やせってのか…⁉︎ 断る!!!」
「断る…? 勘違いしてもらっちゃ困る。おれは別に注文してるわけじゃねェ、命令してるんだ。誰も、おれに逆らうな!!! それとだ……そこにいる女。そいつをこっちによこせ」
さらにクリークは、誘導を終えて戻ってきたエレノアを指差した。
半分以上聞いていなかったエレノアは目を丸くし、コック達は驚愕の表情でクリークを凝視した。
「その女はおれをさんざんバカにしてくれやがった……この、おれにたてつきやがった……!!! 見せしめにぶっ殺してやりてェが、その前に色々と使わせてもらうとしよう」
「なんだと………⁉︎」
「辛いだろうなァ……溜まりに溜まってる百人以上の野郎の
下卑た笑みを浮かべてエレノアを見つめるクリークに、彼女を気に入っているコック達の怒りが集まる。
それは無論、サンジも同じであった。
「……クソ外道が」
「サンジさん、すまねェ…おれは…こんなつもりじゃ…」
ギンにとっても、今回のことは予想外の事態であったらしい。
申し訳なさそうにうつむく彼を、流石にエレノアも責めるわけにはいかなかった。
するとサンジは、よりよろとややおぼつかない足で立ち上がった。
「てめェは…‼︎ なんて取り返しのつかねェことしてくれたんだ………! おい、どこへ行く、サンジ‼︎」
「厨房さ。あと百人分、メシを用意しなきゃならねェ」
「なにィ!!?」
サンジの答えに、パティ達は驚きの声を上げる。
厨房に行こうとするサンジを取り囲み、コック達は銃を構えて止めた。
だがサンジは、それを敢えて受け入れるように胸を張った。
「わかってるよ…相手は救いようもねェ悪党だってことくらい…。でもおれには関係ねェことだ。食わせて、その先どうなるかなんて考えるのも面倒くせェ…………」
思わずエレノアの眉間にしわがよるが、一応の言い分は聞こうと我慢する。
するとサンジはわかっているというように頷き、エレノアとまっすぐ向き合った。
「あいにくうちのウェイトレスを渡すつもりはさらさらねェが、メシは別だ……食いてェ奴には食わせてやる!!! コックってのは、それでいいんじゃねェのか!!!」
「………それがあんたの矜持ってことか」
誰かに理解されなくとも、譲れない思いがあることを察したエレノアは、売られたと勘違いしたことを恥じる。
固い意志を持った彼をじっと見つめ、ニッコリと微笑みを浮かべた。
サンジの股間を思いっきり蹴り上げながら。
「でも寝てろ」
「サンジィ―――――!!!」
泡を吹いて倒れるサンジに、コック達が銃を捨てて慌てて駆け寄る。
確かに殺してでも止めるつもりではあったが、あのような止め方をされたサンジを放っておくわけにはいかなかった。
「私は自分を渡す気はないし、敵に情けをかける気もない。……食いたいなら、食後のデザートだけでもたらふく食わせてやるよ‼︎」
エレノアはその場でブーツを脱ぎ、自身の鋼の足をさらしながら構える。
思わぬものの登場に、パティ達や気絶しかけていたサンジは目を見開いた。
「んなァっ…!!?」
「エレノアちゃん…その足………!!?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた瞬間、エレノアの義足の膝部分から一発の砲撃が飛び出す。
流石に驚いたクリークにその一撃が炸裂し、バラティエのドアを粉砕しながら思いっきり吹き飛ばした。
「や、やるじゃねェか新入り…‼︎」
「いっけね、扉壊しちゃった…オーナーに怒られちゃうな」
「なに、店を守るためだ。小せェ被害さ…」
ガシャン、と義足を戻すエレノアをコック達が讃える。
だが、壊れた扉から立ち上る煙の中から起き上がった影に、その場にいた全員が言葉を失った。
全身を金色の鎧で覆ったクリークが、苛立たしげに顔を歪めて立ち上がったのだ。
「やってくれたなクソ女…‼︎ クソマズいデザート出しやがって、最低のレストランだぜ…………」
「う!!! ウーツ鋼の鎧!!?」
「くだらねェ小細工を…‼︎ たたみかけろ!!!」
「オオッ‼︎」
「ま、待って‼︎ むやみに突っ込んだら……!!!」
今度は自分たちの番だと、パティ達が武器を手に躍りかかる。
クリークは不機嫌そうに鼻を鳴らし、鎧の各部を展開させると、そこからいくつもの銃口を露出させた。
「うっとうしいわァ!!!!」
「うわああああ!!!!」
クリークの全身から発射される銃弾の雨にさらされ、コック達は重傷を負う。
エレノアもまた被弾し、勢いを受けてテーブルに激突した。
「あぐっ‼︎」
「エレノアちゃん‼︎」
「……なっ、なんつー野郎だ…‼︎ 全身武器とは……‼︎」
「虫ケラどもが…この、おれに逆らうな…‼︎ おれは最強なんだ!!! 誰よりも強い鋼の腕‼︎ 誰よりも硬いウーツ鋼の鎧!!! 全てを破壊するダイヤの拳!!! 全身に仕込んだあらゆる武器!!! 50隻の大艦隊に五千人の兵力!!! 今まで全ての戦いに勝ってきた‼︎ おれこそが
過剰なほどの武器を備えた我が身を見せつけ、吠えるクリーク。
力を見誤ったコック達に動揺が走る中、クリークはなおも逆らった者達に凄んでいた。
「おれが食料を用意しろと言ったら黙ってその通りにすればいいんだ!!! 誰も、おれに逆らうな!!!!」
「だから…聞くわけないってさっきから言ってるでしょうが」
不機嫌そうにエレノアは立ち上がり、クリークを睨みつける。
立ち上がった際に、彼女の義足からポロリと銃弾が落ち、そのまま踏み潰される。
まだやってやるという無言の意思表明であったが、そんな彼女の前に立ちはだかる人影があった。
「新入り、挑発するのもそれくらいにしておけ」
「! オーナー・ゼフ…」
「百食分はあるだろう……さっさと船へ運んでやれ…」
大きな袋に詰めた食料を床に置き、ゼフはクリークを見やる。
鬱陶しそうに腕を組むその姿に、エレノアは我慢できずに詰め寄っていた。
「どういうつもりですか……敵に塩を送るような真似…本当にこの店乗っ取られますよ」
「その戦意があればの話だ…なァ〝
「…!!? まさか…」
ゼフの言葉に、エレノアはハッとした様子でクリークとギンを見つめる。
傷ついた船、衰弱した船長、一人も現れない船員、いくつもの要素が、ゼフの一言で一つに重なった気がした。
そして、ガレオン船があのような傷を負った原因も。
「貴様は…〝赫足〟のゼフ」
一方で、ゼフの顔と名を目の当たりにしたクリークは、その表情を驚愕に固めていた。